(28)【賃金】賃金の決定・変更、査定

5.労働条件

1 ポイント

(1)賃金などの労働条件は、労使による対等決定が原則であり、賃金は、労働契約の重要な要素であるから、これを一方的に減額することは許されない。

(2)職能資格制度において、労働者に対する人事評価を行い、資格等級・号俸を格付けることは、使用者の人事権の行使であり、就業規則や労働契約に根拠があるか労働者の同意がある限り、原則として自由である。

(3)ただし、就業規則等に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によって、賃金などの重要な労働条件を変更することは許されない。

(4)就業規則を変更することにより、制度的に賃金を減額することもできるが、こうした変更には高度の必要性と内容の合理性がなければならない。

(5)査定の決定については、使用者の広範な裁量が認められており、評価の前提となった事実に誤認があるとか、動機において不当なものがあったとか、重視すべき事項を無視し重要でない事項を強調するとか、実施手順に違反している等により、評価が合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠くと認められない限り、これを違法とすることはできない。

2 モデル裁判例

コナミデジタルエンタテインメント事件 東京高判平23.12.27 労判1042-15

(1)事件のあらまし

Y(被告・被控訴人)では、AからE及びB(S)・Sクラスの7つの役割グレードに基づき役割報酬と前年査定期間中の実績に応じて支給される成果報酬を合わせた額が、年俸として支給されていた。X(原告・控訴人)は、Yの社員であり、産休および育児休業を取得した後、平成21年4月に復職したところ、YはXの「役割グレード」を引き下げた。また、Yは、Xが産休前には見るべき成果をあげずその後も繁忙期を経験していないとして、成果報酬をゼロと査定した。このため、Xの年俸額は120万円の減額となった。そこでXは、これら一連の人事措置は、妊娠・出産をして育児休業等を取得した女性に対する差別ないし偏見に基づくもので人事権の濫用に当たる等と主張して、Yに対して、差額賃金及び不法行為に基づく損害賠償の支払い等を求めて訴えを提起した。原審(東京地判平成23.3.17 労判1027-27)は人事権濫用の主張を斥け、慰謝料30万円+弁護士費用5万円だけしか認容しなかったため、Xが控訴した。なお、Xは平成22年2月に退職した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴(従前の役割グレードによる役割報酬との差額及び成果報酬に相当する慰謝料等の約95万円の支払いが認められた)

Yの人事制度は職能資格制度の要素も含まれていると解され、「役割報酬の引下げは、労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則や年俸規程に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によって行うことは許されないというべきであり、そして、役割グレードの変更についても、そのような役割報酬の減額と連動するものとして行われるものである以上、労働者の個別の同意を得ることなく、使用者の一方的な行為によって行うことは、同じく許されないというべきである。」

「成果報酬ゼロ査定は、育休取得後、業務に復帰した後も、育休等を取得して休業したことを理由に成果報酬を支払わないとすることであり、……育児・介護休業法が、育休等の取得者に対する不利益取扱いを禁止している趣旨にも反する結果になるものというべきである」から、人事権の濫用として違法である。

3 解説

(1)賃金の決定

賃金は重要な労働条件であるから、労基法により労働条件明示義務が課されており(労基法15条)、就業規則の絶対的必要記載事項とされ(同89条2号)、通常、就業規則や労働協約の定めの下で決定される。また、賃金の決定に当たっては、労基法4条(男女同一賃金)や最低賃金法による規制を受けるほか、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ決定・変更すべきであり(労契法3条2項)、労働契約に期間の定めがあることにより、労働条件(賃金)が不合理であると認められるものであってはならない(同法20条)。さらに、パートタイム労働者についても、不合理な労働条件が禁止され(パート労働法8条)、一定の要件を満たす者については、差別的取り扱いが禁止される(同法9条、(91)[11.非正規雇用]参照)。

(2)賃金の一方的減額

賃金は労働契約の重要な要素であり、労働者と使用者が合意して変更することができるものの(労契法8条)、使用者が一方的に引き下げることはできない(同法9条)。経営不振や高年齢者の賃金抑制などを目的として、賃金の一方的引下げを行う事例があるが、判例ではこれを否定するものが多い(京都広告事件 大阪高判平3.12.25 労判621-80)。

(3)同意に基づく減額

労働者の明確な同意がある場合(労契法8条)には、就業規則や労働協約に反しない限り、賃金の引下げも認められる。異議をとどめずに一方的に減額された賃金を受領した場合の黙示の同意について、減額から11か月を経過し、金額と明細を明記した書面に労働者が署名押印した事実からこれを認めるものもあるが(ザ・ウインザー・ホテルズインターナショナル事件 札幌高判平24.10.19 労判1064-37)、一般的にいえば、黙示の合意の成立には慎重な姿勢をとり、黙示の合意は認められにくい(NEXX事件 東京地判平24.2.27 労判1048-72等)。また、北海道国際空港事件(最一小判平15.12.18 労判866-14)等では、賃金減額に対する労働者の同意について、賃金債権の放棄に関するシンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件(最二小判昭48.1.19 民集27-1-27、(27)【賃金】参照)の判断枠組を用いて、労働者の自由な意思に基づいていると認められる合理的理由が存在している場合に限り有効と解している。

(4)制度的変更による減額

就業規則などを通じて賃金制度を改定し、賃金を減額する場合、労働条件の集合的処理という観点から、個別労働者の同意を経ることなく変更でき、就業規則の不利益変更の合理性の問題として扱われる((73)~(76)【労働条件の変更】参照)。特に、賃金等の重要な労働条件を不利益に変更する場合、不利益を労働者に及ぼすことが認められるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容でなければならず(第四銀行事件 最一小判平12.9.7 民集54-7-2075)、また、不利益緩和のための代償措置や経過措置をとることが望ましい。

(5)格付け変更による減額

職能資格制度は、仕事遂行能力、従事可能な職位を基準に資格等級を設け、資格等級に対応する賃金を定めるものである。一般に、職能資格制度の下では、職能資格・等級の変更が賃金の変更につながるため、人事権を基礎付ける法的根拠(就業規則・労働契約・合意)に基づく一定の制約を受ける。モデル裁判例のように、人事権の行使としての格付けも、その根拠である就業規則や労働者の同意の趣旨に反してはならないとして、制約の枠内に制限される。そして、格付けを新たに行う場合や格付けを変更して賃金などの処遇に不利益が生じるような場合、その可能性が予定されその権限が使用者に根拠付けられていることが必要となる(アーク証券事件 東京地決平8.12.11 労判711-57、イセキ開発工機(賃金減額)事件 東京地判平15.12.12 労判869-35)。

(6)査定(人事考課)

査定(人事考課)は、賃金額(昇給率)や賞与額の決定において用いられることが多い。査定の決定については、一般に、使用者の広範な裁量が認められており、評価の前提となった事実に誤認があるとか、動機において不当なものがあったとか、重視すべき事項を無視し重要でない事項を強調するとか等により、評価が合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠くと認められない限り、これを違法とすることはできないとされている(光洋精工事件 大阪高判平9.11.25 労判729-39)。

他方で、就業規則に定められた査定の実施手順(手続的側面)から、使用者の裁量に一定の制限が加えられる場合もある。例えば、使用者自身が定めた査定手順・手続きに反する場合には、使用者の裁量権を逸脱するものとして不法行為が成立するとしたものがある(マナック事件 広島高判平13.5.23 労判811-21)。