(25)【就業規則】就業規則で労働条件を決定・変更するために必要とされる周知

4.就業規則

1 ポイント

(1)就業規則が労働契約内容を定めたり変更したりする効力を有するためには、その内容を労働者に周知させる手続がとられていることが必要である。

(2)裁判例によれば、就業規則の届出義務や就業規則作成・変更の際の意見聴取義務の違反は就業規則の上記の効力を否定するものではないと判断される傾向にある。

2 モデル裁判例

フジ興産事件 最二小判平15.10.10 労判861-5

(1)事件のあらまし

各種プラントの設計・施工等を業とするY会社(被告・被上告人)のエンジニアリングセンター(大阪府門真市所在)に勤務する従業員であったX(原告・上告人)は、平成6年6月15日に、職場秩序を乱したこと等を理由として懲戒解雇処分を受けた。

Y会社では、昭和61年に、労働者代表の同意を得た上で就業規則(旧就業規則)を定め、労働基準監督署に届け出ていた。また、平成6年4月からは旧就業規則を変更した新就業規則を実施することにし、同年6月に労働者代表の同意を得た上で労働基準監督署に届け出ていた。これらの就業規則には、懲戒処分に関する規定が置かれている。Xは本件懲戒解雇に先立ち、エンジニアリングセンターの労働者に適用される就業規則について質問したところ、旧就業規則はYの本社(大阪市西区所在)には存在するものの、エンジニアリングセンターには存在しないという状況であった。

Xは、本件解雇の根拠となる事実が発生した時点でエンジニアリングセンターの労働者に適用される就業規則が存在しなかったこと等を理由に本件懲戒解雇の違法・無効を主張し、Yらを提訴した。原審である大阪高裁は、本件懲戒解雇の根拠となるのは旧就業規則であるとしたうえで、それがエンジニアリングセンターに備え付けられていなかったからといって同センターの労働者に対して効力を有しないとはいえないとの判断を示した上で、X敗訴の判決を下していた。

(2)判決の内容

労働者側勝訴(労働者側敗訴の原判決を破棄・差戻し)

使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類および事由を定めておくことを要する。

就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容を、適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることを要する。

原審は、Yが労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンターの労働者に周知させる手続きが採られていることを認定しないまま旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断しているが、この判断には審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。

3 解説

(1)労働契約内容を決定・変更する効力の発生要件としての周知

労働契約法は、就業規則の効力のうち、単なる最低基準でなく、労働条件(労働契約内容)そのものを決定・変更する効力の発生要件として、使用者が就業規則の内容(変更時には変更後の就業規則の内容)を労働者に周知させていることを、就業規則の内容(もしくは変更)の合理性と共に明記している(7条、10条)。

このように、就業規則の周知がこれらの効力の発生要件(の一部)とされているのは、モデル裁判例で示された労働契約法制定前の判例法理が労働契約法の条文に取り入れられたことによる(なお、労働契約法所定の就業規則の効力のうち、12条の効力の発生要件については、ここでの問題とは区別して考えるべきである。(24)【就業規則】参照)。

モデル裁判例は、懲戒処分の根拠としての就業規則の効力が問題になった事案において、就業規則の効力が認められるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させることが必要との最高裁の立場を明らかにしたものである。具体的判断としては、労働者の所属事業場とは別の事業場で労働者代表の意見を聴取しただけでは周知があるとはいえないとして事件を差し戻している。

(2)周知の意義

労働基準法は、就業規則を作業場の見やすい場所に掲示するなど同法施行規則の定める方法により、労働者に周知することを義務づけている(労基法106条1項)。これに対し、労働契約法7条、10条にいう、労働契約の内容を決定・変更する効力の発生要件としての「周知」とは、労働基準法および同法施行規則の定める方法に限らず、実質的に見て就業規則の適用を受ける事業場の従業員が就業規則の内容を知ろうと思えば知りうる状態に置くこと(実質的周知)を意味すると解されている(労働契約法施行以前の裁判例であるが、日音事件 東京地判平18.1.25 労判912-63参照)。具体的には、就業規則が各事業場で管理職員の机の中や書棚に設置され、事業場の従業員がいつでも閲覧しうる状況にあった場合(前掲日音事件)や、会社設立時に営業開始前の暫定的就業規則として当時の従業員全員にその内容が示され、その後も新規採用者には就業規則が配布されていた場合(レキオス航空事件 東京地判平15.11.28 労経速1860-25)に周知が肯定されている。

一方、就業規則による労働条件の不利益変更(労働契約法10条)が問題となる事案では、使用者が就業規則の掲示などを行っていても、実質的周知がなされていないと評価されることもありうる。裁判例には、就業規則による退職金制度の変更について、就業規則が掲示されていたとしても、従業員が就業規則を参照しただけで変更後の退職金額を知ることは困難であり、使用者は説明文書の配布や説明会の実施などを行うべきであったとして、周知を否定したものも見られる(中部カラー事件 東京高判平19.10.30 労判964-72)。

(3)労基法上の義務の違反と就業規則の効力

労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する事業場の使用者に就業規則の作成義務を課しており、作成義務を負う使用者については、就業規則に記載すべき事項、所轄労働基準監督署長への届出義務(以上89条)、事業場の過半数代表者の意見を聴取する義務(90条)、法所定の方法での周知義務(106条)について定めている(周知義務については、作成義務を負わない使用者が就業規則を作成した場合にも適用がある)。

使用者が就業規則作成に当たり上記の義務に違反した場合、労働契約法7条・10条に基づく就業規則の効力は生じるのであろうか。

まず、周知義務については前述のとおり法所定の方法による周知は効力発生要件ではない。また、法定の必要的記載事項の記載漏れは作成された部分の効力には影響を及ぼさない。

次に、意見聴取義務および届出義務についてみると、裁判例はこれらの義務の違反があっても労働契約内容を決定・変更する就業規則の効力に影響はないと判断する傾向にある(シンワ事件 東京地判平10.3.3 労経速1666-23、ブイアイエフ事件 東京地判平12.3.3 労判799-74、前掲レキオス航空事件日音事件など)。これは、これらの義務は国に対する使用者の義務として設けられたものであり、その違反に対しては行政による取締(行政指導など)や刑事制裁(労基法120条1号)が予定されているものの、労働者と使用者の法律関係には直接影響を及ぼさないと解されているためである(学説上は、労働契約法11条が存在することから、就業規則変更の場面では届出・意見聴取義務の履行の有無が同法10条所定の合理性の判断要素になるとの考え方や、これらの義務の履行が同法7条・10条の効力発生要件になるとの考え方も有力である)。