(24)【就業規則】就業規則による労働条件の最低基準の設定

4.就業規則

1 ポイント

個別合意等で定められた労働条件(労働契約内容)の中に、当該労働者に適用される就業規則が定める基準よりも労働者に不利な部分が存在する場合、当該不利な部分については個別合意等の定めによるのではなく、就業規則が定める基準が労働契約の内容となる。

2 モデル裁判例

北海道国際航空事件 最一小判平15.12.18 労判866-14

(1)事件のあらまし

Y会社は、経営不振を理由として、課長以上の役職者について賃金の引き下げを行うことを決定し、平成13年7月18日に、社付担当部長の職にあったXに対し、同月分以降の賃金を20%減額する旨を通告して理解を求めた。Xはこれに対し、会社の状況は理解できるが遡っての賃金減額は違法である等の抗議を行ったものの、上記通告どおりに減額して支払われた7月分以降の賃金を特に異議を申し出ることなく受け取っていた。

その後、Xは、Yが行った賃金減額は違法であるとして、平成13年7月分以降に行われた賃金減額分の支払いを求めて提訴した。

なお、Yの就業規則の一部である賃金規程の18条には「月の途中において基本賃金を変更又は指定した場合は、当月分の基本賃金は新旧いずれか高額の基本賃金を支払う」との定めが存在する。

(2)判決の内容

労働者側勝訴(平成13年7月分の賃金減額についてのみ違法と判断)

Xは、減額された7月分の賃金を平成13年7月25日に異議を述べずに受け取り、翌月以降も減額された賃金を異議を述べずに受け取っていたこと等からすれば、7月25日の時点で7月分以降の賃金減額に同意したと認められる(原判決の認定判断を支持)。

上記の同意には、7月1日から24日までの既発生の賃金債権のうち20%を放棄する趣旨と、同意の日である7月25日以降に発生する賃金債権を20%減額する趣旨とが含まれていることになるが、このうち前者の部分は、賃金債権放棄の要件を満たさず無効である。

また、後者の部分のうち、7月25日から7月31日までの賃金減額に同意する部分についても、Yの賃金規程18条によれば、7月中の賃金額は、より高額である減額前の賃金額となるのであるから、労働基準法93条(現労働契約法12条)により、Xは、7月31日までの賃金について、賃金減額に同意していたとしても、減額前の額の支払いを求めることができる。

3 解説

(1)労働契約法12条の意義

労働契約法12条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と規定している(労働契約法制定前は、この条文は労働基準法93条に置かれていた)。

この条文により、就業規則は、適用対象となる労働者の労働契約の中に就業規則の定めよりも労働者にとって不利な労働条件を定めている部分がある場合に、その部分を就業規則の定めどおりに修正する効力(片面的強行直律効)を持つ(労働契約中の就業規則と同じか、より労働者に有利な労働条件を定める部分はそのまま)。言い換えると、就業規則はその適用範囲内における労働条件の最低基準を定める効力を有するということである。

(2)労働契約内容そのものを定める就業規則の効力との関係

もっとも、就業規則は、一定の要件の下で、単なる最低基準でなく労働契約内容そのものを定めたり、変更したりする効力を有しており(労契法7条、10条)、これらの効力に基づいて労働契約内容が決定されている場面では、労働契約内容は就業規則の内容と一致しているのであるから、労働契約法12条が定める労働条件の最低基準を定める効力が機能する余地は基本的にない。労働条件の最低基準を定める就業規則の効力が機能するのは、次に挙げるような場合である。

(3)労働契約法12条の具体的適用場面

労働契約法12条が適用されるもっとも典型的な場面は、労働契約内容を定める個別合意が存在する場合である。このような個別合意は、就業規則の定める労働条件の基準より労働者に有利な労働条件を定めるものであれば、就業規則に優先して労働契約内容を決定する効力を有する(労働契約法7条但書参照)が、合意内容が就業規則で定める基準よりも労働者に不利な労働条件を定めている部分については、合意の効力は否定され、就業規則の定める基準にとって代わられる。

モデル裁判例もこのような事案についてのものである。すなわち、使用者が提示した賃金減額に労働者が同意し、賃金減額についての合意が成立していることを認めつつ(これにより8月分以降の賃金減額は適法とされている)、合意成立の日である7月25日から31日までの賃金については、Yの賃金規程18条を適用するとXの賃金額は減額前の額となることから、労働基準法93条(現労働契約法12条)に基づいて、賃金減額について合意が成立しているにも関わらず、Xは減額前の賃金額を請求できるとしている(同種の例として、個別労働契約で就業規則上の所定労働時間数を上回る労働時間数を定めていた場合、上回っている部分については労働契約上の時間外労働として就業規則所定の割増賃金の支払対象になるとした北錦会事件 大阪地判平13.9.3 労判823-66など)。

また、このような個別合意が存在しないか、合意の存否が明らかでない場合にも、労働者は、自己の労働条件が自らに適用のある就業規則の定める基準を下回っているときには、労働契約法12条を根拠として、就業規則の定めどおりの労働条件を、使用者に対して請求できるものと考えられる。労働契約法12条の趣旨は、前述のとおり労働条件最低基準の設定にあるのであり、労働者は、自分が現実に享受する労働条件が就業規則上の基準を下回っているときには、就業規則規定の合理性等を問題にすることなく、端的に就業規則を根拠として、そこに定められた基準どおりの労働条件を求めうるのである。

(4)労働契約法12条所定の効力の発生要件

労働契約法12条所定の就業規則の効力の発生要件については、条文上明示的に規定されてはいない。この点についてはまず、前述のとおり、同法7条、10条の場合と異なり、就業規則の合理性は要件ではない。

次に、7条や10条について問題になる((25)【就業規則】参照)労働者への周知や、労働基準法上の届出・意見聴取義務の履行(89条、90条)については、裁判例上確立した考え方はないものの、労働者への実質的な周知(必ずしも労基法106条所定の方法によることは要しない)があれば足りるという点では異論がないといってよい(江戸川会計事務所事件 東京地判平12.2.14 労判780-9など)。また、届出があった場合に周知の有無を問題とせずに効力発生を認める例も見られる(常盤基礎事件 東京地判昭61.3.27 労判472-42など)。労働契約法12条所定の効力は常に労働者に有利に働くという点で、7条・10条所定の効力とは性質を異にするため、両者の効力発生要件は異なっていてよい。したがって、理論上は、使用者側の義務の不履行が就業規則の効力に与える影響は、12条の場合の方が限定的だと考えることが可能である。