(23)【就業規則】就業規則による労働条件の規律

4.就業規則

1 ポイント

(1)労働契約締結時に合理的な内容の就業規則が労働者に周知されていた場合、労働契約の内容は、その就業規則の定めどおりに決定される。

(2)ただし、就業規則と異なる労働条件を定める労働協約や、就業規則より労働者に有利な労働条件を定める個別合意が存在する場合には、これらのものが就業規則に優先して労働契約の内容を定めることになる。

2 モデル裁判例

電電公社帯広局事件 最一小判昭61.3.13 労判470-6

(1)事件のあらまし

Y公社(被告)では、電話交換手を中心に頸肩腕症候群の長期罹患者が多数存在していたことから、労働組合と労働協約を締結した上で、長期罹患者に対してA逓信病院において精密検査を実施すること等を内容とする総合精密検診を実施することとした。Y公社の就業規則には、心身の故障により勤務軽減等の措置を受けた職員は所属長等の指示に従って健康回復に努めなければならない(165条)との規定が存在した。また、健康管理規程(就業規則の性質を有する)には、健康管理上の指示に対する従業員の遵守義務(4条)、特に健康管理が必要な要管理者についての個別管理の実施(26条)、健康回復努力義務(31条)などの規定が存在した。

Y公社は、頸肩腕症候群を発症して軽易な業務に就いたまま治療が長引いていた電話交換手Xに対し、上記精密検査を受診すべき旨の業務命令を発令した。XはA逓信病院は信頼できないなどとして2度にわたって命令を拒否し、このこと等を理由として懲戒戒告処分を受けたので、その無効確認を求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

就業規則上の労働条件の定めが合理的なものである場合には、個別的労働契約における労働条件の決定はその就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、当該事業場の労働者は当該規則の知・不知、当該規則への同意の有無を問わず当然にその適用を受ける(秋北バス事件最高裁判決を引用)。したがって、就業規則が労働者に対し、一定事項について使用者の業務命令に服すべき旨を定めているときには、そのような就業規則の規定内容が合理的なものである限りにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているといえる。

本件におけるY公社の就業規則および健康管理規程の上記各規定の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らしていずれも合理的であり、各規定の定める職員の健康管理上の義務は公社と公社職員の間の労働契約の内容になっており、Xが本件受診命令に従う労働契約上の義務を負っていた。

3 解説

(1)労働契約法7条

労働契約法7条本文は、労働契約締結時に①就業規則が合理的な労働条件を定めている、②就業規則が労働者に周知されている、との要件が満たされている場合に、労働契約内容が就業規則の定める労働条件のとおりに決定される旨を定めている。就業規則は雇用関係の中で、労働者の労働条件や就業の際に労働者が遵守すべき事項(服務規律)を定めるもっとも重要な手段として機能しており、上記条文は、このような就業規則の機能を法的に根拠づけるものといえる。

上記の①②の要件は、いずれも労働契約法制定前の判例法理を条文に取り入れたものであり、モデル裁判例は、このうち①のもとになった判例法理を形成する代表的な最高裁判決の一つである(②のもとになった判例法理については、(25)【就業規則】参照)。

(2)労働契約法7条の背景をなす判例法理

労働契約法が制定されるまで、労働条件に直接影響を及ぼす就業規則の効力を明示的に定めた条文は、労働条件の最低基準を設定する効力についてのものしか存在しなかった(労基法旧93条、現在の労働契約法12条)。このため、就業規則が単なる最低基準でない労働条件そのものを決定・変更すること(実際上はこうした状況が広く見られた)については、その法律上の要件や根拠をどのように解するかが問題になっていた。

この点について最高裁は、モデル裁判例も引用する秋北バス事件判決(最大判昭43.12.25 民集22-13-3459)において、就業規則が合理的な労働条件を定めている限りにおいて労働条件決定はその就業規則によるという「事実たる慣習」が成立しており、このような場合には、就業規則の定めを知らない労働者や、これに反対する労働者の労働条件も就業規則の定め通りに決定されるとの判断を示した。この判断については、その理論的意味内容が当初問題になったが、やがて、同判決は就業規則の法的性質を大量の定型的取引の場面で用いられる普通契約約款に類似したものと捉え、普通契約約款に関する法理を応用して就業規則の内容に合理性が認められる場合には就業規則の定めが労働契約の内容になるとの判断をしたのだという理解が示され(「定型契約説」)、学説上の有力な支持を得るに至った。

モデル裁判例は、上述した秋北バス事件最高裁判決の判旨の引用に続けて、労働者が使用者の業務命令に従う義務を負うと定める就業規則規定が合理的なものであれば、その定めが労働契約の内容になるとの判断を示している。これは、上述した「定型契約説」の立場に立つことを示すものと理解でき、これによって、「就業規則の内容は、合理的な労働条件を定めている限りにおいて個々の労働者の労働契約の内容になる」という判例法理が確立したものといえる。

(3)就業規則規定の合理性

労働契約法制定前の判例法理において、就業規則の合理性が問題とされるもっとも代表的な局面は、就業規則による労働条件変更の適法性が問題となる場合であった(労働契約法の下では、この問題は同法7条ではなく、10条に関する問題と位置づけられる。(74)【労働条件の変更】参照)。それ以外の場面で最高裁が就業規則規定の合理性について判断した例としては、モデル裁判例の他、使用者の時間外労働命令権を定めた就業規則規定の合理性を認め、使用者が労働者に対して時間外労働を命令する労働契約上の権利を有することを肯定した例がある(日立製作所武蔵工場事件 最一小判平3.11.28 民集45-8-1270)。

(4)就業規則によらない労働条件決定

このように、就業規則は、労働契約法7条本文所定の要件を満たす場合に労働者の労働条件を定める上で重要な役割を果たすことが法的に認められている。しかし、労働条件決定が常に就業規則によって行われるわけではない。

まず、労働契約法7条但書は、労働者と使用者の間の個別合意によって就業規則よりも労働者に有利な労働条件が定められた場合には、当該合意の効力が就業規則の効力に優先して労働契約内容を決定する旨を定めている。たとえば、ある労働者が勤務地限定の合意を使用者と締結すれば、それが労働契約の内容となり、就業規則に転勤条項が定められていても、その効力は当該労働者に及ばないことになる。

次に、労働契約法13条は、就業規則と法令又は労働協約の間に抵触が生じている(前者の内容が後2者のいずれかの内容に「反している」)場合、就業規則中の抵触が生じている部分については、労働契約法7条(及び10条、12条)所定の効力が生じない旨を定めている(労基法92条も参照)。そこで、このような場合には、労働条件(労働契約内容)は、法令又は労働協約によって定められることになる。労働協約との関係では、就業規則が労働協約よりも労働者に有利な労働条件を定めている場合にも労働協約の方が適用されることになるのか否かは問題になるが、裁判例(労働契約法制定前)の中には、この点を肯定したものがある(明石運輸事件 神戸地判平14.10.25 労判843-39)。