(22)【労働者の人権・人格権】職場の暴行行為
3.労働者の人権・雇用平等
1 ポイント
(1)暴行行為が従業員同士の行為であっても、就業時間中に就業場所で行われた場合には、会社の事業の執行行為を契機として、これと密接に関連を有すると認められるため、会社は被害を受けた労働者に対し使用者責任としての損害賠償責任を負うことがある。
(2)従業員の暴行等に起因する精神疾患に関しても使用者は使用者責任を負うことがある。
(3)暴言をあびせ罵倒する等の行為が、恒常的に精神的苦痛を与え、人の生命・身体という人格的利益を侵害し又は侵害するおそれがある場合には、差止めを求めることができる。
2 モデル裁判例
エール・フランス事件 東京高判平8.3.27 労判706-69
(1)事件のあらまし
一審原告側労働者X(被控訴人)は、フランスに本社を置く航空会社である一審被告側使用者Y1(被控訴人)の従業員である。Y2はY1代表者、Y3らはY1の労働組合役員らでありXの同僚である。Y1では、労働組合との本社再建に関する労使協議の結果、希望退職の募集が行われることになった。このY1の希望退職募集に際し、Xは、Y3から希望退職届の提出を強く求められたが、これに応じなかった。
Y3らは、希望退職に応じようとしないXに対し、顔面への殴打、大腿部への足蹴り、鉄製ファイル棚に後頭部を打ち付けるなどの暴行のほかにも、ゴミ入れを頭に被せる、衣服にコーヒーをかける、Xの机の上にXを中傷する落書をする、机にコーヒーで湿らした新聞紙を入れる、灰皿の灰を投げつける、罵声を浴びせる等の行為を繰り返し、また、このほかにも仕事差別を行った。
そこで、Xは、このようなY3の行為に対し、Y1~Y3に連帯して慰謝料の支払いを求めた。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
暴力行為等につき、Y1・Y3に連帯して慰謝料200万円および弁護士費用30万円の支払いを命じ、仕事差別につき、Y1・Y2に連帯して慰謝料100万円の支払いを命じた。
Y3らは、暴力行為に関し、連帯して賠償責任を負うべきである。また、Y3らによる暴力行為および仕事差別は、Y1の事業の執行につき従業員同士の間で行われたものであり、Y1はXに対して使用者責任を負うべきである。さらに、Y2は、少なくとも仕事差別を知り得たのであり、それにもかかわらず何らの対処もしなかったものであるから、損害賠償責任を負うべきである。
しかし、Xは、協調性に乏しく、他の従業員から遊離した存在になっていたことなどの事情があり、このようなXの態度が、控訴人らの暴力行為等を誘発する一因となったものと推認することができ、また、Xの受けた暴力行為等は、客観的に見て、言葉で表現したところから受ける印象よりも軽度なものであったと推認される。さらに、仕事差別の点について、Y1は、Xの勤務成績及び勤務態度が悪いなどの評価の結果行ったとも考えられる。しかしながら、Xが反抗的な態度を示すようになったことには、管理職等が勤務時間内外にわたり、Xに対して執拗に希望退職届を提出するよう強く要請し続けたことにもその一因があり、Xのみを責めることはできず、暴力行為等につき、Y1・Y3に連帯して慰謝料等の支払いを認め、仕事差別につき、Y1・Y2に連帯して慰謝料の支払いを認める。
3 解説
(1)使用者責任
従業員間の暴行に関しては、暴行行為の存在が認められればこれを行った労働者の責任が問われることになるが、モデル裁判例のように、労働者の行為が会社の事業の執行行為を契機として、これと密接に関連を有するものと判断され、会社に使用者責任としての損害賠償責任が課される場合がある。
モデル裁判例と同様に使用者責任が認められた事件として、大阪市シルバー人材センター事件(大阪地判平14.8.30 労判837-29)がある。この事件は、労働者が上司に拳で右眼付近を殴打され失明し、もともと左目を失明していたため、両眼失明に至った事例であるが、上司の行為がセンターの事業の執行につきなされたと認定され、センターに使用者責任が認められている。慰謝料の算定については労働者の被った損害の3割分が過失相殺されたうえ、損害額として505万円及び弁護士費用50万円の支払いがセンターに命じられている。
これに対し、使用者責任が認められなかった事例として、ネッスル(専従者復帰)事件(神戸地判平元.4.25 労判542-54)がある。この事件において裁判所は、二つの労働組合が対立・抗争し、一方の組合員が他方の多数の組合員に取り囲まれ、罵声を浴びせられ、暴行を受けたとの主張に対し、偶発的な行為であったというべきであり、会社はその賠償をする責任を負ういわれはないものと述べ、労働者の主張を棄却している。
また、特殊な事例として、派遣労働者に対する暴行事件に関して、ヨドバシカメラほか事件(東京地判平17.10.4 労判904-5)では、派遣元従業員による派遣労働者への暴行について、事件に直接関与した個人およびこれらの者を直接雇用している各使用者にそれぞれ連帯して損賠賠償の支払いが命じられた(暴行の程度により20万から100万余円)。なお、派遣先企業の責任は否定されている。
(2)暴行事件を原因とする精神疾患
暴行そのものの身体的傷害というより、暴行に起因する精神疾患が問題となる事件も発生している。例えば、川崎市水道局(いじめ自殺)事件(東京高判平15.3.14 労判849-87)では、上司らの揶揄・嘲笑・侮蔑的発言により労働者が精神疾患に陥り、その後自殺したとして川崎市に安全配慮義務違反があったことが認められ、本人の資質等の要因から7割分が過失相殺され、労働者の逸失利益および慰謝料として両親それぞれに約1,170万円の損害賠償支払いが認められている。これに関連する事例として、アジア航測事件(大阪地判平13.11.9 労判821-45)は、同僚の男性従業員の殴打に起因する心因性の疾患により欠勤するようになった女性従業員が、無断欠勤による職務怠慢等を理由に解雇されたという事例である。男性従業員及び会社に対し約194万円(過失相殺4割)及び慰謝料60万円の支払が命じられた(なお、解雇も無効)。
また、会社内の暴行および暴言を原因とする従業員の精神障害に関する事例として、ファーストリテイリング(ユニクロ店舗)事件(名古屋地判平18.9.29 労判926-5)では、店長の暴行行為および管理部部長の暴言について、会社に使用者責任が認められ、それによって被った労働者の損害(妄想性障害)に対して、会社と店長が連帯して損害賠償責任を負うとされ、さらに、休業損害1,904万余円および慰謝料500万円ほか合計2,416万余円が認定された(ただし過失相殺により60%が減額)。
さらに、代表取締役により日常的に暴言、暴行及び退職強要といったパワーハラスメントを受け、それが原因で急性ストレス反応を発症し自殺するに及んだケースにおいて、同代表取締役の不法行為責任を認め、同時に会社法350条に基づき会社も連帯して損害賠償責任を負うことを認めたメイコウアドヴァンス事件(名古屋地判平26.1.15 労判1096-76)がある。損害額として被災者の妻に約2,707万円、被災者の子3名に各902万円が認められている。また、長時間労働に加え、上司より社会通念上相当と認められる限度を明らかに超える暴言、暴行、嫌がらせ、労働時間外での拘束、プライベートへの干渉、業務と無関係の命令等のパワーハラスメントを2年半以上にわたって恒常的に受けてきた飲食店店長の過労自殺につき、同上司の不法行為に基づく損害賠償責任を認め、また、会社については安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任及び不法行為の使用者責任、会社の代表取締役に対しては会社法429条1項に基づく損害賠償責任を認めたサン・チャレンジほか事件(東京地判平26.11.4 労判1109-34)がある。亡き飲食店店長の逸失利益として約4,588万円、慰謝料として2,600万円が認められている。その他、国(護衛艦たちかぜ〔海上自衛隊員暴行・恐喝〕)事件(東京高判平26.4.23 労判1096-19)も参考となろう。
(3)暴行等の差止
以上のように、ほとんどの事件は、不法行為に基づく慰謝料を請求する事件であるが、西谷商事事件(東京地決平11.11.12 労判781-72)は、上司らによる暴言・暴行等の差止めを求めた珍しい事例である。この事件において裁判所は、人格的利益が侵害された場合に、被害者は加害者に対し侵害行為の差止めを求めることができるとした。しかし、暴言等の行為が人格的利益を侵害する場合に該当するには、身体や精神に何らかの傷害の発生することが予想される場合でなければならないとし、本件では、人格的利益を侵害するおそれがあるということもできないとして、労働者の申立てを却けている。