(21)【労働者の人権・人格権】
プライバシー

3.労働者の人権・雇用平等

1 ポイント

(1)使用者は雇用契約に付随して、労働者のプライバシーが侵害されないよう職場環境を整える信義則上の義務がある。

(2)社会的偏見・誤解を招きやすい情報であるHIV・肝炎感染等の検査を業務上の必要性あるいは本人の同意なく行うことは、プライバシー侵害に該当する。

(3)労働者の私物や貸与したロッカーをあける使用者の行為は、労働者のプライバシーを侵害する行為である。

(4)Eメールの調査に関しても、プライバシー侵害になる場合がある。これに関しては、使用者の監視行為の目的、やり方・方法等と労働者の被る不利益とを比較衡量した上で、使用者の監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したと認められる場合に、プライバシー権の侵害が成立するとされる。

2 モデル裁判例

関西電力事件 最三小判平7.9.5 労判680-28

(1)事件のあらまし

一審原告側労働者Xら(被控訴人・被上告人)は、関西を中心に支店営業等を有する発電・送電等を業とする一審被告側使用者Y(控訴人・上告人)の従業員である。Xらは共産党員もしくはその同調者であり、労使協調路線に反対する組合内少数派に属する者である。

Yは、企業防衛のために「特殊対策」を推進し、Xらにかかってきた電話を調査し、ロッカー内の私物を密かに写真撮影し、他の従業員にXらと接触・交際しないように働きかけ、Xらを会社の行事から排除し、Xらの孤立化を図った。Yの内部資料を入手したXらは、上記の対策を知るに至り、不法行為(故意・過失によって他人の権利を侵害し損害を与える行為)に基づく各自200万円の慰謝料と87万1,000円の弁護士費用、ならびに謝罪文の掲示と社内報への掲載を求めて訴えを提起した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

Xら一人あたり80万円の慰謝料と10万円の弁護士費用の支払いをYに命じた第二審の判決を支持した。

Yは、Xらが現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、Xらが共産党員又はその同調者であることのみを理由とし、その職制等を通じて、職場の内外でXらを継続的に監視する態勢を採った上、種々の方法を用いてXらを職場で孤立させるなどしたというのであった。

これらの行為は、Xらの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものである。また、ロッカー内の私物を写真撮影する行為はプライバシーを侵害するものでもあって、同人らの人格的利益を侵害するものである。これら一連のYの行為は、YのXらに対する不法行為を構成し、YはXらに対して慰謝料等を支払うよう命ずる。

3 解説

(1)プライバシー侵害が問題とされた裁判例

最高裁がモデル裁判例において「職場における人間関係形成の自由」や「プライバシー」に言及した意義は大きいとされるが、これ以前にも、使用者が組合活動に関する情報収集のため従業員控室に盗聴器を設置した事件で、使用者の行為が労働者らのプライバシーを侵害するものであるとして、労働者らに各5万円の慰謝料を認めた岡山電気軌道事件(岡山地判平3.12.17 労判606-50)や、引越業務での客の所持品紛失に伴う従業員に対する身体検査がプライバシー等の侵害に当るとし、慰謝料30万円の支払いを認めた日立物流事件(浦和地判平3.11.22 労判624-78)などが存在した。

また、最近の事例では、労働組合員が遺失したノート(違法な業務阻害行為を組合が指示している可能性を示す記述があった)につき、個人のプライバシーに関する部分についてまで写しを作成し、支社に届けた上司の行為が違法であるとして、上司個人と使用者に慰謝料等35万円が命じられたJR東海大阪第一車両所事件(大阪地判平16.9.29 労判884-38)がある。

その他、プライバシー侵害という表現は用いていないものの、原則月1回開催されている研修会において、月間販売目標数に販売数が達しなかった美容部員(ビューティーカウンセラー)達に対し、研修会開始から退社まで(その日は午前9時20分頃から午後7時頃まで)その意に反して特定のコスチュームの着用を強要し、後日実施された別の研修会でそのコスチューム姿を含む研修会の様子を本人の了解を得ないままスライド投影した行為は、不法行為に該当するとして約22万円(うち2万円は弁護士費用)の支払いが命ぜられたK化粧品販売事件(大分地判平25.2.20 労経速2181-3)がある。

(2)労働者のプライバシーが侵害されないよう職場環境を整える使用者の義務

労働者のプライバシーに関連して、使用者の職場環境整備義務等に言及する事例がある。京都セクハラ(呉服販売会社)事件(京都地判平9.4.17 労判716-49)では、男性従業員の女性更衣室におけるビデオによる隠し撮りに関し、使用者は雇用契約に付随して、労働者のプライバシーが侵害されないよう職場環境を整える義務があるとして、慰謝料等として男性従業員に約140万円の支払いおよび会社に約215万円の支払いが命じられた。また仙台セクハラ(自動車販売会社)事件(仙台地判平13.3.26 労判808-13)では、覗き目的で女性トイレに侵入した男性従業員に対する苦情に関し、会社がこれを放置すれば女性従業員のプライバシーが侵害される可能性があり、会社に誠実かつ適正に対処する義務があったとし、結果的に退職することとなった女性労働者に対し会社に慰謝料350万円の支払いが命じられている。

(3)秘匿しておきたい健康情報

HIV・肝炎等、社会に偏見や誤解が存在する情報の使用者の収集に関し、裁判所は、プライバシー保護の観点から以下のように判断している。

まず、HIV感染に関するHIV感染者解雇事件(東京地判平7.3.30 労判667-14)では、HIV感染を理由とする解雇は社会的相当性の範囲を逸脱した違法行為であるとして解雇を無効とし、使用者がこのような情報をみだりに第三者に漏洩することはプライバシーの権利の侵害として違法となるとし、会社・派遣先会社・会社社長各々に慰謝料300万円の支払いが命じられた。

また、T工業(HIV解雇)事件(千葉地判平12.6.12 労判785-10)では、HIV抗体検査等を行うことはプライバシーの権利を侵害するとし、これに基づく解雇が無効とされ、慰謝料として会社に200万円、抗体検査を行った医療機関の経営者に150万円の支払いが認められている。このほかに、東京都(警察学校・警察病院HIV検査)事件(東京地判平15.5.28 労判852-11)では、HIV陽性が判明した者への入校辞退勧告が行われた結果の警察官の入校辞退に関し、プライバシーを侵害する違法な行為として、東京都に対し330万円、警察病院に対し110万円の損害賠償の支払いが命ぜられた。肝炎検査に関して、本人に無断で行った肝炎の検査によりB型肝炎ウイルスに感染していることを理由としてなされた採用内定の取消しに関するB金融公庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件(東京地判平15.6.20 労判854-5)では、検査を行った行為がプライバシー権侵害に該当するとして、損害賠償150万円の支払いが認められている。

さらに、社会医療法人が経営する病院勤務の看護師が体調不良のため同病院等で血液検査を受けた結果、梅毒罹患及びHIV検査陽性であることが判明したが、これらHIV陽性等の情報について病院の副院長が、看護師本人の同意を得ないまま、院内感染を防ぐため労務管理目的で院長及び看護師長に伝達し、その後看護部長等に伝達され数名の者が知るに至ったことは、個人情報保護法16条1項の禁ずる目的外利用に当たると判断したうえ、プライバシー侵害の不法行為の成立等が認定され、社会医療法人に約61万円の損害賠償の支払いが命じられた社会医療法人A会事件(福岡高判平27.1.29 労判1112-5)がある。

(4)Eメールに関する事件

Eメールの調査に関する事件も生じている。その判断枠組みとしては、F社Z事業部事件(東京地判平13.12.3 労判826-76)等が、使用者の監視行為の目的、やり方・方法等と労働者の被る不利益とを比較衡量した上で、その行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したと認められる場合に、プライバシー権の侵害が成立するとしている。

前掲F社Z事業部事件は、上司が労働者のEメールを監視し続けた事例であるが、事業部の最高責任者である上司による監視は相当性の範囲内にとどまっており、監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、原告らが法的保護(損害賠償)に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないとしている。