(20)【労働者の人権・人格権】職場での嫌がらせ
3.労働者の人権・雇用平等
1 ポイント
(1)嫌がらせを目的とした仕事外しや職場からの隔離は、通常甘受すべき程度を超えて精神的苦痛を与えるものであり、これにより労働者が被った精神的苦痛は損害賠償により慰謝されなければならない。
(2)使用者は職場の内外で労働者を継続的に監視したり、種々の方法を用いて従業員を職場で孤立させる等の行為をしてはならない。また、そのような行為は、損害賠償の対象となる。
(3)配置転換等により勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされる行為や、退職に追いやるための行為等をしてはならず、そのような行為に対しては損害賠償が認められる。
2 モデル裁判例
松蔭学園事件 東京高判平5.11.12 判時1484-135
(1)事件のあらまし
原告側労働者X(被控訴人)は、被告側使用者Y(控訴人)の設置する高等学校の教諭である。産休を自制するような雰囲気が教職員の間にあったにもかかわらず、Xは、産休を2回取得し、かつ産休期間である6週間すべてを休み、「産休は権利です」と主張するようなXの態度を、Yは快く思っていなかった。Yは、産休を取った者は人の2倍働かなくてはいけないと述べ、Xに1日で行うことは到底履行不可能な職員室の時間割ボードの書き直しを命じた。Yは、Xがその日の内に命令を履行しなかったことに関し、「仕事をしなかった」という始末書の提出を求めたが、Xは、後日ボードの書き直しを履行していたため、このことは事実に反するとして始末書の提出を拒否した。また、Yは、生徒らにXについて感想文を命じたが、労使の問題に生徒を巻き込むことになるとして、Xは、これに応じなかった。
以上のような経緯の後、Xは、それまで担当していた学科の授業、クラス担任その他の校務分掌の一切の仕事を外され、席を他の教職員から引き離されて配置された上、何らの仕事も与えられないまま4年6ヵ月間にわたって一人だけが別室に隔離された。そして、更に5年余の長期間にわたる自宅研修が命じられた。
Xは、Yの業務命令権を濫用した違法な命令により人格権、自由権、名誉等が侵害されたとして、Yに対し慰謝料の支払いを求めた。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
Xに対する慰謝料600万円の支払いをYに命じた。
ボードの書き直しに関し、全体としてみてXにはあえて業務命令に逆らったと評すべきところはなく、また、感想文の提出の命令は、始末書の提出に応じなかったことの代償のようなところもあり、学園側と教師との間の問題の処理のために、生徒を巻き込んだ形で感想文を書かせることは教育の現場を預かる者として適切でないとXが判断したことも理解できないではなく、感想文を書かせなかったこと自体につきXには強く責められるべき点はない。
Xが二度にわたって産休をとったこと及びその後の態度が気にくわないという多分に感情的な校長の嫌悪感に端を発し、執拗とも思える程始末書の提出をXに要求し続け、その行為は、業務命令権の濫用として違法、無効であることは明らかであって、Yの責任は極めて重大である。このようなYの行為により、Xは、長年、何らの仕事も与えられずに、職員室内で一日中机の前に座っていることを強制され、他の教職員からも隔絶されてきたばかりでなく、自宅研修の名目で職場からも完全に排除され、かつ、賃金も昭和54年度のまま据え置かれ、一時金は一切支給されず、物心両面にわたって重大な不利益を受けてきたものであり、Xの被った精神的苦痛は誠に甚大であると認められる。Xの精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、Yの責任の重大さにかんがみると金600万円をもって相当とする。
3 解説
(1)執拗な退職勧奨・孤立化・職場八分・共同絶交
企業によるいじめは、退職を強要しようとする過程で生ずることが多い。下関商業高校事件(最一小判昭55.7.10 労判345-20)では、執拗な退職勧奨行為が違法であるとして、一人に対して4万円、他の一人に対して5万円の慰謝料が認められている((82)【退職】モデル裁判例参照)。また、孤立化・職場八分・共同絶交などに関して、中央観光バス事件(大阪地判昭55.3.26 判時968-118)では、会社およびこのような行為を幇助した管理職一人につき慰謝料5万円の支払いが認められ、国際信販事件(東京地判平14.7.9 労判836-104)では、防止措置を取らなかったこと等から会社の代表取締役らに対し、約183万円の損害賠償の支払いが命じられている。
(2)苦痛な仕事への業務命令
苦痛な仕事への業務命令に関し、バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件(東京地判平7.12.4 労判685-17)では、課長職であった者を総務課受付へ配置転換した銀行の措置が、勤続33年に及び課長まで経験した者をこのような職務に就かせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたものであり、違法なものであるとして、銀行に対して慰謝料100万円の支払いが命じられている。
また、エフピコ事件(水戸地下妻支判平11.6.15 労判763-7)では、退職強要に応じない労働者に対し草むしり等の雑用の仕事しか与えなかった行為が、使用者の「労働者がその意に反して退職することがないように職場環境を整備する義務」に違反するとされ、逸失利益として労働者らの平均賃金6ヵ月分、および慰謝料として50万円ないし100万円が認められている。この事件は、東京高裁(東京地判平12.5.24 労判785-22)で労働者側敗訴の後、最高裁で、一審が算定した額の半分の水準で和解が成立している。
このほかに、JR東日本(本荘保線区)事件(最二小判平8.2.23 労判690-12)において最高裁は、国労マーク入りのベルトの取り外し命令に応じなかった組合員に就業規則全文の書き写しを命じたことは、見せしめをかねた懲罰的目的からなされた人格権を侵害する行為であるとした第二審の判決を支持し、慰謝料20万円と弁護士費用5万円の支払いを認めている。
また、神奈川中央交通(大和営業所)事件(横浜地判平11.9.21 労判771-32)では、乗用車との接触事故を理由に上司によってなされた炎天下での草むしり作業等の業務命令が違法であるとして、慰謝料60万円が認められている。
そして、フジシール事件(大阪地判平12.8.28 労判793-13)では、退職勧奨を拒否した労働者に対する遠方の工場への配転命令に関し、配転先での業務が労働者の経歴とは関連しない単純作業であったことから、嫌がらせとして発せられたものとして無効とされた。また、ネッスル(専従者復帰)事件(神戸地判平元.4.25 労判542-54)では、組合専従復帰後の労働者に隔離的措置が講じられ、劣悪な職場環境での苛酷な職務が与えられたとして、労働者らそれぞれに50万円・70万円の慰謝料の支払いが認められた。
さらに、新和産業事件(大阪高判平25.4.25 労判1076-19)では、社長が気に入らない営業部課長に退職勧奨を繰り返したが、同課長がそれに応じなかったため大阪倉庫での勤務を命ずる配転命令及び課長職を解く降格命令が出されたことに関し、まず配転命令は退職に追い込むため等の不当な動機・目的によるもので、かつ、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので権利濫用であり、次に降格命令についても人事上の裁量権の範囲を逸脱し権利濫用であり、ともに無効と判断された。
(3)過度の叱責、嘲笑・からかい、糾弾・非難
上司の暴言等のため、労働者が精神疾患に陥ったような場合にも、上司や会社は損害賠償責任を負わされる場合がある。東芝府中工場事件(東京地八王子支判平2.2.1 労判558-68)では、労働者が心因反応を起したのは製造長の叱責および反省書の要求が原因であるとされ、製造長に対し慰謝料の支払が命じられた(ただし、労働者側の不誠実な態度等も考慮され、15万円に限り慰謝料請求が認められている)。また、誠昇会北本共済病院事件(さいたま地判平16.9.25 労判883-38)では、年長の看護師による嘲笑・からかい等のいじめによる准看護師の自殺につき、年長の看護師に対し1,000万円、病院が防止しなかったことについて500万円の慰謝料が認められている。さらに、職員会議において他の職員らがユニオンに加盟した職員を糾弾したために、職員が精神的疾患に罹患した事案であるU福祉会事件(名古屋地判平17.4.27 労判895-24)では、他の職員らおよび法人に対し連帯して慰謝料500万円の支払いが命じられ、また、法人に職員の休職中の賃金、賞与相当額等の支払いが命じられている。
さらに、A保険会社上司(損害賠償)事件(東京高判平17.4.20 労判914-82)では、「やる気がないなら会社を辞めるべき」という内容のメールを労働者本人および職場の十数人に送信した上司の行為が、労働者の名誉感情を毀損するものであるとして上司に慰謝料5万円が命じられている。