(18)【女性労働】産前産後・育児・介護休業の取得に対する不利益な取扱い

3.労働者の人権・雇用平等

1 ポイント

(1)法律が労働者に保障した権利の行使を抑制し、権利を保障した趣旨を実質的に失わせる制度や措置は、公序良俗(現在の社会秩序)に反して無効となる。

(2)権利の行使を抑制し、権利を保障した趣旨を実質的に失わせるかは、個別具体的事情における制度・措置の本当の目的や、労働者が被る不利益の程度による。

(3)育児休業取得の拒否や、育児・介護に影響を与える個別の処遇は、違法とされうる。

2 モデル裁判例

東朋学園事件 最一小判平15.12.4 労判862-14

(1)事件のあらまし

一審被告Yで働く一審原告女性Xは、8週間の産前産後休業を取得し、育児休業に代わる1日1時間15分の勤務時間短縮措置を受けた。

Yは賞与の支給について、1年を6ヵ月で2分した各期間につき出勤率が90%以上の者という要件を就業規則で定め、詳細はその都度回覧文書で知らせるとしていた。

Xが産前産後休業を取得した期間と、育児休業に代わる勤務時間短縮措置を受けていた期間に対応する賞与の支給につき、各回覧文書は、産前産後休業取得日と、勤務時間短縮総時間数を所定労働時間数で除して算出した分を欠勤日数に加算するとし、出勤した日数を出勤すべき日数で除した割合(出勤率)が90%以上の者を支給対象者としていた(90%条項)。Xはいずれの期間も出勤率90%を満たすことができず、賞与支給対象者から除外され、各期間に対応する賞与が支給されなかった。

そこでXは、上記取扱いの根拠である就業規則の定めは、(平成9年改正前)労基法65条、67条、(平成7年改正前)育休法10条の趣旨及び公序に反するなどと主張して、Yに対して不支給とされた各賞与等の支払いを求めて提訴した。一審(東京地判平10.3.25 労判735-15)、二審(東京高判平13.4.17 労判803-11)は共に、おおむねXの主張を容れたため、Yが上告した。

(2)判決の内容

労働者側一部勝訴

各回覧文書により具体化された90%条項は、労基法65条の産前産後休業の権利及び育休法10条を受けYの規程で定められた勤務時間短縮措置を請求し得る法的利益に基づく不就労を含め出勤率を算定するものだが、労基法65条及び育休法10条の趣旨に照らすと、上記権利等の行使を抑制し、労基法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせる場合に限り公序に反して無効となる。

本件では、①90%条項は、産前産後休業期間等を欠勤日数に含め算定した出勤率が90%未満の場合は賞与が一切支給されない不利益を被らせ、②Yでは従業員の年間総収入額に占める賞与の比重は相当大きく、賞与不支給者の受ける経済的不利益は大きい上、③90%という出勤率からみて、従業員が産前産後休業を取得し又は勤務時間短縮措置を受けた場合はそれだけで同条項に該当し、賞与不支給の可能性が高く、上記権利等の行使に対する事実上の抑止力は相当強い。そうすると、90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置の短縮時間分を含めないとしている部分は、上記権利等の行使を抑制し、労基法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるから、公序に反し無効である。

3 解説

モデル裁判例が述べるように、法律が労働者に認めた権利の行使を抑制し、法律が権利を保障した趣旨を実質的に失わせる制度や措置は、公序良俗(現在の社会秩序。民法90条)に反して無効となる。

また、最近では、育児・介護休業法それ自体の解釈が裁判所によって示されたり、同法の規定の趣旨が、会社の労働者に対する取扱いの違法性判断において考慮されたりしていて、裁判所の考え方に進展が見られる。

(1)権利行使を抑制する場合

日本シェーリング事件(最一小判平元.12.14 民集43-12-1895)では、賃金引上げの条件として、前年稼働率が80%以下の者を除外するという条項(80%条項)が違法・無効とされた。稼働率算定の基礎となる不就労事項には、労基法及び労組法が保障する、年休、生理日休業、産前産後休業、育児時間、労災による休業等、ストライキなど組合活動が含まれていたためである。最高裁判所は、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点は、法律に定められた権利の行使を抑制し、法律が労働者に権利を保障した趣旨を実質的に失わせるゆえ問題であり、したがって、80%条項にある法律上の権利行使による不就労を稼働率算定の基礎とする定めは公序に反し無効であると述べた。

(2)権利行使を抑制しない場合

エヌ・ビー・シー工業事件(最三小判昭60.7.16 民集39-5-1023)では、労基法68条の生理日の就業が困難な場合の休業を理由とする精皆勤手当の減額をめぐって争われた。最高裁判所は、精皆勤手当の算定に当たり、生理日休業の取得日数を出勤不足日数に算入する措置は、同手当が法定の要件を欠く生理日休業及び自己都合欠勤を減少させて出勤率の向上を図ることを目的として設けられたものであり、生理日休業の取得者には、最も少額でも1日当たり1,460円の基本給相当額の不就業手当が別に支給されるのだから、生理日休業の取得を理由とする精皆勤手当の減額は、労基法68条の趣旨を失わせるものではなく、同条に反しないと判断した。

(3)育児・介護休業法との関係

近時、会社が育児休業付与の拒否が不法行為(民法709条)に当たるとして、これによって受けた損害を賠償すべきと判断した事例がある(日欧産業協力センター事件 東京高判平17.1.26 労判890-18:育休取得拒否に係る慰謝料及び弁護士費用計50万円)。また、育休法19条1項が定める深夜業(午後10時から午前5時)の免除制度について、裁判所は、同項は「労働させてはならない」と定めていることから、深夜時間帯が所定労働時間内であるか否かにかかわらず、深夜時間帯における労働者の労務提供義務が消滅すると解釈し、労働者が他の時間帯において就労する意思を表明し能力を有している場合は不就業ではなく、労務の提供があった(労務提供義務を果たした)ものとして、労働者は、乗務割当て相当日数分の賃金請求権を失わない(会社は賃金を支払わなければならない)と判断した事例がある(日本航空インターナショナル事件 東京地判平19.3.26 労判937-54)。

そして、育児休業終了後の労働者の処遇についての育休法10条に関しては、産前産後休業に続く育児休業取得から復職後、担当業務変更に伴う役割等級制におけるグレードの引下げと賃金減額を行ったことにつき、就業規則等による明示的な根拠もなく、人事権の濫用に当たると判断したコナミデジタルエンタテインメント事件(東京高判平23.12.27 労判1042-15)、及び、3ヵ月間の育児休業を取得した男性看護師に、翌年度の職能給の昇給を行わなかったことは(なお、本人給の昇給はあり)、育休法10条に定める不利益取扱いに当たり、かつ、「同法が労働者に保障した育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に保障した趣旨を実質的に失わせるものであるといわざるを得ず、公序に反し、無効というべきであ」り、不法行為法上違法であると結論付けた医療法人稲門会(いわくら病院)事件(大阪高判平26.7.18 労判1104-71)がある。

さらに、妊娠・出産等を理由とする解雇その他不利益取扱いを禁止した男女雇用機会均等法9条3項に関して、妊娠中の軽易業務転換を契機としてなされた事業主による降格措置(副主任の役職を免じたこと)につき、同項を強行規定と解したうえで、原則として同項の禁止する不利益取扱いに当たると解したが、他方、同項の禁止する不利益取扱いに当たらない例外的な場合として、①「当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利益な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」、又は、②「事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」という2つの枠組みを示した最高裁判決として広島中央保健生協(C生協病院)事件(最一小判平26.10.23 民集68-8-1270、労判1100-5)が登場している(平27.1.23雇児発0123号第1号参照)。なお、同事件の差戻審(広島高判平27.11.17 労判1127-5)において、結論的には上述の例外枠組みに当たる事情はなく、原則どおり均等法9条3項違反が認められている(措置による減額分約45万円、慰謝料100万円および弁護士費用30万円の支払が命じられた)。このような状況を踏まえ、平成28年均等法改正により、事業主は、妊娠・出産・育児休業等を理由に、女性労働者の就業環境が害されることのないよう、防止措置を講じる義務を負うこととなった(同法11条の2;平成29年1月施行)。

ところで、配転法理における権利濫用性判断においては、育休法26条の趣旨を逸脱した会社の取扱いが考慮要素になるとする事例が見られる(ネスレ日本(配転本訴)事件 大阪高判平18.4.14 労判915-60等;(50)【異動】を参照)。