(17)【女性労働】セクハラへの対応
3.労働者の人権・雇用平等
1 ポイント
会社は、セクシュアル・ハラスメントに対する事前・事後の迅速・適切な対応を怠ったり、被害者を排除することによるなどして問題の解決を図った場合、被害者に対して損害賠償責任を負う。
2 モデル裁判例
三重セクシュアル・ハラスメント(厚生農協連合会)事件
津地判平9.11.5 労判729-54
(1)事件のあらまし
被告Y2(原告Xらの男性上司・副主任)は日勤中に、原告X1、2(女性・看護士、准看護士)らとすれ違う際、Xらの尻を撫でるように触り性的発言を行った。またY2は、夜勤中の休憩室でも、Xらに対して同様の行為を行っていたが、その際XらはY2の手を払いのけるなどして詰所に逃げていた。
これら行為の数日後、X2はA主任に対し、Y2との深夜勤はやりたくないと申し入れたが、Aは何も答えず、その理由も聞かなかった。その後もY2はX2に対して同様の行為を繰り返したため、X2は再びAに対し、深夜勤の際のY2の行動を何とかして欲しいと訴えたが、AはX2の話になかなか耳を傾けず、最終的には何とかすると答えたものの、AはB婦長に報告しなかった。
そこでX2は後日、Aに対してY2への対処を申し入れたが、Aは今日一日だけ待ってくれと回答するに止まった。X2はさらにBに対して、Y2の行為について訴えたところ、B、C院長、D事務長らは、Y2や他の看護婦らから事情聴取を行い、Xらが所属する病棟に勤務する者も交えて話し合いの場を持った。
この事件のE病院は、経営主体である被告厚生農協連合会Y1に話し合いの結果を報告し、Y1はY2を就業規則に基づいて懲戒処分に処すると共に、副主任の任を解いた。Y2はY1に対して反省の誓約書を提出し、Y1はX1に対して、事務長・婦長連名の謝罪書を提出した。なお、以上の経緯においては、勤務表を変更してXらを夜勤から外し、その後はXらとY2が夜勤で一緒に組むことのないように勤務表を作成している。
以上の事実に基づき、XらはY2に対しては違法行為、Y1に対しては違法行為及び契約違反を理由に損害賠償(330万円)の支払いを求めて訴えを起こした。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
Y1とY2が各自55万円を支払う限度でXらの請求が認められた。
被告Y2の行為は違法な環境型セクシュアル・ハラスメント(以下、S.H.)行為に当たる。会社は従業員に対して労働契約の義務の一つとして、労働者にとり働きやすい職場環境を保つよう配慮すべき義務を負っている。Y2には従前から、日常勤務中、特に卑猥な言動が認められたが、Y1はY2に対して何も注意をしなかった。AはX2からY2と夜勤をやりたくないと聞きながらも、その理由すら尋ねず何ら対応策を取らなかった。AはX2から休憩室でのY2の行為を聞いたにも拘わらず、直ちにB婦長らに伝えようとせず、Y2に注意することもしなかった。これらの結果、夜勤中、Y2のX1に対する休憩室での行為が行われた。したがってY1は、Xらに対して負っている働きやすい職場環境を保つよう配慮すべき義務を怠り、その結果Y2の休憩室での行為を招いたと認められるから、Xらに対して労働契約に基づく義務違反の法的責任を負う。
3 解説
モデル裁判例のとおり、会社はS.H.を予防し、迅速・適切な対応をとる義務を負う。加えて、平成9年改正雇均法の施行後、会社はS.H.に対応することがより一層強く求められ(下関セクハラ(食品会社営業所)事件 広島高判平16.9.2 労判881-29)、平成18年改正雇均法11条は明確に、S.H.に対応する雇用管理上の措置義務を会社に課している(なお、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」平18.10.11厚労告615号[平25.12.24厚労告383号改正]も参照)。
(1)事前の対応
組織的な予防措置を講じなかったことがS.H.の生じた一因である場合、会社は法的責任を負う(鹿児島セクハラ(社団法人)事件 鹿児島地判平13.11.27 労判836-151:慰謝料30万円)。しかし、会社はS.H.を充分理解し、その防止と対応について組合と協定を結び、従業員に対しS.H.防止の広報活動を行っている場合、S.H.予防義務に違反したとはいえない(A社(総合警備保障業)事件 神戸地尼崎支判平17.9.22 労判906-25)。しかし、事前の対応は奏功していなければならない。
(2)事後の対応
事後の迅速・適切な対応を怠った場合も会社に法的責任が生じる。職場トイレでの覗き見行為について数日後に漫然と行為者の言い分を聞くなどの場合である(仙台セクハラ(自動車販売会社)事件 仙台地判平13.3.26 労判808-13:慰謝料等350万円)。
就業時間外・社外でのS.H.への対応については、顧客からの暴行に対し会社が安全を配慮しなかったため退職を余儀なくされたという事例で、会社が事件発生を予測するのは難しいとして、会社の配慮義務違反が否定されている(バイオテック事件 東京地判平11.4.2 労判772-84)。しかし、出張時等における執拗なS.H.については、会社は被害者からの申立てを取り合わず我慢などを強いたことから、相談体制の整備は奏功していなかったとして、会社に損害賠償責任が認められている(青森セクハラ(バス運送業)事件 青森地判平16.12.24 労判889-19:慰謝料及び再就職困難ゆえの逸失利益計約517万円)。
相談体制に関しては、S.H.相談担当職員が適切な対応を怠った事例で、市に損害賠償責任が認められている(A市職員(セクハラ損害賠償)事件 横浜地判平16.7.8 労判880-123:慰謝料等220万円)。
(3)被害者の排除による問題解決
被害者を退職させることで問題を解決しようとした場合、会社は法的責任を負う(福岡セクハラ(丙企画)事件 福岡地判平4.4.16 労判607-6:慰謝料等165万円。東京セクハラ(M商事)事件 東京地判平11.3.12 労判760-23:未払給与及び慰謝料等311万円)。また、被害者の解雇により事態収拾を図ろうとした場合、その解雇に合理的理由はなく、権利の濫用(民法1条3項)として無効になる(沼津セクハラ(F鉄道工業)事件 静岡地沼津支判平11.2.26 労判760-38:未払賞与及び慰謝料360万円)。
(4)プライバシー侵害
S.H.は被害者のプライバシー侵害と密接にかかわる。男性従業員によるビデオの隠し撮りに端を発して、男女従業員が男女関係にあるかのような会社取締役の発言により女性従業員が退職を余儀なくされた事例で、会社は労働者のプライバシーが侵害されないよう、労働者が意に反して退職することがないように職場環境を整える義務があるとされている(京都セクハラ(呉服販売会社)事件 京都地判平9.4.17 労判716-49:慰謝料等約354万円)。
(5)セクシュアル・ハラスメント行為者の処分
S.H.行為者は、就業規則の「風紀を乱した者」「会社の信用を失墜させた者」等に当たり、懲戒処分の対象とされる(コンピューター・メンテナンス・サービス事件 東京地判平10.12.7 労判751-18)。管理職がS.H.を行った場合、その適格性を欠くとしてされた普通解雇は有効とされる(A製薬事件 東京地判平12.8.29 労判794-77)。しかし、口頭1回、私用メール2回で女性従業員をお茶に誘う行為は、懲戒解雇事由に該当せず、お茶の誘いを理由になされた懲戒解雇は無効と判断されている(日本システムワープ事件 東京地判平16.9.10 労判886-89)。
また、女性派遣従業員等に1年余りにわたり不貞相手の話や年齢に基づく女性差別的発言等のセクハラ行為を繰り返していた管理職(課長代理)2名に対してなされた出勤停止処分及び同処分を受けたことを理由とする降格処分について、管理職としてセクハラ防止のため部下を指導すべき立場にあったにもかかわらず、多数回のセクハラ行為等を繰り返していたこと、及び、同行為が一因となって被害女性従業員の1名はL館での勤務を辞めざるを得なかったこと等を考慮に入れたうえ、同従業員から明白な拒否の姿勢を示されておらず、事前に使用者から警告や注意等を受けていなかったこと等の事情が存したとしても、これらの事情は加害者らに有利に斟酌し得ないとして、加害者に対する出勤停止処分及び降格処分を有効と判断した最高裁判例(L館事件 最一小判平27.2.26 労判1109-5)がある。