(15)【女性労働】セクハラとは何か
3.労働者の人権・雇用平等
1 ポイント
(1)性的な言動は、当事者の属性・対応や行為の様子などから全体的に見て、社会的に許されないと考えられるものならば、性的自由や人の尊厳を傷付ける違法な行為である。
(2)会社とその従業員はもちろん、派遣先、出向先、取引先、顧客もセクシュアル・ハラスメントに関与したと認められる場合は法的責任を負う。
(3)セクシュアル・ハラスメントが認められないか、被害者に落ち度があると認められるなどの場合には、損害賠償を求めた側が加害者に対する名誉毀損の責任を負ったり、損害賠償額が減額されたりすることがある。
2 モデル裁判例
金沢セクハラ(損害賠償)(解雇)事件 最二小判平11.7.16
労判767-14,16(名古屋高金沢支判平8.10.30 労判707-37)
(1)事件のあらまし
一審被告の男性Y2は会社(一審被告Y1)の代表取締役であり、一審原告の女性XはY2の下で働く家政婦である。
Y2はXに性交渉をしつこく迫り、また、日常的に性的言動を行っていた。Xはこれに対し明確に拒絶したところ、それ以降Y2はXに仕事の仕方を注意したりしたことから、XとY2は互いに不信感を募らせていった。ある時Xの行動についてY2が非難したところ、Xが反抗的な態度を取ったため、Y2は激怒してXの頬を殴った。
Y1にはボーナスを支給する定めはないものの、他の従業員には支払っていたのにXには支給しなかった。するとXは、ボーナスを支給するようしつこく抗議を繰り返した。
Y2が解雇予告手当を提示してXを解雇したところ、Xは上記の性交渉拒否や性的言動に対する嫌がらせと解雇は違法な行為であるとして、Y1とY2に対して損害賠償を請求した。一審、二審ともXの請求を一部認めたが、Xの態度などに照らして解雇はやむを得ないとした。そこで二審判決のうち敗訴部分につき双方が上告した。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
上告棄却。以下は二審の判決理由(Y2の責任のみ。慰謝料等138万円)。
職場で男性上司が女性部下に対して地位を利用して女性の意に反する性的言動を行った場合、そのすべてが違法とされるのではないが、行為の様子、男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、言動の場所・繰り返しの有無、被害女性の対応などを総合的にみて、社会的に許されない程度であれば、性的自由や人の尊厳を傷付ける違法な行為である。
Xに性交渉を迫るY2の強制猥褻行為は違法であり、性的言動も社会的に許されず、Xの尊厳を損なう違法なものである。また、殴打も違法な行為である。
だが、①Xが拒絶を示して以降、Y2がXに仕事の仕方を注意したりしたことは、Y2のビジネスライクな対応によるもので違法でない。②ボーナスは明確な支給規定がないため具体的権利といえず、不支給はXへの報復でない。③解雇は、雇主との信頼関係が要求される家政婦の職務内容とXのしつこい抗議態度からして信頼関係は完全に損なわれ、Xの家政婦としての能力に疑問もあるので違法でない。
3 解説
(1)どのような行為が違法なセクシュアル・ハラスメントになるのか?
モデル裁判例の事例は最高裁判所として初めて、高等裁判所が示したセクシュアル・ハラスメント(以下S.H.)の結論を支持し、間接的にS.H.の判断枠組みを承認したという意味で極めて重要である。なお、パワーハラスメントに関しても類似の判断枠組みを示している最近の事案としてザ・ウインザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件(東京地判平24.3.9 労判1050-68)等がある。
地方裁判所や高等裁判所の判決は、性的自由や人間の尊厳あるいは良好な職場環境で労働者を働かせるという使用者の義務を設定した上で、契約違反や行為の違法性を認めてS.H.の行為者とその会社に法的責任を負わせ、被害者の損害賠償請求を認めるという方法をとっている。損害賠償責任が認められるためには、権利侵害(人格権侵害等)、注意義務違反(使用者の良好な職場環境を整える義務違反)又は契約違反(債務不履行)等が認められる必要がある。
職場のS.H.の行為者と被害者の関係は、職務に関連した男女の関係であり、S.H.は、労働者と会社の契約関係よりも、より人間的な関係から生じる。そうすると、S.H.が人間の尊厳を傷つけたり、良好な職場環境で働かせる使用者の義務に反しているかを判断するに当たっては、幅広く当事者の関係性を考察することが必要となる。したがってモデル裁判例は、のちの別の事件において労働者の権利の侵害や会社の義務違反の有無を判断する際に非常に重要な意味を持つ。
なお、会社側の法的責任を裁判で立証するため、労働者は会社や関係機関が有している当該事件に係る資料を収集する必要がある場合が多い。このような事件のため、民事訴訟法には文書提出命令申立制度が設けられている(民訴法220条)。しかし、S.H.に係る文書提出申立てについて裁判所は、文書を開示することによる個人のプライバシー侵害など文書を所持する側にとって大きな不利益の招来が懸念されることなどを理由に申立てを却けている(A社(文書提出命令申立)事件 神戸地尼崎支決平17.1.5 労判902-166)
(2)セクシュアル・ハラスメントの法的責任の所在
誰が違法なS.H.の法的責任を負うか。会社、加害者である上司・同僚は、違法なS.H.の法的責任を負う(例えば、岡山セクハラ(リサイクルショップA社)事件 岡山地判平14.11.6 労判845-73:損害賠償額約765万円)。
S.H.が取引先や顧客など会社外の人間によって行われた場合でも、被害者がS.H.を受けていることを知っているか知りうる場合には、会社は法的責任を負う。この場合当然、行為者である取引先従業員や顧客にも法的責任が生じる。
派遣労働者の場合、労働契約に基づく責任は派遣元にあるが、派遣先で被害を受ければ、派遣先は法的責任を負う(東京セクハラ(航空会社派遣社員)事件 東京地判平15.8.26 労判856-87:損害賠償額77万円)。逆に、派遣先従業員がS.H.を行った場合に派遣元の対応が不十分で不法行為責任が肯定された場合もある(東レエンタープライズ事件 大阪高判平25.12.20 労判1090‐21:慰謝料50万円等)。
また、出向元に在籍したまま出向先で就労していた従業員の法的責任を認め、出向先に、出向従業員の業務を指揮監督していたことを理由に、会社としての責任を認めた事例もある(横浜セクハラ(建設関係A社)事件 東京高判平9.11.20 労判728-12:損害賠償額275万円。出向元は反対に、出向従業員の業務を指揮監督していたわけではないことから責任が否定されている。)。
(3)セクシュアル・ハラスメントによる名誉毀損と損害賠償額の減額
S.H.がなかったか違法ではなかった場合又は違法であったが被害者に落ち度(過失)があった場合、法的にはどのように対処されるのか。
一つには、S.H.が認定されなかったときには、女性の男性に対する名誉毀損の損害賠償責任が認められる場合がある(神奈川県立外語短期大学事件 東京高判平11.6.8 労判770-129:慰謝料60万円)。
もう一つは、損害賠償額の減額(過失相殺。民法418条・722条2項)がなされる場合がある。例えば、東京セクハラ(派遣社員)事件(東京地判平9.1.31 労判716-105)において、裁判所は、原告は酒に酔ったうえで被告と同乗したタクシー内で、「帰りたくない」と発言し、降車後、被告と連れ立って歩きホテルに投宿したのであって、原告の言動には被告に性交渉を求めているものと誤解させる部分があったのであり、これが被告の違法なS.H.のきっかけになったことは否定できないとして、原告の損害額4分の1を減額している(暴行への慰謝料と休業による逸失利益の損害額210万6,660円のうち、158万円を支払賠償額として認めた)。また、宴席での原告ら中高年女性らの対応は、被告らの行き過ぎた対応(抱きつく、肩を抱き寄せる、体を足ではさむ等)をいさめるどころか、逆にS.H.行為を煽る結果となったとして、過失相殺を適用し、原告らの責任を2割としてその分が損害賠償額から減じられた事例がある(広島セクハラ(生命保険会社)事件 広島地判平19.3.13 労判943-52:原告ら7名に対する総額970万円の慰謝料が2割減じられて776万円とされた)。