(13)【女性労働】昇進・昇格差別
3.労働者の人権・雇用平等
1 ポイント
(1)男女同一の採用試験や職務内容にも拘わらず女性を昇進・昇格させないこと、同時期入社・同学歴の男性と比べて女性の昇進・昇格が著しく遅い場合、そのような処遇は違法である。
(2)昇進・昇格請求は認められないことが多いが、昇進・昇格差別があれば、昇進・昇格していれば得たであろう額と既払額との差額または慰謝料が損害賠償として認められうる。
(3)男女別コース制において女性を昇進・昇格させないことは違法とされないことが多いが、雇均法により男女別コース制が違法とされて以降もそれが維持されている場合、男女別の処遇は違法とされる。
2 モデル裁判例
芝信用金庫事件 東京高判平12.12.22 労判796-5
(1)事件のあらまし
金融業務を営む一審被告信用金庫Yでは次のように人事制度が運用されていた。男性については入職後早い者で約13年、遅い者でも約15~16年でほぼ全員が係長に昇進しているのに対し、女性で係長に昇進したのは9名に過ぎず、入職から係長昇進までの年数をみても最短で12年9ヵ月、最長で36年を要している。また、係長昇進後、男性は遅くとも6~7年で副参事職または課長職に昇進しているのに対し、女性で副参事に昇格したのは1名に過ぎなかった。そこで一審原告女性Xらは、同期入社同給与年齢の男性と比べて昇格・昇進について差別を受けたとして、課長職の資格および課長の職位にあることの確認を求めるとともに、最も昇格・昇進の遅い男性と同時に昇格・昇進したならば支給されたはずの賃金等の支払いを求めて提訴した(請求総額約2億3,000万円)。一審(東京地判平8.11.27 労判704-21)は、昇格・昇進における男女間の格差は性別を理由とするものであり、Xらが課長職の地位にあることを確認し差額賃金の支払いをYに命じた(総額1億227万円余)。他方、昇進については使用者の専権事項であるとして請求を棄却した。XとYの双方が控訴したのが、この裁判例である。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
裁判所は、13名のうち8名の者が課長職の地位にあることを確認し、差額賃金・退職金など総額1億8,000万円余について請求を認めた。
係長にある男性のほぼ全員が副参事に昇格しているにもかかわらず、女性のほとんどすべてが副参事に昇格していないのは極めて特異な現象である。Xらに同期同給与年齢の男性職員と同様な時期に副参事昇格試験に合格していると認められる事情のあるときには、Xらが副参事昇格試験を受験しながら不合格となり、従前の資格に据え置かれるというその後の行為は労基法13条に反し無効となる。したがって、Xらは、労働契約の本質(労基法3条4条に現れている男女を平等に取扱う使用者の義務)および労基法13条により、副参事の地位に昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有し、昇格した職位にあることの確認を求める利益がある。人事考課差別により、Xらは本来昇格すべきである時期に昇格できなかったのであるから、昇格していたことを前提にして支給される、本人給・資格給・退職金の額と実際に支払われた額との差額を請求することができる。また、Yの差別行為は違法な行為に当たるから、Yは、Xらが被った精神的苦痛に対する慰謝料などの損害賠償を支払う義務がある。(なお、この事件は最高裁で和解が成立している。)
3 解説
昇進は役職の上昇、昇格は職能資格制度の格付けの上昇をいうが、いずれも一般的に会社の裁量判断が認められるため、差別があっても昇進・昇格の地位確認や、それを前提とする差額賃金相当額の損害賠償が認められるのは難しい。その意味で、モデル裁判例が役職の上昇と職能資格制度の上昇を切り離し、後者は賃金制度とリンクしていることから、本件事案を賃金差別事件のように処理し、昇格していることの地位確認とそれを前提に差額賃金相当額の損害賠償請求などを認めたことは画期的である。
(1)差別が認められる場合とは
男女同一の採用試験を実施し、業務内容も男女同じである場合に昇格させなかったことは違法である(社会保険診療報酬支払基金事件 東京地判平2.7.4 労判565-7)。また、同時期入社・同学歴の男性と比べて女性の昇進・昇格が著しく遅い場合は男女差別があったとされる(モデル裁判例、昭和シェル石油(賃金差別)事件 東京高判平19.6.28 労判946-76など)。さらに、能力・成果主義的人事制度へと改変された後も従前の男女差別が残存・継続し、会社がこれを是正していない場合にも、違法な取扱いとなる(昭和シェル石油事件 東京地判平21.6.29 労判992-39)。
(2)昇進・昇格を請求できるか
モデル裁判例のような事例は特殊、例外的であって、通常は昇進・昇格差別があっても、それらには会社の裁量判断が認められるため、昇進・昇格請求は認められない(住友生命保険(既婚女性差別)事件 大阪地判平13.6.27 労判809-5など)。また、一定年数を経れば当然に一定の役職に昇進させる労使慣行が認められない場合、昇格確認・請求は認められない(名糖健康保険組合(男女差別)事件 東京地判平16.12.27 労判887-22)。
(3)昇進・昇格が認められないときの救済方法
昇進・昇格請求が認められなくても、昇進・昇格差別があれば差額賃金相当額の損害賠償請求が認められる(前掲社会保険診療報酬支払基金事件など)。なお、職位が賃金調整の名目的なものに過ぎない場合、女性を低い等級に位置付けること=賃金格差の合理的理由にはならない(日本オートマチックマシン事件 横浜地判平19.1.23 労判938-54)。
格付け差別については慰謝料請求が認められる(シャープエレクトロニクスマーケティング事件 大阪地判平12.2.23 労判783-71:慰謝料額500万円、違法な男女差別を人格権侵害とする岡谷鋼機(男女差別)事件 名古屋地判平16.12.22 労判888-28:慰謝料額500万円、阪急交通社(男女差別)事件 東京地判平19.11.30 労判960-63:慰謝料額100万円)。同様に、既婚者であることを理由に女性を一律に低査定し昇格させなかったことは、人事権濫用の違法行為として慰謝料請求が認められる(前掲住友生命保険(既婚者差別)事件:原告12人の慰謝料総額5,090万円)。
(4)男女別コース制と昇進・昇格差別
男女別コース制の下では、昇進・昇格差別を理由とする損害賠償請求は認められていない。男女で異なる職務割当てがなされている会社では、実際の職務内容や、会社において将来的に異なる役割を持つという社員の位置付けから、同時期入社・同学歴男性との間でなされた昇給・昇進差別による差額賃金相当額の損害賠償請求は認められない(住友電気工業事件 大阪地判平12.7.31 労判792-48)。任用職分格差(住友化学工業事件 大阪地判平13.3.28 労判807-10)、昇格時期の著しい相違(野村證券(男女差別)事件 東京地判平14.2.20 労判822-13)、相対的に低位の資格への滞留(前掲岡谷鋼機(男女差別)事件)についても、男女別コース制により男女間で知識・経験等が異なることから、昇進・昇格差別は否定される。
ただし、平成11年の改正雇均法施行以降も男女別コース制が維持され続けた場合、それ以降の処遇は違法となり、会社は損害賠償責任を負う(前掲野村證券(男女差別)事件、前掲岡谷鋼機(男女差別)事件)。また、男女別コース制と合理的関連性のない差別的能力評価・査定に基づく昇給・昇進の運用は、性別のみによる不合理な差別的取扱いとして違法となる(住友金属工業(男女差別)事件 大阪地判平17.3.28 労判898-40)。
(5)雇均法との関係
昇進に関する男女均等取扱いが雇均法において会社の努力義務とされていた時期でも、男女別昇格基準を運用し、職能資格等級の格付けとこれと連動した定昇額や本給額等において男女間で著しい格差を生じさせ、それを積極的に維持拡大する措置を取り続けている場合、そのような処遇や措置は努力義務規定の趣旨に反し、不法行為の違法性判断について考慮される(前掲昭和シェル石油(賃金差別)事件、兼松事件 東京高判平20.1.31 労判959-85)。
なお現在、昇進・昇格は、直接差別を定める雇均法6条1号、間接差別を定める同法7条及び同法施行規則2条2号3号の規制を受けていることに充分留意する必要がある(「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平18.10.11厚労告614号)も併せて参照)。