(6)【採用】採用内定取消

2.雇用関係の開始

1 ポイント

(1)入社するまでの間に、採用内定通知を発した以外に、労働契約の締結に関する特別の意思表示(書面の交換や意思確認手続等)をすることが予定されていない場合は、労働者が求人に応募することが「契約の申込み」となり、会社がこれに応じて内定通知を出すことがその申込みへの「承諾」となる。労働者が会社からの内定通知を受けて、卒業後に入社を確約し、会社が示す内定取消条件に同意する旨の誓約書を送付した場合には、就労の始期を大学卒業直後とし、内定から卒業までの間は誓約書記載の内定取消事由に基づく解約権が行使される可能性があるという「就労始期付解約権留保付労働契約」が成立したと解される。

(2)会社から採用内定を得た学生は、その会社への入社を期待して、他社への応募やすでに得ていた他社の内定を辞退し、他社への就職の機会を放棄する。このような採用内定中の学生の立場を考えると、会社が、採用内定中にみだりに契約の解約権を行使することは許されない。会社側から解約権を行使できる場合(採用内定を取り消すことができる場合)とは、具体的には、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実を認知し、その認知した事実を理由として採用内定を取消すことが採用内定期間中の解約権という権利の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当と認められる場合に限られる。

2 モデル裁判例

大日本印刷事件 最大判昭54.7.20 民集33-5-582

(1)事件のあらまし

Yは、昭和43年6月頃、A大学に対し、翌年3月卒業予定者でY社に就職を希望する者の推薦を依頼した。A大学に在籍していたXは、大学の推薦を得てYの上記求人に応募し、同年7月に筆記試験と適格検査を受けてこれに合格し、数日後に面接試験と身体検査を受け、13日に採用内定を得た。Xは、内定通知書と一緒に送付されてきた誓約書を、Yの指定日までに送付した。A大学では、学生が内定を得た場合にはその会社に入社を決定し、それ以後は他社に応募しないという「先決優先指導」を行っており、Xもそれに従って、以後の就職活動を中止した。

Yは、昭和44年2月に、Xに対する採用内定を突然取り消した(理由が示されていなかった)。Aは、大学を通じてYと入社交渉をしたが成果はなく、3月にA大学を卒業した。Xは、Yの誓約書受理により、XY間には労働契約が成立したのであり、Yによる突然の内定取消は解雇権の濫用であると主張し、雇用関係の確認等を求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

本件では、採用内定通知のほかに労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたのであるから、Yからの募集(申込みの誘引)に対し、Xが応募したのは労働契約の申込みであり、Yの内定通知は、Xの申込みへの承諾であって、Xの誓約書の提出とあいまって、XY間に、就労の始期を大学卒業直後とし、それまでの間、誓約書記載の内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのが相当である。一般に、内定を得た学生は、その会社への就職を期待し他社への就職機会と可能性を放棄するから、内定を得ている学生の地位は、就労の有無という違いはあるが、試用期間中の労働者と基本的に異なるものではない。それゆえ、採用内定期間の解約権行使には、試用中の留保解約権の行使の適否と同様に解するのが相当である。つまり、内定取消事由は、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」。Yは、Xのグルーミー(陰気)な印象を内定取消事由とするが、Xの印象は当初から分かっていたものであり、これを社会通念上相当とは是認できず、解約権の濫用にあたる。

3 解説

(1)採用内定と労働契約の成立

日本では、基幹業務を担う労働者を、新卒者の定期一括採用によって確保する会社が多い。各社は、4月に始まる新年度に合わせて雇用される労働者の人数を早期に確定させるために、早いときでは入社日の半年以上前の段階で労働者に「採用内定」(以下、「内定」)を伝え、他社への求職活動の放棄を求める。しかし、入社直前の時期になって突然、内定を取消して卒業間近の学生の採用を拒否する会社が現れたため、このような内定取消の違法性が問題となった。モデル裁判例の最高裁判決は、まず内定の法的性質について、本件では内定通知の他に、契約締結に関する特段の意思表示をすることが予定されていなかったと認定した上で、本件では労働者の求人応募が契約の申込みとなり、内定通知と労働者からの誓約書の提出によって、内定の時点で、就労開始を大学卒業直後とする労働契約(就労始期付解約権留保付労働契約)が成立したと判断した。

なお、労働契約の成否や成立した契約の性質は、契約準備過程における当事者の言動や取り交わされた文書の性質等から、事案毎に判断されるものである。そのため、たとえば、電電公社近畿電話局事件(最二小判昭55.5.30 民集34-3-464)では、一連の事実経緯から、内定通知の時点で、労働契約の効力発生の時期を来期4月1日とする「効力始期付解約権留保付労働契約」が成立したと判断された。他方、「内々定」における労働契約の成否が問題となったコーセーアールイー(第2)事件(福岡高判平23.3.10 労判1020-82)では、使用者が採用選考の合格を労働者に伝えたが、正式な内定通知日は後から連絡すると告げ、その時点では他社への求職活動の放棄を求めなかったため、裁判所は、このような「内々定」の時点では、両者の間に労働契約が成立したとは認められないとした。新日本製鐵事件(東京高判平16.1.22 労経速1876-24)でも、使用者は、例年内定式の際に誓約書、個人票、写真等の提出を受けて内定通知書を交付しており、このような慣行に照らすと、内々定の段階では労働契約の成立を認めることはできないと判断されている。

(2)内定取消の違法性判断

内定が通知された段階で労働契約の成立が認められる場合、使用者による内定取消は、労働契約の解約の意思表示となる。モデル裁判例最高裁判決は、新卒者に対する内定取消の適否について、他社への就職の機会を放棄しているという内定者の状況を重視し、内定取消が許される場合とは、内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知り、その明らかとなった事実を理由として採用内定を取り消すことが、内定中の解約権留保の趣旨目的に照らして客観的に合理的であり社会通念上相当と認められる場合のみであるとされた。

内定取消に関する過去の例をみると、起訴猶予処分を受ける程度の違法な行為に積極的にかかわった労働者に対する適格性欠如を理由とする内定取消を適法とした例がある(前掲電電公社近畿電話局事件)。他方内定取消を違法とした例には、応募書類では在日朝鮮人であることを秘匿し、後にそのことが判明して内定取消となった日立製作所事件(横浜地判昭49.6.19 判時744-29)があり、ここでは、提出書類の虚偽記入は、その内容・程度が重大で信義に欠くものでなければ内定取消は認められないとされた。また、モデル裁判例では、陰気な印象は採用選考当時認識しうるものであり、これ理由とする内定取消は社会通念上相当ではないと判示されている。なお、使用者は、学生が学業を理由に研修免除を要請した時には、研修を免除しなければならず、研修の免除を申しでた学生に内定取消等の不利益取扱いをすることはできない(宣伝会議事件・東京地判平17.1.28 労判890-5)。

なお、中途採用者に対する内定取消も、モデル裁判例の枠組みが用いられる。たとえば、オプトエレクトロニクス事件(東京地判平16.6.23 労判877-13)では、前職に関する悪い噂に基づき労働者に対する採用内定が取り消されたが、裁判所は労働者の能力や性格等について確実な証拠に基づく事由がなければならないとして、本件内定取消を違法と判断した。インフォミックス事件(東京地決平9.10.31 労判726-37)では、経営悪化を理由とする中途採用予定者への内定取消が問題となったが、裁判所は、整理解雇の有効性に関する判断枠組みの下で、経営悪化は内定取消の客観的合理的理由として認められるが、使用者の内定取消後の対応は不誠実であり、労働者が被った著しい不利益に鑑みると、内定取消は社会通念上相当とは認められないとして内定取消の違法性を認めた。