(4)募集

2.雇用関係の開始

1 ポイント

(1)求人票に記載された基本給の金額は、入社後に支払う賃金の見込額であり、入社時までに最終決定される初任給の目標数値と解するべきである。

(2)求人・採用内定の時期と入社時期が数か月も離れており、また、4月に賃金改定を一斉に行う慣行があるわが国の雇用事情を鑑みると、求人票の記載事項がそのまま労働契約の契約条項となると解することは無理であり、実情にも一致しない。採用内定時に労働契約が成立すると解するとしても、その際に求人票に記載された基本給額がそのまま当該労働契約の契約条項として確定すると解することは相当ではない。

(3)賃金は重要な労働条件の一つであり、新卒者は、求人票記載の基本給額が支払われることを期待して入社を決定していることを考慮すると、会社が、社会的に非難されるほどに求人票記載の見込額を著しく下回る額で、初任給を決定することは許されない。

2 モデル裁判例

八州測量事件 東京高判昭58.12.19 労判421-33

(1)事件のあらまし

Yは、昭和50年度の新入社員募集のために近隣の大学、専門学校等に求人斡旋を依頼し、Xらはこれに応募してYから採用内定通知を受けた。Xらはそれぞれの学校を卒業して、昭和50年4月1日からYで勤務し始めた。Xらは、入社後支払われた賃金額が、求人票記載の基本給見込み額を下回っていたことから、求人票記載の賃金見込み額と実際に支払われた賃金額の差額分の支払いを求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

本件では、YがXらに送付した合格通知書・採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったから、Yの採用通知は、Xらの求人申込みに対する承諾であって、当該採用通知を発した時に、XらとYとの間に、いわゆる採用内定として、労働契約の効力発生の始期を昭和50年4月1日とする労働契約が成立したと解される。

Xらは、この労働契約成立時(採用内定通知発令時)に、基本給額が各求人票記載の額で確定したと主張するが、「求人票に記載された基本給額は『見込額』であり、・・最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべきであ」る。すなわち、新卒者の求人が入社の数か月前から行われ、また、例年4月に賃金改定が一斉に行われるわが国では、求人票に入社時の確定賃金の記載を要求するのは無理が多く実情にも即しない。求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、求人票の内容がそのまま最終の契約条項となることが予定されていない。そのため、採用内定時に賃金額が求人票記載の通りに当然確定するとは解することができず、またそのように解しても労基法15条の労働条件明示義務に反するものとは思われない。ただし、賃金は最も重要な労働条件であり、新卒者は、入社に際して求人者から低額の確定額を提示されても受け入れざるを得ないのであるから、求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきではないことは信義則上明らかである。本件についてみると、賃金が求人票の記載よりも低くなった経緯には、石油ショックが背景にあり、他に社会的非難に当たる事実は認められず、Yも内定者に入社前に一応の事態を説明し注意を促しており、各低額も見込み額よりは3000~5000円程度下回るが、前年初任給よりは7000円程度上回っており、労働契約に影響を及ぼすほどに信義則に反するものとはいえない。

3 解説

(1)募集に関する法規則

労働者の募集(求人)は、雇用主が直接に、または文書やインターネット等を利用して行う場合については、自由にこれを行うことができるが、求人を第三者に有償で委託する場合には、厚労大臣の「許可」を得てこれを行う必要がある(無償の求人委託は、厚労大臣へ「届出」が必要。職安法36条)。なお、新聞や雑誌等に求人広告を載せる場合には、平易な表現を用いて募集内容を的確に表示し、労働者に誤解が生じないように努めなければならない(職安法42条)。

(2)労働条件明示義務

雇用主は、労働契約を締結する場合には、労働者に対して、賃金、労働時間などの労働条件を具体的に明示しなければならない(労基法15条1項)。明示義務の対象となる事項は、契約期間、契約更新の有無や更新の基準、就業場所、従事すべき業務、所定労働時間、賃金、退職に関する事項、安全衛生、職業訓練、災害補償、業務外傷病扶助、休職等である(労基則5条1項)。また、特に重要な労働条件については、書面により、労働者に提示しなければならない(同条2項、3項)。なお、使用者が、公共職業安定所や民間の職業紹介事業者を介して求人を行う場合には、使用者が、まず、これらの機関に対して労働条件を明示し、これらの機関は、雇用主が明示した労働条件を求職者に正確に伝えることになる(職安法5条の3)。

締結時に明示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合には、労働者は、即時に労働条件を解除することができる(労基法15条2項)。労働契約を即時解除した労働者が、契約解除から14日以内に帰郷する場合には、雇用主にその旅費を請求することができる(同条3項)。また、労働条件明示義務違反者に対しては、30万円以下の罰金刑が用意されている(労基法120条)。

パートタイマーについては、パート労働法によって、労基法15条による労働条件明示事項に加えて、「特定事項」(昇給、退職手当、賞与の有無)を文書によって明示する義務が課せられている(パート労働法6条、施行規則2条)。派遣法では、派遣元事業者に対して、派遣先の就業条件を書面交付等により派遣労働者に明示する義務が課せられている(派遣法34条、施行規則26条)。

(3)求人票の記載と契約締結時に示された労働条件の相違

モデル裁判例は、実際に支払われた賃金額が求人票記載の基本給額を下回っていたという事件である。裁判所は、まず、求人票は、労働契約の申込みの誘引のための文書であり、そこに記載される基本給額はあくまで「見込額」と解されるべきものであって、求人票記載の基本給額が最終の契約条項と解することはできないため、本件において労働条件明示義務違反があったとは認められないとした。しかし、他方で、求人者が、みだりに求人票記載の基本給見込額を著しく下回る額で賃金支給額を確定することは信義則上許されないとも判示している。なお、モデル裁判例では、会社が入社前に内定者に経済状態の悪化について注意を促しており、確定した賃金額も信義則に反するほど低いものではないとして、不法行為の成立が否定されているが、他方で、美研事件(東京地判平20.11.11 労判982-81)では、募集広告に示された基本給額が試用期間満了後に引き下がることについて会社が何らの説明もしなかったとして(本採用後は能力給が支給されるため基本給が減額される仕組みであった)、労働者の同意ない基本給の減額が無効とされている。

これまでの裁判例をみると、雇用主が、採用選考の面接の中で、求人票の記載とは異なる労働条件を提示し、労働者がこれに合意したり、異議を留めずに契約書に署名押印したりした場合には、労働者に著しい不利益をもたらす等の特段の事情がない限り、面接時や契約締結時の合意が求人票の記載の内容に優先すると解されているものが多い。たとえば、藍澤證券事件(東京高判平22.5.27 労判1011-20)では、求人票では「無期契約の正社員」と記載されていたが、面接後に取り交わした契約書では「有期契約の契約社員」という条件になっていた。裁判所は、会社は契約締結前に労働者に熟慮する時間を十分与えており、労働条件も書面によって明示されているから、契約書の内容で合意が成立していると認めることを否定する「特段の事情」は認められないと判断している。日本アスペクトコア事件(東京地判平26.8.13 労経速2237-24)では、内定の段階で説明された業務内容と労働契約書に記載された業務内容が異なっていたことが問題となったが、裁判所は、労基法15条1項違反が認められるとしても、同条違反の法的効果は労基法15条2,3項に留まるものであり、直ちに説明義務違反が成立するものではなく、本件では、正式な契約書を作成する時点では業務内容を正確に明示し、労働者はこれに異議を留めて、求人票記載の業務に変更を求め、希望が適ってその業務に就いたことを考慮すると、会社は説明義務を尽くしており、信義誠実義務違反があったとも認められないと判断した。