(3)国際労働関係の適用範囲

1.労働関係法規の適用

1 ポイント

(1)国際的な労働関係(使用者・労働者の一方が外国籍である、事業が外国で行われるなど)においては、その労働契約に日本法・外国法のどちらが適用されるのか、という準拠法の問題が生じる。

(2)労働契約上の問題については、「法の適用に関する通則法」に基づき、契約締結時に当事者が選択した地の法が適用される。当事者による選択がなされない場合には、「当該法律行為と最も密接な関係がある地の法」が準拠法とされる。労働契約については、原則として、労務を供給すべき地の法が「最も密接な関係がある地の法」と推定される。

(3)労基法、労安衛法、労災保険法、労組法など、刑事制裁や行政取締により実効性を確保する仕組みをもつ労働法規は、日本国内において営まれる事業に対しては、使用者・労働者の国籍を問わず、また当事者の意思のいかんを問わず、適用される。

2 モデル裁判例

ドイッチェ・ルフトハンザ・アクチェンゲゼルシャフト事件
 東京地判平9.10.11 労判726-70

(1)事件のあらまし

被告側使用者Yは、ドイツに本社をおく航空会社である。原告側労働者X1~X3は、Yに雇用され、東京ベースのエアホステス(客室乗務員)として勤務していた。Yは従来、東京ベースの日本人エアホステスに対して、ドイツと東京との生活費等の差額を補塡する趣旨で付加手当を支給してきた。しかし、ドイツにおける給与所得に対する課税方法が変更され、X1~X3の給与の手取額が増加したことを理由に、付加手当を撤回した。そこで、X1~X3は、付加手当の撤回が無効であることを理由として、Yに対し同手当等の支払いを求めて訴えを提起した。手当撤回の有効性を判断する前提として、X1~X3の労働契約には日本法、ドイツ法のいずれが適用されるのかが争われた。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

労働契約の準拠法は、法例7条の規定に従って定められるが、当事者間に明示の合意がない場合でも、当事者自治の原則を定めた法例7条1項により、契約の内容など具体的事情を総合的に考慮して当事者の暗黙の意思を推定すべきである。X1~X3らの各労働契約の内容は、ドイツで締結された労働協約によると合意されている。また、X1~X3らは、付加手当等、労働協約の適用を受けない個別的な労働条件については、フランクフルト本社の客室乗務員人事部と交渉してきた。X1~X3らに対する具体的な労務管理や指揮命令、フライトスケジュールの作成もドイツの担当部署が行っている。そのうえ、Xらの募集、面接、採用決定、労働契約締結はフランクフルト本社の担当者が行った。以上の諸事実を総合すれば、XらとYの間に、本件各労働契約の準拠法はドイツ法であるとの暗黙の合意が成立していたものと推定することができる。また、国際線の客室乗務員であるXらの労務供給地は他国間にまたがっていて特定の労務供給地はないというべきであり、ホームベースが日本であることのみでは、当事者間で準拠法を日本法とする合意が成立していたとはいえない。

3 解説

(1)準拠法が問題となる場合

国際的な労働関係においては、その労働契約に日本法・外国法のどちらが適用されるのか、という準拠法の問題が生じる。具体的には、外国法人や外国法人の日本子会社(外資系企業)が使用者である場合、労働者が外国籍である場合、日本企業に雇用されている労働者が海外出張や転勤により外国で勤務する場合などである。

(2)国際的労働契約の準拠法の決定

準拠法の問題のうち、労基法や最賃法などの強行法規の適用をのぞく労働契約上の問題については、従来、法例7条1項の下で①外国法を適用することが公序に反しない限り、当事者の合意により準拠法を決定する、②当事者の明確な合意がない場合にも、様々な事情を考慮して、できる限り当事者の暗黙の意思を探求し、それに従って準拠法を決定する(モデル裁判例を参照)という処理がなされてきた。

現在は、2006年に制定された「法の適用に関する通則法」(以下、通則法)により、準拠法の決定について以下のような基準が示されている。

まず、一般原則としては、法律行為がなされた時に当事者が選択した地の法が準拠法とされる(7条)。当事者による選択(明確な意思表示)がない場合は「当該法律行為に最も密接な関係がある地の法」が適用される(同法8条1項)。労働契約については特則が定められており、原則として、労務を提供すべき地の法が「最も密接な関係がある地の法」と推定される(同法12条2項)。労務供給地を特定できない場合は、当該労働者を雇い入れた事業所がある地の法が「最も密接な関係がある地の法」と推定される(同法12条3項)。

モデル裁判例は通則法の施行前のケースであり、法例7条1項に基づいて当事者の暗黙の意思を探求することにより、ドイツ法が準拠法と判断された。同じケースを通則法に照らして判断するならば、Xらの労務供給地を特定できない以上、事業所の所在地である日本法が「最も密接な関係がある地の法」と推定されることになろう。ただし、これはあくまでも推定であるから、当事者がXらの労務管理や採用手続はすべてドイツ本社が行っており、日本の営業所との関係は形式的なものである等の事情を立証すれば、上記の推定を覆してドイツ法を準拠法と判断することも可能だと思われる。

(3)労基法など強行法規の適用

上記の通り、通則法は、労働契約の準拠法は当事者の選択により決まるという原則を定めている。それでは、当事者が外国法を選択した場合、労働者が日本で就労していても労基法などの保護法は適用されないのだろうか。

この点については、通則法が制定される以前から、労基法、労働安全衛生法、最低賃金法、労災保険法など、刑事制裁や行政取締により実効性を確保するしくみをもつ強行的な労働保護法規は、日本国内において営まれる事業に対しては、使用者・労働者の国籍を問わず、また当事者の意思のいかんを問わず、適用されると解されてきた。

通則法も労働者保護の観点から、労働契約の準拠法について当事者の選択の自由を制限している。すなわち、労働契約の当事者が(2)で述べた「最も密接な関係がある地の法」を準拠法として選択しなかった場合も、労働者の意思表示により、同地の「特定の強行法規」が適用される(12条1項)。したがって、当事者の選択にかかわらず、日本法が「最も密接な関係がある地の法」であれば、労働者が求めた場合には労基法や最賃法などが当該労働契約に適用されることになる。また、明文の規定はないが、労働者が意思表示をしなかった場合にも上記の「特定の強行法規」は適用されるというのが通則法の立法趣旨と解されている。

したがって、日本国内で事業を行う外国企業や、日本国内で就労する外国人労働者(不法就労外国人をも含む)に対しては、使用者・労働者の国籍や当事者の意思にかかわらず、労基法等が適用される。逆に、外国で事業を営む日本企業や、海外の企業で働く日本人労働者には、原則として労基法等は適用されないことになる。ただし、国内の事業場から海外へ派遣された労働者については、海外での就労が一時的なもので国内の事業との関係が継続していると認められる場合(短期の出張や、長期の転勤であっても日本国内の事業場が雇用管理を行っている場合など)には、労基法等が適用される。