(2)「使用者」の定義
1.労働関係法規の適用
1 ポイント
(1)労働契約は「労働者」と「使用者」の間で締結される。労働契約上の「使用者」とは、通常は当該労働者を雇った者(企業)であるが、請負や派遣、親子会社、グループ企業など複数の企業が関わり合う労働関係においては、誰が労働契約上の「使用者」として義務を負うのかが問題となることがある。
(2)上記の場合に、黙示の労働契約や「法人格否認の法理」により、派遣先会社や親会社に対して労働契約上の「使用者」としての責任が認められることがあるが、判例はこれらの法理の適用に慎重な態度をとっている。
(3)労基法上の規制について責任を負う「使用者」とは、現実に労基法の規制事項について権限と責任を有し使用者として行為する者であり、労働契約の当事者としての「使用者」とは異なる。
(4)労働契約上の使用者に当たらなくても、①近い過去や近い将来における労働契約上の使用者や、②労働者の基本的な労働条件等について現実的・具体的に支配できる地位にあるものは、労組法上の責任を負う「使用者」と判断されることがある。
2 モデル裁判例
大映映像ほか事件 東京高判平5.12.22 労判664-81
(1)事件のあらまし
有料職業紹介業者であるAは、テレビ番組等のエキストラ出演希望者を募集し、Xはこれに応じてA社会員として登録した。A社は番組制作会社とエキストラを手配する契約を締結し、会員の中から出演希望者を募って、出演後に各エキストラの出演料や紹介手数料等を一括して番組制作会社に請求したうえ、受領した料金の中から各出演者に出演料を支払っていた。XはA社会員としてY社らが制作した番組にエキストラ出演したが、A社はY社らからXの出演料等を受領した後に倒産した。そこで、Xは、エキストラ出演がY社らとの雇用契約に基づくものであると主張し、同社に対し出演料(賃金)の支払いを求めて提訴した。
(2)判決の内容
労働者側敗訴
XとY社らとの間に黙示の雇用契約が成立したと言えるためには、両者の間に事実上の使用従属関係があるだけでなく、「雇用条件決定の経緯、指揮命令関係の有無・内容、労務管理の有無・程度、賃金支払方法等諸般の事情に照らして、XがY社らの指揮命令の下にY社らに労務を提供する意思を有し、これに対し、Y社らがその対価としてXに賃金を支払う意思を有するものと推認され、社会通念上、両者間で雇用契約を締結する旨の意思表示の合致があったと評価できるに足りる事情があることが必要である」。
本件においては、Yらは原告の賃金その他の雇用条件を決定しておらず、Xに対し労務提供につき全般的な指揮命令、労務管理をしていたということもできず、また、賃金の支払いに関与していたともいえないのであるから、XがYらの助監督・アシスタントディレクターの指示・指導に基づきエキストラとして演技していた事実があるからといって、これを根拠にXY間に雇用契約が黙示に成立したということは困難である。
3 解説
(1)労働契約の当事者たる「使用者」
労働契約は、労基法上の「労働者」(前項(1)[1.労働関係法規の適用]を参照)と「使用者」の間で締結される契約である。労働契約上の「使用者」とは、「労働者」を使用し賃金を支払う者である(労契法2条2項参照)。すなわち、通常、労働契約上の使用者とは「労働者」を雇った者(企業)であって、これが誰かは明確である。しかし、業務処理請負や派遣などの社外労働者受入れ、親子会社など労働関係に複数の企業が関与する場合には、労働契約上の使用者としての義務を負うのが誰かが問題となることがある。
まず、業務処理請負や労働者派遣により、労働者が他の企業に派遣され就労している場合には、受入先の企業を使用者とする黙示の労働契約が成立しているか否かが問題となりうる。モデル裁判例に見られるように、判例は、このような契約関係を認めるには、派遣先企業が当該労働者の業務遂行について指揮命令や出退勤管理を行っている(事実上の使用従属関係)だけでは足りず、当該労働者の労務を受領し、それに対して賃金を支払っていると評価できることが必要であるとしている(モデル裁判例の他に、サガテレビ事件 福岡高判昭58.6.7 労判410-29など)。したがって、適法な労働者派遣や業務処理請負においては、受入れ企業との間に黙示の労働契約の成立が認められることはないといえる。裁判所はこのような労働契約の成立を容易に認めない傾向があるが、平成24年の労働者派遣法改正により、派遣先企業が違法派遣であることを知りつつ労働者を受け入れていた場合に、当該労働者に直接雇用を申し入れたものとみなす旨の規定が新設され、平成27年10月1日から施行されている→(94)[11.非正規雇用]参照)。また、紹介所から派遣されるという形をとって病院に勤務していた付添婦と病院との間に黙示の労働契約の成立を認めた事例として、安田病院事件(大阪高判平10.2.18 労判744-63。[最三小判平10.9.8 労判745-7により支持])がある。
また、いわゆる親子会社の関係では、親会社が子会社に対して大きな影響力を持つことが多い。しかし、親会社と子会社は別法人であるから、子会社の従業員にとって労働契約上の「使用者」はあくまでも子会社であり、親会社に対して賃金などの支払いや労働契約上の地位確認を求めることはできない。ただし、①単なる支配関係を超えて親会社が子会社を実質的には一事業部門として完全に支配しているなど、子会社の法人格がまったくの形骸にすぎないと評価される場合(支配型)や、②親会社が子会社の法人格を支配し違法な目的で利用している場合(濫用型。たとえば、親会社が子会社の労働組合を壊滅させる目的で子会社を解散させた場合など)には、「法人格否認の法理」を適用して、子会社の法人格を否認することにより、親会社に対して労働契約上の責任(未払い賃金や退職金の支払い、子会社従業員との雇用関係など)を負わせている。親会社の契約責任が認められた例としては、黒川建設事件(東京地判平13.7.25 労判813-15:支配型)や第一交通産業(佐野第一交通)事件(大阪高判平19.10.26 労判975-50:濫用型)、徳島船井電機事件(徳島地判昭50.7.23 労判232-24:濫用型)などがあるが、判例は一般的に同法理の適用には慎重である。
(2)労基法上の責任主体である「使用者」
労基法10条は、「この法律で使用者とは、事業主または事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と定めている。ここでいう「事業主」とは労働契約の当事者である法人や個人企業主、「事業担当者」とは役員や支配人など、「事業主のために行為する者」とは労基法が規制する事項について現実に使用者としての権限を行使する者(たとえば工場長や部課長)を指す。
同条の定義する「使用者」とは、労基法上の規制について責任を負い、同法違反に対して罰則の適用を受ける者のことであり、労働契約上の「使用者」の定義とは異なる。その趣旨は、労基法の規制事項について現実に使用者として行為した者を規制の対象とする(行為者処罰主義)ことにある。したがって、現実に労基法違反の行為を行った者(たとえば違法な時間外労働命令を行った工場長)が罰則の対象となるが、事業主が処罰を免れるのは不公平な場合も多いため、いわゆる両罰規定により事業主に対しても罰則を適用する道が開かれている(労基法121条)。
(3)労組法上の責任主体としての「使用者」
労組法は、「使用者」に対して、正当な理由なく団体交渉を拒否すること等を不当労働行為として禁止している(7条)。労組法には「使用者」の定義をした規定は存在しないが、判例上は、労働契約上の使用者に当たらなくても、①近い過去に労働契約上の使用者であった場合や近い将来に使用者になる可能性がある場合、②労働者の基本的な労働条件等について現実的・具体的に支配できる地位にある場合には、労組法上の責任を負う「使用者」と判断されることがある(朝日放送事件 最三小判平7.2.28 民集49-2-559)。