教育・訓練研究の視界

統括研究員 小杉 礼子

不況からの回復期には、新たな産業分野やビジネスモデルが伸び、新たな職業分野が拡大し、異なる職業能力が要求される。職業能力開発の促進はこの時期大変重要な政策課題だと思われる。

教育・訓練は、投資をすればすぐに成果が上がるものではない。少し考えただけでも、まず、実行してから成果が見える水準になるまでにタイムラグがある。第2に、教育・訓練を行う側が、教育プログラムを適切に設計していなければならないし、教育できるだけの力を持った人がいなければならないし、適切な設備・教材が必要である。第3に、教育を受ける側が適切に選ばれ、さまざまな面での学習する準備が整っていなければならない。第4に、学習成果が適切に測られフィードバックされなければならない。

公共職業訓練で養成訓練(中学卒業者対象)の指導員をされていた方から話をうかがったことがある。中学校で授業にきちんと参加してこなかったような生徒が少なからずいたという。一人ずつと向き合い、できたことをほめ続けて、やっと口を開くようになってくれる。自信、自尊心を取り戻す過程を経て、技能訓練が身につくようになるという。また、家庭訪問をして保護者に訓練校に通うことの大切さを説いて回った経験も聞いた。準備として、前向きな気持ちや生活基盤を整えることが必要なことがある。

最近ヒアリングした委託訓練を実施しているNPOでは、演劇がプログラムにあった。もちろん俳優を育てる訓練ではない。新たな仕事に就くための職業訓練に励むには、失業という事態を受け止めて心の整理をすることが大事で、演劇への参加はその手助けになるという。解雇されたり、応募を繰り返しても採用されない経験は、やはり心を傷つける。

メアリー・C・ブリントン(2008)は日本の若者へのヒアリング調査をしているが、そこで、常軌を逸した労働条件で働かされていた若者が同僚の自殺をきっかけに会社を辞め、その際、離職を自分の失敗と考え、同僚の死がその人物の性格ゆえであると考えていたことに愕然としたという。アメリカ人の目から見れば、会社が責任を感じるべきなのに、辞めた若者が自己肯定観を失っている。

次への一歩のために、整えなければならない課題は複雑である。教育・訓練の現場は、技能訓練と平行して、こうした意識にまで降りた相談や生活を支える手立てが必要だったりする。教育訓練を提供する側にもここまでの視野が必要だし、理論と経験を備えた指導担当者が要る。教育・訓練とはそうした蓄積の上に成り立つものだと思う。

文献:メアリー・C・ブリントン(2008)「失われた場を探して―ロストジェネレーションの社会学」

(2009年10月2日掲載)