労働研究の「メッカ」、「ハブ」としての機能を

株式会社日本総合研究所調査部 主席研究員 山田 久

10年以上前、とある出版社の編集者から「労働本は売れない」と聞いた。しかし、ここ5年ぐらいは、労働経済・人事管理等に関するベストセラーが数多く生まれている。

高度成長期から90年代初めにかけて、日本経済はほぼ完全雇用の状態にあった。終身雇用・年功制を両輪とする「日本的雇用慣行」に対する自信もあった。つまり、深刻な労働問題自体が存在しなかったわけであり、労働に関する本が売れなかったのも当然といえるかもしれない。しかし、90年代後半以降、失業率がかつてない急上昇を見せ、非正規雇用が急増するなか、様々な問題が生じていった。そうしたなか、「フリーター」や「ニート」、「ワーキング・プア」など、マス・メディアの世界でさまざまなキーワードが次々と注目を集めている。

これは、それだけ労働問題を身に迫るものとして考えざるを得ない状況が生まれていることを反映したものといえよう。80年代には、先進国の中でも雇用面で「優等生」であったわが国も、いまや若年就労や長期失業、貧困層の問題に悩む、「普通の国」になったことの証左といえるかもしれない。

そうした状況下、正に実践的な要請から労働政策研究の重要性はますます高まっている。私見では、とりわけ以下の3点での研究の必要性が強まっていると考えている。

第1は、地味であっても客観データに基づいた着実な研究である。マス・メディアがこの分野においても流行語を生む時代であるからこそ、正しい政策判断を導く基礎として、地に足の着いた着実な研究の重要性が高まっている。

第2は、様々な角度からの広範囲かつ多様な研究である。労働問題とはそもそも多様な側面、二律背反的な性格を持っている。それゆえ、有効な解決策を提示するには、様々な学問の知見に基づいた、多方面からの多角的なアプローチが必要になる。

第3に、トータルなビジョンを提示するような研究である。日本の経済社会が歴史的な変革期にあるいま、労働問題に実効性ある処方箋を示すには、多角的な研究を矛盾なく総合していく作業も必要になる。

以上のような労働政策研究に対する要請に応えていくには、中立的な立場で労働問題研究を総合的・学際的に行っていく研究機関の存在が不可欠である。その意味で、組織形態についての考え方は様々な議論がありうるにせよ、少なくともJILPTがこれまで果たしてきた「機能」については、今後、維持・強化されることが期待されていると思う。より具体的には、(1) 地道であっても客観データに基づく着実な研究を幅広く行う、(2) 日本における労働研究の「メッカ」として、多様で取りこぼしのない研究を行う、(3) 労働研究の「ハブ」として、外部研究者の交流の場となることで、様々な研究成果を総合する場を提供する、といった機能である。

(平成19年11月9日 掲載)