長期的視点、中立的視点で労働政策研究の中核機能を

株式会社三菱総合研究所 労働政策分析担当研究部長 木村文勝

1.労働問題研究、労働政策研究の重要性

労働問題研究、労働政策研究は今の世の中で、地味なお金にならない分野とみられているように思う。しかし、普通の人々が生活していく上で、働いて収入を得て、その稼いだお金で消費活動をするというように、誰もが密接な関係をもつ「働く」という問題に対しての研究である。金融市場での投機的な活動で収入を稼ぐ一部の人を除けば、普通の人が慎ましやかに生活をする上で、最も身近な問題に関わることである。

雇用は国の政策の最も重要なものと私は考えている。憲法に保障される生活水準を維持する上で、また、一国の経済運営を適切に行っていく上でも、普通の人々が生活を行うということの障害になるのが失業ということであり、人間としての存在意義や生きがいの上でも、また一国の人的資源の活用の上でも失業は減少させることが求められる。国の行う政策運営の中でも、財政政策と並んで異なった意味で雇用政策は重要なものと思う。

このように重要な雇用政策、そしてそれを含む労働政策の遂行にあたっては、実態を把握したうえでなければ有効な政策を策定できない。昔、失業率が2%台から3%台に高まった時、またバブル崩壊後の高失業率の状態が続いたとき、失業の実態がどうなっているか問われたが、働き方が多様化している中で、実態把握を伴わない政策は誤った政策になる可能性が高く、政策の費用と考え合わせてもその効果は期待できない。

ここで強調したいのは、労働問題研究、労働政策研究は市民皆の身近な問題であり、人々が抱える働く上での様々な問題に対しての対策を検討する手がかりを提供しているということである。

2.JILPTと民間シンクタンクとの違い

このように労働政策研究の重要性を踏まえたとき、だれがその研究機能を担うのが良いかという問題になる。労働政策研究・研修機構(以下JILPT)のような機関でなくても民間のシンクタンクに任せればよい、という議論もある。

日本の民間シンクタンクは、一部の非営利組織はあるものの、規模の大きいところは営利組織が大勢である。営利組織としての民間シンクタンクに関しては、研究資金となる収入を受注に依存することから、その研究のあり方に国が作った研究機関としてのJILPTとは異なる特徴がある。

民間シンクタンクでは、プロジェクト毎に顧客が存在し、その顧客の望む成果を作成して提供しなければならない。このことは短期的には最も効率的であるが、しかし、「今」顧客がわかる範囲で求めているものだけを提供すれば良い、ということにつながりやすく、会社としての研究者の評価も顧客が求めるものを的確に提供し、利益を確保したかにかかってくる。他方、このような環境の中で、長期的に顧客のために有益な成果を提供していくこと、そのために「今」顧客の望むものを越えて、将来その延長線上で顧客が望むものを提供していくためには、長期的、継続的にあるテーマについて調査研究を続けていくことも必要になってくる。このための努力は会社組織では対応できず、研究者個人の「考え方、行動」にかかっている。

特に、バブル崩壊後の長期にわたった不況の中で、民間シンクタンクは経営基盤の強化に向けて利益につながる仕事にウエイトを移しており、市場規模のあまり大きくなく成長性も低い雇用労働分野の調査研究は「儲からない仕事」の代表のようにみられている。加えて、近年の一般競争入札の導入は、ますます民間シンクタンクの雇用労働分野の調査研究への取り組みを困難にしている。民間シンクタンクにおいては、継続的な研究とその蓄積が求められる雇用労働分野を中核的な業務分野とする部署をもつことが難しいというのが実情であろう。

他方、国が作った研究機関としてのJILPTについては、その設立の目的からして雇用労働分野を中核的な調査研究とする非営利の研究機関である。このことは、主に2つの強みにつながる。一つは、長期的な視点に立った継続的な調査研究が可能ということであり、継続的に調査研究を行っていればこそ、例えば急にニートの問題が表面化したときも、その実態を把握していたため、政策の検討に有益な情報を提供するというようなことが可能になった。もうひとつの強みは、雇用労働分野の研究者が集まっており、その人たちの集積のメリットが生みだされる可能性があるということである。

しかし、このようなJILPTのもつ調査研究機関としての特徴を最大限活かすためには、まだ改善の余地はあると思われる。

3.JILPTに求められること

民間シンクタンクで担うことが難しく、JILPTで担うことが適切と思われる労働政策研究の特徴は再整理すると以下の3つになる。

(1) 継続的に実施する必要のある政策研究

(2) 長期的視点での将来問題になるテーマに関する調査研究

(3) 中立的な立場での総合的な労働政策研究

このような重要な調査研究機能を、JILPTの持つ強みを現実のものにしつつ実施し、労働政策研究において成果を挙げていくために、2つほど私が今思っている要望を挙げる。

1)国の政策当局との密接な連携を図りつつ、各分野の学者、労働界、経営団体、実務家、民間の研究者など様々な立場の人々が集まって「労働」に関する根本的かつ重要な調査研究を行う中核の機能を持つ。

2)実態把握の上で統計調査の個票の分析がこれからますます重要になってくるが、民間シンクタンクではなかなか利用しにくい(目的外利用申請の手続きのため)。このような分析にあたって、公共目的が明確なところで、積極的に個票を用いた有益かつ実用的な分析を行う。

今後、ますます労働政策研究の重要性は高まると思われ、そこに対して果たすJILPTの役割に期待する。

(平成19年11月9日 掲載)