Q6 労働者は、どのような場合に使用者に対して損害賠償責任を負うのでしょうか。

質問

会社が従業員に対して損害賠償を求めることができる場合はあるでしょうか。たとえば、会社の機械を破損した場合や、突然退職して取引先からの仕事の依頼をキャンセルしなければならなくなった場合はどうでしょうか。

回答

ポイント

  1. 労働者が業務の遂行に当たり会社に損害を与えた場合、故意による違法行為による場合を除き、労働者の損害賠償責任は制限されるのが一般的です。
  2. 労働者が突如辞職した場合、損害賠償責任が認められる可能性はありますが、裁判例において実際に労働者の責任が認められることは稀といえます。

解説

<労働者の損害賠償責任とその制限>

労働者が職務の遂行にあたり、必要な注意を怠って労働契約上の義務に違反したような場合、民事の一般的な考え方からすれば、労働者は使用者に対して債務不履行にもとづく損害賠償責任を負うことになります。しかし、この原則をそのまま適用すると、使用者に比べて経済力に乏しい労働者にとって過酷な事態が生じます。また、事業によるリスクはそれにより利益を得ている使用者が負うべきであるという危険責任・報償責任の原則も考慮する必要があります。そこで裁判所は、信義則(新しいウィンドウが開きます民法1条2項)などを理由づけとして、使用者から労働者に対する損害賠償請求に制約を加えるという考え方をとっています。

裁判例では、労働者の義務違反が認められる場合でも、故意や重大な過失があるときに限って損害賠償責任の発生を認めたり、仮に損害賠償責任がある場合でも、請求できる賠償額を制限したりすることが一般的です。たとえば、労働者が居眠りにより操作を誤って機械を破損した事案において、裁判所は、使用者は労働者に重過失がある場合にのみ損害賠償を請求しうるとしたうえ、損害額の2割5分に限って賠償責任を認めました(名古屋地判昭和62.7.27 大隈鐵工所事件 労判505号66頁)。また、労働者が職務遂行上の不法行為によって第三者に損害を与えたため、使用者が使用者責任として第三者に損害賠償を支払ったのちに労働者に求償(新しいウィンドウが開きます民法715条3項)を請求した場合にも、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度においてのみ請求ができるとして、労働者の責任を制限しています(最一小判昭和51.7.8 茨城石炭商事事件 民集30巻7号689頁は、賠償額の2割5分に限って責任を認めました)。

以上に対し、労働者が横領を行った場合のように、故意の違法行為がなされた事案では特に責任制限は認められません。また、労働者が競業避止義務に違反したような場合も別個の問題となります。なお、労働者の損害賠償責任について違約金を定め、あるいは損害賠償の予約をすることは、新しいウィンドウが開きます労基法16条により禁止されています。

<労働者の辞職と損害賠償責任>

労働契約に期間の定めがある場合は、労働者は、やむをえない事由がない限り、一方的に辞職する(労働契約を解約する)ことはできないのが原則です(新しいウィンドウが開きます民法628条)。期間の定めがない契約の場合は、労働者は、2週間前に申入れを行えば辞職することができます(新しいウィンドウが開きます民法627条1項。なお、新しいウィンドウが開きます同条2項により、月給制の場合は、月の前半に辞職を申し入れれば、翌月以降にその効果が発生することになります)。

以上からすれば、期間の定めのある契約を結んでいる労働者がやむをえない事由がないのに期間途中で辞職する場合(やむをえない事由があっても、それについて労働者に過失がある場合)、および、期間の定めのない契約を結んでいる労働者が、2週間前の申し入れをすることなく突然辞職した場合には、契約違反による損害賠償責任が発生する可能性があります。

しかし、裁判例上、労働者の責任が認められた事例はほとんどありません。特定の業務を担当させるために期間の定めなく採用した労働者がその4日後から欠勤を続けて辞職してしまったため、その業務に関する契約を取引先から打ち切られたという事案において、労働者に対する損害賠償請求を認めたものがみられるにとどまります(東京地判平4.9.30 ケイズインターナショナル事件 労判616号10頁)。ただし、賠償額は退職後に合意された金額の約3分の1に限定されています。

関係法令・資料

民法(明治29年04月27日 法律第89号)第1条 627条 628条 715条

労働基準法(昭和22年04月07日 法律第49号) 第16条

(成蹊大学法学部准教授 原 昌登)

2011年3月掲載