Q8 労働災害を被った場合に使用者に損害賠償が請求できるそうですが、詳しく教えてください。

ご利用にあたって

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具体的なご相談は、厚生労働省「総合労働相談コーナー」新しいウィンドウなど行政機関等の相談窓口にお尋ねください。


質問

「会社勤めをしていた友人は、激務に追われていましたが、くも膜下出血で突然亡くなってしまいました。ご遺族は、会社に対して損害賠償を請求したいと言っています。労働災害について使用者側に損害賠償を請求できるのはどのような場合でしょうか。」

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

  1. 労働災害を被った労働者・遺族は、労災保険給付を受給するだけでなく、「安全配慮義務」という信義則上の義務違反を根拠として、使用者に対する損害賠償を請求することもできます。
  2. ただし、損害賠償を得るためには訴訟で使用者の安全配慮義務違反を立証しなければならず、また、過失相殺によって損害額が減額されることもあります。さらに、損害賠償が認められた場合、使用者が支払う損害賠償と労災保険給付との間で一定の調整がなされます。

解説

新しいウィンドウが開きます労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」)に基づく労災保険制度は、保険の技術を用いて確実かつ迅速に労働災害に対する補償を行うことを目的とするため、その給付内容は定型的で制約があります。例えば、ある人が労働災害によって左手の小指を失った場合、その人が事務職の労働者であれば、不便はあるでしょうが仕事ができなくなることはないでしょう。これに対し、その人がピアニストであれば、職業生命を断たれることになりかねません。しかし、労災保険法では、いずれの場合であっても「一手の小指を失ったもの」(新しいウィンドウが開きます労災保険法施行規則別表第1、障害等級第12級)として同じ基準の給付しか受けることができません。また、労災保険からは慰謝料の給付はなされませんし、休業補償給付などの所得保障は労働福祉事業による特別支給金を含めても平均賃金の80%に留まります。このように労災保険による給付には限界があるため、労働者やその遺族が労働災害によって被った全ての損害の補償を求める場合は、労災保険給付の受給と合わせて、使用者に対して民法上の損害賠償を請求することとなります。

使用者に対する損害賠償請求は、多くの場合、使用者の雇用契約上の義務違反、つまり債務不履行責任(民法415条)を根拠として提起されます。債務不履行責任の根拠となる義務については、最高裁の判決(新しいウィンドウが開きます最三小判昭和50・2・25・陸上自衛隊事件)によって、使用者は労働者に対して「安全配慮義務」、すなわち労働者の生命・身体等を危険から保護するように配慮すべき信義則上の義務を負うという考え方が確立されています。つまり、使用者は、労働者が安全な環境で就労できるよう配慮することを、雇用契約の当事者としての信義に従った対応として義務付けられているのです。使用者の安全配慮義務は、平成19年に制定された労働契約法により、立法上も明らかにされています(新しいウィンドウが開きます労働契約法5条)。

労働災害を巡っては、使用者がこの安全配慮義務の履行を怠ったために事故が発生したとして、損害賠償を請求する訴訟が提起されることが多くなっています。例えば、近年問題となっているいわゆる過労死や過労自殺についても、遺族が労働基準監督署長に労災認定の申請をする(→新しいウィンドウが開きます8-Q5新しいウィンドウが開きます8-Q6参照)と同時に、会社の責任を損害賠償請求訴訟で追及するということが珍しくありません。この場合にも、労働者を過労死や自殺に追い込んだ会社の責任を、安全配慮義務違反として問うこととなります。安全配慮義務を根拠とした民事上の損害賠償請求では、労働災害によって生じた損害の内容や程度に即して賠償額が認定されますし、精神的損害に対する慰謝料も認められます。

しかし、損害賠償請求が認められるのは容易なことではありません。労働者側は、仕事と災害等との相当因果関係(傷病や死亡が仕事が原因で生じたということ)、安全配慮義務の内容の特定(使用者は具体的にどのような措置を取るべきであったか)、そして安全配慮義務違反の事実(使用者が安全配慮義務を果たさなかったこと)を立証しなければなりませんが、これらを立証するのは容易なことではありません(これに対し、使用者側は、労働災害の発生が自分の責任ではないこと(帰責事由がないこと)を立証する責任を負います)。また、使用者の安全配慮義務違反が認められても、労働災害の発生に対して労働者側にも原因があった場合は、過失相殺(民法418条)によって損害賠償額が減額されることがあります。過労死や過労自殺の場合は、労働者がもともと有していた病気(基礎疾病)、労働者の体質や性格、労働者が健康診断で医師に指示された治療を続けなかったことなどが、過失相殺の際に考慮されます。

さて、損害賠償請求が認められた場合、使用者が支払う損害賠償と労災保険給付との間で一定の調整が行われます。損害賠償も労災保険給付も、ともに労働者や遺族に生じた損害を填補するという目的を有しており、そのままにしておくと労働者や遺族が二重の保障を受けることになるためです。新しいウィンドウが開きます労働基準法(以下「労基法」)84条2項は、使用者が労基法に基づく災害補償を行った場合には、同一の事由についてはその価額の限度で民法による損害賠償の責任を免れると定めています。この規定は、労災保険にも類推適用されると解されていますので、労災保険給付が先に支給された場合、使用者はその価額の限度で損害賠償責任を免れます。つまり、既に支払われた労災補償または労災保険の給付額は、使用者が負う損害賠償額から控除されることになります。ただし、労災保険給付の対象とならない精神的慰謝料や入院雑費・付き添い看護費には影響を与えません。

問題は、労働者や遺族が障害補償年金や遺族補償年金などの年金給付を受給している場合に、労災保険給付と損害賠償をどのように調整するかです。この場合に、既に支給を受けた分が使用者の損害賠償額から控除されることは、上述のとおりです。一方、将来支給される分については、たとえその支給が確定していても損害賠償額から控除しないというのが、最高裁の判例となっています(新しいウィンドウが開きます最三小判昭和52・10・25・三共自動車事件)。しかし、判例のような考え方によれば、使用者は労災保険の保険料と損害賠償を二重に負担することとなり、使用者が労災保険に加入するメリットが弱められてしまいます。そこで、労災保険法の昭和55年改正により、使用者の損害賠償の履行猶予制度が設けられました(新しいウィンドウが開きます労災保険法64条)。この制度により、労働者または遺族が障害補償年金または遺族補償年金を受ける権利を有しているときは、使用者は、障害補償年金または遺族補償年金の前払一時金の最高限度額までは損害賠償の支払いを猶予され、この猶予の間に前払一時金または年金が支払われた時はその給付額の限度で損害賠償責任を免除されることとなっています。

損害賠償との調整は、労災保険給付に上乗せして支給される、労働福祉事業の特別支給金に関しても問題となります。最高裁の判例は、特別支給金は労災保険給付とは性質が異なるなどとして損害額から控除しないとしています(新しいウィンドウが開きます最二小判平成8・2・23・コック食品事件)が、批判も多い判決となっています。

関係法令・資料

労働基準法(昭和22年04月07日 法律第49号)84条

労働者災害補償保険法(昭和22年04月07日 法律第50号)64条

労働契約法(平成19年12月05日 法律第128号)5条

(名古屋大学准教授 中野 妙子)

2010年3月掲載