Q6 自殺の業務上認定の基準はどうなっていますか。

ご利用にあたって

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具体的なご相談は、厚生労働省「総合労働相談コーナー」新しいウィンドウなど行政機関等の相談窓口にお尋ねください。


質問

「会社員の息子は、仕事上のトラブルがきっかけでうつ病にかかり、精神科に通院していましたが、ついに自殺してしまいました。息子の自殺は仕事が原因だと思うのですが、労災保険の給付を受けることはできるのでしょうか。」

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

  1. 自殺は、一般的には労災保険給付の支給対象となりません。しかし、業務上の心理的負荷による精神障害を原因とするような例外的な場合には、業務上の死亡と認められる場合があります。
  2. 行政実務の判断指針は、職場における心理的負荷の多様化に伴って、幾度か改正されています。また、自殺を予防するために、職場におけるメンタルヘルスケアが重要視されるようになっています。

解説

新しいウィンドウが開きます労働者災害補償保険法12条の2の2第1項は、労働者の故意による死亡について保険給付を行わないと定めています。自殺は、通常は本人の自由意志に基づいてなされるものですから、この規定により労災保険給付の支給対象となりません。ただし、例外的に、業務に関連する精神障害が原因となった自殺は、業務上の死亡と認められる場合があります。特に、近年、職場における過労やストレスを原因とする精神障害や自殺が増加し、大きな問題となっています。

業務上の心理的負荷(ストレス)による精神障害とこれによる自殺の業務上認定については、平成11年の通達によって行政実務の判断指針が示されています(新しいウィンドウが開きます平成11年9月14日基発第544号PDF)。この判断指針は、精神障害の発病の有無、発病の時期などを明らかにした上で、業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷および既往歴等の労働者本人側の要因(個体側要因)について評価し、これらと発病した精神障害との関連性について総合的に判断する、という考え方に立っています。そして、業務上と判断するための要件として、(1)対象疾病に該当する精神障害(うつ病等)を発病していること、(2)対象疾病の発病前おおむね6ヶ月間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること、(3)業務以外の心理的負荷および個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと、の3点を全て満たすことを要求しています。業務上または業務以外での心理的負荷の評価は、具体的な出来事別にその心理的負荷の強度を定めた評価表に基づいて行われます。

また、この指針は、うつ病等の一定の精神障害に罹患した者が自殺した場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、または自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性を認めるという取扱いを示しています。つまり、いわゆる自殺念慮に基づく自殺行為についても、精神障害の症状として結果的に自殺にいたったものであって故意によるものではないとして、業務起因性が認められることになります。

裁判例では、平成11年通達による判断指針に一定の合理性を認めつつも、労働者が受けた業務上の心理的負荷を適正に評価するための基準としてはいまだ十分ではないとして、個別の事情に応じて精神障害の業務起因性を認め、行政が行った労災保険の不支給決定を取り消す判決が増えています。過労死(→新しいウィンドウが開きます8-Q5参照)の場合と同様、自殺についても、裁判例は行政実務よりも緩やかに業務起因性を認める傾向にあるといえます。

業務に関連する自殺については、業務による心理的負荷の強度を、誰を基準として判断するかという問題もあります。精神障害の発症は、労働者一人ひとりの性格的な特性(ストレスに対する耐性または脆弱性)に影響されるところが大きいためです。上述の平成11年通達では、「同種の労働者(職種、職場における立場や経験等が類似する者)」を基準にするとの指針を示しています。これに対し、裁判例で用いられる基準は裁判所により様々ですが、同種労働者の中でその性格的傾向が最も脆弱である者を基準とする判決や、自殺した労働者本人の特性をかなりの程度考慮して判断を行う判決もあります。この点についても、一般に、裁判例の方が行政実務よりも緩やかな基準を取っているといえるでしょう。

平成11年通達が出されたあと、不況下でのリストラの進行や成果主義的人事制度の導入などによって職場環境が変化する中で、業務の集中による心理的負荷や職場でのいじめによる心理的負荷など、心理的負荷が生じる様々な新しい原因が認識されるようになりました。このような状況を踏まえて判断指針も見直されてきており、平成20年には上司からの「いじめ」による心理的負荷の強度の評価について修正が行われ(新しいウィンドウが開きます平成20年2月6日基労補発第0206001号PDF)、平成21年には心理的負荷の評価表に業務上の心理的負荷を生じる具体的出来事を12項目追加するなどの修正が行われています(新しいウィンドウが開きます平成21年4月6日基発第0406001号PDF)。

また、職場におけるストレスを原因とする精神障害や自殺の増加に対する社会的な関心が高まるに伴い、これらを予防するためのメンタルヘルスケア(心の健康対策)の重要性も認識されるようになっています。特に、事業場においてより積極的に心の健康の保持増進に取り組むことが、重要な課題となっています。新しいウィンドウが開きます労働安全衛生法69条によって、事業者は労働者の健康の保持増進のために必要な措置を講じる努力義務を負っていますが、そのような措置の一つとしてメンタルヘルスケアに取り組むことが求められています。厚生労働省は、平成18年に「新しいウィンドウが開きます労働者の心の健康の保持増進のための指針PDF」(メンタルヘルス指針)を策定し、事業者が、衛生委員会による調査審議や「心の健康づくり計画」の策定などに取り組むよう勧めています。また、長時間労働者に対する面接指導(→新しいウィンドウが開きます8-Q1参照)の際にも、労働者のメンタルヘルス面に配慮することとされています。

なお、自殺の場合も、労働者の遺族は、労災保険給付を受給するだけでなく、会社に対して損害賠償を請求することができます。詳しくは、労働問題Q&A新しいウィンドウが開きます8-Q8を参照してください。

(名古屋大学准教授 中野 妙子)

2010年3月掲載