Q5 過労死の認定基準はどうなっていますか。

ご利用にあたって

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具体的なご相談は、厚生労働省「総合労働相談コーナー」新しいウィンドウなど行政機関等の相談窓口にお尋ねください。


質問

「会社員の夫が、激務に追われて毎日のように深夜まで残業した挙句、くも膜下出血で死亡してしまいました。夫はいわゆる『過労死』したのだと思います。労災保険の給付を申請したいのですが、過労死の認定基準はどうなっているのでしょうか。」

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

  1. 脳・心臓疾患は、基礎疾患が日常生活上の様々な要因と影響しあって発症するためその業務上認定が困難ですが、業務と脳・心臓疾患との間に相当因果関係がある(業務が脳・心臓疾患の相対的に有力な原因となっている)と認められれば、業務上の疾病として労災保険給付の対象になります。
  2. 平成13年に出された行政実務の認定基準では、長期間の過重業務による疲労の蓄積が脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務上の過重負荷として考慮されるようになり、その具体的な目安も示されています。

解説

新しいウィンドウが開きます労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」)は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害または死亡に対して保険給付を行うと定めています(新しいウィンドウが開きます労災保険法7条)。労働者が被った災害(傷病、障害、死亡)が「業務上」のものであると認められるためには、業務を遂行していたこと、すなわち使用者の指揮命令の下に拘束されていたことと災害との間に一定の因果関係(相当因果関係)が認められなければなりません。言い換えると、災害が業務に内在する危険が現実化したものであることが、要求されるのです。業務と傷病等との間に要求されるこのような因果関係を、実務では「業務起因性」と呼んでいます。行政実務・判例では、業務起因性が認められるためには、業務が傷病等の最も有力な原因であることまでは必要でなく、様々な原因の中で業務が相対的に有力な原因であれば足りると考えられています(このような考え方を「相対的有力原因説」と呼びます)。

業務上の疾病(いわゆる職業病)に関しては、その発症の時期を特定することが難しい、業務だけでなく労働者個人の素因や基礎疾病と競合して病気が発症することがあるなどの理由により、業務起因性の立証が困難な場合が少なくありません。そこで、新しいウィンドウが開きます労働基準法(以下「労基法」)75条2項は業務上の疾病の範囲について命令で定めることとし、これを受けて新しいウィンドウが開きます労基法施行規則35条は、新しいウィンドウが開きます別表第1の2に、特定の業務との因果関係が医学的な経験則によって認められている疾病を業務上の疾病として具体的に列挙しています。労災保険法においても、この別表に基づいて業務上疾病が認定されます。

質問にあるくも膜下出血をはじめとする脳・心臓疾患は、業務の過重を原因とする死亡、すなわちいわゆる「過労死」の代表例といえます。過労による脳・心臓疾患は、上述の新しいウィンドウが開きます別表第1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当すれば、業務上の疾病として労災保険給付の対象となります。ただし、9号の疾病については、別表に列挙された他の疾病と異なり、業務起因性についての推定が働きません。そのため、労働者側が、業務と疾病との間の因果関係(業務起因性)を具体的に立証する必要があります。しかし、脳・心臓疾患は、過重な労働の他にも、労働者の素因(体質・遺伝)、基礎疾病、食生活、喫煙・飲酒の習慣の有無、著しい心身の緊張・興奮など、様々な原因が相まって発症するため、業務起因性の認定が非常に困難です。

そこで、行政実務では、迅速かつ統一的な認定判断を行うために、脳・心臓疾患の業務上認定の基準を定めています。「過労死」が社会問題化するに伴い、認定基準は次第に緩和されてきました。平成13年に出された最新の新しいウィンドウが開きます認定基準(平成13年12月12日基発第1063号)では、これまでの認定基準でも考慮された発症直前の異常な出来事や短期間の過重業務に加えて、長期間の過重業務による疲労の蓄積も脳・心臓疾患の発症原因として考慮されるようになっています。具体的には、(1)発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的および場所的に明確にしうる異常な出来事に遭遇したこと、(2)発症に近接した時期(発症前おおむね1週間)において特に過重な業務に就労したこと、(3)発症前の長期(発症前おおむね6か月)にわたって著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと、のいずれかによる業務上の過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患を、労基法施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱うとしています。そして、(3)の長期間の疲労の蓄積については、発症前1か月ないし6か月にわたって1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働がある場合は業務と発症との関連性が強まる、発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合、あるいは、発症前2か月ないし6か月間にわたって1ヶ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には業務と発症との間の関連性が強い、などの目安が示されています。

平成13年の認定基準が出された後の裁判例には、同基準に依拠しつつ、必ずしも労働時間の長さが認定基準を満たしていないケースであっても、業務内容等から労働者に有利な事情を見出して行政による労災保険の不支給処分を取り消すものが見られます。おおむね、裁判例の方が、個別の事案に応じて認定基準よりも緩やかな判断を下す傾向にあるようです。

また、脳・心臓疾患の発症には、同じ仕事をしている労働者であっても体質や基礎疾病、生活習慣等によって個人差があるため、誰を基準として業務の過重性を判断するのかという点も問題となります。この点について、多くの裁判例は、同種・同僚労働者のうち基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる労働者を基準として判断しています。平成13年の認定基準でも、この判断基準が採用されています。

なお、業務上災害を被った労働者やその遺族は、労災保険給付を受給するだけでなく、会社に対して損害賠償を請求することもできます。詳しくは、労働問題Q&A新しいウィンドウが開きます8-Q8を参照してください。

関係法令・資料

労働基準法(昭和22年04月07日 法律第49号)75条

労働基準法施行規則(昭和22年08月30日 厚生省令第23号)35条別表第1の2

労働者災害補償保険法(昭和22年04月07日 法律第50号)7条

「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日基発第1063号)

(名古屋大学准教授 中野 妙子)

2010年3月掲載