Q18 会社が負担した留学や研修の費用を、その労働者が退職することを理由に返還させることは可能でしょうか。

ご利用にあたって

  • 労働問題Q&Aは個別事案について法的なアドバイスをするものではありません。
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質問

当社には、海外の大学への留学制度があります。留学先は会社が指定したいくつかの大学から従業員が選び、留学先での科目選択等は本人の決定に任せています。留学に関する学費、渡航費、生活費等は会社が負担しますが、留学後5年以内に自己都合で退職した場合は、留学費用の全額を返還することを定めています。

今回、留学から帰国後2年しか経っていないのに自己都合で退職した従業員がいます。会社としては留学費用の返還を求めたいのですが、法的に問題となる点を教えて下さい。

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

企業が従業員の留学・研修の費用を負担し、終了後、一定期間勤務しないと従業員に費用の返還を義務づけるという制度は、新しいウィンドウが開きます労働基準法16条が禁止する違約金・損害賠償の定めに当たるか否かが問題となります。留学・研修に「業務性」が認められる場合は、費用の返還を求めることは新しいウィンドウが開きます同16条に反し許されないと解されます。

解説

留学・研修制度において(特に、多額の費用がかかる海外の大学等への留学などについて)、企業が学費、渡航費、生活費等の費用を負担する代わりに、帰国後(終了後)、一定期間勤務しない場合には費用の返還を義務づけるという制度がよく見られます。確かに、多額の費用を負担して留学させた直後に転職されてしまうと、企業の損失も大きいものと思われます。しかし、こうした制度、特に費用の返還を義務づけることは、従業員の足止めを図るものであって、新しいウィンドウが開きます労基法16条が禁止する違約金、賠償予定の定めに当たるか否かが法的に問題となります。

裁判例では、留学・研修の業務性がポイントになっています。留学や研修の内容等から判断して、留学・研修と当該企業における業務との関連性が強く、労働者個人の利益との関連性が弱い場合は、業務性が肯定されます。この場合、留学費用は本来企業が負担すべきものであり、それを一定期間以内に退職しようとする従業員に(返還という形で)支払わせることは、足止めを図る違約金・賠償予定の定めに当たり、新しいウィンドウが開きます労基法16条違反で許されないと判断されています(新しいウィンドウが開きます東京地判平成10.9.25 新日本証券事件 労判746号7頁)。他方、留学・研修の業務性が弱く、個人の利益性が強い場合は、留学費用は本来従業員が負担すべきものであり、それを企業が労働契約とは別個の契約(消費貸借契約)で貸し付けたものであって、新しいウィンドウが開きます労基法16条違反とはならないと判断されています(新しいウィンドウが開きます東京地判平成9.5.26 長谷工コーポレーション事件 労判717号14頁)。研修・留学に業務性がない場合、従業員が企業から貸し付けを受けた研修・留学費用の返還義務は、所定の期間勤務することで免除されるとの考え方が背景にあります。

関係法令・資料

労働基準法(昭和22年04月07日 法律第49号)第16条

(成蹊大学法学部准教授 原 昌登)

2011年4月掲載