Q5 労働協約の改訂によって労働条件を切り下げることはできるでしょうか。

ご利用にあたって

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質問

先日、使用者と労働組合との間で労働協約が改訂され、退職金の支給基準率が下がりました。このような場合、当該労働組合に所属する組合員の退職金の支給基準率は下げられることになるのでしょうか。

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

  1. 労働協約に定める基準が労働条件を不利益に変更するものであることのみをもって、当該労働協約の規範的効力を否定することはできません。
  2. 労働協約の改訂が、特定のまたは一部の労働組合員をことさらに不利益に取り扱うことを目的とするなど、労働組合の目的を逸脱していると評価できる場合には、例外的に、労働協約の規範的効力は否定されることになります。

解説

本質問に答える前提として、労働協約よりも有利な定めをした労働契約が締結されている場合、労働協約の基準まで引き下げられることなく有効に存続するか、という問題に答える必要があります。この問題は、いわゆる「有利原則」の問題として議論されてきました。

協約に有利原則を認める場合、すなわち、労働協約よりも有利な定めをした労働契約が締結されている場合、労働協約の基準まで引き下げられることなく有効に存続することを認める考え方に立つと、協約は不利な契約を協約基準まで引き上げる効力(「片面的効力」といわれています)しかないことになります。これに対して有利原則を認めない場合には、労働協約は有利にも不利にも拘束力を持つことになります(これを「両面的効力」といいます)。

この「有利原則」の問題については、学説上議論がなされていますが、多数説は、労働協約がどのように解釈できるかの問題として処理すべきであると考えています。すなわち、労働協約を締結する当事者が有利原則を認める趣旨のもとで労働協約を締結したと評価できる場合には、有利原則が認められることになりますし、労働協約の締結当事者の意思が明らかでない場合には、日本の企業別交渉の実態に照らして、当該労働協約に両面的拘束力を認める趣旨のもとで労働協約が締結されたと解するのが妥当であるとしています。

以上のように、労働協約が有利にも不利にも拘束力を持つ(両面的効力を有する)と考えるならば、それでは、労働協約の締結当事者は、労働協約を変更することによって、組合員の労働条件を不利益に変更することは自由にできるのか、一定の限界はあるのか、といった問題が出てきます。

この点についてはまず、従来、労働条件を不利に変更するような協約の拘束力を否定する議論がありました。しかし、この議論は、ギブアンドテイクの取引である団体交渉における労働組合の任務の著しい縮減を招くことになり、新しいウィンドウが開きます憲法28条新しいウィンドウが開きます労働組合法が予定する労使自治の理念に照らし妥当ではないとの批判がなされ、このような立場に立つ裁判例はなくなりました。最高裁の判例においても、労働協約に定める基準が労働条件を不利益に変更するものであることのみをもってその規範的効力を否定することはできない、と述べられています(新しいウィンドウが開きます朝日火災海上保険(石堂)事件・最3小判平成9・3・27)。

このように、労働条件を不利益に変更する協約締結権限があるとしても、従前の労働協約によって設定されていた労働条件を新たに変更された労働協約によって不利益に変更することはできるでしょうか。

この点について前掲朝日火災海上保険(石堂)事件最高裁判決(最3小判平成9・3・27)は、労働協約が締結されるに至った経緯、当時の会社の経営状態、労働協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、労働協約が特定のまたは一部の組合員をことさら不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえないとして、当該ケースにおいて、労働協約の規範的効力を否定すべき理由はない、と述べています。この最高裁の判断からすると、特定または一部の組合員をことさらに不利益に取り扱うことを目的とするなど、労働組合の目的を逸脱して労働協約による労働条件の不利益変更がなされたと評価される場合には、例外的に、労働協約の規範的効力が否定されるということができるでしょう。

関係法令・資料

労働組合法(昭和24年06月01日 法律第174号)16条

(明治大学法学部准教授 小西康之)

2010年10月掲載