Q5 懲戒解雇の場合には退職金を支給しないという就業規則の規定は、法的に問題がありますか。

ご利用にあたって

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質問

会社のお金を横領した従業員を懲戒解雇することになりました。この場合、就業規則の規定どおりに退職金を支給しないこととしたいのですが、何か法的な問題があるでしょうか。

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

懲戒解雇の場合には退職金を支給しないというのは各社の就業規則に存在する通常の規定ですが、懲戒解雇と退職金の不支給とは直結するわけではありません。法律の規定はありませんが、判例上は、懲戒解雇の具体的内容に照らし合わせて個別に判断するようになっています。

解説

退職金は、たとえその支給が慣行化しており、労働者は退職金の支給を前提として生活設計を立てるのが通常であるとしても、それだけでは新しいウィンドウが開きます労働基準法上の賃金とはいえません。行政解釈(新しいウィンドウが開きます昭22.9.13発基17号)によれば、労働協約、就業規則、労働契約等によってあらかじめ支給条件が明確に定められていれば使用者には退職金の支給義務が生じるとされており、最高裁もこれを確認する判断を示しています(新しいウィンドウが開きます小倉電話局事件・最三小判昭和43年3月12日)。

したがって退職金については、まずそれが使用者の一方的な任意的・恩恵的給付ではなく、契約上の支払義務が使用者に生じる性格のものであることを確認する必要があります。その上で、仮にこれを減額するとするならば、賃金の引下げの場合と同様に、何らかの契約上の根拠を必要とするということになります。しかし、退職金の労働条件としての重要性に鑑みて、明確な合意によらず、労働協約や就業規則によってこれを引き下げる場合には、非常に厳しい判断がなされるのが通常です(→新しいウィンドウが開きます3-Q4参照)。

一方、懲戒解雇の場合には退職金を支給しないという規定を退職金規程等に設けることは、日本の企業にかなり普及しているようです。しかし、従業員の側からしますと、退職金は退職後の生活を支えるきわめて重要な資金ですし、そもそも退職金というのは、勤続に応じて額が増大して行くという意味で、賃金の後払い的な趣旨が込められています。ですから、懲戒解雇という処分自体が致し方ない場合であっても、これに対して所定の退職金を不支給とするというのは筋が違うではないかとも考えられます。

確かに、上述しましたように退職金も賃金の一部ですから、労働の対償であり、所定の労働をした事実があれば支給されるのが筋であると考えられます。しかし他方で、退職金は通常の賃金とは異なり、功労報奨的な性格や生活保障的な意味も含まれています。そこで、学説では、退職手当の額は、退職事由・勤続年数などの諸条件に照らして退職時において初めて確定するので、退職時までは債権として成立しているとはいえないと解されています。したがって、懲戒解雇の場合には退職金は支給しないという制度も、言いかえれば懲戒解雇処分を受ければ退職金債権は発生しないという意味になりますので、賃金全額払の原則(新しいウィンドウが開きます労基法24条)に違反するものではありませんし、それ自体を違法とまで断じることはできません。

しかし、逆に、退職金規程等に明記さえしてあれば、いつでも懲戒解雇に対して退職金を支給しない措置が許されるというわけではありません。学説や裁判例では、上述した退職金の性格からすれば、退職金の不支給措置が許されるのは、労働者の過去の労働に対する評価を全て抹消させてしまう程度の、著しい不信行為があった場合に限られると解されています。どのような行為がそれに当たるかは、個別具体的な判断に委ねられざるを得ませんが、多額の横領などはその典型であろうと思われます。

なお、退職してから後に重大な背信行為が発覚し、退職前に分かっていれば懲戒解雇必至であったとして、懲戒解雇が行われた場合と同様に退職金を支給しないという措置がとられることがあります。確かに常識的には一理ある措置ですが、やはり退職金の不支給というのは従業員にとってはきわめて重大な不利益となりますので、就業規則には、懲戒解雇が実際に行われた場合だけでなく、懲戒解雇に該当する事実が発覚した場合にも同様の措置をとる旨を規定しておく必要があるでしょう。

また、これとは別に、辞職願を提出して退職した後に使い込みが発覚したなど、退職後に当該労働者を改めて懲戒解雇し、退職金を支払わなかったり没収したりする措置が可能か否かも問題となります。これも、退職後の懲戒解雇事由発覚の場合と同様に、そのような措置を可能とする明確な合意や、就業規則中の合理的な規定など具体的な法的根拠が必要となるものと思われます。

関係法令・資料

労働基準法(昭和22年04月07日 法律第49号)第24条

労働基準法の施行に関する件(昭和22年09月13日 発基17号)

(名古屋大学准教授 中野 妙子)

2011年4月掲載