Q4 昇給や減給は、賃金規定に明示してあれば会社が自由に行うことができますか。

ご利用にあたって

  • 労働問題Q&Aは個別事案について法的なアドバイスをするものではありません。
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質問

これまで当社では、就業規則の中に、懲戒処分の一環としての減給が定められていましたが、それ以外には賃金を減額できる定めはありませんでした。今後、能力主義的人事の一環として、職能資格制度を厳格に運用し、従業員の資格等級を引き下げたり、それにともなって基本給も引き下げたりすることを考えています。昇給については特に規定がなくとも実施していますが、減給についてはこのようなことは自由にできるのでしょうか。

回答本文の内容は執筆時点のものです。その後の法改正などは反映しておりません。

ポイント

賃金の引き下げには様々なタイプがありますが、その内容に応じた労働契約上の根拠が必要となりますので、使用者が自由になしうるものではありません。

解説

<減給の諸類型>

賃金の額を引き上げる場合(昇給)については、労働者も特に異議を唱えないことが通常だと思われますから、法的な問題が生ずることはないのが一般です。しかし、減給を行おうとする場合には、使用者としては様々な法的規制を念頭に置く必要があります。

また、減給といっても様々な種類がありますので、その内容に応じて取り扱いが変わる可能性もあります。たとえば、懲戒処分としての減給については、就業規則上の懲戒規定にそれをなしうる旨を定めておく必要がありますし、規定がある場合でも、新しいウィンドウが開きます労働基準法91条により、一回の減給額が平均賃金の一日分の半額を超えてはならず、かつ、一賃金支払期における減給の総額がその期における賃金総額の十分の一を超えてはならないという制限があります。

懲戒処分以外の減給についても、その内容は多様です。まず、管理職従業員などが賃金の一部を返上する措置は、賃金債権の一部放棄か、合意による賃金の引き下げに当たることになると思われますが、いずれの場合も、それが従業員の真意に基づくものであることが必要となります(新しいウィンドウが開きますシンガー・ソーイング・メシーン事件・最二小判昭和48年1月19日)。

次に、経営危機への対応策などとして、賃金の一定割合を将来に向けて一律に減額する措置は、通常、労働契約の基本的要素としての賃金額の変更に当たります。こうした措置については、各労働者の個別的な同意を得て行うことが考えられますが、就業規則などにより各人に支払われる賃金等の額が決定されていて、変更の余地が認められていない場合には、これに違反することはできません(新しいウィンドウが開きます労働契約法12条)。上で述べた合意による賃金の引き下げについても同様です(新しいウィンドウが開きます北海道国際航空事件・最一小判平成15年12月18日)。そのようなケースでは、就業規則の変更も合わせて行う必要があるでしょう(その際には下記のように合理性の要件をみたす必要があります)。

労働者がこうした措置に反対した場合は、さらに難しい問題が生じます。その労働者が労働組合員であるときには、労働協約によって賃金の引き下げを合意すれば、反対の労働者をも拘束しうる可能性がありますが、通常の労働協約とは異なり、組合員大会での特別決議や組合員の授権などの特別なプロセスが必要になることが多いでしょう。具体的にいかなるプロセスが必要かについて、裁判例はまだ固まっていないのが現状ですが、組合内の意見集約・調整プロセスの公正さが吟味されます。そして、一部組合員のみを対象とした賃金の引下げを合意するような協約については、その内容に著しい不合理性がないことも要求されます。

また、就業規則の変更に合理性がある場合には、これに反対する労働者も拘束される余地があります(新しいウィンドウが開きます労契法10条)が、単純に賃金額を引き下げるような変更は、合理性の要件を満たすのは難しい場合が多いでしょう(みちのく銀行事件・最一小判平成12年9月7日参照)。これに対し、定年延長とともに賃金体系を改めて、中高年労働者の賃金を引き下げるような制度的な変更については、合理性が認められる例もあります(新しいウィンドウが開きます第四銀行事件・最二小判平成9年2月28日)。

<職能給の引き下げの可否>

さて、質問の事例は、職能資格制度のもとでの資格等級の引き下げ(降格)による賃金減額であり、ここでは、個々の労働者の等級の格付けが、特別な根拠規定がなくとも、人事権の行使として使用者が自由に行えるものかが問題となります。しかし、職能資格は一般に基本給(職能給)と結びついていることから、裁判例は、このような降格による賃金の減額については、就業規則等において、使用者が資格等級の見直しによる降格をなしうる旨の根拠規定が必要であると解しています(新しいウィンドウが開きますアーク証券事件・東京地決平成8年12月11日)。また、就業規則を変更してこうした根拠規定を設ける場合でも、反対の従業員を拘束するには、上記のように、当該規則変更が合理性の要件をみたす必要があります(新しいウィンドウが開きます労契法10条)。

これに対し、職位の引き下げによる職務手当の減額は、使用者の人事権の行使に伴うものですので、そうした減額について特に就業規則の定めがなくとも行うことができます(たとえば、課長として不適格な労働者を課長代理に降格し、それに伴って課長としての職務手当が減少する場合です)。もちろん、人事権の濫用の問題は別個考える必要があります。

以上の他に考えられる賃金減額のタイプとしては、年俸制のもとでの年俸額の引き下げがあります。年俸制はもともと、労働者の業績等に応じ、交渉の結果として賃金の減額がありうることを予定している制度ですので、年俸制の根拠規定がある以上は、賃金減額も可能になります。ただし、こうした年俸交渉にかかわりなく一律に年俸を引き下げるような措置は、年俸制の枠外の問題ですので、上で述べた賃金の一律減額措置と同様に、個々の労働者の合意や、その旨の労働協約の締結ないし就業規則の合理的変更を経由する必要があります。

関係法令・資料

労働基準法(昭和22年04月07日 法律第49号)第91条

労働契約法(平成19年12月05日 法律第128号)第10条 12条

(名古屋大学准教授 中野 妙子)

2011年4月掲載