JILPTリサーチアイ 第22回
社員の「キャリア自律」を進める企業と
その取り組み[注1]

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人材育成部門 主任研究員 藤本 真

2017年10月13日(金曜)掲載

1.「キャリア自律」への注目

企業の人事労務管理や働く人々のキャリア形成に関わる議論の中で、徐々に取り上げられる機会が増え、今や中心的なトピックの1つとなっているのが「キャリア自律」という概念である。「キャリア自律」とは、「めまぐるしく変化する環境のなかで、自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、(個人の)生涯に渡るコミットメント」(花田・宮地・大木 2003)と定義され、企業の観点からは「従来組織の視点で提供されていた、人事の仕組み、教育の仕組みを、個人の視点から見たキャリアデザイン・キャリア構築の仕組みに転換するもの」(花田 2006)として捉えられる。

こうした考え方は1990年代後半から2000年代初頭にかけて打ち出された後、企業側でもキャリア形成の望ましいあり方として重視されるようになり(例えば日経連 1999、日本経団連編2006など)、実現に向けて様々な施策が行われてきている。一方で、働く個人の側にも、自身のキャリア形成を企業に依存することなく、自分で考えていきたいという姿勢が広がってきており、厚生労働省の『平成27年度能力開発基本調査』によると、正社員の66.7%、正社員以外の45.9%が、「自分で職業生活を考えていきたい」または「どちらかといえば自分で職業生活を考えていきたい」と答えている(厚生労働省 2016)。

2.「キャリア自律」を重視する企業のキャリア関連施策

では、従業員の「キャリア自律」を重視する企業は、配置や能力開発といったキャリアに関わる施策の面でどんな特徴をもつ企業なのか。労働政策研究・研修機構が2016年に実施した「企業内の育成・能力開発、キャリア管理に関する調査」[注2](以下、「JILPT調査」と記載)のデータから確認していこう。

上記調査で「社員の自主的なキャリア形成の促進」に力を入れていると回答した企業を、「キャリア自律促進企業」とし、そうでない企業と、配置やキャリア、能力開発に関わる施策の実施状況を比べてみると(表1)、まずキャリア自律促進企業では社員自身の意向を反映した仕事への配置や、所属部署の枠を超えた業務経験の提供に力を入れているという比率が、キャリア自律を促進していない企業に比べて2倍以上高い。ただし、キャリア自律促進企業でも社員自身の意向を反映した仕事への配置や、所属部署の枠を超えた業務経験の提供に精力的に取り組んでいる企業は2~3割にとどまっている点に留意する必要があろう。また、キャリア自律を実現するための人事労務管理施策として取り上げられることが多い社内公募制度は、キャリア自律促進企業とそうでない企業との間で実施率に差はあるものの、統計的手法による判定の結果、実施の傾向に確かな違いがあるとはいえなかった。

表1 配置・従業員のキャリア・自己啓発支援に関する取り組みの実施状況

(単位:%)
キャリア自律促進企業(n=147) キャリア自律を促進していない企業(n=384)
【配置に関わる取り組み】
社員自身の意向を反映した仕事への配置に力を入れている*** 27.9 10.2
所属部署の枠を超えた業務経験の提供に力を入れている** 22.4 10.9
社内公募制度を実施している 21.1 15.4
【従業員のキャリアに関する情報収集・関与】
自己申告制度+ 52.4 43.5
目標管理制度の中で今後の仕事やキャリアの目標を定める+ 57.1 47.7
会社としての社員各人の能力開発・キャリア形成目標・進捗状況の把握** 35.4 23.2
人事部門担当者によるキャリアに関する社員との個別面談 12.9 9.6
管理職によるキャリアに関する部下との個別面談* 58.5 48.2
社員各人の評価履歴のデータベース化 34.7 32.8
社員各人の業務履歴のデータベース化 30.6 27.6
社員各人の研修履歴のデータベース化 30.6 28.6
【自己啓発支援に関わる取り組み】
研修・セミナーに関する情報の社員への提供*** 74.1 52.9
研修・セミナーの受講を昇格・昇進の要件としている 11.6 10.2
研修・セミナーの受講に対する金銭補助+ 63.3 53.9
用途を指定しない金銭補助 3.4 2.1
自己選択型の研修の実施*** 23.1 9.9
e-learningの実施* 25.2 16.9
各部署の管理職に対する情報提供・啓発** 32.0 21.1
研修・セミナーの受講を目的とした短時間勤務制度・休暇制度の導入 3.4 3.1
大学・大学院、専門・各種学校等への進学など、期間の長い自己啓発に対する支援* 13.6 7.8

注.***<.001 **<.01 *<.05 +<.1(カイ二乗独立性検定)。

従業員のキャリアに関わる情報収集・関与については、「自己申告制度」、「目標管理制度の中で今後の仕事やキャリアの目標を定める」、「管理職によるキャリアに関する部下との個別面談」の実施率が、キャリア自律促進企業では50%を超え、力を入れていない企業に比べて実施率が高い。また、「会社としての社員各人の能力開発・キャリア形成目標・進捗状況の把握」の実施率も、キャリア自律促進企業の方が高かった。

社員の自己啓発(=自主的に行う能力開発)に関わる取り組みのうち、統計的手法による判定の結果、キャリア自律促進企業とそうでない企業の実施の傾向に確かな違いが認められたのは、「研修・セミナーに関する情報の社員への提供」、「研修・セミナーの受講に対する金銭補助」、「自己選択型の研修の実施」、「e-learningの実施」、「各部署の管理職に対する情報提供・啓発」、「大学・大学院、専門・各種学校等への進学など、期間の長い自己啓発に対する支援」である。「研修・セミナーに関する情報の社員への提供」は、キャリア自律促進企業では実施率が4分の3近くに達しており、それ以外の企業の実施率を20ポイント以上上回る。社外の能力開発機会についての社員への情報提供が、社員のキャリア自律を促進していく上での基本的な取り組みとして捉えられ、広く行われていることがわかる。

3.どんな企業が「キャリア自律」を重視するのか~経営活動との関連~

キャリア自律の重要性が高まる背景についての既存の文献・研究における指摘(高橋 2003、日本経団連編 2006、武石 2016など)を整理すると、(1)顧客への提案を軸とするなど、これまで以上に顧客に高付加価値を提供しようとする経営活動を進める中で、(2)頻繁な新事業展開など環境変化への対応がより求められる経営活動の中で、(3)事業のグローバル展開など、従来に比べて見通しが立てにくい経営活動の中で、企業は自社の従業員のキャリア自律を促進すると考えられる。

JILPT調査の結果から、各企業の経営活動方針とキャリア自律促進との間にどのような関連が見られるかを整理したのが、表2である。統計的手法により判定を行なったところ、「高付加価値か低コストか」、「事業展開のスピード」、「意思決定のあり方」という3つの面での経営活動方針の違いにより、キャリア自律を促進する傾向に確かな差が生じている。高付加価値化による競争力強化を図っているグループでは、低コスト化による競争力強化を考えているグループに比べて、キャリア自律促進企業の比率が10ポイント以上高く、既存の研究・文献で指摘されている、高付加価値化を目指す企業でキャリア自律がより求められるという傾向は実際に生じているものと推測される。また、「事業展開のスピード」に関しては、事業展開のスピードを重視している企業において、事業展開を慎重にすすめる企業に比べて、キャリア自律を促進する企業の比率が高かった。この結果も既存の研究・文献が指摘する、環境変化への対応の必要性が企業においてキャリア自律を要請するという構図を支持する結果である。「意思決定のあり方」はトップダウンの意思決定を重視するというグループで、キャリア自律を促進している比率がより高くなっており、この点はトップダウンの意思決定を重視する企業が、スピード重視の事業展開を進める傾向が強いためと考えられる。

表2 経営活動方針別・キャリア自律促進企業比率

n キャリア自律促進企業の比率(%)
①高品質か低コストか+ A 高付加価値化による競争力強化 419 28.9
B 低コスト化による競争力強化 78 17.9
②品質向上か営業・販売力強化か A 製品・サービスの品質向上に力を入れる 379 28.0
B 営業・販売の強化に力を入れる 116 26.8
③企業規模 A 企業規模の維持を重視 286 30.0
B 企業規模の拡大を重視 209 25.8
④自前主義か専業主義か A 開発から生産・営業まですべて自社で行う 254 28.0
B 自社の得意分野に注力する 216 26.4
⑤事業戦略と人材の関係 A 既存の人材に合わせて事業戦略を立てる 188 28.2
B 事業戦略に合わせて人材を採用する 313 27.8
⑥開拓か深耕か A 新規事業の開拓を重視 161 31.1
B 既存事業の継続・強化を重視 335 25.4
⑦国内か海外か A 国内マーケットを重視 432 26.0
B 海外マーケットを重視 57 33.3
⑧事業展開のスピード* A 事業展開にあたってスピードを重視 237 31.6
B 事業展開は慎重に行う 263 23.5
⑨意思決定のあり方+ A トップダウンの意思決定を重視 430 29.0
B ボトムアップの意思決定を重視 76 19.7

注.*<.05 +<.1(カイ二乗独立性検定)。①~⑨の各項目につき、AグループとBグループのキャリア自律促進企業の比率を検定の対象としている。

経営活動に関する方針は、キャリア自律促進の有無に影響を与えることが考えられる他の要因を踏まえても、なおキャリア自律に関する企業の姿勢を左右するといえるだろうか。統計分析の結果(表3)、業種や正社員数の規模などの条件を一定にした場合、高付加価値化による競争力強化を志向する度合いが強まると、キャリア自律を促進する傾向が強まることがわかった。既存の研究・文献が指摘するように、自律的にキャリア形成を進める人材によって、高付加価値化の実現という企業のコア・コンピタンスが支えられている可能性を示唆する。また、トップダウンの意思決定を重視する度合いが強い企業ほど、社員のキャリア自律を促進する傾向がより強まることも分析により示された。

表3 経営活動の方針とキャリア自律促進との関係に関する統計分析

  B Exp (B)
【経営活動方針】
高付加価値化による競争力強化 0.337 1.401 +
製品・サービスの品質向上に力を入れる 0.090 1.095
企業規模の維持を重視 0.192 1.212
開発から生産・営業まですべて自社で行う 0.041 1.042
既存の人材に合わせて事業戦略を立てる 0.074 1.077
新規事業の開拓を重視 0.300 1.349
国内マーケットを重視 -0.183 0.833
事業展開にあたってスピードを重視 0.113 1.12
トップダウンの意思決定を重視 0.456 1.577 *
正社員数 0.000 1.000 *
業種(レファレンス・グループ:製造業)
 建設業 0.043 1.044
 情報通信業 0.543 1.722  
 運輸 -0.036 0.964
 卸売・小売 0.567 1.764
 医療・福祉 0.298 1.347
 教育・学習支援 -0.902 0.406
 サービス 0.584 1.794
創業年(レファレンス・グループ:2000年以降創業)
 1959年以前に創業 -0.349 0.705
 1960~1979年に創業 -0.714 0.490
 1980~1999年に創業 -0.237 0.789
本社所在地・東京 -0.126 0.882
定数 -2.246 0.106 **
-2対数尤度 403.563
Nagelkerke R2乗 0.127
N 380

注1.**<.01 *<.05 +<.1

注2.被説明変数は「社員の自主的なキャリア形成の促進に力を入れているか」であり、力を入れている場合を1、そうでない場合を0とするダミー変数である。

注3.「経営活動方針」に列挙した各項目については、各企業の状況が「近い」と回答した場合に2点、「どちらかといえば近い」と回答した場合に1点、いずれにも回答していない場合には0点として得点化したものを変数の値としている。

注4.説明変数、被説明変数に関して無回答の企業は分析から除いた。

注5.業種について「その他」と回答した企業は分析から除いた。

トップダウンの意思決定を重視する企業は、トップの権限を強化すると同時に、従業員に対する関与や権限の発動をより強めていく可能性もあるだろう。しかし表3に示した統計分析からは、トップの意思決定を重視する企業ほど、従業員の自主性を重視する蓋然性が高まるという、相反する意向が結びついたかのような結果が得られた。この点は、日本企業におけるキャリア自律の性格を考えていく上で、留意しておいてよい。

本稿は企業調査に基づいており、従業員など「キャリア自律」に関わるその他の主体の意図や行動はなかなか見えてこない。そのため過剰な解釈は避けなければならないが、経営活動に強く導かれたキャリア自律という、本稿の分析結果が示した現状は、企業内で促進されるキャリア自律が、従業員にとって「強いられる自律」になってはいないかという若干の懸念を抱かせる。日本企業において進められるキャリア自律が、企業や働く従業員にとってどのような存在感を持つのか、それは誰にとって、いかなる意味で望ましいものなのかどうかについてはさらなる分析・検討が必要であろう。

脚注

注1 本稿は、2017年6月18日に開催された日本労使関係研究協会主催の労働政策研究会議において、筆者が報告した内容の一部を編集・加筆したものである。

注2 この調査は企業調査・管理職調査・一般従業員調査の3つの調査からなり、ここでは企業調査の結果を取り上げる。企業調査は、農林漁業、複合サービス業を営む企業・法人、政治・経済・宗教団体等を除いた、日本全国の従業員300人以上の民間の企業・法人9854組織を対象とし、531組織から有効回答を得た(有効回答率:5.4%)。なお回答している組織の中には、医療法人、社会福祉法人、学校法人といった、企業(営利法人)とは異なる形態の法人もあるが、本論文では記述が煩瑣になることを避けるため、回答組織のことを「企業」と表記する。調査結果の詳細や結果に基づく分析については、労働政策研究・研修機構編(2017)を参照されたい。

参考文献