JILPTリサーチアイ 第17回
若手正社員の過重労働にみる業種特性

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経済社会と労働部門 研究員 高見 具広

2016年12月5日(月曜)掲載

初の「過労死白書(過労死等防止対策白書)」が今年作成されたように、過重労働を防止することがわが国の切実な課題になっている。依然として過労死・過労自殺がなくならない日本の労働環境は、やはり問題があると言わざるを得ない。そして、過重労働として何よりも是正すべきが長時間労働であることに異論の余地はない。

ここで、長時間労働の問題性を議論するにあたり、労働時間がどのくらい長いと問題なのかとともに、労働時間がどのように長いと問題なのかも、軽視できない問いである。肉体的健康を保つのも困難なほど極めて長い労働時間は論外であるにしても、そうでなくても、心身の健康上問題となる働き方があると考えられるからだ。例えば、休日が取れないこと、恒常的な持ち帰り残業があることは、心身に与えるダメージもとりわけ大きいと推測される。こうした場合、労働時間も往々にして長いが、心身の健康、特にメンタルヘルスに対しては、その「長さの中身」こそが大いに問題だろう。また、労働時間が長くなくても、常に重いノルマに追われるなど、労働の密度が著しく濃い場合も働く者に負担をかけよう。こうした働き方は、場合によっては、「労働時間が何時間であるか」よりもダイレクトにメンタルヘルスに影響するのではないか。このような問題意識のもとに行った研究成果の一部をご紹介したい。

この研究は、JILPTが過去に行ったアンケート調査データを再分析することから生まれた[注1]。具体的には、若年(35歳未満)の正社員を対象に、精神障害につながりうる仕事上のストレス(=「心理的負荷」)に着目し[注2]、それに何が関わるのかという観点から過重労働の問題を検討した。分析の特徴を述べるならば、業種別の分析で、業種によって過重労働の形がどう異なるかを検討したことである[注3]。考えてみれば当然だが、業種によって働き方も違えば、何が「きつい」かも当然異なってくるだろう。つまり、心理的負荷に関わる「働きすぎ」も、一律に「長時間労働が問題」と結論付けて足りるのではなく、業種特性に応じて様々な形(=問題)がありうると考えたのである。

分析では、3つの特徴的な業種を取りあげて考察した。「教育、学習支援業」「宿泊業、飲食サービス業」「金融業、保険業」である。この3業種が、当データでは働く者の心理的負荷が特に高い業種であったからである。

では、どのような働き方が心理的負荷につながるのか。興味深いことに、働く者が考える職場の問題は、業種によって大きく異なっていた。表1は、「職場や会社の問題」として回答されたものを業種別に示したものである。「労働時間」については業種を問わず広く指摘されるものの、特に「教育、学習支援業」で多く指摘されている。これに対し、「休日・休暇」については「宿泊業、飲食サービス業」で多く指摘され、「ノルマや成果、進捗管理」については「金融業、保険業」で指摘される割合が突出して高いといった特徴がある。なお、図表は割愛するが、こうした業種特性は、残業する理由の違いとしてもうかがえた。つまり、「教育、学習支援業」では、業務量が多いこと、仕事への責任感などが残業理由として挙げられるのに対し、「宿泊業、飲食サービス業」では人員不足、「金融業、保険業」では目標値・ノルマが高いことが大きな残業理由となっていた。

表1 職場や会社の問題(業種別)
労働時間 休日、休暇 ノルマや成果、進捗管理 いじめ、いやがらせ 退職勧奨 その他 特に問題はない N
建設業 22.0% 19.3% 5.3% 4.9% 1.8% 7.5% 39.3% 883
製造業 20.1% 11.7% 8.9% 5.5% 1.8% 10.0% 41.9% 886
電気・ガス・熱供給・水道業 18.0% 12.8% 7.9% 6.6% 1.1% 7.1% 46.4% 366
情報通信業 26.1% 7.6% 9.1% 3.2% 2.2% 9.7% 42.1% 877
運輸業、郵便業 27.3% 15.2% 5.7% 6.0% 1.3% 7.9% 36.6% 831
卸売業 21.5% 16.2% 5.7% 6.7% 2.8% 9.8% 37.3% 864
小売業 21.4% 22.1% 6.6% 4.6% 2.2% 6.8% 36.2% 908
金融業、保険業 16.0% 11.2% 21.9% 5.3% 1.6% 6.7% 37.2% 489
不動産業、物品賃貸業 22.7% 18.8% 4.6% 3.5% 2.1% 9.0% 39.4% 480
学術研究、専門・技術
サービス業
23.0% 13.3% 7.8% 4.6% 1.3% 12.0% 38.0% 474
宿泊業、飲食サービス業 27.7% 25.3% 4.7% 2.7% 1.4% 6.9% 31.3% 364
生活関連サービス業、娯楽業 21.6% 20.1% 6.7% 5.2% 1.1% 8.9% 36.4% 269
教育、学習支援業 32.8% 15.1% 4.5% 6.3% 1.0% 6.3% 33.9% 872
医療、福祉 21.2% 21.5% 5.6% 7.1% 1.1% 10.9% 32.6% 978
その他のサービス業 25.2% 14.8% 6.4% 5.2% 2.1% 11.8% 34.6% 485

そして、心理的負荷に何が関わるかについても、業種特性が大きく関係している。ここでは、1つの業種の例のみ示しておこう。「教育、学習支援業」は、労働時間が長い業種として知られるが、同時に「持ち帰り残業」が突出して多い業種でもある(図1)。これは、試験の採点や授業準備などの業務を自宅に持ち帰る教師の姿を思い浮かべれば、妥当な結果だろう。

図1 持ち帰り残業のある割合―業種別―

図1のグラフ画像

そして、この業種において、持ち帰り残業の頻度は心理的負荷にも強く関係していた。表2は、心理的負荷に関わる要因分析の結果を示したものである。まず、「持ち帰り残業」がどの程度あるかを考慮せずに分析すると(モデル1)、残業時間が長いほど心理的負荷が高まるように見える[注4]。しかし、「持ち帰り残業」の頻度を分析で考慮すると(モデル2)、心理的負荷に直接に影響するのは持ち帰り残業がどの程度あるかであり、残業時間の長さは背景に退く。つまり、「長時間残業が問題」とみえていたものが、実際は「持ち帰り残業が多い」という残業の性格にこそ問題があることがわかる。

表2 仕事における心理的負荷の規定要因[教育、学習支援業]
(順序ロジスティック回帰分析)
分析モデル1 分析モデル2
B 標準誤差 B 標準誤差
性別(男性=1、女性=0) 0.318 0.137 * 0.31 0.137 *
年齢 .062 .028 * .055 .028 *
最終学歴(基準:中学・高校卒)
専門・短大・高専卒 .254 .383 .147 .385
大学・大学院卒 .494 .330 .429 .332
未既婚(基準:未婚)
既婚 -.134 .135 -.166 .136
離死別 -.026 .549 -.052 .551
事業所の正社員規模(基準:300人以上)
10人未満 -.140 .241 -.239 .243
10~99人未満 .329 .202 .241 .203
100~299人 .165 .277 .097 .278
採用形態(基準:新卒採用)
中途採用 -.286 .156 -.280 .157
非正規従業員からの内部登用 -.289 .278 -.224 .280
入社年(基準:2004年以前)
2005~2007年 .119 .214 .059 .215
2008~2010年 .222 .221 .168 .222
2011~2014年 .269 .246 .169 .247
役職有無(あり=1、なし=0) .041 .167 .020 .168
年収(基準:300万円未満)
300~400万円未満 -.004 .177 .053 .178
400~500万円未満 -.313 .193 -.315 .194
500万円以上 -.298 .215 -.352 .216
1日あたりの実労働時間 .150 .041 ** .072 .043
1ヵ月の休日数(基準:9日以上)
4日以下 .967 .219 ** .777 .221 **
5~8日 .261 .142 .180 .143
持ち帰り残業(基準:ない)
よくある 1.094 .174 **
ときどきある .536 .153 **
χ2乗値 54.862 ** 95.504 **
-2 対数尤度 2236.743 2197.488
Cox-Snell R2 乗 0.061 0.103
Nagelkerke R2 乗 0.065 0.111
N 877 877

**1%水準で有意, *5%水準で有意

では、なぜ持ち帰り残業がストレスになるのか。この点は、分析からは読み取れない。いろいろな考え方がありえよう。ひとつの解釈は、日常的に仕事を自宅に持ち帰ることは、家に帰っても気分的に仕事から解放されにくく、それが積み重なれば大きな心理的負荷になるというものだ。もちろんこれはひとつの解釈に過ぎず、解明は今後の課題になる。

報告書では、他の2つの業種(「宿泊業、飲食サービス業」「金融業、保険業」)についても詳細な分析を行った。ここでは結果の要点のみ述べておこう。

  • 「宿泊業、飲食サービス業」は、休日・休暇を確保しにくいことが特徴的な問題。そして、休日が少ない場合、年次有給休暇を全く取得できない場合に、心理的負荷が大きくなる。休日・休暇の取得困難の背景は、人手不足や要員管理に起因する部分もあるが、職場の非正社員比率の高まりも関係する可能性がある。
  • 「金融業、保険業」は、成果管理にともなう問題が大きい。目標管理制度の適用それ自体は問題ないが、行うべき仕事量に裁量性が乏しいと、心理的負荷が大きくなる。また、個人の成果・業績を月給に反映する運用がなされると、激しい従業員間競争を呼び、働く者の心理的負荷を高める。

このように、働く者のメンタルヘルスを保つために求められる対策の方向は、業種によってやや異なると推測される。もちろん上記の3業種に限った話ではない。分析の知見をふまえるならば、過重労働に関わる3つの類型とそれに応じた対策が考えられる。まず、人員不足や非正規化の進行によって正社員の休日・休暇確保に困難を抱えがちな業種や職場では、要員管理を見直すなど、休日確保策が最優先で求められよう。次に、厳しい成果管理や個人間競争により、従業員が精神的に疲弊しがちな業種や職場では、従業員が過大なノルマを抱えないよう、業務負担の適正化を心がけるとともに、過度な競争主義によって職場が疲弊しないよう、管理者のマネジメント力が問われる。さらに、業務量のほかに責任感や仕事へのこだわりから長時間の残業を引き起こしやすい業種や職場では、働く者が多大な責任・業務を抱え込まないよう、管理者のマネジメントや、細やかなカウンセリング、健康管理の仕組みが重要と考えられる。

以上、長時間労働の是正はもちろんのこと、それに加えて、業種・職場の特性に応じた対策が求められることが分析から示唆された。過重労働の防止策を考えるにあたり、気をつけなければならないポイントを、業種あるいは職場の特徴によって色分け(=類型化)することも実践的な意義があるのではないか。本研究は、そのひとつの試みである。

脚注

注1 本文は、労働政策研究報告書No.185『働き方の二極化と正社員―JILPTアンケート調査二次分析結果―』の第5章 若手正社員の仕事における心理的負荷の所在(PDF:2.1MB)として公表されている。

注2 当分析では、調査項目における「精神的に不調になるかもしれない」への回答(「非常に感じる」~「感じない」の4選択肢)を、心理的負荷の指標として用いた。

注3 分析に用いたデータは、業種ごとに一定のサンプルを割り当てた設計になっており、業種による比較分析に適するものであった。調査の詳細は、調査シリーズNo.136『正社員の労働負荷と職場の現状に関する調査』を参照。

注4 表2は、ある変数の係数値がプラスであるほど、心理的負荷が高いと読む。また、統計学的に意味のある数値に、*(アスタリスク)を付けている。ここでは、その中でも網掛けをした結果について特に議論している。

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