ラスパイレス賃金指数作成報告

日本労働研究機構 発表
平成10年7月22日

平成9年6月の産業計のラスパイレス賃金上昇率は0.3%
通常の賃金上昇率は高齢化の影響からこれより0.8%ポイント高い

~ラスパイレス賃金指数作成報告~

I.ラスパイレス賃金指数の作成目的

 賃金上昇率は一年前の平均賃金との比較で求められるが、比較する時点での労働者構成が異なっているために、賃金上昇率には純粋な賃金の上昇分(ベースアップ)に労働者構成の変化に伴う賃金変動分が含まれている。ラスパイレス賃金指数の作成目的は、労働者構成の変化に伴う賃金変動分を除去して、純粋な賃金の上昇率を明らかにすることである。また、産業間、規模間、地域間の賃金格差においては、比較対象の労働者構成を同一にするラスパイレス賃金格差指数によって、純粋な賃金の格差を明らかにする。近年、賃金の伸びは低くなっているが、より正確な賃金の動向をとらえるためにも、ラスパイレス賃金指数の重要性は高くなっている。
 日本労働研究機構では、有識者からなる「ラスパイレス賃金指数開発研究委員会」(座長:市野省三前四日市大学教授)を設置し、ラスパイレス賃金指数の開発の検討を進めてきたが、このたびその研究報告書がまとまったので、その概要を報告する。

II.ラスパイレス賃金指数の主な特徴点

<骨子>

  1. ラスパイレス時系列指数
    1. 産業計
      1997年は前年より0.3%の上昇。95年以降0.5%以下の低い上昇率。通常の上昇率は平均してこれより0.8%ポイント高い。これは高齢化の影響による。
    2. 産業別
      建設業、金融・保険業でこのところ賃金は伸び悩み。
    3. 規模別
      95年以降は大企業で賃金は伸びているが、95年以前は中小で上昇。
  2. ラスパイレス格差指数
    1. 産業間格差
      金融・保険業で高く、製造業で低い。90年との比較では金融・保険業で低下し、建設業、サービス業で上昇。
    2. 規模間格差
      97年の格差は、1,000人以上100として10~99人91。通常の格差(77)より大きく縮小。また、90年と比較して規模間格差は縮小。
    3. 地域間格差
      96年で南関東100として近畿95、東海93、北関東90、これ以外の地域は84~86。

III. ラスパイレス賃金指数の概略

 ラスパイレス賃金指数は、労働者構成を固定することによって労働者構成の変化に伴う影響を除去するものである。今回まとめたラスパイレス賃金指数は、労働省「賃金構造基本統計調査」(各年6月)の調査結果をもとに、性、学歴、年齢、勤続年数で労働者構成を固定して作成した。詳細は下表のとおり。

(1) 時系列指数:
 産業計、産業大分類6産業、産業計規模別、製造業規模別。
 時系列指数の作成年は、1985年~1997年。このうち85~89年は85年の、90~94年は90年の、95~97年は95年の労働者構成で固定した。その上で、最終的に1995年=100として指数化した。

(2) 格差指数:
 産業間格差(産業大分類6産業)、規模間格差(産業計、製造業)、地域間格差(9地域ブロック)。

 格差指数は産業計、製造業計、全国計で労働者構成を固定した。この概要で紹介するのは産業間格差、規模間格差は1997、95、90、85年、地域間格差は1996、95、90、87年の結果である。
 なお、概要で取り扱う賃金は所定内給与である。対象となる労働者は、パートタイム以外の一般労働者で、企業規模は10人以上である。また、この概要で「通常の上昇率」、「通常の格差」とあるのは、賃金構造基本統計調査の結果数値そのものの上昇率であり、格差である。

固定する労働者構成の属性
男     
学歴 中卒 高卒 高専・短大卒 大卒
年齢階級 ~17歳 18~19歳 20~24歳 25~29歳
30~34歳 35~39歳 40~44歳 45~49歳
50~54歳 55~59歳 60~64歳 65歳以上
勤続年数 0年 1~2年 3~4年 5~9年
10 ~14年 15~19年 20~24年 25~29年
30年以上      

【開発研究結果】 1.ラスパイレス賃金時系列指数

(1) 産業計
 1997年(6月、以下同)のラスパイレス賃金指数(1995年=100)は産業計で100.8、前年より0.3%の上昇となっている(表1、図1)。1995年以降0.5%以下の低い上昇率が続いている。
 一方、通常の上昇率は1997年で1.1%なので、ラスパイレスの上昇率はこれより0.8%ポイント低くなっている。また、1986年以降の12年間でみても、ラスパイレスの上昇率の方が通常の上昇率より平均して0.8%ポイント低くなっている。これは労働者構成が高齢化して平均賃金が押し上げられ、その分通常の上昇率が高くなっていることを示している。

(2) 産業別
 産業別にラスパイレス賃金指数をみると、1997年で、製造業101.2、サービス業100.9、運輸・通信業100.8、卸売・小売業、飲食店100.4、金融・保険業100.0、建設業99.7となっている(表2、図2)。このうち金融・保険業は1994年の指数101.0を、また、建設業は1995年の指数100.0をそれぞれ下回っている。これはバブル後の不況が当該産業の賃金面に影響を及ぼしていることを示している。
 一方、ラスパイレスの上昇率は各産業とも通常の上昇率を下回っており、各産業で高齢化の影響がみられる。

(3) 規模別
 規模別にラスパイレス賃金指数をみると、1997年で、産業計の1,000人以上101.2、100~999人100.8、10~99人100.4となっている(表3、図3)。大企業で指数の値は高いが、これは1996年から1997年への賃金上昇率が中小企業に比べて大企業の方が高いことを示している。しかし、1995年以前では逆で、1985年あるいは1990年の指数は中小企業ほど低くなっていて(基準年以前は指数値が低いほど上昇率は高い)、中小企業の方が高い賃金上昇を示している。
 一方、ラスパイレスの上昇率は各規模で通常の上昇率を下回っている。ただ、通常とラスパイレスの乖離幅は1997年で、1,000人以上1.0%ポイント、100~999人0.8%ポイント、10~99人0.6%ポイントとなっており、大企業ほど大きい。これは年齢ないし勤続による賃金の上昇(賃金カーブ)が大企業ほど立っていることによる。

【開発研究結果】 2.ラスパイレス賃金格差指数

(1) 産業間格差
 産業計を100.0とした、1997年の産業間のラスパイレス賃金格差指数は、金融・保険業115.6、建設業103.3、サービス業103.2、卸売・小売業、飲食店100.5、運輸・通信業97.8、製造業94.4となっている(表4、図4)。通常の格差との比較では運輸・通信業、建設業、製造業ではラスパイレスの格差は低くなるが、サービス業では反対に高くなる。これは運輸・通信業、建設業、製造業では比較的高齢、高勤続の労働者が多いのに対して、サービス業では若年、低勤続の労働者が多いことによる。
 1997年の格差指数を90年と比較すると、最も水準の高い金融・保険業で低下し、建設業、サービス業で上昇している。

(2) 規模間格差
 1,000人以上を100.0とした、1997年の規模間のラスパイレス賃金格差指数は、産業計で100~999人92.6、10~99人90.7となっている(表5、図5)。通常の格差は、100~999人82.8、10~99人76.5であるから、規模間格差は100~999人で9.8ポイント、10~99人で14.2ポイントとそれぞれ大幅に縮小する。これは規模間での労働者構成の相違が、賃金の水準に大きく影響していることを示している。
 1997年の格差指数を、95年と比べるとやや拡大しているが、90年との比較では縮小している。

(3) 地域間格差
 南関東を100.0とした、1996年の地域間のラスパイレス賃金格差指数は、近畿95.4、東海92.5、北関東90.2、北陸85.9、中国84.7、北海道・東北84.1、四国83.9、九州・沖縄83.5となっている。近畿、東海、北関東は90以内の格差で、これ以外の北陸、中国、北海道・東北、四国、九州・沖縄は84~86に収まり、ほぼ同水準である。一方、通常の格差は近畿93.5、東海87.8、北関東83.9、北陸78.6、中国79.9、北海道・東北74.7、四国77.5、九州・沖縄75.7となっていて、いずれの地域でもラスパイレスの格差は縮小する。

表6ラスパイレス地域間格差指数表 図6ラスパイレス地域間格差指数
北海道・東北:
北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島
北関東:
茨城、栃木、群馬、山梨、長野
南関東:
埼玉、千葉、東京、神奈川
北陸:
新潟、富山、石川、福井
東海:
岐阜、静岡、愛知、三重
近畿:
滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山
中国:
鳥取、島根、岡山、広島、山口
四国:
徳島、香川、愛媛、高知
九州・沖縄:
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄