JILPT菅野理事長による寄稿
この10年の労働政策を振り返る

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JILPT理事長 菅野 和夫

※このページは、平成26年4月3日発行の「メールマガジン労働情報」1000号特別編集号を転載したものです。

この10年を、JILPTの主要任務である労働政策の調査研究の視点で振り返ると:

政治・経済の変動⇒労働政策も変動

2005年頃からの10年は、2009年夏の民主党中心政権への交替と、2012年12月の自公政権の復活という2度の政権交代があった時期である。経済情勢としても、1997年の金融危機~IT不況(2000年代当初)の谷間から抜けだした時点で2008年秋からの世界金融危機の大打撃を受け、そこから再び立ち直りかけたところで、2011年3月の東日本大震災の打撃を受けた。この10年は、経済的にも政治的にも「変動の時代」であり、これを背景に労働政策も揺れ動いた。

一貫しているのは「全員参加型社会」の推進

この間一貫している労働政策は、「全員参加型社会」の推進である。周知のように、わが国社会は、少子高齢化の急速な進展により中長期的に人口が大きく減少し、従来どおりの就業状況では労働力が大幅に減少する見通しにある。そこで、女性、若年者、高年齢者、障害者等の労働市場参加を進めることにより、就業率、就業者数を高める労働力政策が、民主党中心政権においても、今回の自公新政権においても進められている。

立法施策としては、まず、高年齢者雇用安定法につき、2004年に、定年の廃止ないし延長又は継続雇用措置による65歳までの雇用確保を企業に義務づける改正が、一定基準での継続雇用者の選定を許容する経過措置つきで行われていたが、2012年にはその経過措置を基本的に廃止する改正が行われた。また、就業者の育児や介護の支援のためには、育児介護休業法の関係制度が2004年改正で拡充されていたが、さらに2009年の改正において、子育て中の短時間勤務や所定外労働免除等の措置の義務化、介護のための短期休暇制度の新設等の拡充が行われた。さらに、2006年採択の障害者権利条約の批准案件の中で、雇用の分野における障害者の差別の禁止、職場における合理的配慮の提供義務、法定雇用率算定基礎への精神障害者の参入などを定める障害者雇用促進法の改正が2013年に行われた。

今通常国会において、育児休業給付の給付割合を休業開始後6月につき50%から67%に引き上げる雇用保険法の改正が成立し、4月から施行された。また、時限付きの次世代育成支援対策推進法を内容強化のうえ継続させる法案が提出されている。

前自公政権および民主党中心政権下の非正規労働者保護政策

この10年に実現された最大の労働政策は、前の自公政権および民主党中心政権下に行われた非正規労働者保護政策といえる。

1997年頃から増加傾向が顕著となった非正規労働者は、2000年代半ばには雇用者の3分の1を超え、不本意就業や低収入の労働者の増加、正社員との障壁や収入格差、若年者のキャリア形成の困難化、少子化の加速、等々の問題を意識させた。

そこで、前の自公政権下の2007年に、パート労働者のための均等・均衡処遇ルールの定立を図るパート労働法の改正と、最低賃金の大幅引き上げを図る最低賃金法の改正が行われ、また、同年制定の労働契約法に均衡処遇の理念が謳われた。

しかし、世界金融危機による雇用失業情勢悪化のなか大量の「派遣切り」・「雇い止め」が行われて、非正規労働者の雇用の不安定さが浮き彫りになった。そこで、民主党中心の新政権によっては、正規・非正規労働者の待遇格差の是正と労働市場のセイフティネット修復の政策が強く推進された。雇用保険の適用拡大(2010年雇用保険法改正)、雇用保険の適用のない求職者を支援する制度の創設(2011年求職者支援法)、派遣労働者の保護の強化(2012年労働者派遣法改正)、5年を超え更新の有期労働契約の無期労働契約への転換や有期・無期労働者間の不合理な労働条件の相違の禁止(2012年労働契約法改正)などである。

新自公政権による労働移動促進政策

2012年12月からの新自公政権は、デフレ脱却と経済再生を目指して、「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資喚起の成長戦略」を三本の矢とする経済政策を展開し、労働政策も「行き過ぎた雇用維持策から失業なき労働移動策へ」と変化した。

世界金融危機下の雇用失業情勢の悪化に対しては、民主党中心政権は、雇用調整助成金等の各種雇用助成金の拡充、雇用保険の支給期間延長、雇用創出事業の予算化などにより、雇用の維持、緊急の雇用創出、失業者の生活支援、等に努力した。この政策は、2011年3月11日の東日本大震災後の緊急雇用対策へと引き継がれた。

これに対して、新自公政権は、デフレ脱却と経済成長を軌道に乗せるためには賃金の上昇が鍵であるとして、政労使会談で今春闘におけるベースアップを要請し、労使の積極対応を得つつある。それと共に、グローバル化と少子高齢化等の構造変化に対応して産業構造の転換を押し進めるためには、衰退産業から成長産業への労働力の移動を促進する必要ありとの立場をとっている。2013年春頃から経済再生論議のなかで生じた解雇紛争の金銭解決の制度化、解雇基準の明確化、等々の解雇規制の緩和論はこの立場を背景としており、一旦決着した後も論争が続いている。この動きの延長線にあるのが、昨年12月成立の国家戦略特別区域法において特区内の労働相談で用いるとされている「雇用指針」の策定であって、解雇を含む雇用関係上の主要な法的問題に関する判例法理が簡潔に要約されようとしている。

「失業なき労働移動」政策としては、職業能力開発、労働力需給調整、職業指導、能力評価等の仕組みを官民において、また企業の内外において、充実させ、労働者の能力開発と求職・転職活動を支援すること、外部労働市場を整備し活性化することが本命である。そのための具体的な施策づくりが進められており、まずは学び直しの支援のための教育訓練給付金の大幅拡充等を内容とする雇用保険法改正案が今通常国会で成立した。

前政権の非正規労働者保護立法の部分的修正

また、新自公政権下では、前の自公政権及び民主党中心政権下での非正規労働者保護の労働政策の部分的修正ともいうべき政策が立法化されつつある。

第1に、2012年改正労働契約法の「5年超え有期契約の無期契約への転換」については、大学等の研究機関における有期労働契約の研究者・研究補助者・教員につき、「5年」を「10年」にする特例措置が設けられた(昨年12月成立の研究開発力強化法および大学教員等任期法の改正)。また、5年を超えるプロジェクトに使用される高収入の高度専門職につき10年まで有期契約を継続できる特例と、定年後の継続雇用期間は通算契約期間に算入しない特例を定める特別法案が、現通常国会に提出されている。

第2に、2007年改正のパート労働法における通常の労働者と同視すべきパート労働者に対する差別的取扱いの禁止規定については、2012年改正労働契約法における労働条件の不合理な相違の禁止に倣った改正を施されることとなり、改正法案が現通常国会に提出されている。

第3に、2007年改正の労働者派遣法についても、改正時の国会付帯決議に基づく見直しが行われ、①全事業を許可制にしたうえ、②派遣可能期間の規制を業務単位から人単位へ変更する(ただし派遣先で過半数代表組合等の意見を聴取すれば、人を変えて継続可能であり、また派遣元で無期契約の場合には派遣可能期間の規制なし)とする改正法案が、現通常国会に提出された。

労働政策多産の時代―メールマガジンのさらなる充実

その他、現通常国会では、前政権下で企図された労働安全衛生法の改正案が内容を修正のうえで提出されている。

要するに、労働政策が矢継ぎ早に産み出される時代となっており、その内容も多様で幅広い。JILPTは、そのような政府の労働政策につき、関連の調査研究を数多く行ってきたが、メールマガジンとしても、労働政策の動きを立案、審議、成立、実施等の各段階でフォローして、読者に提供していきたい。

平成26年4月3日掲載