第VI部門 建設、土木・舗装・鉄道線路工事、建設機械運転及び農業関係
| 整 理 番 号 |
職種名 | ふりがな 氏名 (年齢) |
所属名 | 技能功績の概要 | 現住所 |
| 推薦 都道府県・ 指定団体名 |
電話番号 | ||||
| 75 | 建築大工 | ばんりゅう ゆきお 伴流 幸夫 (七十三歳) |
(有)伴流工務店 | 社寺建築の再建活動 を中心とした日本建築 に永年研鑽し社寺建築 古来の技法を踏襲した 修復を実現した。 また、複雑な木造建築 施工の技術者としてそ の技術を揮する傍ら職 業訓練校の指導・育成 に貢献した。 |
〒二九九− 二二一三 千葉県安房郡 富山町吉沢 五四八番地一 |
| 千葉県 | 〇四七〇− 五八− 〇四一〇 |
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| 76 | 建築大工 | しみず そうじ 清水 宗二 (七十歳) |
清水工務店 | 建築大工の技能に優 れ、特に社寺建築や数 寄屋建築の秀でた技能 により伝統的建築物の 修復に尽力するととも に、在来工法による木 造住宅の近代化にも貢 献した。職業訓練校の 設立など職業教育の振 興にも尽力し、後進指 導育成に努めた。 |
〒三三九− 〇〇六一 埼玉県岩槻市 大字岩槻 五四四六番地の七 |
| 東京都 | 〇四八− 七五六− 五六七四 |
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| 77 | 建築大工 | こばやし よしゆき 小林 義幸 (六十八歳) |
(株)小林建業 | 日本の伝統工法であ る在来木造建築と、鉄 骨等近代建築との融合 ・調和を図り、芸術的 でかつ機能的な建築を 造る技能に優れるとと もに、技能検定委員、 認定訓校の実技講師を 務め、多数の後進を育 成した。 |
〒二五二− 一一〇三 神奈川県綾瀬市 深谷二一八四 |
| 神奈川県 | 〇四六七− 七八− 〇五四〇 |
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| 78 | 建築大工 | ふくやま しょうすけ 福山 昭典 (七十三歳) |
(有)福山空間 建設研究所 |
木造建築に必要な規 矩術の技能に優れ、神 社・仏閣をはじめとす る文化財や伝統的な建 築物の改修工事等に功 績を残すとともに、地 元の職業訓練校と連携 をとり、生徒に技術指 導を行い、多くの卒業 生を経営する事業所受 け入れ後継者の指導育 成にも貢献した。 |
〒八六一− 〇五〇一 熊本県山鹿市 大字山鹿 七三六番地四 |
| 熊本県 | 〇九六八− 四三− 三四七七 |
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| 79 | 宮大工 | いしかわ まこと 石川 眞 (六十四歳) |
石川技建 | 伝統的な神社仏閣の 建築工事において寄せ 棟、入母屋に必要な軒 の反り、破風の規矩術 についての知識及び技 能に優れている。宮大 工として神社・仏閣の 建築に従事し、新築・ 改築・解体修理にすぐ れた業績をあげ、後継 者の育成等、業界の振 興に貢献した。 |
〒四〇五− 〇〇〇四 山梨県山梨市 上之割 四四三番地一 |
| 山梨県 | 〇五五三− 二二− 三六六四 |
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| 80 | 宮大工 | おおにし やすお 大西 安夫 (七十六歳) |
大西播磨社寺 | 優美な曲線を醸し出 す檜皮葺の技能に卓越 しており、全国各地の 国宝・重要文化財級の 社寺の屋根の修理修工 事を手掛け優れた手腕 を発揮し、文化財保護 に多大貢献をするとと もに、棟梁として後継 者育成に尽した。 |
〒六七九− 〇三〇二 兵庫県多可郡 黒田庄町黒田 一〇〇〇番地 |
| 兵庫県 | 〇七九五− 二八− 二四五一 |
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| 81 | 宮大工 | あだち まさよし 足立 幹愛 (七十四歳) |
足立幹 二級建築士 事務所 |
「七の曲法」や「礎 盤の水捌け」を考案し た。神社・仏閣建築技 能に優れ、また、伝統 建築研究会を開催し永 年の経験に基づく自ら の技能を公開し、技能 の継承に取り組んでい る。 |
〒八七五− 〇〇六五 大分県臼杵市 大字家野 一七三八番地の一 |
| 大分県 | 〇九七二− 六二− 四〇五〇 |
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| 82 | 建築とび工 | てらだ しゅうじ 寺田 周次 (五十九歳) |
寺田鋼建 | 長年、とび工の業務 に従事し、基礎工事、 足場掛工事の技能に優 れ、幾多の工法の改良 ・改善を行い、作業率 の増進、安全確保など に貢献するとともに、 後進の導育成にも尽力 した。 |
〒四四六− 〇〇〇一 愛知県安城市 里町東大道 一番地五三 |
| 愛知県 | 〇五六六− 九七− 八〇五二 |
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| 83 | とび工 | ほりぐち よしお 堀口 和男 (七十二歳) |
(株)堀口建設 | とび職として、業務 に従事し基礎工事、コ ンクリート打設工事、 木造建て方等に優れて いる。また、都市計等 による学校の移転など に、長年の身をもって 修得し技術・技能を駆 使し、工事を遂行する など業界屈指の量の持 ち主と高く評価されて いる。 |
〒三二一− 四三五五 栃木県真岡市 上大沼 一〇九−一 |
| 栃木県 | 〇二八五− 八三− 六七八二 |
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| 84 | タイル張工 | ようがい さだみ 用貝 貞美 (六十一歳) |
用貝タイル工業 | タイル張に従事し、 タイル張の命とされる 剥離防止の研究を重 ね、幾多の施工法の改 善により耐久性及び美 の向上、作業の効率化 を実現すると共に、後 進の指導成にも情熱を 傾け、業界の発展に貢 献した。 |
〒八一一− 一三五二 福岡県福岡市 南区鶴田三丁目 二四番三号 |
| 福岡県 | 〇九二− 五六六− 一六四四 |
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| 85 | かわらふき工 | かわじ しょういち 川治 正一 (六十四歳) |
川治瓦工事店 | 神社、仏閣及び文化 財の瓦葺きにおいて、 各時代及び宗派に応じ た特色、特徴をとらえ た施工及び堅牢かつ美 な施工のできる高度な 技術に優れ、国の重要 文化財ある江戸城清水 門、掛川城御殿等を施 工した。 |
〒五〇一− 三八三八 岐阜県関市 東門前町一番地八 |
| 岐阜県 | 〇五七五− 二二− 五三七四 |
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| 86 | 左官 | さがわ たかゆき 佐川 孝行 (六十四歳) |
佐川左官工業 | 左官業に従事し、特 に土蔵の漆喰工事の中 で伝統的な蛇腹及び戸 前の漆喰彫刻に優れ、 若葉唐草施工に白セン ト造形型抜き工法を考 案するとともに、後進 の指導成に貢献した。 |
〒九七一− 八一六二 福島県いわき市 小名浜花畑町 三四番地の八 |
| 福島県 | 〇二四六− 九二− 五三四五 |
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| 87 | 左官 | まつの こういち 松野 幸一 (六十八歳) |
松野業務店 | プール改修の工事を 多数手掛け、うす塗り 工法による技法を考案 し、住宅には新建材を 多用するとともにケソ ウ土など健康壁の工法 を多用し、その技術力 は高くまた、住宅に塗 り壁を多用し、現在問 題になっているシック ハウス症候群の原因な ども研究した。 |
〒五〇〇− 八八一七 岐阜県岐阜市 八ツ梅町二丁目 一六番地 |
| 岐阜県 | 〇五八− 二六四− 四七五九 |
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| 88 | 左官 | きしかわ ゆうざぶ 岸川 雄三 (七十歳) |
岸川左官工業 | 日本風土に適した湿 式工法の伝統塗壁左官 技術の研鑽に励み、唐 津城改修工事、長崎街 道復元工事、多久聖改 修工事等文化財の維持 補修工事に技能を発揮 し、参者に大きな感動 を与えるとともに、地 域の発展に貢献した。 |
〒八四六− 〇〇三一 佐賀県多久市 多久町 一一二五番地二 |
| 佐賀県 | 〇九五二− 七五− 三六一九 |
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| 89 | 畳工 | ほんだ きいちろう 本田 喜一郎 (七十六歳) |
本田畳店 | 紋縁畳や二畳台の製 作に優れ、伝統工芸と して優美で特異な装飾 品として、神社仏閣に 数多く納められるとも に、指導員として永年 後進の指導育成に貢献 した。 |
〒九六〇− 八〇〇一 福島県福島市 天神町九番二八号 |
| 福島県 | 〇二四− 五三四− 一四二二 |
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| 90 | 畳工 | くらさき やすのり 倉噤@保則 (六十三歳) |
倉崎畳商店 | 畳の製作で特に難し いとされる茶室畳の製 作技能に優れ、肥後古 流の各茶室や公共公園 の茶室の畳製作に実績 があるとともに、永年 技能検定委員を務め、 技能の継承と後継者育 成に尽力した。 |
〒八六〇− 〇八五二 熊本県熊本市 薬園町五番三号 |
| 熊本県 | 〇九六− 三四三− 二二七五 |
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| 91 | 畳工 | おだ まさひろ 小田 正弘 (六十歳) |
(株)小田畳商会 | 畳に印刷のできる特 殊インクの開発による 特殊紋様入りの畳表を 使った作品により、需 要低迷が続く畳業界に 新しい道を開き業界に 大きく貢献し、その技 能が高く評価されて いる。 |
〒八九二− 〇八三八 鹿児島県鹿児島市 新屋敷町三番七号 |
| 鹿児島県 | 〇九九− 二二二− 三二二四 |
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| 92 | 室内装飾工 | うめき みつよし 梅木 光義 (五十七歳) |
室内装飾梅木 | 室内装飾工として従 事し、特にカーペット 系床仕上げ技能に 優れ、ジョイント部分 の圧着時に温度、品質 等よって所要時間を調 節できる工具を考案す るなど、作効率の向上 を図り、業界の発展に 貢献した。 |
〒三六二− 〇〇五二 埼玉県上尾市 大字中新井 三一三−一三 |
| 埼玉県 | 〇四八− 七二五− 三七七一 |
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| 93 | 室内装飾工 | ひさなが いたる 久永 至 (六十五歳) |
久永装飾工芸 | 室内装飾の技能、特 にカーペット系等床仕 上げ工事の技能に優 れ、昭和天皇ご崩御の 際には大喪の礼の会場 カーペット施工作業に 尽力した。また中央技 能検定委員務める等、 後進の指導・育成に尽 力した。 |
〒一五八− 〇〇九一 東京都世田谷区 中町五丁目三番 一一号一〇五 |
| 東京都 | 〇三− 五七〇七− 四三六六 |
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| 94 | 建築塗装工 | こんどう てるお 近藤 照男 (六十九歳) |
近藤工業(株) | 建築塗装工として長 年従事し、業界の組織 化による保全技術の向 上と信頼性の向上に努 めた。特に鉄筋コンク リート建造物の外壁仕 上げ部分の補修改修工 法の改良と、その普及 並びに工事の信頼性の 確保に努め、また、塗 装作業省力化による合 理的な現場管理と工期 の短縮を図った。 |
〒四一〇− 〇〇五八 静岡県沼津市 沼北町一丁目 一七番二一号 |
| 静岡県 | 〇五五九− 二三− 二六八二 |
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| 95 | 造園師 | さとう かつじ 佐藤 勝治 (六十二歳) |
(有)大崎造園 | 造園業に従事し、特 に黒松の整枝造形の技 能は巧妙であり優れて いる。また、垣の創作 に当たっては、竹のの 部分をずらして模様を 作り上げるなど画期的 な改善施し、設置する 場所にふさわしいわび さびを表現した。 |
〒九八九− 六一五二 宮城県古川市 二ノ構七番三〇号 |
| 宮城県 | 〇二二九− 二二− 四〇一六 |
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| 96 | 植木職・ 造園工 |
さとう わさぶろう 佐藤 和三郎 (七十四歳) |
(株)佐藤造園 | 造園業に従事し、京 都風日本造園に優れ、 特に庭園構築の中心と なる石組施工を得意と し、自然の景観を醸出 す技術は評価が高い。 後進の指導育成にも貢 献した。 |
〒九九九− 七六七五 山形県東田川郡 藤島町大字宝徳 字仲田四〇番地二 |
| 山形県 | 〇二三五− 六四− 二六九一 |
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| 97 | 造園工 | すずき つぎお 鈴木 次男 (六十二歳) |
(株)水郷園建設 | 造園材料の配置・選 択、植栽、樹木の管理 (剪定,整枝)に優 れ、除草剤散布機の改 良を行う等作業能率の 推進に努めるととも に、業界の発展や後進 の指導育成に貢献 した。 |
〒三一一− 三八一一 茨城県行方郡 麻生町大字四鹿 二〇七番地一 |
| 茨城県 | 〇二九九− 七三− 二〇〇六 |
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| 98 | 造園工 | たかぎ ななお 高木 七生 (六十四歳) |
(株)高木造園 | 造園の技能に優れ、 特に日本庭園の伝統的 技法である石組み・石 積み等を得意とし、さ らに樹勢回復法の研に より天然記念物の保護 等に貢献するととも に、研修教材の作製を はじめ、技能検定や職 業訓練指導員等をし て、後進の指導・育成 に努めた。 |
〒二〇一− 〇〇〇二 東京都狛江市 東野川四丁目 一九番六号 |
| 東京都 | 〇三− 三四八九− 六四五一 |
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| 99 | 造園工 | きたむら かつみ 北村 克美 (八十四歳) |
(株)北村造園 | 永年培った職人気質 で努力と絶え間ない研 鑽により、地域の造園 業界の後継者育成に尽 力し、その指導力と信 頼性は極めて厚く、業 界の発展に寄与し、庭 園の作庭術に優れてお り、とりわけ周囲の景 観との調和を重視した 作庭は定評がある。 |
〒五〇三− 〇〇〇八 岐阜県大垣市 楽田町二丁目 一六二三番地 |
| 岐阜県 | 〇五八四− 八一− 一六五四 |
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| 100 | 造園工 | おくむら まさつぐ 奥村 昌次 (六十六歳) |
奥村造園 | 長年にわたり造園業 に従事し、伝統的日本 庭園の造園技能の研鑽 に努め、その卓越した 技能を名園の維管理、 都市公園・都市緑化事 業に発揮するととも に、業訓練指導員、技 能検定委員として後進 の指導育成に献した。 |
〒五二八− 〇〇三五 滋賀県甲賀郡 水口町名坂 三四〇番地 |
| 滋賀県 | 〇七四八− 六二− 二六三三 |
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| 101 | 造園工 | とみなが かずひろ 富永 和博 (五十九歳) |
(株)アート グリーン緑樹苑 |
土地柄にあった個性 的な庭、建物と庭が調 和する四季が楽しめる 庭づくりに努めて きた。更に公共造園や 屋復元工事の庭の復元 も手掛けるなど幅広い 知識・技能を有してい る。また、後進技能者 等の指導・育成に尽力 した。 |
〒八五六− 〇八四一 長崎県大村市 陰平町 一八二三番地三 |
| 長崎県 | 〇九五七− 五三− 二三〇三 |