論文題名 解雇法制と労働市場
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I はじめに

 このところ,わが国では,かつてないほど深刻な雇用調整を連想させる指標がみられ,雇用に対する不安が増大している。雇用不安は,家計の消費態度を慎重にさせ,不況をいっそう深刻化させる可能性もある。
 しかしながら,雇用不安が増大しているわが国は,OECD[1999]が作成した解雇法制指数によれば,OECD27カ国中でノルウェーとポルトガルに次いで最も「解雇が難しい国」に分類されている。この分類は,主に,わが国の「解雇権濫用法理」や「整理解雇法理(整理解雇の4要件)」を反映したものである。
 こうしたなか,わが国が長期不況から本格的に回復するには,労働市場の構造改革が不可欠であるとの立場に立つ論者からは,改革の一つとして,わが国解雇法制の抜本的な改革・再整備を行い,低成長分野から高成長が期待される分野へ円滑な労働移動を促進すべきとする意見が提唱されている(注1)。一方,こうした解雇法制改革論に対しては,労働組合等を中心に,労働者の権利を侵害するものとして,強い反発の声も聞かれる(注2)。後者の立場に立てば,わが国解雇法制の緩和は雇用不安をあおって消費意欲を減少させ,不況をいっそう深刻化させかねない不用意な判断となろう。
 こうした解雇法制に対する意見の相違を整理し,理論的・実証的前提を明らかにしながら政策提言を行うことはエコノミストに課せられた重要な任務である。しかし,わが国の解雇法制に関する実証研究は筆者の知る限り非常に少なく,十分な蓄積があるとは言い難い。こうした観点から,本稿は,欧米諸国で発展した経済理論とその実証分析を整理することを通じて,わが国解雇法制の労働市場への影響を論ずるうえでの視点を提供することを目的としている。
 本稿の構成は以下の通りである。IIでは各国の解雇法制を具体的に数値化する手法を用いて,わが国の解雇法制の厳格さを国際比較する。IIIでは,解雇法制がマクロ経済に及ぼす影響について,諸外国における先行研究の理論的発展を概観し,次いでIVでは,諸外国の実証分析を整理する。Vにおいて,本稿のまとめを行うとともに,若干ながらわが国へのインプリケーションを述べる。



II 解雇法制の国際比較――解雇法制指数による分析

 1 OECD[1999]の解雇法制指数

 本節では,まず,OECD[1999]の解雇法制に関する指数(雇用保護制度指数:Employment Protection Legislation Indicators)の作成について説明することを通じて,わが国の解雇法制の厳しさを国際的に比較する。したがって,わが国解雇法制に関する説明は,指数化の理解に必要な最小限のものである(注3)。なお,解雇法制の指数化にあたって,項目の選別や各項目の数値化の妥当性,項目を集計する際の計算法など,作成者の恣意性が入ることは不可避である。このため,次節の国際比較にあたってはその他の先行研究で使用された指数も用いて比較を試みる。
 OECD[1999]では,解雇に関する規制を,(A)解雇手続の不便さ(regular procedural inconveniences),(B)解雇予告期間および解雇手当(notice and severance pay),(C)解雇の困難性(difficulty of dismissal)の三つに大分類する。3分類は,それぞれ表1に示されたように,2ないし4の小分類に分けられ,解雇法制が厳しくなるほど点数が高くなるよう,すべての小分類に0〜6点の得点が与えられる。以下では,それぞれの小分類について簡単に整理する。

 A. 解雇手続の不便さ

 (1)手続に関する規定  解雇の際に,使用者側が事前に行わなくてはならない手続。表1に示した通り,まず0〜3に分類する。この分類も,数値が高くなるほど手続が面倒であることを示す。わが国は,個別解雇については「1」(解雇が訴訟に持ち込まれた場合,使用者から被解雇者への書面での解雇通知と事前の説明の有無が問われるケースが多いため),整理解雇については,「2」(整理解雇の4要件により,労働組合もしくは労働者代表との事前説明・協議が義務化されているため)と分類されており,総合では平均「1.5」が付けられている。(1)は,単純に点数が倍換算となり,わが国は「3」点となる。

表1 OECD[1999]の解雇法制指数作成基準

 (2)解雇通知に至るまでの日数  解雇が通知される前の猶予日数。わが国は,個別解雇の場合は「1」日(書面・口頭による通知),整理解雇の場合は「5」日(整理解雇の必要性および被解雇者の選定に関する組合等との事前協議所要日数)と想定し,平均として「3」日が計上されている。点数換算では,「1」点となる。

 B. 解雇予告期間および解雇手当

 (3)解雇予告期間  解雇が行われる日からさかのぼって,事前に通知をしなくてはならない日数。OECD[1999]では,勤続年数によって予告期間の規定が異なる国があるため,三つの勤続年数別(9カ月・4年・20年)に,規定されている予告期間を表示している。わが国では,労働基準法第20条で(勤続年数にかかわらず)解雇予告期間は30日以上とされていることから,指数では「1」カ月と計上されている(注4)。点数換算では,勤続年数に対応して,それぞれ9カ月は「3」点,4年は「2」点,20年は「0」点が付けられている。

 (4)解雇手当  解雇の際に,労働者へ支給される手当額を月額賃金の月数で表示。わが国では,制定法の規定がないため,標準的なケースとして,会社都合による退職金と自己都合による退職金の平均的差額を事実上の解雇手当とみなし,勤続年数9カ月の場合は解雇手当「ゼロ」(「0」点),4年の場合は「1.5」カ月(「3」点),20年の場合は「4カ月」(「2」点)が計上されている。

 C. 解雇の困難性

 (5)不当解雇の定義  「不当解雇」に関する定義を0〜3で分類し,数値が高いほど解雇法制が厳しいことを指す。わが国は,整理解雇の4要件で「解雇回避努力義務」が企業に要求されているため,「2」に分類され,倍換算で点数は「4」点となっている。

 (6)解雇法制が適用されない試用期間の日数  解雇法制適用外の試用期間が長いほど,使用者には,低コストで採用者のスクリーニング(選抜・適性の見極め)が可能となる(注5)。わが国は,試用期間中の者でも14日を超えて引き続き使用されるに至った場合には,30日前の解雇予告が必要となる(労働基準法第21条)。ただしOECD[1999]では,日本での試用期間は2〜6カ月が一般的と判断されており,点数は「4」点が計上されている。

 (7)20年以上の勤続者に対する不当解雇の際の解雇手当  35歳から20年勤続した労働者に対する解
雇が,不当解雇であるとの判決が出た場合を想定し,勤続年数が長い労働者に対する解雇の厳しさの度合いを示す。わが国は,不当解雇の判決が出た場合,解雇時点にさかのぼって未払賃金の支払が企業側に命じられる。わが国は,その標準的なケースとして「26」カ月分が計上されている。点数では,「5」点となる。

 (8)解雇が不当となった場合の復職  解雇が不当とみなされた場合の解決策は,金銭賠償や解雇前の職場への復職など,各国で異なる。これらの解決策を0〜3に分類する。わが国では,解雇が不当との判決が出た場合,「解雇がなかったものとして被解雇者との雇用関係が継続」することが一般的なことから「2」に分類され,点数は倍換算で「4」点が付けられている。

 このようにしてそれぞれ数値化された(1)〜(8)の小分類は,加重平均によって集計され,最終的に解雇法制指数が作成される。こうして作成された解雇法制指数は,IVで紹介する解雇法制と労働市場の関係についての実証分析でも頻繁に利用されている。次節では,このように指数化したわが国の解雇法制の特色を各国と比較してみよう。

 2 解雇法制の各国比較

 表2のランキング表は,1位から順に,順位が低くなるほど解雇法制が厳しい国であることをOECD[1999]の指数,解雇予告期間・解雇手当・不当解雇の場合の手当を各勤続年数別に計算・集計したHeckman and Pages[2000]の指数,OECD[1999]の基礎となったOECD[1994]の指数,制定法で定められた解雇予告期間・解雇手当から算出されたLazear[1990]の指数,Emerson[1988](注6)で示された国際比較を加工したBertola[1990]の指数を示したものである。

表2 解雇法制指数・ランキング

 まず,OECD[1999]のランキングをみると,表2の3〜5列目にあるように,わが国は,「解雇手続の不便さ」「解雇予告期間・手当」に関しては,それぞれ12位,16位と,27カ国中の中位に属する。しかし,「解雇の困難性」ランキングは,ポルトガル・ノルウェーに次いで,27カ国中25位と,最も解雇を行うことが難しい国に分類されている。
 「解雇手続の不便さ」「解雇予告期間・手当」「解雇の困難性」の各点数を単純平均して作成した「解雇法制総合」を表2の6列目でみると,わが国は27カ国中20位と,解雇法制が厳しい国に分類されている。
 また,有期雇用に関する規制等,正規社員以外の一時的雇用(Temporary Employment)の規制も考慮し,労働市場全体の柔軟性を測った「解雇法制総合+Temp」指数(表2,7列目)では,17位と若干ながらランキングが上がる。
 さらに,あらかじめ規定されている以上の労働者数を一度に整理解雇する際の追加的な規定がある場合を指数に含んだ「解雇法制総合+Temp+集団解雇」指数でみると,わが国のランキングはさらに上位となり,14位となる。これは,諸外国では,規定以上の人数の解雇に対しては,第三者機関の認可や追加的な事前猶予期間を設けている国が多いが,わが国は公共職業安定所への届出義務のみが課されているためである(注7)。
 このように,OECD[1999]によれば,わが国の解雇法制はOECD諸国の中でも比較的厳しい国に分類されている。しかしながら,制定法の規定のみを指数化したLazear[1990]は,わが国を米国と並び,最も規制が少ない国に分類している。またOECD[1994]も,わが国を多くの欧州諸国より解雇が容易な国に分類している。同論文では,わが国の解雇権濫用法理が,企業の解雇抑制へ及ぼす直接的効果は小さいとのスタンスをとっており,「解雇の困難性」の項目ではわが国を,比較的解雇が容易な国に分類している。
 次に,諸外国のランキングについてみると,米国は,どの指数においても1位となっており,最も解雇が行いやすい国といえる(注8)。また,南欧諸国のランキングは総じてどの指数でも下位となっている。
 一方,それ以外の国々については,指数によってランキングはかなりばらつきがある。たとえば,1990年代に失業率の低下に成功したことから,労働市場のモデルとしてこのところ注目されているオランダは,OECD[1994]・Bertola[1990]・Lazear[1990]では,解雇が比較的容易な国に分類されている一方,解雇審査手続に要する時間などを考慮したOECD[1999]の解雇コスト総合指数では27カ国中25位となっている(注9)。英国についてみると,多くの指数では解雇が容易と分類されているものの,Heckman and Pages[2000]は,英国をドイツ・フランスよりも下位にランクしている。ノルウェーについては,OECD[1999]・Lazear[1990]では下位にランキングされているが,Heckman and Pages[2000]は36カ国中5位と,解雇が容易な国に分類している。
 このように,制度の指数化は,作成者の恣意性が不可避なことから,分析間で相当ばらつきがあり,国際比較や,指数を用いた実証分析結果は,かなりの幅を持って解釈する必要がある。



III 解雇法制と労働市場――欧米諸国の経験を中心に

 1980年代後半には,欧州で失業率が高止まりを続けている原因として,これらの諸国の解雇法制が厳しすぎることを指摘する論文が発表され,その後,様々な角度から解雇法制を巡る議論が展開した。
 以下では,こうした文献のうち,次節で紹介する実証研究と関係の深い議論を整理する(注10)。これらの議論は,(1)マクロ的に解雇法制と失業率や雇用率との関係を論じる文献と,(2)ミクロ的視点から仕事の創出・喪失と解雇法制の関係を議論する文献とに大別される。順を追って見てみよう。

 1 インサイダー・アウトサイダー理論とその批判

 解雇法制の存在が労働市場に影響を及ぼしている点に着目した初期の文献はLindbeck and Snower[1986]やBlanchard and Summers[1986,1987]らのインサイダー・アウトサイダー理論である。これらの論文は,以下のような理論的可能性から厳しい解雇法制が存在すれば失業率が高止まる,と主張した。
 (1) 厳しい解雇法制の存在は,雇用が保障されたインサイダー(被雇用者)のバーゲニング・パワーを強くする。その結果,企業の人件費負担が高賃金の労働者を多数雇用するため上昇し,安い賃金であっても働きたいと申し出るアウトサイダー(失業者)の新たに雇用される機会が奪われてしまう。
 (2) 解雇費用が高いことが予見される場合,経営が悪化した際の解雇費用を織り込んで企業が採用を手控えるため,経済全体の労働需要が減退,雇用は減少し,失業は増加する。
 (3) いったん失業プールに入ってしまった労働者は,(1)(2)の要因から容易に次の職が得られない。失業が長期化することで,労働者の人的資本が劣化するため,失業プールからますます抜け出せなくなる労働者が増え,失業率にヒステリシスが発生する(注11)。
 インサイダー・アウトサイダー理論に対する批判として,Bertola[1990]やBentolila and Bertola[1990]は,解雇法制が厳しい場合,好況時の採用は抑制される一方で,不況時の解雇も抑制される可能性に着目し,以下の点を指摘した。
 (1) 景気循環を通してみれば,解雇法制は雇用率(就業者数/人口)には影響を与えない。
 (2) 不況になる確率が高い場合は,解雇法制がある場合のほうが,解雇される労働者が少なくなるために,平均雇用率は上昇する。
 (3) 好況時に採用を行う企業にとっては,不況は遠い将来の事柄であり,採用した労働者を解雇する際の費用負担の可能性は大きく割り引かれる。
 したがって,解雇法制が厳しいことは,企業の採用行動には大きな影響を及ぼさない一方,いったん採用した労働者は雇用調整されにくくなるため,長期的には雇用率を押し上げる,と指摘した(注12)。

 2 仕事の創出・喪失と解雇法制

 Hopenhayn and Rogerson[1993]は,経済の平均雇用率に大きな変動がない場合であっても,(a)新規の仕事の創出・喪失が頻繁に起こっている場合,(b)既存の仕事が残り,新規の仕事が全く創出されていない場合,の両方が考えられる点に着目し,解雇法制が仕事の創出・喪失率に及ぼす影響について,一般均衡モデルを用いて分析した。分析から,厳しい解雇法制は,(1)企業の仕事の喪失意欲を減少させるため,一時的に雇用率が高くなるが,同時に(2)仕事の創出意欲も減退させるため,長期的には雇用率が減少する,さらに(3)円滑な仕事の創出・喪失が抑制されるため,効率的な労働資源の配分が阻害され,経済成長率も低下する,と指摘した。
 これに対し,Nickell and Layard[1999]は,解雇法制が厳しい国と緩やかな国の間で仕事の創出率・喪失率に関するデータに大きな違いはない(注13)ことを指摘し,Hopenhayn and Rogerson[1993]らの主張には実証的証拠がない,と批判した。Nickell and Layard[1999]は,仮に解雇法制が衰退産業から成長産業への労働移動を阻害したとしても,(1)労働者の離職による自然減により,年間10%程度の既存事業所における雇用者削減が可能であること(注14),(2)労働者の離入職率は,米国で圧倒的に高いが,この要因が米国で長期的により高い成長を促しているかどうかは不明である,と指摘した。
 ただし,Nickell and Layard[1999]の問題提起は,(a)賃金格差,(b)有期雇用,(c)情報の非対称性,といった別の要因をモデルに取り込むことにより,克服される可能性もある。すなわち,以下で紹介する文献では,解雇法制は仕事の創出・喪失にプラス,あるいはマイナスの影響を与えているものの,それ以外の(a)〜(c)の要因によって創出・喪失率がちょうど相殺される可能性が示されている。

 A. 賃金格差・解雇法制と仕事の創出・喪失

 Bertola and Rogerson[1997]は,解雇法制が厳しいイタリア等の欧州諸国では,解雇法制が緩やかなカナダや米国に比べ,賃金格差が非常に小さいことに着目する。賃金格差の程度が国により違うのは,正のミクロ・ショックを受けた企業と負のミクロ・ショックを受けた企業が賃金水準を修正する度合いが,各国で異なるためと考える。
 分析によれば,賃金格差が小さい国において,正のショックを受けた場合には賃金があまり上昇せず,労働需要が増加する(仕事の創出)。負のショックを受けた場合は,賃金の下落が小さく,企業の労働保蔵は困難になり,雇用調整をせざるをえなくなる(仕事の喪失)。したがって,解雇法制が厳しく,賃金格差が小さい欧州諸国では,解雇法制の仕事の創出・喪失抑制効果を相殺するかたちで,仕事の創出・喪失率が高くなる。反対に,賃金格差が大きい国では,正のショックを受けた場合,大幅な賃金上昇が起こり労働需要はさほど増加しない。一方,負のショックを受けた場合は,賃金が大幅に下がるため,労働保蔵も可能になる。すなわち,解雇法制が緩やかな米国・カナダでは,仕事の創出・喪失率は高くなるが,同じショックに対してより賃金が感応的に伸縮するため,雇用者数の調整は小幅となり,仕事の創出・喪失が抑制される(注15)。

 B. 有期雇用制・解雇法制と仕事の創出・喪失

 Boeri[1999]は,欧州諸国における有期雇用制と解雇法制との相互関係に着目した。同論文は,有期雇用制の導入は,正規社員の仕事を代替する有期の仕事を増加させる一方,更新回数等に上限規制が設けられがちな有期雇用は,契約期間満了をもってその仕事が喪失する場合が多いため,vacancy chain(労働者がいなくなった後の空きポストに次の労働者が就くこと)となりにくい,と論じた(注16)。また,正規社員への手厚い雇用保護を与件として有期雇用制度を導入することは,失業プールからの正規雇用へのフローが低くなる反面,有期雇用と失業プール間もしくは有期雇用間のフローを増加させる結果,欧州諸国でも,(1)平均的には米国並みの仕事の創出・喪失率が観察され,一方で(2)正規の職を求める労働者の失業期間が長期化するとの現象が整合的に説明できるとした。また,厳しい解雇法制を残したまま,有期雇用の導入等部分的な改革を行うことは,公平性と効率性を損なう結果となりかねないと指摘した(注17)。

 C. 労働者の質に関する情報の非対称性・解雇法制と仕事の創出・喪失

 Kugler and Saint-Paul[2000]は,労働者の質に関する情報の非対称性を踏まえた理論モデルを構築し,解雇法制が厳しい国では,(1)転職(就業から就業)による仕事の創出・喪失が活発に行われるが,(2)失業から就業というかたちの仕事の創出は阻害される,と主張した。
 同論文では,すでに雇用している労働者の技能やスキルの情報を企業が有しており,企業は解雇に当たっては優良な労働者を極力保蔵し,不要な労働者から解雇する,と仮定する。新規事業を始めるため,新しい仕事を創出しようとしている企業行動を考えよう。この新規の仕事に,現在失業中の労働者と他企業に就業中の転職希望者が応募したとする。この企業は,応募してきた労働者の質に関する明確な情報を持っていない。しかし,先行企業の行動原理を踏まえると,この企業は現在失業中の労働者よりも,他の企業で職に就いている労働者を採用したほうが,質の悪い労働者を選んで将来高い解雇コストを負担するリスクが少ない,と予想する。
 同論文のモデルでは,(1)解雇コストが高い国ほど,職から職への移動が頻繁に行われ,仕事の創出・喪失率が上昇する,(2)一度失業プールに入ってしまった労働者は,企業が採用に慎重になるため,なかなか失業プールから退出することができず,再就職というかたちの仕事の創出は低調になり,失業が長期化する。したがって,(1),(2)の効果を合わせると,高い仕事の創出・喪失率と長期化した失業が整合的に説明できる。

 以上みたように,解雇法制が失業率,仕事の創出・喪失等,労働市場へ及ぼす影響には,コンセンサスが得られていない。以下では,IIIで取り扱った文献を含め,解雇法制に関する先行研究の実証分析を整理する。



IV 解雇法制が労働市場へ及ぼす影響――実証分析編

 IVでは,解雇法制が労働市場に及ぼす影響を検討した先行実証研究を3タイプに大別し,紹介する。ここで,法制度の違いが経済に与える影響を推し量るうえでの大きな問題点は,各国で法制度がそれほど頻繁に変更されないことである。したがってこうした分析では,国際比較分析が一般的である。

 1 雇用率・失業率と解雇法制指数の関係

 解雇法制に関する実証分析の中で最も研究が進んでいるのは,まず,各国の解雇法制の特色を分析者が定めた一定の基準で定量化した指数を作成し,この指数と雇用率,失業率などのマクロ変数との関係を回帰分析によって検証する分野である。
 こうした各国の法制度の比較分析には,(1)制度を指数化する際に,どの法制度までを射程に入れ,どのような手法を用いて定量化するか,という方法論上の恣意性,(2)解雇法制の制定に至る各国の様々な状況は考慮できない,という二つの限界がある。こうした限界を踏まえ,分析結果を理解するうえでの注意点は以下の通りである。
 第1に,解雇法制指数上で同程度と判別された国であっても,それ以外の要因(最低賃金制,失業保険等)は分析期間中一定とされているという点である。これら与件とされている変数が分析期間中一定ではなく,回帰分析に用いられている他の説明変数の変動とシステマティックな関係があれば,回帰分析によって得られた結果に偏りが生じている可能性がある。
 第2に,こうした分析結果をもとに,「○○国並みの解雇法制にすれば,失業率が○○%低下する」という政策提言を行うことには慎重であるべきである。わが国の場合に照らしてもわかるように,解雇法制は時代の要請にしたがってつくられるものであり,解雇法制と労働契約やマクロ経済の状況は,「どちらが鶏でどちらが卵か」,一概にはわからない関係にある。したがって,このタイプの回帰分析結果が因果関係を示している,と主張するためには,慎重な考慮が必要とされる。
 表3に,解雇法制とマクロ経済変数の関係を検証した,代表的な実証研究を整理した(注18)。以下では,雇用率,労働力率,失業率の順に結果を説明する。

表3 解雇法制と労働市場の関係についての実証結果

 A. 雇用率

 Heckman and Pages [2000], Nickell and Layard[1999],Nickell[1997]やLazear[1990]は他の条件を一定として,解雇法制が厳しい国では雇用率が低い傾向にある,との結果を得ている一方,「解雇法制総合+temp」指数を用いて推計したOECD[1999]では,有意な影響が検出されていない。こうした分析結果の違いが生じる原因の第1の可能性は,指数作成方法の違いである。たとえば,Heckman and Pages[2000]・Lazear[1990]は解雇予告期間や解雇手当しか考慮していないのに対し,OECD[1999]の指数はそれ以外の多くの要素も考慮している。第2の可能性は,回帰分析で用いられているコントロール変数や推計期間の違いである。
 ただし,Nickell and Layard[1999]とNickell[1997] は,得られた結果に対して他の研究とは異なった解釈をしている。すなわち,Nickell and Layard[1999]とNickell[1997]は,解雇法制が厳しい南欧諸国においてはもともと女性の労働力率が低いため,解雇法制が厳しい国では雇用率が低い傾向にあるとの実証結果が得られた,と主張する(注19)。この解釈の補強材料として,Nickell[1997] とNickell and Layard[1999]は,25-54歳男性の雇用率と解雇法制の間には統計的に有意な関係が見当たらない,との実証結果を示している。

 B. 労働力率

 一方,Lazear[1990]は,他の条件を一定として,解雇法制が厳しい国では労働力率が低い傾向にある,との結果を得ている。Lazear[1990]は,厳しい解雇法制が企業の採用意欲を阻害する結果,容易に職が得られない労働者が,求職を断念して非労働力化するため,と実証結果を解釈する。

 C. 失業率

 失業率への影響についての分析結果は,プラスの関係を導くもの,マイナスの関係を導くもの,影響なしとするもの,に分かれている。ただし,解雇された労働者が非労働力化する場合には,統計上失業者に算入されない,という点を考慮すると,分析結果は大きく変わるかもしれない。
 この点について,OECD[1999]は,女性や若年の失業率と解雇法制の関係は有意に検出されない,すなわち非労働力化の効果により,分析結果が影響されている可能性がある,としている。Heckman and Pages[2000]では,OECD[1999]と逆の符号を検出しているものもあるが,同様の解釈を行っている。また,OECD[1999]は,解雇法制が厳しい国では男性失業率が低い傾向にある,との結果を報告している一方,Heckman and Pages[2000]では逆の結果を検出している。
 次に,短期の失業率を失業プールに流入する頻度の代理変数,長期の失業率を失業プールからの退出確率(滞留期間)の代理変数と考えよう。ここで,「短期の失業」とは,失業期間が1年未満,「長期の失業」は1年以上の失業を指す。ただし,Heckman and Pages[2000]は,他の分析と異なり,「6カ月以上の失業」を長期失業と定義している。
 短期の失業率については,OECD[1999],Nickell and Layard[1999],Nickell[1997]が,解雇法制が厳しい国では有意に低い傾向にあるとしている。一方,長期の失業率については,OECD[1999],Scarpetta[1996]は解雇法制の厳しい国で有意に高い傾向にある,としている。この結果は,「解雇法制が,既存の雇用者を保護しすぎるために,いったん失業してしまった労働者はなかなか次の職が得られない」という,インサイダー・アウトサイダー理論と整合的である。ただ,Heckman and Pages[2000],Nickell and Layard[1999],Nickell[1997]では,符号条件は満たしているものの,有意な結果は得られていない。Heckman and Pages[2000]の結果については,長期と短期の定義の違いも関係していると思われる。
 なお,表3には掲載していないが,OECD[1999]では,失業率への影響について,解雇法制指数を,「解雇予告期間および解雇手当」と,「解雇手続きの不便さ」+「解雇の困難性」とに分解した推計も試みている。こうした分析は,解雇法制の中でも,具体的にどの要素が労働市場に影響を及ぼしているかを検討する際に重要となる。しかしながら,OECD[1999]は,各要素に分けた場合も,解雇法制と失業率との間には,明確な関係が検出されなかったとの結果を報告している。

 2 雇用調整速度への影響

 1990年代前半には,アブラハムとハウスマンを中心に,各国の雇用調整の速度と解雇法制との関係についての研究が進んだ。こうした研究は,解雇法制が企業行動に影響するのであれば,景気後退期の雇用調整を難しくしているかもしれない,という問題意識に則る。
 Abraham and Houseman[1993]は,1974-1984年の米独の産業別四半期データを用い,被説明変数に(1)「雇用者数」あるいは(2)「雇用者数×1人当たり平均労働時間」を,説明変数に実質化した出荷額を用いて,調整速度の係数を回帰分析によって推計した。同論文によれば,(1)(3,4四半期程度の)短期的な雇用者数の調整では,米国の調整速度が非常に速い一方,(2)雇用者数×労働時間の調整は,米独の違いはほとんどないことから,ドイツでは,労働時間の調整速度が速いことを示し,人数と時間の両者を併せてみれば米独企業の調整速度には大きな違いが生じていないと結論づけた(注20)。
 同論文は,米独にこうした違いが生じる理由として,ドイツでは,需要減退に直面した企業が,従業員の解雇を回避するために,所定労働時間以下に労働時間を削減した場合に賃金の一部が支給される保険制度(short-time compensation program: STC)(注21)が有効に活用されており,この制度が厳格な解雇制限法の下でもドイツ企業の人件費調整を柔軟にしていると指摘した。さらに,ドイツではapprenticeship(Lehre)と呼ばれる若年者職業訓練制度が充実している。同論文は,このapprenticeship期間中は解雇制限法が適用外となるため,解雇制限法が導入されていても,採用に際して独企業は過度に慎重にならずに若年労働者のスクリーニングができる(注22)と述べた。彼らは,STCとapprenticeshipを組み合わせることで,需要変動に対する企業の人件費変動の柔軟性を確保しながら,雇用保護・労働者のスキル蓄積を同時に達成することが可能であり,解雇法制は必ずしも企業負担を増大させているとは言えない,と主張した。
 その後,Abraham and Houseman[1994]は,ドイツ,フランス,ベルギー,米国の4カ国の雇用調整について,1973-1990年の産業別四半期データを用い,被説明変数に(1)「雇用者数」と,(2)「雇用者数×1人当たり平均労働時間」を,説明変数としておのおののラグ項を用いた回帰分析結果から得られた調整速度を比較した。それらに係る係数を観察した分析によれば,(1)米国に比べて,欧州3カ国の人員調整速度は顕著に遅い一方,(2)Abraham and Houseman[1993]と異なり,雇用者数×労働時間の場合でも,米国が4カ国の間で顕著に調整速度が速い,との結果を得た。先行研究と一致しない結果が出たことは,推計期間,関数形や,その他のコントロール変数の取り方などにより,推計される雇用調整の速度が大きく異なってくる可能性を示唆している。

 3 仕事の創出・喪失率への影響:ミクロデータを用いた分析

 IIIで紹介した仕事の創出・喪失に関するHopenhayn and Rogerson[1993]の分析は,解雇法制が仕事の創出・喪失にどのような影響を与えるかを数値解析によって検討した。Kugler and Saint-Paul[2000]は,解雇法制が非常に緩やかな米国と,解雇法制が厳格なスペインの個票データを用いて,こうした理論モデルの含意を直接実証的に検討した。
 Kugler and Saint-Paul[2000]は,失業者が,就業中の労働者に比べてどの程度職を得にくいか,という相対比率(失業者差別率〈DAU: discrimination against unemployed〉:失業者の就業確率/就業者の転職確率)を,質的選択モデル(その労働者が職に就く場合を1,就かない場合を0)を使って分析した。労働者の属性をコントロールしたうえで行った分析結果によれば,米国の州別データを用いると,解雇法制が厳しい州(随意雇用原則に例外を認めている州)のDAUは,随意雇用原則を維持している州のDAUに比べ6.3%低いこと,州の解雇法制以外の要因をコントロールした場合には,DAUが10.1%低くなることが示された。また,スペインのDAUは米国のDAUに比べ14.1%低くなることが報告された。



V おわりに――結論とわが国における課題

 III,IVの結果を達観すると,解雇法制とマクロ経済変数との関係に対する理論的解釈・実証結果およびその評価については,十分な蓄積が得られているとは言い難い。今後も解雇法制とその他の制度との補完性を踏まえつつ,仕事の創出・喪失に関する個票を使った実証分析を積み重ねることが,望ましい解雇法制のあり方を探る一つの道となろう。
 以下では,これまでの欧米諸国の先行研究を踏まえ,解雇権濫用法理を中心に確立してきたわが国の解雇法制が,労働市場に与えている影響について,若干の考察を行うこととしたい。
 そもそも,解雇法制についての評価は,失業率水準の安定をもってよしとするか,あるいは誰が失業するのか,という点まで考慮するかで,分かれることとなろう。たとえば,平均失業率が同じ経済であっても,少なくとも以下二つの社会が考えられる。第1に,経済に対する負のショックに対し,すべての労働者が失業するリスクを均等に分担する一方,再就職の確率も高い,という社会である。第2に,経済に対する負のショックに対し,短期的に解雇法制の恩恵を受け,雇用が持続するインサイダー(おそらく大半は世帯主である男性)と,有期雇用・長期失業・非労働力化の選択を余儀なくされるアウトサイダー(一般的には,女性や若年層,あるいは高齢者)が家庭内の分業などによって共存する社会も考えられる。現在のわが国では,後者の社会に近い現象が観察される。たとえば,(1)正規社員(世帯主)とパートタイマー(配偶者),(2)中高年労働者(親)と若年失業者(子),等の組み合わせがその代表的な例である。
 多くの欧州諸国では,パートタイム労働について不平等取り扱いが原則禁止されており,同一または同等の職務に就く場合は,就業形態にかかわらず時間当たりの賃金は同一とされている。これに対しわが国では,そのような規制はない。大竹[2001]は,今回の景気低迷局面において,「正社員の賃金はデフレだからといってほとんど下がっていない」一方,「パートの賃金は,デフレを反映して下がって」おり,「両者の賃金格差は拡大」しているため,雇い主は正社員を減らしパート社員を増加させていると指摘している。IIIで紹介したインサイダー・アウトサイダー理論に基づけば,正規社員の名目賃金の高止まりは,解雇法制により保護された,わが国正規社員のバーゲニングパワーの強さが一因であるとも解釈しうる。正規社員の保護のみを前提とした既存の解雇法制が存続するなか,現在の景気低迷が長期化するならば,わが国の労働市場には,契約期間満了をもって雇用契約を解消できる割安なパートタイマーのさらなる増加(正規社員比率の減少),正規-パート間の賃金格差拡大が観察される可能性もありえよう。
 さらに,このところ急増していると言われている学卒未就職者をはじめとする若年失業者や,いったん失職した人の失業期間の長期化についても,欧米で発展した経済理論を前提とすれば,わが国の厳格な解雇法制を前提とした企業の慎重な採用態度(注23)を反映していると解釈することもできよう。わが国では,就職氷河期に就職できなかった若者や運悪く雇用調整の対象となった労働者には,パートやフリーターとして低賃金の職につくか長期の失業者となるかの選択が迫られている(大竹[2001])と言える。
 もっとも,正規社員を対象に確立しているわが国の解雇法制で,実際に裁判で救済の対象となりうるのは,労働組合がある企業に就業している労働者に限られていることも指摘されている。これは,わが国の「裁判所の訴訟手続は,費用と時間がかかり労働組合等の人的・金銭的援助なくしては継続しがたい状態になっている」(小宮[1997])ため,「資力のない労働者に,裁判による救済を断念させる」(荒木[1996])状況となっているからである。大竹・藤川[forthcoming]は,中小企業を中心に,組合がない企業で働く労働者が増加しているなか,労働組合によってはじめて効力を持つ整理解雇規制には,限界があると指摘している。
 このように,組合組織率が低下し,正規社員以外の就業形態が多様化するなか,わが国の解雇法制は,保護の対象となる一部の限られた労働者(インサイダー)と,保護対象外のその他の労働者(アウトサイダー)との二極化をもたらしているといえよう。特に,大きな負のショックが加わった今回の景気低迷期の大きな特徴は,インサイダーから外れた,もしくは初めからインサイダーになれずアウトサイダーという選択肢を余儀なくされた,解雇法制対象外の労働者が急増している点である(注24)。こうした点をかんがみると,わが国の解雇法制は,既存の社会形態やそれを前提に確立している社会保障・失業保険制度など,その他の制度選択の問題も包含したうえで,今後就業形態がさらに多様化する可能性も考慮に入れながら,その望ましい姿が検討されるべき時期に来ているといえよう。
 わが国の解雇法制が,実際にどの程度,労働市場に影響を及ぼしているのかを把握し,望ましい法制度を経済学的な観点から検討するためにも,欧米の先行研究でみられるような実証研究はわが国でも不可欠となってこよう。これまでのところ,わが国の解雇法制に関する実証研究は,筆者の知る限り大竹・藤川[forthcoming]のみである。大竹・藤川論文では,わが国の整理解雇に関する1945-1997年の判例を用い,整理解雇の4要件のうち裁判ではどの要件が最も重視されてきたか,といった点などを,分析期間を区切りながら定量的に分析している。今後,わが国でもこうした実証研究が蓄積されることが期待される。
 また,望ましい解雇法制のあり方を巡っては,その法制度自体もさることながら,その他の制度との補完性等も視野に入れ検討する必要がある。他の制度との関連から,今後の解雇法制を論ずるうえで注目される制度改正としては,たとえば,平成12年商法改正により導入された会社分割制度や,導入が検討されている年齢差別禁止法が挙げられよう。
 まず,会社分割に伴う労働契約等の承継を巡っては,立法的対処が必要であるとの観点から,いわゆる「労働契約承継法」が別途制定され,2000年12月には,そのガイドラインとして,「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」が定められた(注25)。この法律・指針に基づけば,会社分割に伴う労働契約の承継に際しては,各部門に従事する従業員の「主」と「従」の区別を明確に行うことが大前提となる。
 しかし,これまでのわが国では,解雇権濫用法理の下,解雇を極力回避する手段として,従業員の出向や配置転換が広範に認められ,企業内の労働移動が頻繁に行われてきた。また,このところ部門別採用等が増えてきているとはいえ,企業内人事ローテーションで,数年ごとに労働者が部署を異動する従来の人事慣行が続いている企業も,依然として存在しよう。こうした既存の慣行が残るなか,会社分割に際し,労働契約の承継がスムーズにいかない可能性は皆無とはいえないだろう。今後,企業再編が活発に行われていくことが余儀ないのであれば,会社分割制度導入が労働市場へ及ぼす影響を考慮したうえで,解雇法制のあり方が検討される必要性が出てくるかもしれない。
 次に,少子・高齢化が不可避となっているわが国では,その一対策として,高齢者の就業促進や,中高年の円滑な労働移動の支援を目的とした「年齢差別禁止法」の導入が議論されている。すでに40歳以上の労働者に「年齢差別禁止法」を適用している米国では,年齢が理由の解雇や,一定年齢に達したことによる雇用契約の解消(いわゆる「定年」)が法律で禁止されている。ただし,このような法案をそのまま他の制度との整合性を考えずにわが国に当てはめることには慎重であるべきかもしれない。これまでわが国では,解雇法制により,定年前の労働者の保護を充実させる一方で,採用の増減による雇用調整や定年制といった,入り口と出口に関する企業の裁量を認めてきた。一部の論者からは,現行の解雇法制を存続したまま,「年齢差別禁止法」を導入することは,企業の雇用調整の余地をさらに狭め,入り口での雇用調整にしわ寄せが起こる結果,若年者の就業や子育てなどのためにいったん非労働力化していた女性の再就職を阻害する可能性が指摘されている(注26)。高齢化社会における労働市場のあり方をデザインすることは,失業保険,年金,医療制度など,多角的な視野の中から,社会的に合意できる公平性と労働市場の効率性のバランスをとっていく難題である。


*本稿を作成するにあたっては,大竹文雄教授(大阪大学)より有益なご助言を頂戴した。記して感謝の意を表したい。ただし,本稿で示されている意見およびありうべき誤りは,筆者個人に属し,日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではない。

(注 1)たとえば,八代[1999],小嶌[2000]。大竹[2000]は,雇用不安と消費低迷について解説している。
(注 2)たとえば,高木[2000]。また,1999年秋以降,東京地方裁判所労働部は,経営上の事由を理由とする解雇事案7件に対し,すべて労働者側敗訴の決定・判決を出した。これに対し,日本労働弁護団は,整理解雇の4要件を緩和・否定する決定・判決が相次いでいると訴え,2000年4月18日,東京地裁労働部の裁判官に対して,「整理解雇事件に関する申入書」を提出した。詳細は日本労働弁護団[2000a, b]参照。
(注 3)わが国の解雇法制に関してはたとえば,荒木[1996],小宮[1997]等がある。
(注 4)ちなみに,20年以上の勤続者への予告期間は,ドイツでは7カ月,ベルギーでは9カ月である。OECD[1999]は,ホワイトカラー・ブルーカラー,個別解雇・整理解雇の違いにより,解雇予告期間や手当が異なる国については,おのおのを平均した値を用いている。
(注 5)英国では,従来,採用後2年以内の者については,不公正解雇の規定が除外されていたが,1999年6月からはその期間が1年に短縮された。2000年度の英国の不公正解雇に関する雇用審判所への申し立て件数が,前年の4万2826件から5万2791件へ23%も急増した背景には,この法改正が部分的な要因となっているとの解釈がある(日本労働研究機構[2001])。
(注 6)Emerson[1988]では,(1)最低2年以上勤続している労働者の割合,(2)離入職率,(3)失業者に占める被解雇者の割合,(4)解雇法制の緩和が労働市場に正の効果をもたらすと回答した企業の割合(アンケート調査)などを,国ごとにランキング表示している。Bertola[1990]では,具体的な指数作成方法は,明示されていない。
(注 7)雇用対策法第21条。ただし,2001年10月より施行予定のいわゆる「再就職促進関連一括法」を考慮すれば,同指数の作成方法では,わが国もより下位のランキングに分類されうる。
(注 8)米国では,「随意雇用原則」(Employment-at-will)がうたわれており,雇用契約に関する解約の自由が,労使双方に認められている。ただし,1980年代には米国の複数の州で,この随意雇用原則に例外が認められ,解雇の自由が規制されはじめた。1987年にはモンタナ州で解雇理由に正当事由が要求されるという法制が設けられている。この間,解雇を巡る訴訟が提起される割合も着実に増加し,コーラー[1999]によれば,1980年以前,米国で不当解雇訴訟はほとんどなかったが,1992年時点では2万件に上る事件が裁判所に係属されていたという。Krueger[1991]は,(1)正当自由による解雇であることを企業側が裁判で証明することの困難性,(2)陪審員の心情に依存した判決の不確実性,(3)裁判によって不当解雇となった場合の賠償金額に大きな幅があるという金銭的な不確実性(不当解雇判決で勝訴した被雇用者に,合計で150万ドルという「宝くじ並みの」賠償金の支払いを企業側に命じたケースも発生)等の観点から,こうした訴訟の増加が,企業にとって脅威となり,企業から,解雇規制に関する明確な法制化を促す気運が高まっていったと分析している。こうした点を考慮すると,米国でも,解雇により発生する事後的なコストは皆無なわけではない。
(注 9)なお,オランダでは,解雇を行う前に,使用者が解雇の許可を職業安定所長から得る必要があり,従来はその審査手続に4〜6週間の時間を要していたが,1999年1月1日に施行となった省令により,解雇に関して労働者の反対がなければ,手続は1週間以内に終了することが定められた(OECD[1999]は施行前の状態を反映したもの)。より柔軟性を高めることを目的とした同省令には,解雇予告期間の短縮も盛り込まれた(詳細は,ハインシゥス[1999]参照)。
(注10)解雇法制を巡る包括的なサーベイには,Buchtemann and Walwei[1996]がある。人的資本形成・不完備契約の理論と解雇法制の関係については,中馬[1998]参照。
(注11)ヒステリシスおよび,わが国におけるインサイダー・アウトサイダー理論のインプリケーションについては,中田[2001]参照。
(注12)Snower[1990]は,Bertola[1990]のモデルは,(1)インサイダーの雇用が安定的であることが第1であるとの考え方に立っているが,現実にはインサイダーではない労働者が多く存在し,こうした労働者の厚生について考えるべきである,(2)被雇用者全員が生産プロセスに参加しているとの前提になっているが,現実には,解雇法制により,労働保蔵・企業内失業が発生している,と指摘し,「既存の労働者の雇用が安定的だから解雇法制は有益」,という考え方は短絡的であると批判している。
(注13)なお,Blanchard and Portugal[2001]は,一般的に,解雇法制が緩いとされている米国と厳しいとされているポルトガルについて,仕事の創出・喪失率を比較している。同論文は,仕事の創出・喪失率を年率で観察すると両国に大きな違いがみられないが,四半期ベースで計算した場合,ポルトガルの仕事の創出・喪失率は,米国の約半分程度と小さくなることを示している。
(注14)Hopenhayn and Rogerson[1993]のモデルでは,労働者による自発的な退職・転職などが考慮されていないため,雇用調整には企業による仕事の喪失が必須となる。
(注15)なお,同論文は,欧米間で賃金格差に違いが生じる理由自体については理論的考察を行っていない。ちなみに,Krugman[1994]は,欧米間の異なる賃金格差の原因は,労働市場の制度的な違い(解雇法制・最低賃金)にあると考察している。
(注16)欧州諸国では,有期雇用の更新回数や契約期間に上限規制を設けている国が多い。また,上限規制はない国でも,有期契約が複数回にわたって更新された場合には裁判所がその労働者を正規社員とみなすべきと判断する場合が多い。したがって,こうした有期雇用の規制がある場合,契約期間満了もしくは更新回数上限の到達により,その仕事はいったん喪失することとなる。なお,こうした有期雇用制の導入・規制緩和が欧州諸国で行われたのは主として1980年代以降であるが,その普及の程度は各国でまちまちである。たとえば,ドイツとスペインでは,同時期に有期雇用に関する規制が緩和されたものの,有期雇用者の伸び率はスペインのほうがドイツより圧倒的に大きかった。この原因についてOECD[1999]は,ドイツでは有期から正規雇用への転換(temp-to-perm)を達成した労働者が多いことを挙げ,ドイツ企業が有期雇用を労働者の適性を見きわめる(スクリーニング)一つの手段として活用したのに対し,スペイン企業はもっぱら雇用調整をより弾力化するために有期雇用を用いようとしたため,と指摘した。また,こうした両国企業の行動の違いは,スペインの解雇法制がドイツより厳しいことで説明がつく可能性があることも指摘している。
(注17)Autor[2000]は,米国でも随意雇用原則に例外が設けられた州の派遣労働者数の伸び率は,随意雇用原則を維持している州に比べ,14-22%程度高いことを示している。
(注18)なお,解雇法制指数以外のコントロール変数を入れ替えた場合など,複数の推計結果を掲載している研究については,各分析者の総合評価に沿うかたちで,筆者が整理した。表3の中に示した「prime-age」・「若年」等,年齢別の分析は,各分析によりコホートの定義が若干異なる。詳しくは,表3の備考を参照。
(注19)Nickell and Layard[1999]は,女性の労働力率が低い国においては,世帯主の重要性が増すことから,こうした世帯主を予期せぬ負のショックから保護するために,解雇法制が厳しくなりやすい可能性を指摘した。この主張の傍証として,彼らは,失業率が高いイタリアにおいても有配偶男性の失業率はわずか2%程度であることを示している。
(注20)なお,Abraham and Houseman[1993]は,ドイツの解雇法制が同国で失業が増加した時期に強化されたことを踏まえ,ドイツの雇用調整関数を法制が強化された1972年の前と後の期間に分割(1962-1972年と1974-1984年)して推計を行った。分析によれば,改正前後の調整速度の係数は同程度で,解雇法制の強化は雇用調整を著しく阻害しているとは言えない,と指摘した。
(注21)STCは,ドイツだけでなく,一般的に解雇法制が厳しいとされている欧州諸国(フランス,イタリア,スペイン)でも設けられている制度であるが,その資金源・適用条件・支給率・支給期間などは国により大きく異なる。詳しくは,Mosley and Kruppe[1996]参照。なお,米国でも半数以上の州において,同様の制度が存在するが,利用率は非常に低い。この理由として,Abraham and Houseman[1993]やMosley and Kruppe[1996]は,(1)解雇法制が厳しくないため,layoffのほうが手っ取り早い,(2)労使にとってlayoffが慣例となっている,(3)時間調整では福利厚生費の節約ができない,(4)米国のSTC制度は,適用期間・支給率ともに低くあまり魅力的な選択肢ではない,(5)制度に関する企業の認知度が低い,といった点を指摘している。
(注22)同論文によれば,ドイツのapprenticeship制度は,企業,政府,企業協会等からの拠出金で賄われている。若年労働者は,この制度を活用して一般的なスキルを学ぶことができ,この間は解雇法制が適用されない。
(注23)中小企業経営者(552社)に対して,1998年1月に行ったアンケート調査(「整理解雇が今よりも現実的に行いやすくなったとしたら,企業経営にどのような影響があるか」)によれば,従業員数を増やす(33.5%)と回答した企業が,減らす(12.5%)と答えた企業に比べて,20ポイントあまりも多いことが報告されている(戎野[1999])。
(注24)Lindbeck and Snower[2001]では,中程度の景気変動であれば,解雇法制は,長期的な雇用率や失業率水準には大きな影響を及ぼさないかもしれないが,長びく深刻な景気低迷が発生した場合には,解雇法制による解雇抑制効果は乏しく,再び景気が大きく後退することを懸念し,景気回復後も企業が採用を控えることから,長期的に雇用率が低下する可能性を示唆している。
(注25)この法律・指針に基づけば,「分割承継される営業に主として従事する労働者」は,労働契約を承継する旨が分割計画書等に記載されていれば,(その労働者の意向とは関係なく)設立会社等に当然に承継される。一方,「主として従事する労働者」で分割計画書への記載がない場合,反対に「従として従事する労働者」が分割計画書に記載されている場合については,異議を申し立てる機会が与えられており,労使で見解に相違が生じ,双方の協議等によっても相違が解消しない場合には,裁判によって解決をはかることができるとされている。労働契約承継法の詳細は,たとえば荒木[2000]。
(注26)米国の年齢差別禁止法の詳細は,森戸[2001]参照。清家[2001]は,「年齢差別禁止法」を導入するためには,解雇規制や年功的賃金制度等,これまでの日本の雇用制度を抜本的に見直す必要があると指摘している。


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 なかだ(くろだ)・さちこ 日本銀行金融研究所研究第1課。主な論文に「失業に関する理論的・実証的分析の発展について――わが国金融政策へのインプリケーションを中心に――」『金融研究』第20巻第2号,日本銀行金融研究所,2001年など。