まず欧米の文献では,しばしばflexible work arrangementsあるいはalternative work arrangementsとして,表1に示した労働時間管理制度が取り上げられている。これらの制度は,通常ヨーロッパにおいては交通の混雑を避け,通勤時間を減少させるために導入が試みられた(Coltrin and Barendse,1981)。それが最近では,仕事と家庭生活のバランスをとるために従業員に提供されるプログラムとして,認識されてきているという(Solomon,1994)。したがって,Gottlieb et al.(1998 a)は,これらの制度の効果は,仕事と家庭生活の両立の指標(spilloverによるコンフリクトなど)によって,検討すべきであると主張している。
さて,これらの中でフレックスタイム制度は最も一般的な制度である。そのメリットとして,Rosen(1981)は,1)個人の生物学的体内時計に合わせられる,2)遅刻に対するプレッシャーを軽減できる,3)交通事情の困難をさける,4)チームワークを高められる,5)家族に対する責任を果たせる,という5点をあげている。また,Coltrin and Barendse(1981)は,遅刻や欠勤の減少,残業時間の減少,モラールや生産性が高まる,離転職の減少,仕事での計画性やコミュニケーションが高まる,顧客サービスが向上する,働く機会が広がる,資源の有効活用をあげている。
果たして,フレックスタイム制度の導入によって,このような効果が確認されているのであろうか。
まず,ILO, Conditions of Work Digest on Flexibility in Working Time, Vol. 5. 229-367, 1986に取り上げられた論文で,実証的に研究されたものから,フレックスタイム制度がその制度で働く人の健康や社会生活およびQOLにどのような影響を及ぼしているかを概観する。
Marayanan and Nath(1982)は,低い職位の労働者,管理職,専門職を対象に,コントロール群を設けて,労働時間の柔軟性,職場の社会関係,仕事への満足(job satisfaction),生産性を比較している。彼らの研究では,労働時間の柔軟性の影響は,低い職位の雇用者で最も大きかった。管理職と専門職では,すでにインフォーマルにではあるが労働時間においてより大きな柔軟性を持っていたために,低い職位の雇用者のみで社会関係の改善が認められる結果となり,仕事への満足と生産性については職位グループ間で違いがみられなかった。
Staines and Pleck(1983)は,異なるワーク・スケジュールが家族生活の質に及ぼす影響を検討している。彼らの主な知見は,どちらか一方の不規則なワーク・スケジュールが,共働きの夫婦の家族生活にネガティブな影響をもたらす,というものである。フレックスタイム制度の導入と利用には,夫婦の働き方を同時に配慮する必要があることを示唆している。
Swart(1985)は銀行,保険会社,公共機関におけるフレックスタイム制度を調査した結果,事務職では大半が生産性や勤務態度において変化なしか,向上していた。したがって,事務職には,制度を導入しても問題はないと結論している。
Wheat(1982)は,2個所の空軍基地に試験的にフレックスタイム制度を導入して,その効果をみた。最初のケースでは,上司も被用者もモラールと効率が増大したが,2番目のケースでは,フレックスタイム制度を活用しようとする者がほとんどいなかった。というのは,実質的にはすでに勤務時間が弾力的に運用されていたからである。すなわち,制度化される前に,どのくらい労働時間の柔軟性がインフォーマルに存在しているかによって結果が異なることを指摘している。
Staines and Pleck(1983)は,仕事と家庭生活とのバランスについて,Rosen(1981), Solomon(1994),Gottlieb et al.(1998 a)の予想に反して,フレックスタイム制度が共働きの間ではむしろ調整を難しくすることを示唆していた。このネガティブな結果を除くと,仕事への満足や生産性に及ぼす影響は,多少ポジティブな結果もあるが,多くはどちらともいえないニュートラルな結果を示していた。
さらに,ILO以外の最近の文献をみると,Kathleen and Graham(1990)は,フレックスタイムは,利益はあるが,多くは仕事と家庭生活の間のコンフリクトを解決するほど助けにはならないというこれまでの研究を確認することになった,と結論づけている。しかし,家事をする時間の配分を多くする,家族と一緒に過ごす,仕事と家庭生活の衝突による葛藤を少なくするというニーズには合っているかもしれないと,それほど大きくはないかもしれないが,メリットがあることも認めている。しかし,すべてのニーズを満たすことはできない。フレックスタイムにおけるオプションが少なくなるほど,プログラムの効果は乏しくなると指摘している。すなわち,フレックスタイム制度自体の運用に柔軟性が欠けていると,期待されているような成果は上がらないものと思われる。
David(1989)は,実験群とコントロール群の前後比較という研究デザインで調査した結果,これまでの研究で示されていた七つのベネフィットのうち,四つだけがフレックスタイムの適用を受けている被用者によって評価されたという。それは,仕事と仕事以外の役割を統合しやすいこと,仕事と家庭生活の要求を調整しやすいこと,仕事への満足感が増すこと,通勤しやすいことである。これはこれまでの知見と一致している。彼らの研究では,使用者と被用者の関係が良くなる,時間休の使用が減る,生産性が高まる,においては差が見られなかった。
先に示したRosen(1981)やColtrin and Barendse(1981)が指摘したflexible work arrangementsのメリットには,直接的には心身の健康に及ぼす効果はあげられておらず,これまでにflexible work arrangementsとストレスやQOLとの関係を検討した論文も,少ない。数少ない研究の中では,Kelloway and Gottlieb(1998)が,flexible work arrangementsが働く女性のwell-beingに及ぼす影響を Karasek の Demand-Control Modelを使って検討している。それによると,telecommutingとフレックスタイムは仕事に対するコントロール感を増し,ストレスを緩和し家庭内での役割遂行を容易にすることでwell-beingを高めており,パートタイムとジョブシェアリングは労働時間が短くなることで仕事による負担が減り,well-beingが高まっていると報告している。また,Gottlieb et al.(1998 b)がカナダにおける三つの調査を利用して得た知見は,通常のフルタイムでフレックスタイムでない勤務者とフルタイムでフレックスタイム,compressed work week, telecommuting,パートタイムでフレックスタイムでない者,パートタイムでフレックスタイム,ジョブシェアリングを比べてみると,勤務スケジュールや勤務形態別のグループ間においてストレスには差がなく,仕事への満足に差が見られたというものである。ただし,後者の差は,パートタイムとジョブシェアリングという労働時間が短い者が他と比べて仕事への満足が高い傾向を示していたのであり,フルタイムで働く場合には労働時間制度による差は明らかではない。
結局,Gottlieb et al.(1998 a, 1998 b)は,フレックスタイムをはじめとしたflexible work arrangementsの効果に関する研究は,たくさん行われてきたが,厳密な研究方法による評価研究がないために,効果を認める報告と同じくらい認めない報告があり,結論は出せないと指摘している。その原因の一つは,適切なコントロール群の設定や基本属性変数の統計的なコントロールがされていないために,関連性が正しく判断できないのである。また,彼らは,同じフレックスタイム制度を使っている者であっても,それが割り当てられたのか,自ら選択したのか,という自己決定や自律性という要因が効果に大きく影響していたことを明らかにしている。このように,労働時間制度の健康影響には,自己決定,自己管理や自律性という要因が絡んでおり,この点を考慮に入れて研究すべきであると指摘している。
他方,日本の文献では,まず三菱電機が実施した「三菱電機のフレックスタイム制に関するアンケート調査結果」(1991年)によると,フレックスタイム制度の効果を定量的に把握することは困難としながらも,フレックスタイムを週単位で活用している者では,「自分のリズムにあった仕事の処理ができる」(81.5%),「肉体的疲労が減った」(54.8%),「精神的疲労が減った」(40.6%),「通勤が楽になった」(82.1%),「家族とのコミュニケーションが増えた」(36.5%)と回答しており,仕事に関連した負担の軽減と家族生活との両立に効果があったことが示唆されている(佐藤(重),1990;橋元,1989)。
日本生産性本部「フレックスタイム勤務制に関する調査」(1992)の結果について,『労政時報』(1992)によると,企業の管理職(回答者130人)と組合員(回答者711人)を対象にした実態調査であるが,フレックスタイムの導入の効果として指摘されていたのは,組合員では「半休を取らずにすんだ」(35.6%),「精神的な余裕」(28.0%),「体調が良くなった」「仕事が効率的にできた」(ともに11.3%)であり,管理者は「精神的な余裕」(53.1%),「仕事が効率的にできた」(36.2%)が主なものである。逆に,デメリットは「部内外のコミュニケーションが悪くなった」が4.7%で最も高かった程度で,指摘率は低かった。
東京都立労働研究所(1996)でも,フレックスタイム制度は,通勤時間を中心とした生活時間の余裕を生むために利用されており,家庭生活と仕事のバランスをとるための対処法となっていることを指摘している。そして,フレックスタイムでない者との比較から,遅刻のプレッシャーが緩和されていること,身体的な自覚症状がいくらか軽減されていることが示唆されている。しかしながら,勤務日でも趣味や習い事,レジャーを行って社会生活を充実させたり,精神的ストレスを緩和して精神健康を良好にするなどといった効果は認められていない。
「98年民間企業の勤務条件制度等調査」(人事院,1999)によれば,98年において調査対象となった100人以上の常勤従業員規模の企業では,19.1%がフレックスタイム制を実施しており,前年に比べ4.4%増えている。とりわけ,500人以上の規模では,35.4%と3分の1の企業が導入している。しかし,これまでのところフレックスタイム制度は,いくらか肯定的な効果が認められるものの,現状では健康を高めたり,家庭生活と仕事の葛藤を解消したり,社会生活やQOLを向上させると結論できるほどの顕著な効果は確認されていないように思われる。
IV テレワークが健康,社会生活へ及ぼす影響
テレワーク(telecommuting, remote work, distance work)もコンピュータ技術や情報技術の進展にともない,関心が持たれている。このテレワークには,electronic home work, satellite centers, neighborhood centers, mobile workといった多様な形態が含まれている。また,テレワークには,労働者の自宅やその近くの場所で行うものと,仕事上の必要性で決められた場所で行うタイプがある。個人ベースで行う場合と集団ベースで行う場合,仕事のすべてを行う場合と一部を行う場合,独立した労働者として行う場合と被雇用者として行う場合,オンラインで行う場合とオフラインで行う場合がある(ILO,1990;国土庁大都市圏整備局,1998)。そして,日本におけるテレワークの広がりについて,日本サテライトオフィス協会(1997)は調査に基づき,2001年には勤労者の13.9%,およそ248万人がテレワークを行っているのではないか,と推測している。
このようなテレワークのメリットとデメリットについて,労働者側のメリットとしては,仕事の満足度が高まる,通勤時間が削減できる,引っ越しなどにより自宅を移動した後も働き続けられる,仕事と家庭生活の両立が容易である,仕事の発注元の場所を問わず受注できる,障害を持ち移動が困難であっても就業が可能となる,という6点があげられている(表2)。他方,デメリットとしては,1人で職場から離れて仕事をするため,疎外感,孤独感を感じやすい。あるいは帰属意識を持ちにくいという心理的ストレスがある。仕事のペースを自分で決める自己管理が必要となる。また,自宅にコンピュータ機器を備えて仕事をするため,空間的に居住スペースが圧迫される。あるいは仕事と私生活の区別をつけにくく,両者の間でストレスが滲出しあってしまうストレスのスピルオーバー現象(朝倉,1997)が生じやすいことが指摘されている。このほかに,英国のテレコテージの事例では,通勤での体力消耗から解放され,余力が残ること,職場で発生する雑用で気が散ることから解放されること,仕事が中断させられる時間が減り効率が上がることがメリットとして指摘されていた(ILO,1990;国土庁大都市圏整備局,1998)。
ILO, Conditions of Work Digest on Telework, Vol. 9, pp.3-4, 1990に取り上げられている文献においても,メリットとデメリットが混在している。たとえば,Christensen(1985)では,三つの研究をレビューし,社会的孤立感の強まり,キャリアの見通しの欠如,精神的ストレスを指摘している。また,Farwell and Farwell(1988)においても,テレワークのインパクトは最も重く労働者個人に及び,身体的にも精神的にも適応することを強いられる,と指摘している。一方,Curson(1986)によると,コンピュータへの入力では,テレワークのほうがオフィスワークよりエラーの割合が低く,ホームワークの25時間はオフィスワークの40時間に相当するとある事業所が指摘したことをあげている。生産性だけでなく,仕事への満足感も増しているという。そして,ソフトウェアのリーディングカンパニーでは,若い家族を持つ有能な女性をテレワークで採用していた。
さらに,1999年にデンマークで行われた「テレワークと新しい働き方に関する第6回ヨーロッパ会議」の最新の報告書によると,EU諸国ではおそよ125万人から1750万人規模のテレワークという形態で働く労働者がいると推計されており,Schmook and Konradtの論文はそのテレワークにおけるストレス影響について報告している。彼らは,孤立の問題については,たしかに多くのテレワーカーが指摘する問題としながらも,Zapf et al.の研究報告を基に,上司や同僚,家族,友人などからのソーシャルサポートが得られれば,孤立感からくるストレスは最小限にとどめられるだろうと指摘している。また,女性が,働きたい時間を選択しながら職業と家庭を両立させて働く機会を増すというメリットについては,それを肯定しながらも,仕事と余暇やリラックスする時間との切り替えが難しく,逆にストレスになる可能性を示唆している。つまり,仕事からくるストレスより,仕事以外の生活領域に由来するストレスのほうが問題とされている。また,自宅でテレワーカーとして働いている者は,全般的な仕事への満足は高いが,同時にイライラ感や負担感などの心身症状の訴えも多いことが示されている。しかも,縦断的に見ると,時間経過とともにこの傾向が強まっている。
一方,わが国では,1999年に日本テレワーク学会が設立され,新しい就労形態としてのテレワークが,多面的に研究され始めている。しかし,現在のところテレワークが健康や社会生活,QOLに及ぼす影響について,日本における調査研究はヨーロッパに比べてきわめて少ない。日本労働研究機構が1998年にまとめた報告書によると,在宅就業者を「パソコン,ワープロあるいはファックスなどの情報通信機器を使って自宅で請け負い・フリーの仕事を行う労働者」と定義して236人を調査した結果,精神的なストレスを感じることが「よくある」11.9%,「たまにある」54.2%で,必ずしも高い割合とは思われない。精神的ストレスを感じるときとしては,「締め切りが近いとき」64.7%,「長時間のパソコン作業」55.1%,「仕事がうまくいかないとき」42.9%が主なものであった。被雇用者がテレワークを行っている場合と異なるのだが,精神的ストレスに結びつく可能性としては,仕事の進捗や作業の自己管理がうまくできない場合の問題,仕事に行き詰まったときにサポートを得にくいという「孤立」の問題が指摘できるだろう。一方,メリットとしては,とりわけ女性の場合,結婚・出産等で退職した後,家族生活と両立させて自分のペースで働けることが大きいようである。
さらに,テレワークの一つの形態であるサテライトオフィスの試みは,日本では,1988年埼玉県志木市で本格的に始められた。そのとき参加した6社のうち富士ゼロックスは,93年から本格導入したとされている。このような働き方が,労働者の働き方,健康,QOLにどのような影響をもたらしているのか,まだ今のところ報告されておらず,時間的ゆとりから思考時間が増え,生産性が向上するという新聞記者の取材記事がある程度のようである(読売新聞「カイシャが変わるテレワーク(1)」1999年3月17日付)。
これらの文献からも,テレワークには,メリットとデメリットが併存していると考えるのが妥当であろう。テレワークの導入には,通信環境や人事考課の評価システムのほかに,孤立や支援不足など心理社会的なデメリットを減少させる施策が,必要となるものと思われる。そのためには,たとえばテレワーカー同士がヘルスサークルというテレワークに付随して生じる健康や家族の問題などを話し合うミーティング(1〜2時間程度)を持ち,情報を交換する機会を設けるとデメリットを解消する効果があることも示唆されている(Schmook and Konradt, 2000)。そして,より効果を上げるためには,ミーティングのファシリテーターとして産業保健の専門職の活躍が期待される。
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