論文題名 労働時間管理制度が労働者の健康、社会生活に及ぼす影響
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I は じ め に

 勤務形態の多様化とともに労働時間管理制度も多様化し,人と仕事とのかかわり方は大きく変化しつつある。これまで労働衛生や産業保健の分野において,労働時間の多様化と健康との関係では,製造業におけるシフトワーク,深夜勤務が健康に及ぼす影響が大きなトピックスであった。それが,特に大都市圏では,人々の生活時間帯が深夜にまで及ぶようになってくると,サービス業,小売業でも深夜勤務が広がってきた。同時に,経済のグローバル化によって,地球上の市場のどこかが常にオープンしている状態になると,当然自国における通常の勤務時間帯以外の時間帯で働くことが要求されるようになるだろう。シフトワーク自体は目新しくなくとも,このような状況下で,それがホワイトカラー労働の分野に取り入れられてくれば,新しい働き方とみることも必要であろう。このような各国間の時差と通信機器の発達を組み合わせれば,もっと多様な働き方が現れてくる可能性がある。しかも,1999年から女性における深夜労働の原則禁止の規定が廃止され,雇用と労働における男女平等が法的には進み,これまで医療職などに限られていた女性の深夜勤務が拡大すると考えられ,ますます深夜労働をめぐる男女共通した法規制と健康や社会生活への影響をモニターする必要性が大きくなってきている。
 さらに,いつ,どこで,どのように働くか,自分自身や家族のライフステージからくる生活上のニーズに合わせて働きたいという欲求が人々の間で高まっており,それに合わせて労働力を確保するためにも様々な労働時間管理制度や働き方の選択肢が用意されつつある。しかし,働く人と企業のニーズに合わせた勤務形態の多様化と労働時間制度の多様化が進行すると,同時にそれを管理するという課題は,労働者あるいは労働組合と企業の人事・労務管理担当者にとって,いっそう難しい課題となってくると予想される。
 そこで,現在のところ,萌芽的,あるいは実験的な労働時間制度を含めて,いったいどのような労働時間制度や働き方があり,それらによって働く人々の心身の健康や社会生活,クオリティ・オブ・ライフ(QOL)はどのような影響を受けているのか,本論文では文献検討から主要な知見をとりまとめ,考察を試みた。その際に,深夜労働の健康や社会生活への影響については,男性と女性における影響の違いを検討した研究に注意を払った。



II 世界で採用されている労働時間と働き方を弾力化するための様々なモデル

 まず,先進国でみられる柔軟な労働時間や働き方を実現するための制度的工夫として,どのようなものがあるのか,ILOのレポートで取り上げられたものについて紹介する(ILO,1995)。それらの代表的なものは,flextime, compressed work-weeks, annual hours and hours averaging schemes, staggered hours, time-autonomous work groupsであろう(表1)。なお,ILOのレポートでは,そのほかに労働時間に関係関連したものでは,shift work, part-time work, on-call work, overtimeがあげられている。さらに,柔軟な働き方や働き場所を可能にする工夫の動向としては,ジョブ・シェアリング(job sharing),telecommutingあるいはテレワーク(telework),phased and partial retirementなども検討されている。

表1 労働時間弾力化のための多様なモデル

 これらの時間管理制度,働き方を柔軟にするための制度の多くは,日本企業においても導入されている。さらに,日本では,労働時間管理制度としては,研究開発など業務の性質上自由裁量性が大きく,しかも労働時間の長さではなく成果によって報酬が定められる職種に限り,労働時間の短縮を主な目的として,1987年改正労働基準法で裁量労働制が提起された。それが,2000年4月から新たな裁量労働制が導入され,さらに対象業務労働者の適用範囲を拡大することが可能になった。この制度の影響は未知であるが,その管理制度としての特性を踏まえて,健康と社会生活,あるいはQOLへの影響について推定を行っておく必要があろう。



III フレックスタイム制度が健康,社会生活に及ぼす影響

 まず欧米の文献では,しばしばflexible work arrangementsあるいはalternative work arrangementsとして,表1に示した労働時間管理制度が取り上げられている。これらの制度は,通常ヨーロッパにおいては交通の混雑を避け,通勤時間を減少させるために導入が試みられた(Coltrin and Barendse,1981)。それが最近では,仕事と家庭生活のバランスをとるために従業員に提供されるプログラムとして,認識されてきているという(Solomon,1994)。したがって,Gottlieb et al.(1998 a)は,これらの制度の効果は,仕事と家庭生活の両立の指標(spilloverによるコンフリクトなど)によって,検討すべきであると主張している。
 さて,これらの中でフレックスタイム制度は最も一般的な制度である。そのメリットとして,Rosen(1981)は,1)個人の生物学的体内時計に合わせられる,2)遅刻に対するプレッシャーを軽減できる,3)交通事情の困難をさける,4)チームワークを高められる,5)家族に対する責任を果たせる,という5点をあげている。また,Coltrin and Barendse(1981)は,遅刻や欠勤の減少,残業時間の減少,モラールや生産性が高まる,離転職の減少,仕事での計画性やコミュニケーションが高まる,顧客サービスが向上する,働く機会が広がる,資源の有効活用をあげている。
 果たして,フレックスタイム制度の導入によって,このような効果が確認されているのであろうか。
 まず,ILO, Conditions of Work Digest on Flexibility in Working Time, Vol. 5. 229-367, 1986に取り上げられた論文で,実証的に研究されたものから,フレックスタイム制度がその制度で働く人の健康や社会生活およびQOLにどのような影響を及ぼしているかを概観する。
 Marayanan and Nath(1982)は,低い職位の労働者,管理職,専門職を対象に,コントロール群を設けて,労働時間の柔軟性,職場の社会関係,仕事への満足(job satisfaction),生産性を比較している。彼らの研究では,労働時間の柔軟性の影響は,低い職位の雇用者で最も大きかった。管理職と専門職では,すでにインフォーマルにではあるが労働時間においてより大きな柔軟性を持っていたために,低い職位の雇用者のみで社会関係の改善が認められる結果となり,仕事への満足と生産性については職位グループ間で違いがみられなかった。
 Staines and Pleck(1983)は,異なるワーク・スケジュールが家族生活の質に及ぼす影響を検討している。彼らの主な知見は,どちらか一方の不規則なワーク・スケジュールが,共働きの夫婦の家族生活にネガティブな影響をもたらす,というものである。フレックスタイム制度の導入と利用には,夫婦の働き方を同時に配慮する必要があることを示唆している。
 Swart(1985)は銀行,保険会社,公共機関におけるフレックスタイム制度を調査した結果,事務職では大半が生産性や勤務態度において変化なしか,向上していた。したがって,事務職には,制度を導入しても問題はないと結論している。
 Wheat(1982)は,2個所の空軍基地に試験的にフレックスタイム制度を導入して,その効果をみた。最初のケースでは,上司も被用者もモラールと効率が増大したが,2番目のケースでは,フレックスタイム制度を活用しようとする者がほとんどいなかった。というのは,実質的にはすでに勤務時間が弾力的に運用されていたからである。すなわち,制度化される前に,どのくらい労働時間の柔軟性がインフォーマルに存在しているかによって結果が異なることを指摘している。
 Staines and Pleck(1983)は,仕事と家庭生活とのバランスについて,Rosen(1981), Solomon(1994),Gottlieb et al.(1998 a)の予想に反して,フレックスタイム制度が共働きの間ではむしろ調整を難しくすることを示唆していた。このネガティブな結果を除くと,仕事への満足や生産性に及ぼす影響は,多少ポジティブな結果もあるが,多くはどちらともいえないニュートラルな結果を示していた。
 さらに,ILO以外の最近の文献をみると,Kathleen and Graham(1990)は,フレックスタイムは,利益はあるが,多くは仕事と家庭生活の間のコンフリクトを解決するほど助けにはならないというこれまでの研究を確認することになった,と結論づけている。しかし,家事をする時間の配分を多くする,家族と一緒に過ごす,仕事と家庭生活の衝突による葛藤を少なくするというニーズには合っているかもしれないと,それほど大きくはないかもしれないが,メリットがあることも認めている。しかし,すべてのニーズを満たすことはできない。フレックスタイムにおけるオプションが少なくなるほど,プログラムの効果は乏しくなると指摘している。すなわち,フレックスタイム制度自体の運用に柔軟性が欠けていると,期待されているような成果は上がらないものと思われる。
 David(1989)は,実験群とコントロール群の前後比較という研究デザインで調査した結果,これまでの研究で示されていた七つのベネフィットのうち,四つだけがフレックスタイムの適用を受けている被用者によって評価されたという。それは,仕事と仕事以外の役割を統合しやすいこと,仕事と家庭生活の要求を調整しやすいこと,仕事への満足感が増すこと,通勤しやすいことである。これはこれまでの知見と一致している。彼らの研究では,使用者と被用者の関係が良くなる,時間休の使用が減る,生産性が高まる,においては差が見られなかった。
 先に示したRosen(1981)やColtrin and Barendse(1981)が指摘したflexible work arrangementsのメリットには,直接的には心身の健康に及ぼす効果はあげられておらず,これまでにflexible work arrangementsとストレスやQOLとの関係を検討した論文も,少ない。数少ない研究の中では,Kelloway and Gottlieb(1998)が,flexible work arrangementsが働く女性のwell-beingに及ぼす影響を Karasek の Demand-Control Modelを使って検討している。それによると,telecommutingとフレックスタイムは仕事に対するコントロール感を増し,ストレスを緩和し家庭内での役割遂行を容易にすることでwell-beingを高めており,パートタイムとジョブシェアリングは労働時間が短くなることで仕事による負担が減り,well-beingが高まっていると報告している。また,Gottlieb et al.(1998 b)がカナダにおける三つの調査を利用して得た知見は,通常のフルタイムでフレックスタイムでない勤務者とフルタイムでフレックスタイム,compressed work week, telecommuting,パートタイムでフレックスタイムでない者,パートタイムでフレックスタイム,ジョブシェアリングを比べてみると,勤務スケジュールや勤務形態別のグループ間においてストレスには差がなく,仕事への満足に差が見られたというものである。ただし,後者の差は,パートタイムとジョブシェアリングという労働時間が短い者が他と比べて仕事への満足が高い傾向を示していたのであり,フルタイムで働く場合には労働時間制度による差は明らかではない。
 結局,Gottlieb et al.(1998 a, 1998 b)は,フレックスタイムをはじめとしたflexible work arrangementsの効果に関する研究は,たくさん行われてきたが,厳密な研究方法による評価研究がないために,効果を認める報告と同じくらい認めない報告があり,結論は出せないと指摘している。その原因の一つは,適切なコントロール群の設定や基本属性変数の統計的なコントロールがされていないために,関連性が正しく判断できないのである。また,彼らは,同じフレックスタイム制度を使っている者であっても,それが割り当てられたのか,自ら選択したのか,という自己決定や自律性という要因が効果に大きく影響していたことを明らかにしている。このように,労働時間制度の健康影響には,自己決定,自己管理や自律性という要因が絡んでおり,この点を考慮に入れて研究すべきであると指摘している。
 他方,日本の文献では,まず三菱電機が実施した「三菱電機のフレックスタイム制に関するアンケート調査結果」(1991年)によると,フレックスタイム制度の効果を定量的に把握することは困難としながらも,フレックスタイムを週単位で活用している者では,「自分のリズムにあった仕事の処理ができる」(81.5%),「肉体的疲労が減った」(54.8%),「精神的疲労が減った」(40.6%),「通勤が楽になった」(82.1%),「家族とのコミュニケーションが増えた」(36.5%)と回答しており,仕事に関連した負担の軽減と家族生活との両立に効果があったことが示唆されている(佐藤(重),1990;橋元,1989)。
 日本生産性本部「フレックスタイム勤務制に関する調査」(1992)の結果について,『労政時報』(1992)によると,企業の管理職(回答者130人)と組合員(回答者711人)を対象にした実態調査であるが,フレックスタイムの導入の効果として指摘されていたのは,組合員では「半休を取らずにすんだ」(35.6%),「精神的な余裕」(28.0%),「体調が良くなった」「仕事が効率的にできた」(ともに11.3%)であり,管理者は「精神的な余裕」(53.1%),「仕事が効率的にできた」(36.2%)が主なものである。逆に,デメリットは「部内外のコミュニケーションが悪くなった」が4.7%で最も高かった程度で,指摘率は低かった。
 東京都立労働研究所(1996)でも,フレックスタイム制度は,通勤時間を中心とした生活時間の余裕を生むために利用されており,家庭生活と仕事のバランスをとるための対処法となっていることを指摘している。そして,フレックスタイムでない者との比較から,遅刻のプレッシャーが緩和されていること,身体的な自覚症状がいくらか軽減されていることが示唆されている。しかしながら,勤務日でも趣味や習い事,レジャーを行って社会生活を充実させたり,精神的ストレスを緩和して精神健康を良好にするなどといった効果は認められていない。
 「98年民間企業の勤務条件制度等調査」(人事院,1999)によれば,98年において調査対象となった100人以上の常勤従業員規模の企業では,19.1%がフレックスタイム制を実施しており,前年に比べ4.4%増えている。とりわけ,500人以上の規模では,35.4%と3分の1の企業が導入している。しかし,これまでのところフレックスタイム制度は,いくらか肯定的な効果が認められるものの,現状では健康を高めたり,家庭生活と仕事の葛藤を解消したり,社会生活やQOLを向上させると結論できるほどの顕著な効果は確認されていないように思われる。



IV テレワークが健康,社会生活へ及ぼす影響

 テレワーク(telecommuting, remote work, distance work)もコンピュータ技術や情報技術の進展にともない,関心が持たれている。このテレワークには,electronic home work, satellite centers, neighborhood centers, mobile workといった多様な形態が含まれている。また,テレワークには,労働者の自宅やその近くの場所で行うものと,仕事上の必要性で決められた場所で行うタイプがある。個人ベースで行う場合と集団ベースで行う場合,仕事のすべてを行う場合と一部を行う場合,独立した労働者として行う場合と被雇用者として行う場合,オンラインで行う場合とオフラインで行う場合がある(ILO,1990;国土庁大都市圏整備局,1998)。そして,日本におけるテレワークの広がりについて,日本サテライトオフィス協会(1997)は調査に基づき,2001年には勤労者の13.9%,およそ248万人がテレワークを行っているのではないか,と推測している。
 このようなテレワークのメリットとデメリットについて,労働者側のメリットとしては,仕事の満足度が高まる,通勤時間が削減できる,引っ越しなどにより自宅を移動した後も働き続けられる,仕事と家庭生活の両立が容易である,仕事の発注元の場所を問わず受注できる,障害を持ち移動が困難であっても就業が可能となる,という6点があげられている(表2)。他方,デメリットとしては,1人で職場から離れて仕事をするため,疎外感,孤独感を感じやすい。あるいは帰属意識を持ちにくいという心理的ストレスがある。仕事のペースを自分で決める自己管理が必要となる。また,自宅にコンピュータ機器を備えて仕事をするため,空間的に居住スペースが圧迫される。あるいは仕事と私生活の区別をつけにくく,両者の間でストレスが滲出しあってしまうストレスのスピルオーバー現象(朝倉,1997)が生じやすいことが指摘されている。このほかに,英国のテレコテージの事例では,通勤での体力消耗から解放され,余力が残ること,職場で発生する雑用で気が散ることから解放されること,仕事が中断させられる時間が減り効率が上がることがメリットとして指摘されていた(ILO,1990;国土庁大都市圏整備局,1998)。

表2 テレワークのメリットとデメリット

 ILO, Conditions of Work Digest on Telework, Vol. 9, pp.3-4, 1990に取り上げられている文献においても,メリットとデメリットが混在している。たとえば,Christensen(1985)では,三つの研究をレビューし,社会的孤立感の強まり,キャリアの見通しの欠如,精神的ストレスを指摘している。また,Farwell and Farwell(1988)においても,テレワークのインパクトは最も重く労働者個人に及び,身体的にも精神的にも適応することを強いられる,と指摘している。一方,Curson(1986)によると,コンピュータへの入力では,テレワークのほうがオフィスワークよりエラーの割合が低く,ホームワークの25時間はオフィスワークの40時間に相当するとある事業所が指摘したことをあげている。生産性だけでなく,仕事への満足感も増しているという。そして,ソフトウェアのリーディングカンパニーでは,若い家族を持つ有能な女性をテレワークで採用していた。
 さらに,1999年にデンマークで行われた「テレワークと新しい働き方に関する第6回ヨーロッパ会議」の最新の報告書によると,EU諸国ではおそよ125万人から1750万人規模のテレワークという形態で働く労働者がいると推計されており,Schmook and Konradtの論文はそのテレワークにおけるストレス影響について報告している。彼らは,孤立の問題については,たしかに多くのテレワーカーが指摘する問題としながらも,Zapf et al.の研究報告を基に,上司や同僚,家族,友人などからのソーシャルサポートが得られれば,孤立感からくるストレスは最小限にとどめられるだろうと指摘している。また,女性が,働きたい時間を選択しながら職業と家庭を両立させて働く機会を増すというメリットについては,それを肯定しながらも,仕事と余暇やリラックスする時間との切り替えが難しく,逆にストレスになる可能性を示唆している。つまり,仕事からくるストレスより,仕事以外の生活領域に由来するストレスのほうが問題とされている。また,自宅でテレワーカーとして働いている者は,全般的な仕事への満足は高いが,同時にイライラ感や負担感などの心身症状の訴えも多いことが示されている。しかも,縦断的に見ると,時間経過とともにこの傾向が強まっている。
 一方,わが国では,1999年に日本テレワーク学会が設立され,新しい就労形態としてのテレワークが,多面的に研究され始めている。しかし,現在のところテレワークが健康や社会生活,QOLに及ぼす影響について,日本における調査研究はヨーロッパに比べてきわめて少ない。日本労働研究機構が1998年にまとめた報告書によると,在宅就業者を「パソコン,ワープロあるいはファックスなどの情報通信機器を使って自宅で請け負い・フリーの仕事を行う労働者」と定義して236人を調査した結果,精神的なストレスを感じることが「よくある」11.9%,「たまにある」54.2%で,必ずしも高い割合とは思われない。精神的ストレスを感じるときとしては,「締め切りが近いとき」64.7%,「長時間のパソコン作業」55.1%,「仕事がうまくいかないとき」42.9%が主なものであった。被雇用者がテレワークを行っている場合と異なるのだが,精神的ストレスに結びつく可能性としては,仕事の進捗や作業の自己管理がうまくできない場合の問題,仕事に行き詰まったときにサポートを得にくいという「孤立」の問題が指摘できるだろう。一方,メリットとしては,とりわけ女性の場合,結婚・出産等で退職した後,家族生活と両立させて自分のペースで働けることが大きいようである。
 さらに,テレワークの一つの形態であるサテライトオフィスの試みは,日本では,1988年埼玉県志木市で本格的に始められた。そのとき参加した6社のうち富士ゼロックスは,93年から本格導入したとされている。このような働き方が,労働者の働き方,健康,QOLにどのような影響をもたらしているのか,まだ今のところ報告されておらず,時間的ゆとりから思考時間が増え,生産性が向上するという新聞記者の取材記事がある程度のようである(読売新聞「カイシャが変わるテレワーク(1)」1999年3月17日付)。
 これらの文献からも,テレワークには,メリットとデメリットが併存していると考えるのが妥当であろう。テレワークの導入には,通信環境や人事考課の評価システムのほかに,孤立や支援不足など心理社会的なデメリットを減少させる施策が,必要となるものと思われる。そのためには,たとえばテレワーカー同士がヘルスサークルというテレワークに付随して生じる健康や家族の問題などを話し合うミーティング(1〜2時間程度)を持ち,情報を交換する機会を設けるとデメリットを解消する効果があることも示唆されている(Schmook and Konradt, 2000)。そして,より効果を上げるためには,ミーティングのファシリテーターとして産業保健の専門職の活躍が期待される。



V 裁量労働制度が健康,社会生活へ及ぼす影響

 労働者自身が生活のリズムや仕事の進捗に合わせて労働時間の自己決定ができる制度として,先にあげたフレックスタイム制度のほかに,裁量労働制がある。裁量労働的な働き方の典型例として,研究開発技術者,テレビ局のプロデューサーやディレクター,新聞記者があげられる(佐藤,1996)。このような職種の働き方の特徴は,創造性が求められる「知的活動」であり,緩やかなつながりの作業集団が責任ある自律型管理によって行う労働,といえよう。
 そして,裁量労働制が社会的に求められている背景として,一つには業務の性格からみて,仕事の遂行や時間管理を労働者自身に任せたほうが効率的に仕事が進められる裁量性の高い仕事の増加という職務要因があげられる。もう一つには,労働者自身が生活や健康のニーズ,仕事の進捗状況に合わせやすい労働時間制度を求めているという労働者側の要因である。このような労働時間の弾力化が,制度上うまく運営され機能するための条件としては,五つのことが指摘されている(佐藤,1997)。すなわち,(1)適正な仕事の質・量と納期の設定,(2)明確な仕事の目標設定,(3)進捗管理や遂行手段の選択権の付与など裁量度を高くする,(4)成果による評価と評価基準の明確化,公正な評価制度の確立,(5)労働者の自己管理能力の育成,である。おそらくこれらが実現するには,6番目の条件として,個人の自律性を尊重する職場風土・企業文化や労働者自身が評価されることに慣れ,しかも失敗が取り戻せるような土壌が育まれていることが必要と思われる。
 これらのことから考えると,もし裁量労働制が,上記の六つの条件が整備されたうえで導入されるのであれば,労働者の精神的ストレスは緩和されると思われる。第1番目の仕事の質と量の負担の大きさは,重要な職業性ストレス因子であるjob demandの大きさを制限する条件であり,3番目は仕事のコントロール度を高めることに当たる。また,4番目の評価の公正さ(fairness)は,自分の仕事と報酬の関係を納得できるものにすることができ,評価に当たる上司との信頼関係も成立しやすく,やはりストレスを緩和させるであろう。6番目に付け加えた職場風土が個人を尊重し,失敗を恐れずチャレンジを促す健全なものであることは,ストレスを減少させると考えてよいだろう。
 逆にいえば,これらの条件が未整備なうちに,裁量労働制が導入されたとすれば,労働者にとっては,かなりストレスフルな状況で働くことになると推測される。たとえば,仕事の裁量度は高くとも,仕事の成果で評価される場合と比べて,従来通りの取り組み姿勢で評価される場合には,労働者の労働時間制度に対する満足度指数(満足の%から不満足の%を引いた数字)は,前者が30.5であるのに対し9.1にすぎなかった(佐藤,1996)。おそらく,この満足感の違いが,仕事への満足,仕事へのストレス感に反映してくると推測される。さらに,業績を追求するあまり,労働時間に対する感覚や時間管理意識が希薄であれば,結果的に,これまで以上に長時間労働となり,それが黙認され個人責任に帰される可能性も懸念される。長時間労働が健康に及ぼす影響は,過労死,過労自殺をはじめよく知られるところである(朝倉,2000)。



VI 深夜労働が健康,社会生活へ及ぼす影響

 「賃金労働時間制度等総合調査 平成11年」(労働大臣官房政策調査部,2000年)によると,深夜の所定内労働がある企業の割合は25.2%であり,女性の所定内深夜労働者がいる企業の割合は4.3%となっているが,1000人以上規模では15.6%と高い。また,今後1〜2年のうちに女性の深夜業従事者が増加する見込みについては,労働省の「深夜業の就業環境,健康管理等の在り方に関する研究会中間報告」(労働省,1999)では,男女を問わず増える見込みを示した事業所も含めると16.8%である。増えない見込みの事業所が41.3%と多いものの,わからないとするところも33.6%と多くあり,女性の深夜業の増加については,一定程度の事業所では確実に増加すると思われるが,まだ不明の状態で,状況を見守り続ける必要がある。
 これまでの研究成果からすると,まず仕事関連,仕事以外の両方のストレスは,シフトワーカーや深夜業のあるシフトワーカーのほうが,そうでない労働者と比べて高く,夜勤の頻度が多いほど,また勤務期間が長くなるほど,ストレスが増すことが示されている(Daus et al,1998)。また,前原・坂野(2000)は,日本産業衛生学会循環器疾患の作業関連性要因検討委員会(1996)が国内外の疫学研究を踏まえて夜勤・交替制勤務による労働は,心血管系へ影響を及ぼすという成績が趨勢であるとの結論を下しており,人事院の「疲労の蓄積と脳・心臓疾患に関する研究会」報告(1994年)にも労働上のリスクファクターとして,「頻回な夜勤」があげられていることから,深夜勤務による労働は,循環器疾患およびその危険因子の発症や進展に関連があるとの結論になりつつあると指摘している。さらに健康影響としては,循環器系疾患でも,消化器系の異常や潰瘍,慢性疲労などの罹患率が高いことも共通認識となりつつある。
 また,サービス業における夜勤従事者の心身の訴えにかかわる要因を分析した研究によると,雇用形態にかかわらずそれらの要因は共通しており,スケジュールの決定への自律的な参加や希望に沿って夜勤から昼勤へと異動できる労務管理制度の整備,有病者への健康管理の充実や健康にかかわる生活習慣の見直しなど健康教育の必要性が指摘されている(朝倉,1992)。
 そこで深夜勤務による健康影響を最小限にとどめるための提言が,「提言――職場の循環器とその対策(1998年版)」や労働省の「深夜業の就業環境,健康管理等の在り方に関する研究会中間報告」でなされているが,EU各国の規制・慣行を参考にしながら,上で述べた健康影響に対する共通認識を前提にした国際レベルでの実効性のある労働時間に関する諸規則などを政労使が共同で作り上げる必要性が急務である(前原・坂野,2000)。
 しかし残念ながら,これまでの研究の多くは,看護職(たとえば,大場,1999:上畑ほか,2000)を除けば,男性を対象にしており,女性を対象にした調査は数少ない(電機連合,2001)。したがって,深夜労働が女性の健康や社会生活に及ぼす影響は,ある程度は推測できるものの,現状では未知のところが大きいと思われる。
 酒井(1992)は,看護婦における交替制勤務の生活影響から,睡眠のほか,休養,食事,家事・育児,交際,習い事,趣味・教養,スポーツ・レクリエーション,旅行,サークル活動,家族団らんなど,生活の全般に影響を受け,その困難に対処するために個人レベルで生活調整を試みており,それを4類型に分けている。すなわち,「何はさておいても,これだけはする」タイプ,「こういうことはやらないと,諦めている」タイプ,「することはするが,あとでまとめてする」タイプ,「かわりですます,あるいはかわりに人に頼む」タイプである。長時間労働や夜勤交替制勤務のようにあまりに労働時間が生活を圧迫したり左右する場合は,社会的な生活援助対策が講じられない限り,このような個人的な生活上の工夫で,いずれかの生活領域を犠牲にして切り抜けるしかないのであろう。最近の電機連合の調査(2001)によると,女性で深夜交替勤務を行っているものでは,その勤務のメリットを「特にない」としている者が29.4%を占めており,男性と比べて高い割合であり,メリットが感じられていないことがわかる。また,よく夜勤の動機としてあげられる賃金や手当など報酬面においても,男性は78.3%がメリットを感じているが,女性は58.1%と低い。同様に,昼間やりたいことができるという回答も,それぞれ34.0%,10.7%であり,女性はあまりメリットを感じていないことがわかる。つまり,男性と比べて女性のほうが,深夜勤務あるいは深夜交替勤務をするメリットが乏しく,したがって健康や社会生活への影響も男性より大きいことが予想される。しかし,このようなgender differenceについて,わが国では男女雇用機会均等法以前はもちろん,それ以降においてもほとんど研究が行われてこなかったため,明らかになっていないように思われる。もちろん,関心の乏しさというより,職務等が比較可能な男女の労働者集団を同定するのが難しいという研究方法論上の困難があるため,説得力を持ったデザインの研究が実施しにくいからであろう。
 これまでの欧米を中心に行われた深夜勤務や夜勤交替制で働く男女労働者の比較研究では,性によって異なった影響を及ぼしていることを肯定する研究成績とそれが認められなかったとする研究の両方が報告されており,結論づけるまでには至っていない(Beermann and Nachreiner,1995)。ちなみに,男女で異なった影響を及ぼしているとする研究では,女性の二重負担の問題やリプロダクティブ・ヘルスの観点などからおおむね女性のほうが夜勤に対して脆弱であると推測されているのだが,たとえばOginska et al.(1993)の研究では,女性のほうが睡眠障害を訴える者が多く,主観的健康評価も低いことが示されている。
 深夜勤の状況や年齢などコントロールされていないが,大場論文で示された表により深夜勤ありの男女の看護職について心身の訴えを比べてみると,不安徴候は男性36.3%に対し女性が45.1%と高く,同様に全身疲労感(順に39.6%,48.2%),焦燥感(36.1%,47.0%),気力低下(33.8%,43.6%)において,男性と比べ女性のほうが訴え率が高く,深夜勤のない女性と比べても約10%高くなっていた。
 以上のことから,深夜勤務や深夜交替制労働が男女によって異なった健康や社会生活への影響を及ぼす可能性は否定できず,今後の研究課題であるといえよう。



VII 弾力的な労働時間管理制度が健康,社会生活に及ぼす影響のまとめ

 以上で示したように,弾力的な労働時間管理制度のもとで働くとどのような健康影響が生じるのかについては,現段階では,夜勤労働,シフトワークを除くと,わが国ではほとんど検討されていないといえる。ILOは,弾力的な働き方からくる問題として,長期の労働時間のシフトや不規則な労働時間による疲労の増大,家族生活の緊張,社会生活での孤立,社会的なつながりが弱くなることで個人主義になる,副業への誘惑が生じることをあげている。また,それを踏まえて,健康と安全への影響として,どのような危険性があるのかを,Kogi(1991)はそれぞれの時間管理制度別ではないが,表3のようにまとめている。表にリストアップされた危険の可能性について,古典的なシフトワーク,フレックスタイムを除けば,それほど科学的な知見が積み重ねられているとは思えないが,可能性としては考えられる問題点であろう。これらを確実な知見に基づいた推定にしていくためには,できるだけ厳密な研究方法による評価研究が必要である。たとえば,労働時間のスケジュール管理がどの程度社会的に許容されうるものか否か(social tolerance)を検討するために,(1)仕事の保障や労働市場への参入機会,(2)収入,(3)健康,(4)生活上のパートナーとの関係,(5)社会生活への参加,(6)自律度という六つのクライテリアで評価しようとする試みがある(たとえばBussing,1996)。このように,何らか標準化された評価のクライテリアや指標を作成して労働時間管理制度が社会的に見て労働者にとって好ましいものか否かを評価する研究が必要だと考える。

表3 弾力的な働き方における労働者の健康と安全に対する潜在的な危険性




文献
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 あさくら・たかし 東京学芸大学教育学部助教授。主な論文に「働く女性の職業キャリアとストレス」『日本労働研究雑誌』394号(1992)など。保健学専攻。