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詳細情報

F2002040025

 

論文題名

巨大システムを支える人々

−副題名

A社保守・運用部門のネットワークコンピューティング業務の事例研究

−カナ題名

キョダイ システム ヲ ササエル ヒトビト

−カナ副題名

Aシャ ホシュ ・ ウンヨウ ブモン ノ ネットワーク コンピューティング ギョウム ノ ジレイ ケンキュウ

分類

研究開発・技術革新

著者氏名

新堀 周平

−カナ著者氏名

シンボリ シュウヘイ

掲載誌名

日本労働研究雑誌

−巻号

498号

−発行年月

2001年12月

−発行元

日本労働研究機構

登録年月

2002年4月現在

内容抄録

(論文目次)
I はじめに
   1 研究の目的
   2 テーマの背景
II 事例対象部門における保守・運用工程の分業体制
   1 保守・運用工程の分業体制
   2 M&O業務の概要
III 保守・運用工程のコア業務である「ヘルプデスク業務」とその担当
   1 ヘルプデスク職場の人々が行っている実際の業務
   2 ヘルプデスク職場に必要な能力要件と現在持っている能力
IV ヘルプデスク業務担当者の業務遂行と必要な能力の関係―仮説とその証明
   1 調査方法
   2 仮説証明
V まとめ

全文情報


 I はじめに

 1 研究の目的

 コンピューター化時代における人材育成に関して,これまで,ソフトウェア労働者の研究(注1)および,コンピュータ設備以外の保守・保全の研究(注2)はある。しかしネットワークシステムの保守・保全についてはない。ネットワークシステムの保守・保全とは,巨大なネットワークシステム(注3)自体を日常的に,365日24時間維持し,運用する人たちの業務である。そういう業務を行う人たちがいなければ最新のコンピュータができ,ハードウェアが整い,品質の高いソフトウェアが供給されても,ネットワークシステムは動かない。ゆえに,ネットワークシステムの保守・保全にあたる人たちに必要なスキルと人材育成について研究をすることにした。
 本論文が研究するのは,日本の大規模なネットワークシステムの中でも代表的なA社におけるそれの保守・保全である。この会社におけるネットワークコンピューティング業務は,図1のように,上流から企画,開発,保守・運用の三つの工程と五つのサブ工程からなっている。私は,この中で最も下流に位置する「保守・運用」工程と呼ばれる,保守・保全の人材育成について研究する。

図1 ネットワークコンピューティング業務の流れ

 2 テーマの背景

 本テーマをとりあげた理由は二つである。一番目,巨大ネットワークシステムの「保守・運用」工程は大変重要である。二番目,それについての特化した研究はない。
 一番目の「保守・運用」工程がなぜ重要かについて,説明を加えることにする。
 「保守」は,ネットワークコンピューティング業務の流れの中で最も下流に位置し,出荷製品に対する故障発生時の回復措置だけではなく,より高品質なサービスを提供するため,フィールドでの出荷製品の品質状況を上流工程にフィードバックし,次期開発に反映するといった重要な責務があるはずである。
 「運用」は顧客に代わってネットワークシステムの運用を行うため,顧客の業務知識をベースに問題意識を持って運用業務に取り組むことにより,新たなシステム提案を生み出す可能性を秘めているはずである。
 たとえば,次のような事例があった。筆者が経験した通信ネットワークでは重要故障が発生した場合や発生するソフトバグの傾向分析を行い,品質保証会議などで企画・開発工程にフィードバックし,次期開発への改善提案を行っていた。このようなことから,ネットワークシステムの保守・運用工程においても,「ヘルプデスク」と呼ばれる,顧客からの問い合わせや故障対応の中で,継続的な顧客との接点から新たな提案業務が生まれるはずである。
 いずれにしても,保守・運用部門の人たちの質を高めて良い仕事を効率的に進めるならばこういう事例が増える可能性がある。したがって,保守・運用工程を研究することは重要である。保守・運用の人材は猛烈に重要である。
 そして,この中に,共通する育成の特質があるはずであることから,これらを踏まえ,ネットワークシステムの保守・運用について研究することにした。



 II 事例対象部門における保守・運用工程の分業体制

 1 保守・運用工程の分業体制

 保守・運用部門が担当する,「保守・運用」工程は,図2のように,三つの担当業務に大別される。保守・運用業務の流れは,顧客から保守・運用に関する案件を受け付けると,「ソリューション提案」業務では,案件の検討・見積り・解決策の提案を行う。これで,受注が決まると,「(2)導入・技術支援」では,顧客の要望に合わせた保守・運用がA社で実施できるよう検討し,A社のネットワークに顧客設備をつなぎ込む。そして,サービスの提供が開始されると「(3)M&O(メンテナンス・オペレーション)」業務では,顧客からの問合せや故障対応を行う「ヘルプデスク業務」や顧客設備そのものの運用の代行業務を行う「オペレーション(注4)業務」により,顧客のネットワークシステムを継続的に維持し,運用する。

図2 ネットワークシステムの保守・運用業務の流れ

 したがって,A社の保守・運用部門では,流れの中の保守・運用(M&O)業務だけをやっているわけではない。そもそもM&O業務を顧客より受託するためのソリューション提案をし,そしてシステムの導入や技術支援も行っている。

 2 M&O業務の概要

 次に,A社のM&O業務の概要を説明することにしよう。A社のM&O業務は,全国に監視用ネットワークをはりめぐらし,そこに顧客(注5)のネットワークシステムをつなぎこみ,24時間365日,交代制勤務(注6)でM&O業務を行っている。
 A社のM&O業務は,保守業務と運用業務それぞれの単独の職場があるのではなく,保守・運用両方の業務をそこの職場で行っている。ここのM&O業務には二つの職務がある。一つは,「ヘルプデスク業務(図3右方)」で,あと一つは,「オペレーション業務(図3上方)」である。

図3 A社調査対象職場が担当するB社ネットワークシステム

 この二つの職務では次のような業務分担になっている。「ヘルプデスク業務」では,顧客ネットワーク(注7)および顧客リモートユーザー(注8)からのサービスに関する問い合わせなどのヘルプデスク受付や顧客ネットワークの故障発生を知らせるアラートを検知するとトラブル対応を行う。また,顧客ネットワークとB社のネットワークシステム(B社センター装置)を接続するためのルーターと呼ばれる中継装置の設定工事(以下「コンフィグ業務」と呼ぶ)も行っている。
 一方,「オペレーション業務」では,A社ヘルプデスク担当からの調査依頼やB社のネットワークシステム(B社センター装置)の監視業務を行い,故障発生によりアラートを検知すると,トラブル対応を行っている。
 これらの業務が実際,どのように分担され実施しているのか,かれらのスキルレベルと業務との関係はどうかについて,「ヘルプデスク業務」を担当する職場に着目し,必要なスキルと人材育成について明らかにしていく。



 III 保守・運用工程のコア業務である「ヘルプデスク業務」とその担当

 これまで簡単に述べたように,ヘルプデスクは単に保守・運用業務を行うだけでなくそこで働く人たちの能力が会社の経営に大きく影響することから非常に重要であると考える。それは,顧客と直接さまざまな問い合わせや苦情のやりとりをしながらそれに対して対応をとっていく,保守・運用業務にとっての基幹的な場所であるからである。ここの業務分析とそれに配置される人材の育成が本論文の主な着眼点であるので,ヘルプデスク業務の業務の流れとそこに配属されている人が行っている実際の業務および彼らの過去の経歴と現在持っている能力について詳しく分析することにする。

 1 ヘルプデスク職場の人々が行っている実際の業務

 (1)ヘルプデスク業務実施体制
 ヘルプデスク職場の仕事は,表1の横軸に示すように,「(1)ヘルプデスク基幹業務」「(2)コンフィグ業務」と呼ばれる主業務,それらの業務を遂行するなかで顧客との間で発生する「(3)SE,技術支援」,ヘルプデスク受付時の不具合やサービスレベルなど,サービス品質向上のための「(4)品質管理」およびヘルプデスク業務全体の運営・管理を行う「(5)管理総括」の5群に分けることができる。そして,その中にいくつか作業項目がある。これらの作業が,9人の担当者によってどのように役割分担されるかを表した。それが表中の「○印」である。

表1 ヘルプデスク業務分担表

 (2)ヘルプデスク職場の作業配置と主な役割
 次に,主に分析をする必要があるヘルプデスク基幹業務を行う人やコンフィグ業務をしている人たちが,実際にどのように配置され仕事をしているのか,図4「ヘルプデスク職場の作業配置と主な役割」を見ながら職場を観察することにしよう。

図4 ヘルプデスク職場の作業配置と主な役割

 ヘルプデスク職場には,大きなデスクが二つあり,ヘルプデスク(HD)端末が設置されたデスク(#1デスク)には,多田,渡部,吉田(いずれも派遣社員)が,ヘルプデスク受付として配置されている。さらにすぐ隣のもう一つのデスク(#2デスク)に,マネージャー以下6名の正社員が配置されて,ヘルプデスクバックアップその他の業務を行っている。
 そこでの業務は,まず,多田,渡部,吉田が,コンピュータ,あるいは電話を通じて入ってきた情報の受付を行うことから始まる。また,多田,渡部,吉田は,通常はデスクの上に置かれたヘルプデスク端末で顧客のネットワークシステムの監視も行う,というのが基本的な業務のあり方である。
 顧客のネットワークシステムを監視していると,しばしば電話がかかってくる。あるいはまた監視システムの中に異常があった場合にはアラートが発せられる。顧客からの電話があった場合には多田,渡部,吉田のヘルプデスク受付担当者が,そのコール受付を行い,顧客別手順書により問題判別を実施していく。提供サービスに関する問い合わせや顧客の端末に関するものはヘルプデスク受付で対応し,ネットワーク設備の故障に関しては,ヘルプデスクバックアップの結城に対応を依頼する。
 職場内では依頼と言っても図4のように,ヘルプデスクバックアップやコンフィグ業務を行う彼らの机はすぐ隣にあり,声をかけられるところにいる。ネットワークに関する故障になるとヘルプデスクバックアップの結城に依頼をかけるが,依頼を戸惑っているようであれば,結城ら正社員は,ヘルプデスク受付業務をする派遣社員が声をかける前に飛んできて「これはこうだ」と言葉で説明する。このように,すぐ隣のデスク(#2デスク)にいるヘルプデスク受付バックアップ,コンフィグ業務等を行う正社員は,通常,ヘルプデスク受付業務で対応している人たちをみながら,それぞれがヘルプデスクバックアップに必要なコンフィグ業務やSE業務を行い,顧客別手順書のメンテナンスも実施する。ヘルプデスク受付では的確でレスポンスの早い対応が求められるはずであることから,この職場の配置(注9)は,非常に有益な職場のあり方である。
 ヘルプデスク受付が行う業務の内訳は,パスワード設定の故障とPC端末設定の故障が合わせて全体の6割,技術相談が2割,ヘルプデスク受付バックアップが行う顧客ネットワーク故障への対応が1割,A社オペレーションが行うセンター装置故障対応が1割である。ただし,ヘルプデスク受付の派遣社員が1人ですべてを担当するのではなく,ヘルプデスクバックアップの結城やヘルプデスクリーダーの佐藤が必要に応じて,多田,渡部,吉田の支援を行う。また,結城は,ヘルプデスクバックアップ以外にコンフィグ業務もやっており,SE,技術支援とコンフィグリーダーを担当する酒井が結城の支援と教育を行っている。ヘルプデスク職場は,以上のような「チーム制度」を敷いていることにより,スキルレベルの低い人から高い人まで,その中で簡単なことから複雑なことまで覚えていく仕組みになっている。

 (3)顧客別手順書(マニュアル)の活用
 A社が作成する顧客別手順書は「概要フロー」と「問題判別手順書」からできている。概要フローは,顧客からの問い合わせや故障のコールにより,A社ヘルプデスクにてコール受付を行い,概要フローに従い対応していく。その中に被疑装置や被疑範囲を特定するための判断ポイントが書かれており,その判断結果により,どの分担部門で実施すべきか業務範囲がわかるようになっている。
 そして,その概要フローの判断ポイントにおいて,どのような試験方法でどのような判断をするかを書いた手順が「問題判別手順書」である。このときに,接続試験での試験結果やエラーメッセージから,その対処がわかるようになっている,それが「メッセージ一覧」である。その対処内容により,装置の取り換えや設定情報の修復方法など,詳細な手順を書いたものが「詳細手順書」である。これらを,この職場(図4中央)では二つのデスクの間に設置し,ファイル(紙)で共有している。
 以上のように,マニュアル(顧客別手順書)がきちんと整備され,技術不足を補って,業務がうまく運営できる仕組みになっている。

 2 ヘルプデスク職場に必要な能力要件と現在持っている能力

 それぞれの業務を担当しているヘルプデスク職場の9名がどのような能力をもってその仕事に臨んでいるか,専門技術をどこで学んだか,社内でどのような研修を受けたか,他のどのような部門を経験して何を学んできたか,何らかの試験を受けたかなどを解析することが非常に重要である。さしあたり,その職場に必要な能力要件,その人たちが現在もっている能力,およびその職場の育成手法について述べておく。

 (1)ヘルプデスク職場に必要な能力
 ヘルプデスク業務に必要な能力について,かつてヘルプデスク職場のリーダーであったソリューション担当の山本に聞き取りを重ね(注10),概括的な結論を持った。そのうえで,マネージャーの相原,スペシャリストの黒田および佐藤に聞き取りを重ね(注11),必要な能力要件を確定していった。この結果,「ヘルプデスク職場に必要な技術力」について,表1のヘルプデスク職場の五つの業務の技術力があると言えるには何ができなければならないかについてまとめたものが,表2である。

表2 ヘルプデスク職場に必要な技術力

 (2)ヘルプデスク職場の人たちの現在もっている能力
 次に,ヘルプデスク職場の人たちが必要な能力を現在どのくらい有しているかについて,現在A社でスキルレベルを把握するために行っている,技術要素に対応させて見ていくことにする。

 (1)IT基礎技術
 IT技術と言っても,利用者レベルの簡単なものから管理・開発レベルの難しいものまで様々である。A社の考える「IT基礎技術」とは,「ネットワークシステム」に携わるうえで,基礎的な知識・技術として必要な,IT技術の基本ソフトウェア(以下OS)の基礎知識,ネットワーク利用技術および基礎的なネットワーク管理技術である。
 これらの技術は,具体的には表3に示すように,WindowsやUNIXの「OS基礎知識(利用技術)」,電子メールやファイル転送(FTP),遠隔操作などの「ネットワーク利用技術」およびLAN構築やIP管理の「ネットワーク管理技術」の10個の技術要素からなっている。

表3 IT基礎技術の技術要素と概要

 次に,IT基礎技術のスキル保有状況を表4で見ることにする。表横軸のそれぞれの技術要素には30項目程度の設問があり,各設問に5段階(注12)のスキルレベルを設けている。技術要素ごとの各設問にSA(指導できる),A(自分でできる),B(助力があればできる),C(少しはできる),D(できない)と,技術レベルをまず5段階で自己評価する。それがどこまでいくと「基礎技術がある」と判断するかであるが,それらの各設問での配点は,SAは4点,Aは3点,Bは2点,Cは1点,Dは0点と配点し,その合計点をさらに技術要素単位で,総得点の80%以上をSA,60%以上をA,40%以上をB,20%以上をC,20%未満をDというように,A社の評価によって5段階の評価を行っている。このスキルレベルは自己評価の後,上司評価により調整される。また,表縦軸には過去3年間のスキル保有データと投入時の所属職場により過去の業務経験が見えるようにした。

表4 IT基礎技術の保有状況

 このスキル保有状況から,ヘルプデスク職場では,ヘルプデスク基幹業務,コンフィグ業務やSE・技術支援を実際に行う,佐藤,酒井,山口,結城は,“指導できる(SA)”または“自分でできる(A)”が多く,当然ではあるが,これらの業務に直接従事しない,相原,黒田の保有スキルは低いことが見てとれる。また,通常,その業務に就いていれば,保有スキルはだんだん上がるように思われるが,酒井のIP管理でも見られるように,前年度“指導できる(SA)”であったのが,平成12年度には“自分でできる(A)”に下がっている。この原因はIP管理のバージョンアップにより,新たな設問が付け加えられ,そこへの対応ができなかったためである。このような事象を回避するためにも,保守・運用部門では,既存の技術を継承しつつ,最新の技術や知識を遅滞なく身につけておくことを考慮しなければならない。

 (2)M&O業務スキル
 次に,A社保守・運用部門では,ヘルプデスク業務やオペレーション業務などのM&O業務がどれほどできるかを,「M&O業務スキル」という形で測定している。
 その技術要素は,表5の「(1)トラブル解析」「(2)ネットワーク接続」および「(3)ネットワーク監視」の三つである。「(1)トラブル解析」は,ネットワークの故障情報から,故障の影響範囲の予測,故障解析,関連部門への情報連絡などができるかであり,「(2)ネットワーク接続」というのは,ネットワーク機器の設定,ルーター接続工事,ルーター故障分析ができるかである。また,「(3)ネットワーク監視」は,ネットワーク監視からの情報分析・評価,および運用実績からシステム提案ができるかである。

表5 M&O業務スキル技術要素と概要

 そこで,ヘルプデスク職場の人たちが,ヘルプデスク基幹業務やコンフィグ業務を行うことにより,どれくらいのM&O業務スキルを身につけているのか,表6に示す。

表6 M&O業務スキル保有状況

 表の縦軸には,類似業務の経験などが分析に使用できるのではと考え,データ投入時期とそのときの所属分野を記載し,表の横軸にM&O業務により身につくと考える「ネットワーク管理」の中の三つの技術要素,「トラブル解析」「ネットワーク接続」および「ネットワーク監視」をとり得点化することにした。
 ヘルプデスク職場では,結城以外にもヘルプデスクバックアップを実施する。この表に見られる傾向として,ヘルプデスク業務の「ヘルプデスク基幹業務」や「コンフィグ業務」を行っていくなかで,「ネットワーク管理」技術が身につくことが見てとれる。
 この中で,結城は,前職場「(2)情報システム(平成10年度)」の時点で,すでに「ネットワーク管理技術」が身についていたようである。これは,相原,黒田の「(1)通信ネットワーク」の業務経験と比較しても,「(2)情報システム」での業務経験のほうが「(3)ネットワークシステム」との類似性が高いといえる。

 (3)ヘルプデスク職場の育成手法
 ヘルプデスクリーダーであり,この職場の技術分野のリーダーである佐藤に,ヘルプデスク職場での育成手法について聞いた。
 ヘルプデスク職場では,技術的なスキル向上だけではなく,顧客対応が重要な要素となることから,顧客満足を向上させるための教育も行っている。
 i)初期教育を経て,ii)ヘルプデスク受付者の育成で,故障のスムーズな問題判別ができるようにする。iii)顧客(B社)からの問い合わせや調査内容を反映し,問題判別の精度の向上を図る。また,一般的な技能として,iv)顧客満足向上,v)外国人顧客対応に必要な語学力向上を図る。
 また,ヘルプデスク業務を進めて行くなかで,ヘルプデスク受付記録内容のチェックやグループ会議での不具合に対する対策検討など,業務品質向上のためのチェック機能が盛り込まれている。このようななかで,職場としての対策や各人のスキルレベルや研修受講状況に応じた,個人別に「不足技術」を補う研修などの対策も行っている。



 IV ヘルプデスク業務担当者の業務遂行と必要な能力の関係――仮説とその証明

 前章で述べたように,A社保守・運用部門のヘルプデスク職場の業務は,(1)ヘルプデスク基幹業務,(2)コンフィグ業務,(3)SE,技術支援,(4)品質管理および(5)管理総括である。その日常の保守・運用業務,とりわけヘルプデスク職場での業務をスムーズに進めるためには,いくつかの技能が要求される。そういう技能を育てるためには,いったい何が必要なのか。仮説から結論を導いていくことにしよう。

 1 調査方法

 仮説を立てるために,聞き取り調査とアンケート調査を行って,概括的な結論を得たうえで,調査対象職場を絞り,研究を深めることにした。

 (1)聞き取り
 聞き取り内容は,M&O業務の高スキル者を育てるために必要な業務経験,必要な技能および必要な教育・訓練など,大きく3点を柱として,入社10年以上で,かつてM&O業務を経験しているベテラン3名(注13)から聞き取り調査を行った。
 聞き取り内容は,(1)M&O業務の高スキル技術者を育てるにはどのような職場を経験させるべきか,(2)M&O業務にどのようなスキルが必要だと考えるか,(3)M&O業務の高スキル技術者育成にはどのような教育・訓練がよいのかの3点である。
 聞き取りの結果,その傾向として,(1)業務経験は,開発工程のより上流およびネットワークシステムの構築を経験することがM&O業務に必要である。(2)必要スキルはネットワーク設計・構築技術と考えているが,システム開発スキルについては,ネットワーク構築時,環境に合わせてシステムを変更できる程度の開発技術が必要である。(3)技術者育成のための教育訓練については,M&O業務の中でOJTにより技能を向上させるのではなく,企画・開発工程での業務経験にて技能向上を図る,等であった。

 (2)アンケート調査
 まず,聞き取り調査結果に基づきアンケート調査項目を整理し,聞き取りメンバーを含む,入社10年以上で,M&O業務を経験しているベテラン7名(注14)に,「(1)M&O業務の高スキル者育成には,開発工程の経験が必要か」「(2)M&O業務にヒューマンスキルは必要か」「(3)M&O業務に顧客の業務知識は必要か」「(4)M&O業務の高スキル者育成について(記述式)」について,アンケート調査を行った。
 アンケートの結果は,表7に示すように,M&O業務の高スキル者育成への開発経験の必要性については,「必要」と答えた人が5名,「不要」と答えた人が2名であった。また,ヒューマンスキル,業務知識の必要性については,7名中回答者全員が「必要」と答えた。

表7 保守・運用技術者の育成に関するアンケート結果

 しかしながら,「必要」「不要」の2段階評価であったため,仮説証明の中でアンケートの回答内容をもう少し中身に立ち入って分析することにする。

 2 仮説証明

 さて,以上のようにヘルプデスク職場の人々が行っている実際の業務およびヘルプデスク職場に必要な能力要件や現在持っている能力がわかり,そういう技能を育て,そして持っているためにはいったいどのような業務の経験が必要なのか,二つの仮説を立て,各仮説を縦軸に,それぞれの仮説に対して,M&O業務を行う人にとって,やっておいたほうがよいと思われる業務経験や必要と思われるIT技術・マニュアルを横軸にとり,表にしてみた。それが表8である。

表8 仮説とやっておいたほうがよいと思われる業務経験との対応

 仮説1は,IT基礎技術ときちんとした顧客手順書があれば,日常の保守運用(M&O)業務(◎)ができる,ということを“□”であらわした。
 仮説2は,企画や開発工程のより上流を経験したほうが,保守・運用(M&O)業務(◎)の中でさらにより優れた保守・運用技術者になれる,ということを,“○”であらわした。

(1)仮説1 日常のヘルプデスク業務は,マニュアル(手順書)がきちんと整備されているので,IT基礎技術さえ持っていればできる。
(2)仮説2 ヘルプデスク業務ができるだけでなく,より優れてできるためには,(1)開発工程の試験や構築業務経験があったほうがよく,さらに(2)開発工程のより上流や企画の経験をしたほうがよい。

 (1)仮説1

 (1)仮説の説明
 ネットワークシステムの保守運用部門に新しく入ってきた人でも,この部門では顧客別手順書がきちんと整備されているので,IT基礎技術さえあれば難なく業務をこなすことができるということが仮説である。この仮説を証明するために,ヘルプデスク職場の9名に対して,IT基礎技術レベルを検証してみた。なお,スキルデータでは,以前(注15)この職場に配属されていた中尾,田所,服部,両角のデータを加え検証した。

 (2)検証結果
 IT基礎技術とM&O業務スキルとの関係を見たのが表9である。表右方のグラフは,横軸にIT基礎技術の合計をとり,縦軸にM&O業務スキルの合計をとって,その相関を類似曲線で表したものである。

表9 IT基礎技術とM&O業務との対応

 この表から次の三つの事実が見いだされた。これによれば,(1)正社員全員がIT基礎技術を持っている,(2)ただし,そのレベルは多様である,(3)IT基礎技術の高さとM&O業務スキルの高さとの間には正の相関関係がある。
 また,レスポンスの速さに関する統計がないので,ヘルプデスク受付の作業日報を丹念に解析し,IT基礎技術と対応時間との関係の統計をとって見たところ,受付内容によってやさしいものから難しいものまで様々であるが,だいたいの傾向として,IT基礎技術が高いほど,レスポンスが速いことがわかった。
 したがって,派遣社員にIT基礎技術がどれほどあるかはわからないが,重要な事実として,IT基礎技術が高いほど,M&O業務スキルが高いという,IT基礎技術の重要性は証明され,仮説1は証明された。

 (2)仮説2

 (1)仮説設定の理由
 現場のヘルプデスク業務には,トラブル処理が含まれる。トラブルが生じるとヘルプデスクバックアップなどの社員が,トラブルがなぜ生じたかという原因の推定をする。(1)その推定をスムーズに行うためには,システム全体の仕組みがどうなっているかの理解が重要であり,より深く理解するには,仕組みを構築していく業務経験が重要である。
 また,(2)トラブルの原因が設計上のミスなのか,構築上のミスなのかといった,どの工程のミスによりもたらされたものかについてもすぐには判明しない。そこで,ヘルプデスクバックアップの正社員はどの工程でおきたミスなのかを推定したうえで,ソフトウェア修正や改善提案などを行うのである。
 したがって,ヘルプデスク業務ができるだけでなく,より優れてできるためには,(1)開発工程の試験や構築業務の経験があったほうがよく,さらに(2)企画や開発工程のより上流を経験したほうがよいと考えて仮説を設定した。

 (2)検証結果
 この仮説を検証するために,かつてM&O業務を経験しているベテラン7名に対して,アンケートを行った。それによれば,(1)スムーズなM&O業務を行うには,開発工程の試験や構築業務を経験することにより,ネットワーク技術やサーバー技術を身につけておくことが重要である。(2)開発工程の中でも製造などの下流だけではなく,設計業務など,より上流の工程まで開発業務を経験しておくことが重要である,という意見が大半であった。
 ヘルプデスク職場の13名(かつての4名含む)について,M&O業務スキルと「(3)ネットワークシステム」以外の業務経験年数との関係を見たのが表10である。

表10 開発経験とM&O業務スキルとの対応

 これによれば,(1)「(1)通信ネットワーク」のシステム管理は,M&O業務を実施するためのネットワーク構築やサーバー構築を経験するもので,開発工程の試験や構築業務と同等の業務経験をする。このため,この業務を経験した,佐藤,山口,中尾のM&O業務スキルは高い。(2)「(2)情報システム」の開発工程のより上流工程を経験した,結城,酒井のM&O業務スキルが最も高い。
 また,レスポンスの速さに関する統計がないので,ヘルプデスク受付の作業日報を丹念に解析し,開発工程の経験と対応時間との関係の統計をとってみたところ,受付内容によってやさしいものから難しいものまで様々であるが,だいたいの傾向(注16)として,開発工程の設計などのより上流を経験している酒井((1)10分/件),結城((3)10.7分/件)およびシステム管理を経験している中尾((1)10分/件),山口((5)17.5分/件)のレスポンスが速いことがわかった。
 以上の考察から,仮説2が証明された。



 V まとめ

 本研究のテーマである「巨大システムを支える人々」の仮説を立てるために,聞き取りとアンケート調査を行い,概括的な結論を得たうえで,研究を深めた。検証にあたっては,スキルレベルや業務経験を人事考課データから拾い出し,その相関を作業日報の内容を丹念に洗いなおして見ていった。
 本研究で明らかになったことをまとめる。結論を繰り返すと,A社保守・運用部門のヘルプデスク職場では,(1)IT基礎技術の高さとM&O業務スキルの高さとの間には正の相関関係があり,IT基礎技術さえ持っていればマニュアル(手順書)がきちんと整備されているので,日常のヘルプデスク業務ができることが証明された。
 また,(2)保守・運用業務ができるだけでなく,より優れてできるためには,(1)開発工程の試験や構築業務の経験があったほうが,M&O業務スキルが高く,さらに(2)開発のより上流工程の経験をしたほうが,M&O業務スキルが最も高いことが証明された。その結果,(1)仮説1「実証」,(2)仮説2「実証」であった。
 さらに,当初仮説としては,持っていなかったが,五つの重要な発見をした。
(1)「チーム制度」
 「チーム制度」を敷いていることにより,スキルレベルの低い人から高い人まで,その中で簡単なことから複雑なことまで覚えていく仕組みになっている。
(2)「効率の良い職場配置」
 関連する作業の人たちがすぐ隣同士に配置されて,アドバイスや迅速な対応ができる非常に効率の良い職場配置である(オープンデスクオフィス)。
(3)「マニュアルの活用」
 マニュアル(顧客別手順書)がきちんと整備され,技術不足を補って,うまく業務が運営できる仕組みになっている。
(4)「人材派遣の活用」
 「職場配置」「マニュアル」を活用した「チーム制度」,そこに全員が同じ雇用形態の社員である必要はないことに着目し,「人材派遣の活用」となったことが示唆される。
(5)保守運用部門の「技術継承と遅滞のない技術転換」
 保守運用部門では,当然のことかもしれないが,既存の技術を継承しつつ,最新の技術や知識を遅滞なく身につけておくことを考慮しなければならない。

 以上の事柄が,本研究から示唆されることである。


注 1)小池和男編(1991)『大卒ホワイトカラーの人材開発』。

注 2)田中真樹(1999)「鉄鋼生産職場における分業体制の実際と今後の変化についての考察」『人材開発コース研究成果集』未刊行。

注 3)ネットワークシステムとは,広義では(1)通信ネットワーク,(2)情報システム,(3)ネットワークシステム(狭義)であるが,ここでは「ネットワークシステム(狭義)」のことを,「ネットワークシステム」と呼ぶことにする。

注 4)調査対象部門では保守と運用は分業していないため,ここでは「メンテナンス・オペレーション」を「オペレーション」と呼ぶことにする。

注 5)本事例では,B社がA社の直接の顧客であり,顧客はB社の顧客であるが,簡単化のため,ここでは,「B社」「顧客」と呼ぶことにする。

注 6)交代制勤務とは24時間365日サービスを行うための勤務形態の仕組みである。

注 7)顧客ネットワークとは,B社の顧客設備を指し,「ルーター」と呼ばれる中継装置を通して,B社のネットワークサービスを受ける顧客設備である。

注 8)リモートユーザーとは,B社の顧客が出張先からダイヤルアップにより,公衆回線,および「サーバー」と呼ばれる装置を通じて,B社のネットワークサービスを受ける顧客である。

注 9)「オープンデスクオフィス」と呼ばれ,非常に効率のよい職場配置とされている。

注10)平成12年9月,山本に30分×3回の聞き取りを行った。

注11)平成12年10月,相原,黒田に各30分,佐藤に60分×2回の聞き取りを行った。

注12)5段階評価を使って分類し得点化するが,得点に伴う誤差は,ここでは考慮しない。

注13)平成12年1月,木村(2回),内山(1回),宇野(1回)から各30分の聞き取りを行った。

注14)平成12年1月,木村,内山,宇野,相原,山本,加賀美,石井からアンケート調査を行った。

注15)平成11年11月まで所属しており,その後関連部署に異動した。

注16)平成11年11月の対応記録で9名が該当,この調査期間に佐藤の記録はなかった。


参考文献
アスキー(2000)『IT資格』。
梅澤隆(2000)『情報サービス産業の人的資源管理』ミネルヴァ書房。
小野修一ほか(2000)『情報システム部』日本能率協会。
小池和男編(1991)『大卒ホワイトカラーの人材開発』東洋経済新報社。
小泉修(2000)『図解でわかるサーバのすべて』日本実業出版社。
小泉修(2000)『図解でわかるLANのすべて』日本実業出版社。
田中真樹(1999)「鉄鋼生産職場における分業体制の実際と今後の変化についての考察」『人材開発コース研究成果資料』。
田村正紀(1999)『機動的営業力』日本経済新聞社。
(株)通産資料調査会「共通フレーム98 SLCP-JCF 98」。
日刊工業新聞社(1989)『事務管理』8月別冊。
日経BP社『日経BPデジタル大事典2000-2001年版』。
郵政省『通信白書』平成12年版。
ネットワークダイナミックスコンサルティング(株)『ソリューション営業』日本能率協会。


 しんぼり・しゅうへい NTTコムウェア(株)人事部研修センタ主査。

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