グローバル化時代の産業立地と雇用創出
〜先進モデルに学ぶ雇用・人材開発・技術蓄積〜
獨協大学教授 桑原 靖夫
| 桑原 靖夫(くわはら・やすお) | |
| 1967年にコーネル大学大学院修了。労働経済・労使関係論専攻。日本労働協会(現日本労働研究機構)主任研究員を経て、85年から獨協大学経済学部教授。93〜94年にケンブリッジ大学ウルフソン・カレッジ客員教授、95年から放送大学客員教授、96年から獨協大学国際交流センター所長なども務める。主な著書に『労働の未来を創る』(編著、第一書林)、『先進諸国の労使関係』(共編著、日本労働研究機構)、『国境を越える労働者』(岩波書店)など。 |
1.失われる雇用機会きょうは「グローバル化時代の産業立地と雇用創出」というテーマでお話しいたします。残念ながら日本は、ほかの多くの先進諸国と並んで、きわめて高い失業率の国に仲間入りしてしまいました。そうした日本の今後の雇用政策について、これまで余り指摘されなかった観点から若干の問題を提起したいと思います。新しい世紀を目前にして、多くの点で目標を見失っているかのように見える日本の将来を考えるについて、短期的な視点ではなく、長期的な観点から重要と思われる幾つかの問題を検討していきたいと考えております。
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図表1は1990年から98年までの日本の完全失業者と完全失業率の推移を示しております。今年に入り状況はさらに悪化をいたしまして、2月の失業率は4.6%、失業者の数にして313万人という、今までにない記録的な高い水準に達してしまいました(3月にはさらに上昇し、4.8%を記録)。
日本は長い間、先進諸国の中では例外的に失業率の低い国として知られていました。多くの国が日本を半ば羨望の感をもって眺めていたわけです。しかし、今や日本の失業率は、数値の上で見ますとアメリカの水準を上回り、日本の経済運営への信頼は大きく失墜してしまいました。政府発表によると、景気はほぼ下げ止まりの状態に入ったといわれております。しかし、景気の先行き不透明感は消えることなく、リストラの名のもとに、企業は人員削減をさらに拡大する傾向を見せています。
なによりも雇用を重視するという企業の考えは、これまで失業率を低いレベルに抑え、日本的雇用慣行の最も重要な柱と考えられてきました。けれども今日の状況を見ますと、人員削減を実施する多くの企業にとって、これまで半ば聖域だった雇用に手をつけるというかつてあったためらいは、なくなったようであります。政府の経済政策が「何でもあり」という節操のない状況に入っているので、企業の生き残りのためには、人員削減も合理化策の中で最後にとるべき手段ではなくなっているという風潮が生まれたとさえ言えるわけです。
2.思想なき雇用政策
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雇用についてみると、残念ながら現在は、思想なき雇用政策という段階にあると考えております。高まる失業率への不安を背景に雇用問題の重要性はさまざまなに強調されていますが、失業改善のための施策という点から見ますと、一貫した思想の下で展開しているとは、少なくとも私には感じられません。
セーフティーネットの補強が一方で叫ばれていますけれども、失業対策としては、いわば事後的な施策にすぎないわけです。その反面、規制緩和が新しい産業、企業を生むといわれておりますが、規制緩和がそのまま雇用機会につながる保証もありません。この雇用が生まれたり失われたりする実態、あるいはそのメカニズムについて十分に目を向けない政府の政策担当者や一部の経済学者の無責任な発言は、かなり憂慮すべきものだと考えております。
世界的には大体1970年代、第一次石油危機の直後から、雇用政策の面において大きな思想的、政策的な転換が見えてきました。つまり、事後的な措置、すでに発生してしまった失業者をどうやって労働市場、雇用の中へ再吸収するかということに多大な資金とエネルギーを投下するよりは、むしろ雇用機会を積極的に創出することのほうがはるかに建設的であるという認識が次第に共有されるようになってきたのです。その結果、雇用を生み出す側と、なぜ雇用がなくなってしまうのかについてのメカニズムの研究が進みました。どんな産業や企業が雇用の吸収力を持ち、期待できるのだろうかという点について、かなりの調査が進行したわけです。
一つの例をあげますと、1979年にアメリカ・MIT(マサチューセッツ工科大学)のジョン・バーチという都市計画分野の研究者が、アメリカの雇用の大部分はそれまで軽視されてきた小企業が創出しているという内容で、かなりセンセーショナルな問題提起をしました。それがきっかけになり、多くの研究が進みました。
世界各国ではかなり以前から雇用創出、つまりジョッブ・ジェネレーションの側面に関心が集中したのですが、日本について見ますと、長らく低失業だったこともあり、雇用の創出という政策課題への取り組みは、どちらかというと余り重視されてきませんでした。私はかなり前から、この面に重点を置いて、幾つかの問題提起をしたり、あるいはOECD(経済協力開発機構)でほかの先進諸国の人たちと作業をしたことがあります。日本でこの側面への関心は、比較的最近になってようやく部分的にあらわれてきたという感じがしております。
今の段階になっても、地域振興券のばらまきだとか、ミクロ段階での計画的な裏づけのない、一方的な公共支出の増加といった、いわば思想のない政策が日本をかなり支配していると考えております。
雇用の創出策が効果をあげるのは、ミクロ的な基礎(ファウンデーション)がある場合においてであります。私は幾つかの府県レベルでの地域振興プロジェクトにかかわったことがございますけれども、支出が先行するプロジェクト、思想がない公共支出政策、雇用政策が残念ながら多分に見受けられます。
もちろん、増加した失業者をどのように吸収するか。彼らのために短期的なものであっても新しい雇用の場をどう提供するか考えるのは必要なことでありますけれども、それだけでは未来がないと考えています。簡単に生まれた仕事というのは、簡単になくなってしまう。これは雇用の創出、あるいは喪失、ジェネレーションとディストラクションの膨大な研究の中で明らかにされていることであります。公共支出を増やして土木工事の雇用機会が短期的に増えたとしても、消えるときは簡単に消えてしまう。21世紀の到来を目前にして、新しい展望のもとでの雇用政策の設定が、今ほど必要な時はないのではないかという気がいたします。
3.産業立地・集積への関心の芽生え
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1980年代のアメリカにおいて再工業化政策(リインダストリアライゼーション・ポリシー)の議論が高まったことがありました。1970年代後半から80年代にかけて日本の製造業が台頭し、競争力をつけて、自動車、鉄鋼などの企業がアメリカに直接投資を行うようにまでなりました。日本産品の強い競争力がアメリカ製造業を相当程度痛めつけていた過程で、なんとかアメリカの製造業を復元できないか、製造業で働いている労働者の雇用をかつてのように取り戻すことはできないか、という問題意識から、再工業化政策が一時かなり流行したわけです。結果を見ますと、実はほとんど意味がなかったと申しますか、余り効果のない政策でした。時代の歯車を逆転させるようなところもなかったとは言えません。
そういう中で、一つの新しい議論が提示されてきました。前世紀から今世紀にかけて世界をリードしてきたいわゆる大量生産様式の時代がたそがれてきたのではないかという議論です。それはポスト・フォーディズム論争と呼ばれました。フォーディズムといわれる自動車産業に代表される大量生産、つまりコンベアーベルト様式で大量マス・マーケットに製品を送り込むシステムが経済の基盤を構成する時代がしだいに終わりを告げて、次の新しい時代が来つつあるのではないか、新しい時代に期待される産業や雇用のイメージはどんなものなのか、という議論が少しずつ出てきたわけです。
もう一つの流行は、アフター・リーン・プロダクション(After Lean Production)という言葉であります。大量生産様式時代のたそがれの過程で、いわゆる大量生産工業がさまざまな形でぜい肉を落とし、すっきりとした効率的な生産様式を目指そうと考えたわけです。他方、トヨタのジャスト・イン・タイム・システム、トヨティズムなどという英語すら出てきたわけですけれども、基本的には大量生産様式を基盤に持ちながらも、そこにおける効率を最大限まで求めてみる。すると、例えばトヨタの生産システムに代表される生産様式は、むしろフォーディズムを極限にまでおし進めたものだという考え方と、それ自体が時代の新しい生産様式の一つの機運をつくり出しているという見方もあり、議論は必ずしも特定の方向に収斂しているわけではありません。
この議論の過程で世界的に話題になった一つの著作があります。アメリカの経済学者、どちらかというとラジカルな制度派経済学者といったらよいのでしょうか、制度派に近いマイケル・ピオリとチャールズ・セーブルという、一人は労働経済学、一人は政治体制論の学者、その二人が1984年に『The Second Industrial Divide』という本を出したわけです。日本では93年に筑摩書房から翻訳されました(邦訳題『第二の産業分水嶺』)。
この著作は、アメリカの状況を基本的に踏み台にしています。再工業化政策についての反省を含んでいるわけですが、彼らが何を言ったか申しますと、巨大企業、ビッグビジネスとケインズ主義的な福祉国家観という二つの特徴に支えられた現代アメリカ経済、あるいは資本主義の大量生産体制自体が非常に大きな危機にさらされており、それが80年代アメリカ経済の世界的な凋落状態の源泉、根源になっているという見方であります。
この二人は、アメリカ経済史を回顧してみまして、大体19世紀後半に最初の分水嶺、「Industrial Divide 」があった、そこで現代アメリカ産業組織のひとつの大きなパラダイムが形成されたのだと強調しています。
その分水嶺に際して、アメリカは何を選んだかといいますと、まさにフォーディズムであり、大量生産様式の時代をずっと経験してきたわけです。それがまた新しい分かれ目、第二の分水嶺にさしかかっており、ここでどんな選択をするかによってアメリカの将来が決定するという問題提起をしたわけです。
二人の著者が提案したのは、クラフト的な生産様式──日本語でクラフトと言うと、職人の手工業というイメージがありますけれども、それはいずれ少しずつ解きほぐしてお話しするとして、そうしたクラフト的な生産様式への回帰を選ぶべきである、大量生産様式時代の終えんを目前にして、そちらへ転換すべきであるということを提示したわけであります。
世界を少しグローバルな展望で見てみますと、彼らの問題提起を実証するような幾つかの地域が確認されております。アメリカでも有名なシリコンバレーだとか、あるいは東海岸、ボストンのほうにルート128という先端企業の集積した地域があります。
それから、鉄鋼業などをご存じの方はおわかりでしょうけれども、ミニミルといいまして、非常に身がわりの早い、例えばくず鉄などを原料に使って、しかもマーケットに近接して立地をした効率のよい、しかし規模の経済性という意味ではかつての大規模生産様式を放棄した工場、企業がかなり注目されました。巨大高炉から圧延工場まで抱え込み、動きのとれないようなシンボリックな工場、例えばシカゴのミシガン湖のところを鉄道に乗ってみるとわかりますが、地平線のかなたまで延々と古い赤さびた、外から見ると残骸のように見える巨大な工場があるのですが、そういう工場ではありません。ミニミルは、現在でも非常に活発に活動しております。
また、ピオリとセーブルの著書でとくに有名になりましたのは、のちほどご説明いたします第三イタリアといわれる地域でした。この地域は、二人の著書でたいへん有名になり多くの観察者を生み出しました。
経済学をご専攻の方はご存じかもしれませんが、1920年代にアルフレッド・マーシャルという著名なイギリスの経済学者が『Industry and Trade』(産業と貿易)という本を書いております。その中で、実は今まで申し上げたようなことのかなり原初的な理論化を試みています。それから、ピオリ、セーブルの論理と少し重なり合う話として、特に最近アメリカで最も活躍しているクルーグマンという国際経済学者が、地理学と産業、貿易との関係にたいへん関心を持っており、新しい観点からさまざまな問題を提示しています。
4.産業集積の解体と再生
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そこで、重要なひとつの概念は、産業集積です。産業集積というのは、簡単に言ってしまえば、ある産業がある特定の地域に、一つの群をなして累積しているような状況です。そういう伝統的な産業地域は世界にたくさんありました。例えばアメリカでは五大湖の地域、あるいはニューイングランドなどです。そうした産業集積地域が、グローバル化の進展によって大きく基盤を揺るがされ、解体・再編の大波に揺り動かされてきたことは説明するまでもありません。世界の産業立地が新しい形での再編を迫られる時代に入りました。
大量生産工業の時代からしだいに決別することになって、それでは新しい時代にどんな産業が台頭してくるのかという意味で、新しい産業集積の重要性が注目を集めるようになるわけです。産業の集積がない限り、雇用の集積も実は期待できません。わかりやすく言えば、過疎地域に雇用を生み出すことは非常に難しい。そういうわけで、産業集積と雇用創出との関係はたいへん重要な意味を持っています。
それでは、どんな集積の形態が望ましいのでしょうか。これまでの議論や調査から浮かび上がってきた特徴点ですが、一つは、柔軟性と専門性をその産業集積の中で持つことです。ピオリ・セーブルの言葉で表現するならば、「フレキシブル・スペシャリゼーション」(flexible specialization)、「柔軟な専門化」といったよいのでしょうか、この概念はその後、この分野で非常によく使われるようになりました。それからもう一つは、ミクロ経済的な調整機能の高さ。これは、柔軟な専門化をもらたす非常に重要な要素でありまして、その地域における分業の調整費用の安さ、低さといった内容を持っています。
これから構想される新しいクラフト的な生産体制を模索する動きが台頭しました。経済レベルがまだ低い時代、人々はフォードのT型車を一台持つことで満足感を得ていました。しかし、生活水準が上がっていきますと意識が変わり、その後は、車でも、隣の人とは少しでもモデル、車種、色の違った車を持ちたい。そうでない限り充足感を持てない時代に入りました。そういう時代に企業が生き残るためには、少品種大量生産といった方式を半ばあきらめて、非常に細分化、個別化した消費需要に対応する供給体制を準備しなければならない。しだいにその中で、規模よりも品質を重視する。高い付加価値を追求するという方向が顕著になりました。
数年前にイギリスのケンブリッジ大学に客員として滞在していた頃、ケンブリッジの町にソニーの電気製品の代理店がありました。ほかの電気製品の店と違って、いつも若者がたくさん出入りしていましたけれども、なかなか買わないのです。話を聞くと、とても品質がよくて欲しいのだけれども、少し高くて買えないのだという。戦前それから戦後しばらくの間、メード・イン・ジャパンという言葉は、まさに安かろう悪かろうという言葉だったわけですけれども、それがある時期から全く反対の意味に変転した。要するに、品質はよいのだけれども、ちょっと値段が高い。ただし非常に信頼度が高い。そういう品質を重視する風潮がしだいにクローズアップされてきました。
それから、最近のインターネットの発展に代表されるように、これからの時代は、やはりインターネットあるいはデジタル革命の中で生き残り得るような産業集積でないといけない。さきほどのアメリカ鉄鋼業ではありませんけれども、ひところに比べまして、産業立地が流動的な時代に入りました。二、三年前にあった企業が、あっという間にほかのところに移っていることは珍しくない。私の学校時代の同級生に、カメラケースのメーカーの経営者がおりました。親代々からの経営者なのですが、国内の工場を全部、台湾とフィリピンに持っていった、日本の工場はもう閉鎖したというのです。この前手紙が来まして、今度は全部中国へ持っていってしまった。中国でつくったカメラケースを、日本など一番近い需要地へ輸送する。世界最適調達・生産の仕組みと一般にいわれておりますけれども、企業の大小を問わず、世界市場との関わり合いを考えねばならない時代に入っています。