JIL講演会


9.新竹科学工業園区

(1)沿革

資料9

 さて、次に少し時間をかけてお話するのは台湾のケースです。台北の南西に新竹科学工業園区という世界的に注目を集めているサイエンスパークがあります。台北から車で大体1時間半ぐらいのところです。沿革を申しますと、1980年の12月に開設されまして、現在250社近くがこの地域に集中しております。

 私も何度か訪れていますが、行くたびにたいへん大きな衝撃を受けて戻ってきます。先月行きましたときには、もう完全に日本は負けている、これではだめだという絶望感さえ感じたくらい、非常に活力をもって繁栄しているところであります。

 どういう仕組みになっているかと申しますと、開設時に約600ヘクタールの土地を台湾政府が供与いたしました。政府はその後、過去20年近い期間に約6億ドルのインフラ投資をしてきました。

 園区の中は工業区と、そこに働く人たちの居住区、それからレクリエーション区の三つのブロックに分かれています。園区管理局が管理して、その中に立地している企業、研究所が十分な研究開発活動を行えるよう、さまざまなサービスを提供しています。例えば学校まで幾つか出来上がっておりますし、幼稚園や郵便局、税関、税務署、銀行までありとあらゆる支援組織がそろっている。ここでも、企業家の間に緊密なネットワークがありまして、さきほどの例と同じような特徴を持っているわけです。

(2)主要な産業

資料j

 園区の主たる産業は、図表2に示しているとおりですけれども、現地では大きく六つのグループに分けておりまして、いずれもかなり高率の成長を示しております。園区の売り上げは、97年に約14億ドルで、前年比20%近い伸びをみせています。台湾はご存じのとおり、今回のIMFショック、アジア通貨危機のプロセスで、アジア諸国の中では例外的にほとんど影響を受けていません。もちろん多少の影響は受けていますが、それをはね返して、たいへんに活力がある。その活力の源泉はいくつか考えられますが、近代的部門についてみると、その一つの産業的基盤が実はここにあるのです。

 ほとんどの企業は国内資本で出来上がっており、202社が国内企業、43社が外国資本であります。外国企業は少なく、アメリカとヨーロッパの企業が幾つかある程度です。資本の拠出者も8割が国内の民間資本。どの企業をインタビューしても、自分のところは政府のお世話にならないといいます。政府が土地だけ、インフラだけを供与してくれれば、あとはもう自分たちの力でいく。政府が関与するとろくなことはないというわけです。シリコンバレーもこの点では典型的でありまして、政府の助成をお断りするグループというのが出来上がっており、自立していく姿勢が明確に出ております。こうした産業区分であり、ハイテクの主要な部分をすべてカバーしている状況であります。

(3)園区同業公會

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 園区にはさまざまなネットワークが、フォーマル、インフォーマルな形で出来ております。図表3に一つの仕組みを示しましたが、園区同業公會というのがありまして、会員の代表大会の下に、理監聯席會(理事・監事の会)、その下に企画管理委員會や人力資源委員會、財務会計委員會、智慧財産権工作委員會、工業工程学會など全部併せて20ぐらいの組織があって、お互いに情報交換しております。競争と共同の微妙なバランスが大事なのです。それをどうやって域内で保持していくかというところが学ぶべき一つのポイントです。

(4)研究開発

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 園区では、言うまでもなく研究開発に最大の力点を置いておりますから、そちらに充てる投下資本額は非常に大きい。例えばどのぐらいかと言いますと、昨年の売り上げの5.4%をR&D(研究開発)に充てたといっております。普通の台湾企業は大体1%ですから、その5倍以上を充てている。特にIC産業は世界的に競争が激しいので、一昨年には売り上げの27%に相当する額を研究開発に充てたといっておりました。園区には研究開発に従事する高度なスタッフがたくさん働いております。インセンティブをつくり出すために、園区の管理局が、戦略的な製品やプロセス、部品の開発に成功した企業を助成するというイノベーション産品についての奨励金を出しています。

(5)園区の雇用成長

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 ここの成長をまさに歴然と示すのが、雇用の成長であります。1983年からほとんど前年比プラスで伸びてまいりまして、今ではこの園区だけで約7万人近い雇用、しかもこれからお話ししますけれども、たいへんレベルの高い雇用を生み出している。そこにおける高度な研究開発が台湾経済のほかの地域へスピルオーバーする。また、台湾政府は97年に第二のサイエンスパークもつくっております。台南に昔ありました台湾製糖という日本が関与した企業のプランテーション跡を活用・再開発しています。

資料n

 園区の企業や管理局で人的な構成を聞くと、図表6にあるようなことを誇らしげに答えてくれます。たいへん高度な知的マンパワーがそろっていて、発展の原動力になっている、博士(ドクター)の取得者が1.2%、修士が12.4%、学士が18.9%、大学教育の修了者が大体40%強ある、といっており、それらは毎年上がっています。

 平均年齢は約31歳で、男女比だと女性のほうが少し多く49対51です。台湾では女性の活躍がすばらしいですね。訪問したある企業の人事部長、若い女性でしたが、私の質問に対して実に的確に答えてくれる。質問に対応する資料もすっかりそろえてありまして、日本のどの会社に行ってもあれほど打てば響くような回答には到底お目にかかれないと思うくらい立派に回答してくれます。しかも英語で。こういう企業がかなり多いのです。

 新竹園区が高い研究能力を持つ人を磁石のように引き寄せようと主体的に努力しているのはもちろんですが、台湾の一つの特徴でもあります。台湾では一時、母国の将来を悲観して高度なマンパワーが海外に流出してしまいました。とりわけアメリカやヨーロッパへ流れてしまい、帰ってこない。その一端がさきほどのシリコンバレーでの活躍ですけれども、そうした人々を何とか台湾の発展のために還流、送り戻すことはできないかという努力をしたわけです。この努力が実りまして、300社弱ある企業のうち97社は帰国者の持ってきたアイデアといいますか、企業家の種で設立されたそうです。

 とりわけシリコンバレーで成功をおさめた台湾系の人たち、中国系アメリカ人といってもよいかもしれませんが、そういう人たちを中心に華人のネットワーク、中国系の血筋を引く人たちのネットワークがしっかりと出来上がっていて、どこにどういう優秀な人がいるということが全部わかる。その人たちを、時にはかなりの高給をもって呼び寄せる。こうした努力の結果、現在ではノーベル賞をもらえるくらい非常に優れた人たちを含め、年間3000人近い科学技術者、研究者たちが特になにもしなくても台湾に還流してくることになりました。

(6)重要な人的資源管理

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 これからの時代を生きてゆく企業にとって、最大といってもよいくらい重要な課題は、自分たちの企業を発展、あるいは支えていくための高度な人材をいかに確保、あるいは養成して、どういう評価をしていかなる報酬を与えるかということです。HRM(ヒューマン・リソース・マネジメント)といっておりますが、人的資源管理の役割がたいへん大きいわけです。

 たまたま先月、園区のすぐ近くにあります台湾国立中央大学で講演を依頼されました。日本語が達者な方もおられるので、日本語で話すのを中国語に翻訳をするのかと思いましたら、英語で話してくれという依頼です。話し終えたところ、20人ぐらいの学生が一斉に手を挙げまして、非常に的確な質問を次々と出してくる。日本の大学では学生は指名しても返答がないような状況なので、たいへん衝撃的でした。私は気づかなかったのですが、その中に後で訪問した新竹の企業の人事担当者がいました。その企業を訪ねた時、私の話したことについてその人がさらに質問してくるような、大学と企業間の非常によい状況も生まれていました。

 国境を超えたネットワークの形成が彼らにとって非常に大事なのです。そのために、毎年世界各地で高度な人材、やはり中国系の人たちが多いらしいのですが、それ以外の人も含めて、よい人材を台湾へ誘致するためのフェアをやるのだといっております。要するに人材市場ですね。たいへん優れた人がたくさん集まってきますけれども、残念ながら、台湾の一般的な所得水準と、アメリカやヨーロッパの所得水準にはかなり大きな格差があります。そこで高い報酬を設定して、魅力ある環境をつくる。例えば大学の研究室なども整備され、研究分野での日本の立ち後れをひしひしと感じました。研究所の設備や待遇などでも、たいへん人を大事にする風土が出来てきています。

(7)昇進体系

資料p

 この背景には、高度な人材は放置しておくと、モビリティー、移動性が非常に高く、逃げていかれてしまうかもしれないということがあります。そこで、どういう維持策、引きとめ策をしているのか聞きました。典型的な例をお話しするために、インタビューしたA社の技術者の昇進体系を図表7に示しています。台湾企業でありながら、社内用語はほとんど英語です。

 大学、大学院を出た技術者は、この企業ですとレベル1のエンジニアという、一番下のところにまず採用するんだそうです。それから、様子を見まして、大体三年から、早い人は一年ぐらいでレベル2のエンジニアに上がる。その後、適性を見て、その人がいわば研究開発、技術開発のための専門スタッフとしてこれから歩んだほうがよいのか、ある程度管理部門、例えば統率能力を持った人として育成していくべきかという分かれ道で二つのグループに分ける。

 右側がエンジニア・タイプでありますけれども、レベル3にはプリンシパル・エンジニアという名前がついています。それから、レベル4がテクニカル・エンジニア、テクニカル・ディレクター、チーフ・エンジニアという名前でだんだん昇進をしていきます。要するにこちら側は専門家コースです。左側はどちらかというと係長、課長、部長という形で上がっていき、センターヘッド(部門長)のようなところへ昇進していく。

 かなりの企業がこれに類似した方式をとって、それぞれ報酬体系をかなり高レベルに設定しています。引き抜きはないのかと聞きましたら、あるとの回答でした。先端企業が600ヘクタールの中に林立しているわけです。競争企業が隣り合わせのビルに平気で事務所を構えている。自分は去年まで隣の会社にいたけれども、今はこっちの会社に移っている。そういう移動を別に何とも変に思わない。能力のある人が高い給与でしかるべきところに移るのは当たり前ということです。

 それでは人事管理者のほうで困ったことはないだろうかと質問しましたら、実は当初、砂のように動いてしまうので、非常に困ったという。けれども今は、園区の同業公會の仕組みをご説明した中にありましたように、人力資源(ヒューマン・リソース)委員會、要するにパーク内にある企業の人事部課長の会があるわけです。その人たちが定期的に集まって、主要レベルについてかなり詳細な俸給の情報を交換し合うといっておりました。

 では全部そのとおりに払っているのですかと聞きましたら、にやにや笑っておりまして、実際にはプラスアルファをつけたりするのだそうですけれども、基本的にはそういう方針で実行している。そのため、昔に比べて非常に定着度が高まった。ただ、彼らはたいへん重要でおもしろいことをいっておりました。優秀な人材を確保、リクルートしてくるためには、やはりある程度の流動性が必要なのだと。それが、ある適度な範囲におさまっていれば、自分たちとしてはむしろ望ましいことだと考えている、といっております。

(8)報酬体系

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 移動と定着を経済ベースで支える仕組みが、報酬体系です。研究者、技術者たちがやっている仕事をどう評価をして、どんな報酬を与えるか。図表8はある企業の報酬体系を教えてもらったものですが、形態としてはどこも大体こういう形になっているといっています。左側がどちらかというと固定的な部分ですね。アニュアル・ベース・サラリー、それに固定的なボーナスがついて、さらにさまざまなアローアンス、手当が付きます。その上にパフォーマンス・ボーナス・インセンティブ、その人のあげた成果に応じたボーナスを与える。それから、この企業はプロフィット・シェアリング、要するに企業の利潤にスライドした形の利益配分制度をやっています。

 私は、以前から従業員持ち株制度を、特に労働組合側からの従業員持ち株制度をさまざまな意味から提唱しているのですが、日本では余り受け入れてくれるところが少ないので、いささか失望しています。新竹の企業には、従業員持ち株制度が非常に普及しております。アメリカ、イギリスなどでもずいぶん普及し始めました。

 従業員が自分の会社の株を持つことにより、それまで労働者であった人たちが、株主、資本家の特徴をも同時に持つようになるわけです。どういう効果があるかといえば、アメリカのある製鉄工場のエピソードなのですが、今までは、まだ十分に使える溶接棒をどんどんとごみ箱に捨てていた。ところが、わずかではあるけれども自分が株主になった途端、これを捨てれば結局まわりまわって会社が損をして、自分の配当なり賃金に影響してくると気が付いて捨てなくなった。要するに、ミクロレベルでの改善効果にもつながっていくわけです。

 最後はオーバータイムであります。これは主として生産工程部門に適用されます。やはり先端企業分野では、世界の企業、例えばマイクロソフトと競争しているんだとか、そういう意識でありますから、技術者なども非常にモラールが高い。そうした領域はもちろんタイムカードシステムなんてありませんから、自分の好きなときに来て、好きなだけ働いて、その成果で報酬を受けるシステムが普及しております。ですから、企業も活力があり、いきいきとしていて、人々の説明にもたいへん説得力があります。

(9)競争的な環境の醸成

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 さて、園区の人的資源管理の問題を少し総括してお話しいたしますと、全体として、やはり台湾はアメリカ型システムをかなりはっきりと取り入れています。すべてではありませんけれども、たいへんおおざっぱに言って7〜8割近くがアメリカ的なシステムです。これは園区外の伝統的な中小企業などには余り見られないタイプであります。どうしてこういう体系が幅をきかせているのかといいますと、そこを支える経営者や研究者、技術者たちがかなりアメリカ型のシステムになじみのある教育を受けていたり、競争的な風土の中に生きることをむしろ好ましいとしている。そういうわけで、アメリカ型にたいへん近い人的資源管理体系がとられています。

 採用、配置などを見ても、日本の企業ですと人事部で一括して採用しますが、ここの企業のほとんどは、各部門ごとに採用しています。コンピュータ開発の末端部門で特定の技術者が必要になっているかどうかは、そこを管理している人が最もよく知っている。現場から遠い人事部の人にそんなことはわからない。だから、自分たちは最も必要な人を最も必要なところから採用してくるのだ、その人に時には非常に高額の報酬を払うけれども、それはその人の能力に対して払うのであり、残念ながらそうでないとわかれば、それなりの対応を次のステップでやるにすぎないということであります。

 彼らは従業員のモラールアップに最大限の配慮を払っています。ロボットを購入すれば、ほぼ買う前からカタログどおりの性能を発揮することがわかる。けれども、労働力は実際に雇っても、その人が本当に持っている能力を100%あるいは120%発揮しているのか、半分さぼっているのか表面的にはわからない。これが労働力とほかの財との一番大きな違いです。どうすればそうした人々の内在的なポテンシャルを引き出せるか。昔のように強圧的な管理体系ではできないことですから、いろいろな新しい仕組みを常に研究している。近隣の大学でもセミナーを恒常的に行うなど、人的資源管理制度についての研究が進んでいるわけです。総体として見ますと、競争的な環境を醸し出す評価・報酬制度が巧みに研究されています。

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