5.高度技術社会の産業集積モデル
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グローバル化の進展とともに、産業の再編が急速に展開しています。ただいまの例のごとく、これまでグローバル化といったものに余り縁がない、例えばローカル・マーケットを相手にしているイメージが固定的にあった中小企業といえども、原料ソース、製品市場の面で国際的な次元に接触しなければやっていけない時代に入りました。産業立地の大幅な変動は、中小企業の分野にとっても、激震という言葉で表現してよいくらいの変化で進行しています。
そういう状況の中で、日本ではしばしば企業家精神への待望論、企業家よもっと出よという提案がたくさん新聞その他に出ておりますけれども、その多くはかなり安易な期待であると思っています。企業家精神が花開くためには、さまざまな手だてを講じないといけません。単に精神論だけでは、企業家は生まれてこない。
それからもう一つは、かつてのアメリカもそうだったわけですけれども、やはり日本の大きな誤りは、サービス産業と公共支出への安易な依存だといったらよいかと思います。サービス産業は、しばしば第1次産業、第2次産業を取り除いて、その残りといいますか、産業の中身としては複雑なために必ずしも明解にされておりません。けれども、コーリン・クラークの法則のように、産業の重点はしだいにサービス産業へとシフトしていくという期待があるわけです。製造業よりはたくさんの雇用を吸収してくれるのではないかという期待感もありました。しかし、そうしたものに余り過度に依存するのはたいへん危険なことであります。
幾つかの心ある先進国では、高度な研究・技術を開発できる能力を持った人々の育成に国家的な目標が移っています。雇用の生まれるプロセスの研究から明らかになったことですけれども、アメリカでは、高度に革新的な産業が全国平均の倍以上の雇用を生み出しているという事実が見いだされています。いずれの国でも、経済の段階が高度になってきますと、低次元の産業は、後続する開発途上国に移譲していかねばならないわけです。すべての産業をワンセットで全部国内に抱え込むのはほとんど不可能です。先進国の目標として設定すべきは、研究・技術開発型の人材をどういう仕組みで生み出すことができるかということでありましょう。
かつて、アメリカやイギリスの科学分野のレポートでしばしば強調されていましたのは、科学技術の開発能力が国家の盛衰を定めるということです。サッチャー政権の時、コンピュータ産業に競争力を持たないと、次の世紀でイギリスは開発途上国の仲間入りをするというショッキングな内容のレポートすら出たことがありました。ハイテク産業を中心として、高度な技術産業の分野で勝利を得ることは、これからの国家にとって最も大事な政策の一つであります。
そこで大事なのは、最近ではテクノロジカル・アントレプレナーシップともいわれますが、高度な技術的背景を持った企業家精神をどうやって生み出すか。そういう人たちが生まれるような風土をどうやってつくり出すかということに力点が置かれるわけです。こうした人々はただ放置しておいたのでは生まれてこない。計画的に育成する必要があるということです。
6.産業集積のパターン
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高度な能力を持つ人たちの育成の基盤、いわば揺りかごのような役割を果たすのが産業集積であります。この点に関連して注目しておくべきは「産地型」といわれている産業集積のあり方です。日本で例をあげるならば福井県鯖江の眼鏡、飛騨の伝統家具などが典型的であります。あるいは、イタリアの経済学者やILO(国際労働機関)のウエルナー・センゲンバーガーなどが以前から研究していたわけですけれども、ピオリとセーブルの本によって有名になりました第三イタリアといわれる地域です。プラートの毛織物の産地だとか、あるいはボローニャの食品包装の機械製造など、多くの例をあげることができます。
もう一つの類型は、「複合型」といったらよいかと思います。一つの立地にいろいろな産業が並立して、時には時間的格差をもって存在している。例えば静岡県の浜松市が好例です。歴史的な形成の順番でみると、遠州織物から始まって、ホンダのモーターサイクル、スズキなどの自動車、それからヤマハ、河合などの楽器です。今は浜松の北の方にハイテクのサイエンスパークの原型のようなものが形成されつつあります。
別の観点から注目されますのは、「都市型」集積です。よく皆さんご存じなのは、大田区の中小企業、あるいは秋葉原の電気街、これも世界の半導体やコンピュータ産業の人たちに言わせると、最も新しい製品がそこに行けばわかるという意味でたいへん興味の的でありますけれども、そうした地域です。それから、アジアではシンガポールです。あるいはフィンランドのヘルシンキですね。ここにはノキアという携帯電話やPHSなどで世界的に有名な企業があります。巧みに時流に乗って製品開発を行い、今や世界的なメーカーとして確固たる地歩を占めています。都市という人口集積、そして別の見方をすると知識集積のメリットをいかに活用するか。
さらに、一歩進んだ形として、現在多くの研究者あるいは都市開発分野の人たちが関心を持っている「サイエンスパーク」というタイプがあります。シリコンバレーやケンブリッジ、フランスのソフィア・アンティ・ポリスなど多くの例をあげることができます。先端科学技術だから先進国に限るのではという予想に反して、その拡大は先進国にかぎりません。たとえば、インドのバンガロール地方にもあります。インドのソフトウェア開発能力は抜群に高いものがありますので、時差を活用してアメリカの会社がインターネットでインドへ開発を頼み、すぐまた製品を送り返してもらうということが可能になっています。それから後ほど少し詳細をお話する台湾の新竹(シンチュウ)科学工業園区。これらの例は典型的、ある意味で組織だった産業集積と言えるかもしれません。
7.第三イタリア
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いくつかの有名な例をお話しましょう。まず第三イタリアのケースから始めましょう。これはいろいろおもしろい特徴を持った産業・技術集積でありまして、日本でも紹介している文献が幾つかありますので、余り深く立ち入らず、カルピ(Calpi)といわれるニットウェアの産地を簡単にご紹介しましょう。
カルピはたいへん歴史のある地域であります。中世以来、最初はわらで編んだ女性のストローハット、イタリア語でパグリエッタの産地として知られていました。それが、男性の帽子産地に移行していきまして、そこでつくられた帽子が週末にボローニャの市場で売られるような形でだんだんと集積が進みました。帽子はその後しだいにファッションの世界から忘れられていきましたけれども、第二次大戦の後、蓄積されてきた技術を何とか生かしてニット製品の分野へ出ていけないかと考え、そちらに産業集積の中身を移行していきました。
第三イタリアの集積地の特徴として、together but separateとよく現地の人たちのいう言葉があります。カルピには約2000の企業があり、大多数は非常に小さなマイクロ企業で、大体五、六人の家族企業が集積しています。それぞれが皆セパレート、まさに一つの個体として分立しているわけですけれども、その地域ではお互いに必要な情報を交換し合い、まさに集積の力を発揮するのです。
中世以来、例えば町なかのバーで、親方たちが昼に集まってビールを飲みながら、今どんな製品が売れているとか、今度どこかで見本市をやるとか、新しい機械がどこかで発明されたそうだとか、そういう情報を非常にインフォーマルなネットワークで吸収していった。それがしだいに新しい形で編成されていき、カルピのメーカー間のネットワークとして今日まで伝わっているわけです。大体50人以下の企業で地域の生産の7割近くを押さえている。ですから、一つ一つをとったならばたいへんもろい存在ではありますけれども、全部束ねて産地としてみるとベネトンの規模に相当するという、一つの強力なモデルになるわけです。
この地域は印象的な成功をおさめたわけですが、決していつもよいことばかりあるわけではなく、やはり今日のグローバル化の衝撃にさらされています。とりわけ非常に賃金コストの打撃が大きく、そこからどうやって逃げるかということになります。しばしば現地を見る機会がありましたけれども、そこで進んでいるいろいろな変化、その中で一つの傾向を申し上げますと、今までたいへん孤立、分立していた企業の中に緩やかな変化が起きてきて、次第に垂直的な階層構造が出来上がっている。わかりやすく言えば、下請けのような形の階層構造が少しずつ出来上がってきているということです。
もう一つは、伝統的に家族経営の思想がたいへん強い。イタリア人の一つの考え方として、家族、親族以外は信用できない。ですから、企業規模の拡大はみんな望んでいない。インタビューすると、異口同音に、もうこれで十分だと。せいぜいこれからは、高い付加価値を求めるということでした。規模のメリットには目を向けないのが顕著な特徴であります。さらに最近ではこうした産業立地に熟達した専門経営者がしだいに入り込んできている。彼らは家族経営を束ねて変革し、専門的な経営能力で新しい道を切り開こうとしている。
それから、イタリア語でCITERといいますけれども、エミーリアロマーナ地方にある繊維産業群を束ねて、いろいろな情報を注入する繊維産業情報センターといったものが出来上がってきました。ですから、伝統的な産業立地である第三イタリアにも新しい変化は、やはりひたひたと、あるいはかなり強い波として押し寄せているわけです。
8.シリコンバレー
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次にあげる例はシリコンバレーですが、ここはもともと非常に高度な産業集積のモデルとみなされてきました。現在行ってみますと、分業構造が非常に複雑化しておりまして、たいへんわかりにくいのですが、半導体や最終製品の開発、生産をする企業が中核になっている。まさに世界最高レベルの研究開発のコンプレックス(複合体)を構成しているわけです。
ここにも、いろいろな特徴があります。まず、圧倒的に中小企業が多い(約89%が中小企業)。それに、産学共同の仕組みがうまくいっているといったらよいかと思います。例えば、私のおりましたイギリス・ケンブリッジのサイエンスパークもそうですが、大学で開発したものが産業界へ巧みにスピルオーバーして流れ込む。あるいはその逆があるということです。この点は日本が考えねばならないひとつの課題です。
それから、エンジェルといわれておりますけれども、望みがありそうな起業家を支える個人投資家がいて、出資してくれる。また、これからの話に関係しますけれども、アジア系の技術者がたいへんな力を発揮している。シリコンバレーの研究者のほぼ50%強がアジア系、要するに中国やフィリピン、台湾などからやってきた人たちであり、高度な研究開発の中核部分を構成している。
シリコンバレーで注目されるひとつの変化に、総合企業の後退ともいうべき現象がみられます。集積を構成する企業がしだいに専門性を高め、その領域では並ぶものの少ない企業として生きてゆく方向です。競争が激しい産業だけに、幅広く間口を広げたのでは競争力が無くなってゆくということを反映しているといえます。
そして、こうした先端地域においても、構成企業群がお互いに相手方を知っているというイタリアの産業立地と同じ「顔の見える関係」が特徴的です。