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「労働力需給の展望と課題」

−人々の意欲と能力が活かされる社会の実現をめざして−

1999年5月
雇用政策研究会

 


はじめに

                

 今回の雇用政策研究会における検討は、21世紀初頭の約10年間というかなり

長期間の雇用の見通しと課題について、多角的な視点から行った。

 この10年間は、労働力人口の減少が現実のものとなるとともに、経済のグロ

ーバル化、情報化やサービス経済化の一層の進展、規制改革などにより経済・

産業構造が大きく転換し、労働者に求められる能力が高度化、専門化する時期

であると考えられる。

 このような環境変化の中で、適切な経済運営によって良好な雇用機会の創出

・確保を図るとともに、労働力需給のミスマッチの拡大を抑制するために、失

業なき労働移動の実現、労働力需給調整機能の強化、職業能力開発の推進、60

歳台前半層の雇用確保、若年者雇用対策などが大きな課題となってくる。

 雇用の安定は、国内の最終需要の6割を占める消費の源泉となるものであり、

雇用の安定なくして、経済や社会の安定を図ることは困難である。

 このため、今後雇用政策の果たす役割は一層大きくなっていくものと見込ま

れる。本文で触れるような、人々の意欲と能力が活かされる社会、個々人が主

体的に行動でき多様な選択肢のある社会、雇用を創出、確保する企業が評価さ

れる社会の実現を目指して、対策の具体化を図る必要がある。

 本報告はこのような基本的な認識の下、今後の雇用政策の理念、目標等につ

いて検討を行うとともに、今後10年間の労働力需給の展望及び具体的な施策の

方向について取りまとめたものである。個々の雇用対策については直ちに実行

に移すべきもの、さらに十分な検討を要するものがあるが、この報告の趣旨に

基づき、我が国の雇用政策が的確に対応することを期待する。





1999年5月

雇用政策研究会

  

  

雇用政策研究会

 

  猪 木 武 徳  大阪大学経済学部教授
  今 野 浩一郎  学習院大学経済学部教授
  大 橋 勇 雄  一橋大学経済学部教授
◎ 小 野  旭  東京経済大学経済学部教授
  神 代 和 欣  放送大学教授
  佐 藤 博 樹  東京大学社会科学研究所教授
  篠 塚 英 子  日本銀行政策委員会審議委員
  島 田 晴 雄  慶應義塾大学経済学部教授
  清 水 雅 彦  慶應義塾大学経済学部教授
  中 馬 宏 之  一橋大学イノベーション研究センター教授
  西 川 俊 作  秀明大学政経学部教授
  樋 口 美 雄  慶應義塾大学商学部教授
  水 野 朝 夫  中央大学総合政策学部教授
  八 代 尚 宏  上智大学国際関係研究所教授
(注) ◎は座長、五十音順

(労働力需給推計検討ワーキンググループ)

  阿 部 正 浩  一橋大学経済研究所助教授
  木 村 文 勝  (株)三菱総合研究所主席研究員
  早 見  均  慶應義塾大学産業研究所助教授
◎ 樋 口 美 雄  慶應義塾大学商学部教授
(注) ○は主査、五十音順

 






目 次



T 労働力需給の長期展望



 1 労働力供給の見通し等

 2 労働力需要の見通し等

 3 労働力需給、就業構造の長期展望





U 雇用政策の方向



 1 基本的な考え方

 2 具体的な施策の方向

 3 企業の雇用システムのあり方等

 4 政策手法、行政体制の課題




 





T 労働力需給の長期展望



1 労働力供給の見通し等



(1)労働力供給面の変化と課題

   今後の労働力供給は、少子・高齢化などの人口要因、女性の就業意欲の

  高まり、若年層を中心とした勤労者意識の多様化、外国人労働者の動向等

  によって、質量両面で様々な影響を受ける。はじめに、これらに関わる問

  題点について以下で検討する。

 @ 少子・高齢化の進展

   我が国の高齢化は、世界に例をみない速度で急速に進み、21世紀初頭に

  は「団塊の世代」が60歳台前半層にさしかかることなどから、総人口の約

  3人に1人が、また、労働力人口の約5人に1人が60歳以上の高齢者とな

  ることが見込まれる。一方、現状をみると、60歳以上定年制が1998年4月

  より義務化となり、実施企業比率はほぼ100%となっているが、希望者全員

  について65歳までの継続雇用を実施している企業は約2割にとどまってい

  る。また、高齢者の希望する就業形態は、フルタイム、パートタイム、任

  意就業など多様になっている。

   他方、出生率の継続的な低下による少子化の進行は、労働力人口全体の

  減少と年齢構成の変化につながり、経済活力の低下のおそれがある反面、

  国民一人当たりの豊かさの向上につながる面もあるなど、将来の我が国の

  経済社会のあり方そのものに大きな影響を与えることが見込まれる。

   今後とも、経済社会の活力を維持、発展させていくためには、高齢者の

  高い就業意欲が活かされ、その有する能力が十分に発揮されることが必要

  不可欠となる。また、公的年金制度等の改革が議論されているところであ

  り、こうした制度変更による労働力供給の変化も予想される。高齢者の雇

  用の現状が、依然として厳しく、また、今後60歳以上の労働力人口が大幅

  に増加することが見込まれる中で、高齢者の雇用機会の確保が一層重要な

  課題となってくる。

 A 女性労働者の増加

   女性の労働力率は、男女雇用機会均等法が成立した1985年以降、いずれ

  の年齢層でも上昇してきている。特に25〜29歳層においては、大学・短大

  進学率の上昇、職業意識の変化などを背景に、1985年の54.1%から1998年

  には69.2%に上昇している。

   こうした中で、女性の就業ニーズが極めて多様であることが注目される。

  具体的に女性の希望する就業パターンをみても、子供ができても就業を続

  ける「継続就業型」、結婚や出産等により一時労働市場から退出するが再

  び就職する「再就職型」、結婚や出産等により家庭にはいる「引退型」な

  ど様々である。このうち、「再就職型」を希望する者が最も多いものの、

  「継続就業型」を希望する者も約3割を占めている。

   しかしながら、実際には、仕事と育児の両立は時間的、体力的にも負担

  が大きいことから「再就職型」を選択した結果、男性に比べて正規・フル

  タイム以外の形態で就業する者の割合がかなり高くなっている。再就職後

  の就業形態として、パートタイムが多いことは、就業の中断により、それ

  までの専門的知識・技術やキャリアを再就職後に十分活かすことができな

  いなどの問題もある。

   このため、育児等を行いながら継続就業できるよう、職業生活と家庭生

  活との両立を支援するとともに、育児、介護後の再就職の際にも、フルタ

  イム、パートタイムを問わず良好な就業機会を確保できるような環境整備

  を図ることが今後の重要な課題である。

 B 若年層を中心とした勤労者意識の多様化

   一般的に、転職希望率は景気や労働力需給の状況によって大きく左右さ

  れるが、1975年以降傾向的に高まっており、特に若年層で割合が高く上昇

  幅も大きい。

   また、最近の勤労者の意識をみると、若年層を中心として一つの会社に

  長く勤め続けようとする意識が弱まり、専門家志向の強まりがみられる。

  働く目的としては、所得獲得を挙げる者が最も多いものの、その割合は減

  少している。

   この背景には、高学歴化、所得水準の長期的上昇、企業における賃金制

  度の能力主義的傾向の強まりなどが挙げられるが、こうした意識の変化に

  より転職が増加するとすれば、それは構造的・摩擦的要因による失業の増

  大をもたらす可能性がある。また、職業選択の際に、従来のように昇進の

  見込みや賃金、労働時間等だけでなく、自己能力発揮の可能性及びその結

  果としての仕事への充実感が重要視されていることに留意すべきである。

   さらに、豊かな勤労者生活を望む観点から、職場と家庭、地域における

  時間的バランスのとれた多様な活動を可能とする社会が求められている。

 C 外国人労働者の動向

   経済社会の国際化等に伴い、我が国で就労する外国人労働者は1990年以

  降増加傾向にあり、合法、不法を合わせた外国人労働者の数は、1997年約

  66万人(1990年時の約2.5倍)と推計されている。なお、推計された約66万

  人以外に、その多くが不法就労していると考えられるがその数を把握でき

  ない不法入国者等も相当数存在すると考えられる。

   我が国における専門的、技術的分野で就労可能な在留資格を有する外国

  人は、1997年約10.7万人で、在留資格「興行」で就労する外国人労働者を

  除けば、1990年以降増加している(1997年約8.5万人で、1990年時の約1.8

  倍)。「日本人の配偶者等」、「定住者」といった身分・地位に基づく在

  留資格を有する南米諸国等の日系人等については、1990年の出入国管理及

  び難民認定法等の改正以降増加が続いており、1997年約23.4万人となって

  いる。また、開発途上国の人づくりへの協力を目的として1993年に創設さ

  れた「技能実習制度」に基づき、研修後雇用関係の下で技能等の習得を開

  始した者も急増している。他方、その多くが不法に就労していると考えら

  れる不法残留者は、1990年以降急増してきた。関係省庁による不法残留、

  不法就労対策もあって、1993年をピークに漸減傾向にあるものの、1998年

  は約27.7万人と依然として高い水準で推移している。

   今後の外国人労働者の動向については、我が国と諸外国間の直接投資の

  活発化をはじめとする経済の国際化に伴い、我が国企業及び外資系企業で

  就労する専門的、技術的分野における外国人労働者の増加が見込まれる。

  国際協力の一環としての技能実習生の増加も考えられる。

   また、アジア諸国の通貨危機の影響が残る中、我が国と近隣諸国間の経

  済水準の格差を背景として、これらの国々からの労働力送出圧力が強くな

  る可能性がある。



(2)労働力供給の見通し

 @ 15歳以上人口の減少

   15歳以上人口は、1990年から1995年には463万人増加したが、国立社会保

  障・人口問題研究所の中位推計(1997年1月)によれば、1995年から2000

  年にかけては 286万人、2000年から 2007年にかけては 122万人の増加に

  とどまり、その後2007年から2010年には20万人の減少が見込まれる。

   この主たる要因は、近年の出生率の低下である。合計特殊出生率(1人

  の女性が一生の間に生むと推計される平均子供数)は、1950年には3.65で

  あったが、その後趨勢的に低下し、1997年には1.39まで低下した。上記中

  位推計によると、2000年に1.38まで低下した後緩やかに上昇すると見込ま

  れているものの、2050年に至っても、人口の置き換え水準(将来にわたり

  人口が一定の規模で維持される水準)とされる 2.1程度までには回復しな

  いと予測されている。

   年齢階層別にみると、1995年から2000年にかけて若年層 (15〜29歳) は

  135万人、中年層(30〜54歳) は26万人の減少となるのに対して、高年齢層

   (55歳以上)では456万人と大幅な増加を示す。こうした動きは2000年から

  2010年にかけて一層の強まりをみせ、若年層は 596万人、中年層は 155万

  人の減少となるが、高年齢層は833万人の増加が見込まれている。

   また、生産年齢人口(15〜64歳)に対する老年人口(65歳以上)の比率

  をみると、1995年の20.9%から2000年には25.3%、2010年には34.6%と大

  幅に上昇し、一層の高齢化が進むと予測される。

   なお、総人口は2007年の1億 2,778万人をピークに減少に転ずるが、15

  歳以上人口も同年の1億 951万人をピークに減少に転ずるものと見込まれ

  ている。15〜64歳層の人口は1995年の8,716万人をピークに減少に転じてい

  る。

 A 労働力率及び労働力人口の推移

   性、年齢別の労働力率について、それを変動させる要因を組み込んだ回

  帰式を推計し、さらに上記人口の中位推計を前提に将来の労働力人口の見

  通しを行うと、労働力率は徐々に低下し、労働力人口の伸びは、2005年ま

  では鈍化、以降は減少に向かうものと見込まれる。

 イ 労働力率

   バブル期以降、全体の労働力率は1988年の62.6%から1992年には64.0%

  まで上昇した後、1995年の63.4%まで低下した。その後1997年までやや上

  昇し、1998年には63.3%と低下した。

   今後、全体の労働力率は人口構成の変化等により、2005年には62.6%、

  2010年には61.6%と低下していくものと見込まれる。

   これを男女別にみると、男性の労働力率は傾向的に低下してきたが、労

  働力需要の高まりや高齢者雇用促進のための諸政策を背景に1989年に反転

  上昇し、1993年には78.0%となった。その後は再び低下傾向となり、1998

  年には77.3%となっている。今後は25〜59歳層が高水準で横ばいとなるほ

  かは、年金支給開始年齢の引上げの影響等により60歳台前半層の労働力率

  の上昇が見込まれるが、全体としては労働力率の低い高年齢層のウェイト

  が増加することから、2010年には75.5%まで低下する。

   一方、女性の労働力率は、先にも指摘したとおり、1985年以降総じてど

  の年齢層でも上昇している。出産、育児期にあたる年齢層や親等の介護が

  必要となる年齢層における労働者支援の施策が引き続き充実されれば、今

  後もこれらの年齢層においては若干上昇し、いわゆるM字カーブの凹がや

  や小さくなると見込まれる。しかし、全体として労働力率の低い高年齢層

  のウェイトが増加することから、1998年の50.1%から2010年には48.6%ま

  で低下することとなる。

 ロ 労働力人口

   上記の人口及び労働力率の見通しを基に労働力人口を算定すると、1998

  年の6,793万人から2005年には6,856万人、2010年には6,736万人となるもの

  と見込まれる。また、増減の推移をみると、1990年から1998年まで年率0.8

  %の増加であったのに対し、1998年から2005年まで年率0.1%の増加となり

  、その後2010年まで年率0.4%の減少となる。

   これを男女別にみると、男性の労働力人口は、1998年から2005年まで年

  率0.2%増、2010年までは年率0.4%減、他方、女性については1998年から

  2005年までほぼ横ばいで推移し、 2005年から2010年までは年率0.2%減で

  推移すると見込まれる。

   なお、年齢別にみると、2007年以降は、いわゆる「団塊の世代」が60歳

  台にさしかかることから、全体が減少する中で、60歳台前半層の労働力人

  口が増加することにも留意する必要がある。

 B 年齢階層別労働力人口等の動向

   各年齢階層別の労働力率及び労働力人口の将来見通しは、以下のとおり

  である。

 イ 若年層 (15〜29歳)

   この層の労働力率に影響を与える主因としては、進学率やパートタイム

  労働者の比率が考えられる。進学率の上昇は、非労働力人口が多い学生の

  増加をもたらすことから、この層の労働力率を引き下げる要因となる。し

  かし、パートタイム、アルバイト等の形態で働く機会が増加すれば、学生

  であっても労働力化する可能性が高まるため、パートタイム労働者比率の

  上昇は、この層の労働力率を上昇させるものと考えられる。

   高校、大学・短大への進学率の状況をみると、まず、高校進学率は男女

  ともに上昇傾向にあり、1998年には男性94.8%、女性97.0%と相当の水準

  にあることから、今後も現在と同程度の水準で推移するものと見込まれる。

  また、大学・短大への進学率は、女性については 1985年以降一貫して上

  昇している。男性については変動を繰り返し、近年になって上昇傾向にあ

  り、1998年現在で男性37.2%、女性47.6%となっている。今後も基本的に

  これまでの傾向が続くものとすれば、男性は同程度の水準で推移し、女性

  は上昇するものと見込まれる。

   他方、パートタイム労働者の比率は、1990年以前より上昇傾向にあり、

  今後ともその傾向が続くものと見込まれる。

   今後については、進学率の上昇とパートタイム労働者比率の上昇の相方

  の効果から、若年層の労働力率は1998年の60.7%から2005年には62.0%に

  は上昇するものの、2010年には61.7%とやや低下するものと見込まれる。

   若年層の労働力人口は、1990年の 1,475万人から1998年の 1,631万人へ

  とこれまでは増加してきた。今後は若年人口が急速に減少するため、2005

  年には1,397万人程度へと234万人程度の減少、2010年には1,231万人程度へ

  と2005年と比べ166万人程度の大幅な減少が見込まれる。

 ロ 中年層(30〜54歳)

   この層の男性は、基本的にはほとんどの者が就業しており、今後とも引

  き続き高水準の労働力率で推移するものとみられる。

   これに対し、女性の労働力率は、景気変動にも影響されるが、基調とし

  ては上昇傾向で推移している。今後においても、短時間労働やサービス業

  の就業機会の増加、コーホート要因(過去に就業した世代は再び就業する

  傾向がある) のほか、育児や介護を支援する施策の効果が期待されること

  から上昇傾向が続くものとみられる。

   この結果、中年層全体の労働力率は、1998年の81.9%から2005年には

  82.5%、2010年には83.1%と緩やかながら上昇するものと見込まれる。し

  かし、「団塊の世代」がこの年齢層から高年齢層へ移動することから、労

  働力人口については1998年の3,592万人から、2010年には3,551万人へと減

  少するものと見込まれる。

 ハ 高年齢層(55歳以上)

   高年齢層のうち、男性の55〜59歳層の労働力率は、企業における60歳定

  年が定着する中で、引き続き高水準で推移すると見込まれる。また、60〜

  64歳層の労働力率は、従来、第1次産業就業者の減少等から自営業比率が

  低下することにより低下傾向にあったが、バブル期に、企業における高齢

  者雇用への取組の進展等により一時上昇傾向に転じた。近年は、景気の低

  迷の影響を受けて伸び悩んでいる。今後、年金の支給開始年齢が段階的に

  引き上げられていくことと、65歳現役社会の実現に向けた高齢者雇用対策

  の充実等により、60〜64歳層の労働力率は上昇するものと見込まれる。も

  っとも、高年齢層全体をみると、55歳以上層の中でより高齢の層の比率が

  上昇するため、2010年までは全体として横ばいで推移するものと見込まれ

  る。一方、女性についても、就業意欲の増大等もあって55歳以上の各年齢

  層とも若干の上昇となる。

   高年齢層の労働力人口は、この年齢層の人口の増加も加わって、1998年

  の 1,570万人から2005年には1,891万人、2010年には1,954万人へと大幅に

  増加するものと見込まれる。

   これらの結果、高年齢層の労働力人口が全体に占める割合は、1998年の

  23.1%から2005年には27.6%、2010年には29.0%へと高まり、労働力の高

  齢化が一層進展していくこととなる。

 



2 労働力需要の見通し等



(1)労働力需要面の変化と課題

   労働力需要は、経済全体の成長率に大きく影響を受ける。また、同じ成

  長率であっても、パートタイム労働者のウェイトの増大や労働時間短縮の

  進展により、一人当たり労働時間が減少すれば、労働者数でみた労働力需

  要の伸びはより大きなものになる。また、産業ごとに労働生産性が異なる

  ことから、産業構造の変化によっても労働力需要は左右される。

   以下、今後の労働力需要の質量両面に影響を及ぼすと考えられるいくつ

  かの要素について検討することとする。

 @ 経済成長

   我が国経済は、1997年からのアジア通貨・金融の混乱、民間金融機関の

  貸出態度の慎重化などに起因する経済に対する著しい不透明感がいまだ払

  拭されず、消費者マインド・企業の景況感がさらに悪化したことに伴って、

  最終需要も低調に推移しており、極めて厳しい状況となっている。このた

  め、1997年度の実質GDP成長率は△0.4%、1998年度見込みも△2.2%程度と

  2年連続でマイナス成長となっている。

   今後の経済成長の見通しについては、1998年11月に策定された緊急経済

  対策など各種の政策効果により、1999年度にはプラス成長に、そして2000

  年度までに回復軌道に乗り、2001年度以降は安定成長になると見込まれる。

   また、近年の我が国の潜在成長率は、労働生産性や資本ストックの伸び

  の鈍化により2%程度とみられ、今後数年間の潜在成長率についても平均

  して2%程度と考えられる。

 A 情報化やサービス経済化による経済・産業構造の転換

   技術革新は労働生産性の向上等様々な形で社会経済の発展の原動力とな

  る。中でもコンピュータ、データ通信等の情報通信技術や関連機器の導入、

  活用による情報化は、企業のあらゆる部門において着実に進み、最近では

  企業の間接部門でのパソコンやLANの本格的な活用、インターネットの活用

  が急速に進んできている。インフラ基盤整備、規制緩和等により、情報関

  連産業は全産業平均を上回る伸びで成長し、産業・家庭のネットワークが

  構築され、情報の自由かつ多様な流通が進展している。製造業、サービス

  業などあらゆる産業において、高度な情報通信システムを活用して経営の

  効率化や新たな事業展開を図る動きがみられ、今後も市場は拡大していく

  ものと見込まれる。  

   情報化の進展に伴う労働力需要への影響は、生産体制の変革や業務の効

  率化により雇用機会を減少させる側面を持ち、雇用の質的な面でも、職階

  の減少といった組織形態の変化などの影響があると考えられる。一方で、

  新製品の開発や既存製品の品質向上、低価格化による消費の増大、新産業

  を生み出すなど様々な効果があり、さらに、より高い労働生産性の実現を

  通じた所得の増大や、新たな市場創造の下でこれに関わる専門的・技術的

  職業従事者など良好な雇用・就業機会を生み出す側面も持っている。

   また、産業構造は引き続きサービス経済化により、労働生産性の比較的

  高い製造業等から比較的低いサービス業等にウェイトが移っていくことが

  見込まれる。さらに、サービス業を含む第3次産業比率が増大することに

  伴い、パートタイム労働者が増加し、これにより1人当たり労働時間は減

  少を続けるものと見込まれる。ただし、サービス業を含む第3次産業にお

  いても競争の活発化に伴い労働生産性が上昇することも考えられるため、

  これまでのように労働力需要の増大効果が大きいとは必ずしも言えない。

 B 諸外国との経済的結びつきの深まり、外資系企業の増加

   旧社会主義諸国が市場経済に参入し、また、アジア、中南米諸国等の技

  術力・国際競争力が向上することにより、国際競争が激化し、企業は最適

  な事業環境を求めて国際的に活動し、各国は事業活動の場として優位な環

  境を整備する取組を行っている状況にある。

   こうした経済社会のグローバル化に伴う我が国企業の海外進出や製品輸

  入の増大等は、今後とも国際的な分業化を促し、我が国の産業構造を大き

  く変化させることが予想される。また、グローバル化や外国為替管理法の

  改正等の規制改革により、我が国に進出するいわゆる外資系企業が増加し、

  これは我が国における雇用創出に寄与するとともに、企業の人事・労務管

  理諸制度に少なからず影響を与えるものと考えられる。

 C 専門的・技術的分野の外国人労働者に対するニーズの増加

   前述したように、我が国で就労する専門的、技術的分野の外国人労働者

  (在留資格「興行」で就労する者を除く。)は、1990年以降増加している。

  専門的、技術的分野の外国人労働者を雇用する企業は、その動機について

  「有能な人材の確保」、「外国人固有の知識や発想」、「海外取引の円滑

  化」をあげており、こうした企業のニーズは、今後、最適な事業環境を求

  めて企業活動の舞台が国際的に一層拡大するような状況下では、より高ま

  るものと見込まれる。また、企業における多様な付加価値創出能力等の向

  上の取組の中でも、このようなニーズは高まるものと考えられる。

 D 経済構造改革による労働生産性の上昇

   現在の我が国の経済システムは高コスト構造となっており、これが生活

  水準の実質的な向上や国内事業活動にとって障害となっている。こうした

  高コスト構造が規制改革の推進や商慣行の是正、技術革新の促進等によっ

  て改善されれば、物価の低下等による実質所得の向上、労働者・消費者に

  とっての選択肢の拡大を通じより豊かな国民生活の実現につながるととも

  に、新たな経済分野の拡大、既存産業における国内生産の増加などにより

  雇用・就業機会の増大も期待される。

   政府は、1996年以降「経済構造の変革と創造のためのプログラム」等を

  閣議決定し、経済構造改革を推進しているところである。同プログラムで

  は、医療福祉分野など新規・成長15分野で2010年までに1995年に比べて約

  740万人程度の雇用が増加すると見込んでいる。

   また、我が国経済を自律的な成長軌道にのせるため、経済の供給面の体

  質を強化し、官民一体となって産業の競争力の強化を目指すとの観点から、

  事業の再構築、技術開発などに取り組む必要があるが、それによって労働

  力需要にどのような影響を及ぼすのか注意が必要である。

   こうした様々な改革を進める過程で、雇用の量的な面では一部の既存分

  野において効率化等を通じて労働力需要が減少し、新たな経済分野の拡大

  が既存分野における雇用機会の減少に遅れて起こる場合、あるいは、新規

  分野へ労働移動が円滑に行われない場合には失業問題が顕在化するおそれ

  があること、また、質的な面では、労働者の意に反した非正規雇用の増大、

  賃金等労働条件の低下の懸念があることも否定できない。

   こうした失業問題は、人的資源が有効に活用されないといった社会的損

  失を伴うものであり、構造改革を進めるに当たっては、その雇用に及ぼす

  影響にも十分注意を払いつつ、これに伴う労働移動ができる限り円滑にな

  されるようにしていく必要がある。



(2)労働力需要の見通し  

   今回の推計では、労働力需要推計のために産業連関モデルを使用し、産

  業別に労働力需要を推計し、その見通しを行った。その前提として、2010

  年までの経済成長のケースは、1999年度0.5%成長とし、その後について

  以下のような3つを仮定した。

   @ 2010年まで国民一人あたり平均して2%成長。

   A 2010年まで国民一人あたり平均して1%成長。

   B 2010年まで平均して2%成長。

   これら3つの成長率のケースのもとで推計を行うと、それぞれ程度の差

  はあるものの労働力需要は弱含み傾向になるものとみられる。この要因と

  しては、経済のグローバル化や規制改革等による競争の活発化により、労

  働生産性の向上がみられるためであると考えられ、戦後高度成長期以降今

  日までみられるような経済成長と就業者数との正の相関関係が、今後変化

  していくものと予想される。このため就業者数は、1998年には 6,514万人

  であったが、特に対策を講じない場合には、2010年には、上記@のケース

  では 6,455万人(59万人減)、Aのケースでは 6,386万人( 128万人減)、

  Bのケースでは 6,442万人(72万人減)となるものと見込まれる。

 



3 労働力需給、就業構造の長期展望

(1)最近の経済・雇用の動向

   最近の経済の動向をみると、景気は、民間需要が低調なため依然として

  極めて厳しい状況にあるが、各種の政策効果に下支えされて、このところ

  下げ止まりつつある。

   一方、雇用失業情勢については、1999年3月の有効求人倍率は0.49倍と

  前月と同水準であったものの、完全失業率が4.8%と前月より0.2%ポイン

  ト上昇し、過去最高を更新するなど、極めて厳しい状況にある。

   雇用失業情勢を詳しくみると、3月の完全失業率4.8%のうち、労働力需

  給のミスマッチ等による構造的・摩擦的失業率が3.3%程度、景気の悪化に

  よる需要不足失業率が1.5%程度となっており、この1年間で失業率が1%

  程度上昇したうちの大部分は、需要不足要因と考えられる。従って、現在

  の高失業率は、中長期的に構造的・摩擦的失業率が緩やかに上昇を続けて

  いることに加え、短期的な需要不足要因による失業が急速に積み上がって

  いることによる。

   また、失業の理由別にみると、3月の完全失業者339万人のうち、非自発

  的理由による離職者が106万人、自発的に離職する者が107万人、新たに労

  働市場に参入した者が82万人となっている。さらに、1999年2月の労働力

  調査特別調査により、非自発的理由による離職者の内訳をみると、定年等

  を除き倒産や解雇等による者は76万人となっている。

   年齢別の雇用失業情勢は、若年層は完全失業率が高いものの、有効求人

  倍率も高くなっている。中高年層は完全失業率は低いものの、有効求人倍

  率は低水準であり、一度職を離れると再就職が難しい状況となっている。

  特に男性の60〜64歳層にあっては完全失業率が高いうえに有効求人倍率も

  低くなっているなど特に厳しいものとなっている。

   地域別の雇用失業情勢をみると、南関東、近畿の大都市圏と北海道、九

  州で完全失業率が高く、有効求人倍率も低い水準となっている。

   このように、雇用失業情勢は極めて厳しい状況にあり、雇用は景気に遅

  れて回復する傾向があることからも、当面は厳しい状況が続くと考えられ

  る。



(2)労働力需給のミスマッチの動き

   労働力需給のミスマッチは、今後次のような理由により拡大することが

  懸念される。

 @ 産業間のミスマッチ

   グローバル化に伴って競争が激化するにつれ、産業構造の変化のスピー

  ドが速まり、産業間の労働力需給の不均衡が拡大することが見込まれる。

 A 職業間のミスマッチ

   産業構造の変化や情報化・技術革新が進む中で、単純、定型的な業務を

  中心に、今後縮小する職業がある一方、企業が労働者に求める職業能力が

  高度化、専門化していくことが見込まれる。このため、労働者の希望する

  職業が無くなったり、労働者の持つ技能が陳腐化するスピードが速くなる

  ものと考えられる。現状でも、職業別の有効求人倍率をみると、専門的・

  技術的職業が比較的高い一方で、事務的職業、管理的職業が低くなってい

  ることなど職業間でかなりばらつきがみられる。

 B 年齢間のミスマッチ

   年齢別の雇用関係指標をみると、若年層は、比較的有効求人倍率が高く、

  企業側の需要はあるものの完全失業率は高くなっている。一方、中高年層

  の完全失業率は60〜64歳層を除いて低水準となっているが、有効求人倍率

  は、45歳を過ぎるとかなり低くなる。このように年齢間でかなりのばらつ

  きがある。

   今後は、少子化により新規学卒者の供給が減少し、他方、高年齢層につ

  いては、労働力供給が増えるため、現在のように若年者への労働力需要は

  旺盛、高齢者への労働力需要は乏しいという状況が続けば、年齢間の需給

  の不均衡がさらに拡大することがありうる。さらに、若年層については、

  完全失業率の持続的な高まりによって、技能形成、能力開発に重大な支障

  が生じることが懸念されるのみでなく、時間の経過とともに失業者の多い

  コーホートがそのまま持ち上がっていくことにより、マクロレベルでの労

  働生産性や活力の維持など経済や社会全体への影響が生じる可能性がある。



(3)完全失業率等の見通し

   今後10年間程度の完全失業率の見通しにあたって、経済・社会情勢の変

  化や経済政策と雇用・失業との関係は、次のように整理することができる。

 @ 景気が回復し、経済が拡大していけば、労働力需要が増え、完全失業率

  は低下する。

 A 女性・高齢者の労働力率の上昇は、労働力供給を増やし、完全失業率を

  上昇させる。ただし、労働力供給増が潜在成長率を押し上げ、加えて適切

  なマクロ経済政策が取られるとすれば、経済が成長することによって、労

  働力需要が増え、完全失業率は低下する。なお、実際には、女性・高齢者

  の労働力率が上昇してもなお、世代構成の変化から全体の労働力人口が減

  少することによって、完全失業率は低下する。

 B 能力開発が充実することによって、労働生産性の上昇が図られ、生産物

  価格が低下する。仮に生産量が一定であれば、完全失業率は上昇するが、

  需要の価格弾力性が大きければ、消費の拡大、経済の成長によって、完全

  失業率は低下する。

   なお、産業のニーズに沿った能力開発が行われれば、需給のミスマッチ

  が縮小して、完全失業率は低下する。

 C 官民相まった労働力需給調整機能が強化されれば、需給のミスマッチが

  縮小して完全失業率は低下する。

 D 企業内の賃金・雇用制度のフレキシビリティが高まれば、中高年層等へ

  の労働力需要が増加し、完全失業率は低下する。

   今回の推計に当たっては、2010年までの経済成長に一定の仮定をおき、

  ケース別に完全失業率の推計を行うとともに、上記要因を考慮していくつ

  かのシミュレーションを行った。

   まず、労働力需要で挙げたように国民1人当たりの実質GDPまたは実

  質GDP成長率について、3つのケースを計算してみると、2010年の完全

  失業率は、下記のようになった。

   イ 2010年まで国民一人あたり平均して2%成長・・・4.2%

   ロ 2010年まで国民一人あたり平均して1%成長・・・5.1%

   ハ 2010年まで平均して2%成長・・・・・・・・・・4.3%

   さらに、上記の結果のうちイを基本ケースとして、下記のような3つの

  想定についてシミュレーションを実施した。(数値は、2010年における基

  本ケースの完全失業率との乖離幅)



   a 離職者に占める離転職者訓練の対象者の割合が2010年に現在の5割

    増になるなど職業能力開発施策が拡充される・・・△ 0.4%ポイント



   b 総実労働時間の短縮がみられ、またパートタイム労働者が増加する

                        ・・・△ 0.2%ポイント



   c a、bの想定に加え、希望者全員が65歳まで働くことのできる継続雇

    用制度が2010年にほぼ全ての事業所で実施される、0歳児を持つ労働

    力人口世帯の育児休業給付受給比率が2010年にほぼ100%になる、保育

    所在児数/0−6歳人口比率が2010年に現在の5割増になる、派遣労

    働者数の就業者総数に占める比率が2010年に現在の5割増になる、

    場合                  ・・・△ 0.5%ポイント



   以上のような結果をみると、経済成長率にもよるが、特に対策を講じな

  ければ、2010年の完全失業率は、4%台前半〜5%台前半となる。一方、

  2010年の就業者数は、特に対策を講じなければ、上記イ、ロ、ハのケース

  とも1998年よりも減少するが、さまざまな政策を組み合わせたcのケース

  では増加することとなる。

   したがって、適切な経済対策や雇用対策を講じることにより、需要不足

  失業を減少させるとともに構造的失業の増加を可能な限り抑制し、就業者

  数の増加を図るとともに、それによって完全失業率を引き下げる必要があ

  る。今後の雇用政策の目標としては、後に述べるような雇用政策の理念や

  目標を踏まえ、政策手法を組み合わせることによって、2010年の完全失業

  率は、3%台後半を目指すべきである。



(4)今後の就業構造等

 @ 産業別就業者の見通し

   産業別の1998年から2010年までの就業者の動きは、基本ケースでは以下

  のように見込まれる。

 イ 第1次産業では、1998年の343万人から2010年の250万人へと93万人程度

  減少する。

 ロ 建設業では、1998年の662万人から2010年の617万人へと45万人程度減少

  する。

 ハ 製造業では、1998年の1,382万人から2010年の1,211万人へと171万人程

  度減少する。

 ニ 卸売・小売業、飲食店も、1998年の1,483万人から2010年の1,446万人へ

  と37万人程度減少する。

 ホ サービス業(公務等を含む。)は、1998年の1,938万人から2010年の

  2,187万人へと249万人程度増加する。

   なお、産業別就業者の構造は以上のような特徴があるが、各産業を通じ

  て自営業、家族従事者の比率は低下し、雇用者比率が上昇するものと見込

  まれる。

 A 職業別就業者の見通し

   職業別の1998年から2010年までの就業者の構成比は、基本ケースでは以

  下のとおり変化するものと見込まれる。

 イ 専門的・技術的職業従事者の職業全体に占める構成比は、1998年の13.0

  %から2010年の15.1%程度へと上昇する。

 ロ 管理的職業従事者、事務従事者については、1998年の23.2%から2010年

  の24.2%程度へと上昇する。

 ハ 販売従事者については、1998年の14.2%から2010年に13.1%程度へと低

  下する。

 ニ 技能工、製造・建設作業者については、機械化、省力化の進展が見込ま

  れる中で減少を続け、構成比は1998年の25.1%から2010年に22.4%程度へ

  と低下する。

 ホ 運輸・通信従事者については、現在とほぼ同様の水準で推移する。

 B 働き方の多様化

   第一次オイルショックの後、パートタイム労働が急速に増加し、また、

  昭和60年以降、派遣労働という就業形態が定着した。企業側からすると、

  雇用調整やコスト面で事業環境の変化に機動的に対応できることや、知識、

  技術、経験のある即戦力の労働者を採用できるというメリットがあり、一

  方、労働者側からすると、自らの能力を活かして自由な時間に働けるとい

  うメリットがあることから、これらの働き方は今後も拡大すると見込まれ

  る。

   さらに、この2つの形態以外にも、契約労働や在宅就業、テレワーク、

  SOHO、ワーカーズ・コレクティブ、NPOにおける就業などの新たな

  働き方で働く人が増加すると見込まれ、多様化が進むと考えられる。また、

  就業構造の変化の例として、これまではホワイトカラー職種に就いていた

  大卒の労働者の一部が、今後は産業構造の変化や少子化の進展、意識の多

  様化を背景に、製造、サービスの現場などブルーカラー職種にも就くよう

  なことも起きるのではないかと見込まれる。

 C 長期継続雇用の変化等

   就業形態の多様化が進む一方で、企業の多数は長期継続雇用を維持する

  としており、中核的な雇用者を中心に今後も我が国における基本的な就業

  形態の一つであり続けると考えられる。しかし、グローバル化や規制改革

  による企業間競争の高まり、産業構造の変化などに伴い、全労働者に占め

  る長期継続雇用型の労働者の比率は低下し、労働移動が今まで以上に増加

  すると考えられる。

 D 雇用調整システムの変化

   これまで、我が国企業は景気の変動や産業構造の変化に対して、例えば

  残業時間の調整、配置転換や出向、パートタイム労働者比率の増加といっ

  たような労働投入量の調整を中心として行ってきた。今後、グローバルな

  競争の激化や景気変動の振幅の拡大や長期化等に対応するためには、この

  ような調整だけでは不十分になると考えられ、労使の合意の上で、賃金プ

  ロファイルを見直していくことや、同一世代内の賃金の分散を能力や業績

  に応じて拡大させること、さらには、総額人件費の見直しなど、賃金によ

  る調整もこれまで以上に用いられ、雇用調整がよりフレキシブルに行われ

  るようなシステムへ変わっていくと見込まれる。



 



U 雇用政策の方向



1 基本的な考え方

  ここでは、前章での見通しを前提として、21世紀初頭の10年間においてど

 のような課題があるのか、その課題を克服するためにどういう理念の下にど

 のような目標を設定して雇用政策を進めていくべきか、また何に重点を置い

 て雇用政策を進めていくべきかを検討する。



(1)21世紀初頭の10年間の課題

   今後10年間の第1の課題は、取り急ぎ現在の長期的な不況を克服すると

  とともに、来たるべき人口減少社会に備えることである。雇用の安定は我

  が国の国政上の最重要課題であり、労働力が過剰な状態と、労働力が不足

  するような状態の両面を想定して雇用政策のメニューを用意し、需要不足

  失業を減少させるとともに、構造的失業の増加を可能な限り抑制する必要

  がある。

   第2の課題は、今後10年間で大きく変化することが見込まれる労働環境

  に対応した新たな社会的な規範、労働市場において労使、政府が共通して

  尊重すべきルールを社会全体でつくることであり、また、それができた場

  合には、その遵守システムを作るということが必要である。具体的には、

  @ 労働者の再挑戦が可能になるようなルールをつくっていくこと

  A 多様な働き方が選択肢として社会一般に受け入れられるようなルール

   をつくっていくこと

  B 能力に応じた一定の所得格差を、公正なものとして認め合うようなル

   ールをつくるとともに、極端に所得格差が拡大しないような社会を目指

   すこと

  が必要となってくる。

   第3の課題は、新しい時代の行政のあり方として、政府と、企業、労働

  者の役割を明確にすることが挙げられる。例えば、

  @ 事前誘導・指導中心型の行政から事後規制型に力点を移しながら、両

   者を適切に組み合わせること

  A その組合せに際しては、必要な行政コストや、事後規制とした場合に

   、労働者の被る損失の回復可能性について、十分比較検討を行うこと

  B 従来型の政策手法を不断に見直していくこと、雇用政策に必要な費用

   を誰がどのような形で負担するかを不断に見直していくこと

  を常に考慮しながら、政策を実行することが求められる。



(2)雇用政策の理念・目標と対象

 @ 雇用政策の理念

   以上で掲げた課題に対して、実際の雇用政策を行う上での理念としては、

  次の4点が挙げられる。

   まず第1に、人々の意欲と能力が活かされる社会、意識や希望の変化に

  応じた多様な選択肢のあるような社会をつくることが挙げられる。また、

  セイフティ・ネットについては、単に最低限の生活を確保するというナシ

  ョナル・ミニマムだけではなく、再挑戦しようという意欲を支えるセイフ

  ティ・ネットを構築することが重要である。

   第2に、規制改革や行政改革が進み新しい行政のあり方が問われ、勤労

  者の意識が多様化していく中で、従来以上に自己選択や自己責任を強調し、

  個々人が主体的に行動できるような社会を目指す必要がある。

   第3に、最近リストラや人員削減を発表する企業が、株価や格付け面で

  の評価にとどまらず、企業経営の姿勢として評価されるような風潮が生じ

  てきているが、投資家を中心とした企業評価だけでなく、今後社会全体や

  労働者の立場から評価される企業のあり方について、共通の認識を形成し

  ていく必要がある。この点については、企業が安易な雇用調整を行わず、

  雇用を創出、確保することは、企業の社会的責務であると同時に、また、

  企業にとっても、優秀な人材の集まる魅力ある企業をめざして、長期的な

  観点から人材の確保・育成を図ることは、その生産性を向上させ、安定的

  な発展に資するものと考えられる。

   第4に、これまでの男性や若年者の多い企業社会から、女性や高齢者、

  障害者なども含めて、全ての人々が意欲と能力に応じて職業生活に積極的

  に参加することのできる社会への転換を目指していくことが必要である。

 A 具体的な目標

   上記の理念を具体的な目標におきかえると、まず、良好で長期的に働く

  ことができる雇用機会が確保されるということを雇用政策の目標の基本と

  しながら、失業した場合には再就職先が早期に見つかるようにすることが

  最も重要である。また、職業能力開発の機会と時間が十分に確保されるこ

  と、継続して一定の収入があること、健康で安心して働けることを実現す

  ることが、人々の意欲と能力を活かすためにも必要である。

   少子・高齢化対策としては、活力ある高齢社会の実現のため、長年培っ

  た知識や経験が活かされるような高齢期の雇用・就業の場が確保されるこ

  と及び社会参加ができることが重要になってくる。さらに、女性の社会参

  加のため、育児・介護環境が整備されることが、継続就業のために重要で

  ある。

   また、雇用問題が国際的な重要課題として、主要国首脳会議(サミット)

  をはじめとした国際会議の場等で取り上げられていることや、国際的な人

  の移動がより活発化することが予想されることから、国際社会の変化に、

  雇用政策の面からも十分対応することも求められる。

 B マクロ経済の動向と雇用政策

   雇用の安定は、国内の最終需要の6割を占める消費の源泉となるもので

  あり、雇用の安定なくして経済や社会の安定を図ることは困難である。一

  方で、雇用情勢はマクロ経済の動向に大きく影響され、雇用の安定のため

  には適切な経済運営の実施が担保される必要がある。サミットや雇用関係

  閣僚会合(雇用サミット)の場においても、新たな雇用機会を創出し失業

  に対処するためには、持続的なインフレなき成長を目指した健全なマクロ

  経済政策が重視されているところである。

   具体的には、需要不足失業の増大を避けるため、適切な財政、金融政策

  を講じて、マクロ経済の安定化に努めるとともに、失業者が大量に発生す

  る危険があるような大きな景気変動が生じた場合には、景気対策や雇用対

  策を機動的に実施し雇用の改善を図ることが必要である。その際、金融政

  策の役割も重要になる。また、最近、国際的に金融の自由化が急速に進展

  する中で、資本が大規模かつ急激に移動することにより、一国の経済全体

  が重大な危機にさらされるということが多くなっており、マクロ経済や雇

  用の安定の観点からも、国際的な為替の安定をどのように図っていくかと

  いうことが、重要な課題となっている。

   さらに、雇用政策の実施に当たっては、短期的な雇用対策と中長期の雇

  用対策との整合性を確保する必要がある。

 C 雇用政策の対象

   より緊要度の大きい労働者に重点的に施策を実施していくことが必要で

  あり、短期的には、離職するとより再就職が困難である中高年労働者のう

  ち倒産や解雇により思いがけず離職をした人々を重点に施策を実施するこ

  とが重要である。すなわち、前で述べたような、個々人が主体的に行動し、

  全ての人々が意欲と能力に応じて参加する社会の実現を目指すとしても、

  直ちに適応することが最も困難であるような人々に対しては、移行期間に

  おいてある程度経過的な施策が必要である。中長期的には、今後の社会を

  支えていく若年者の活力の維持と能力の向上が重点的な対象の一つである

  と考えられる。

   今後、在宅就業、テレワーク、SOHO、ワーカーズ・コレクティブ、

  NPOにおける就業などの雇用関係ではない多様な働き方が増加すること

  が見込まれるが、こういった働き方も生活の安定、福祉の向上などの観点

  から、雇用政策の対象として視野に入れていくべきである。



  

2 具体的な施策の方向



(1)新事業創出と雇用創出、雇用の安定

 @ 新事業創出と雇用創出

   現下の厳しい雇用失業情勢に加え、中長期的にみても経済活動のグロー

  バル化や産業構造の転換等が進展する中、我が国経済の活力を維持しつつ、

  雇用の安定を図っていくためには、新たな雇用機会の創出が極めて重要な

  課題である。

   しかしながら、1994年から1996年にかけての全事業所に占める新規開業

  事業所の割合は、年平均で3.6%と同期間のアメリカ(13.8%)と比較して

  かなり低く、また、趨勢的にも低下傾向にあり、さらに、近年では廃業率

  が開業率を上回るという逆転現象が生じていることから事業所数が減少し

  ている。

   このため、新事業の創出、展開を支援することにより、良好な雇用機会

  を創出するよう努める必要がある。特に、新事業の創出、展開にあたって

  は、情報技術の進展、サービス経済化の進行、低成長経済下の競争激化等

  の環境変化に機動的に対応することのできる中小企業がこれまで以上に積

  極的な役割を果たすことが期待され、中小企業における雇用創出を促進す

  ることが重要である。さらに、男性、中高年齢者の開業だけでなく、今後

  の潜在的開業層とも言うべき女性、高齢者、学生などの起業意欲を増進さ

  せることも必要である。

 A 分野別の雇用創出(医療・福祉、情報通信、環境、住宅等)

   今後、規制改革や情報化、少子・高齢化、生活の質の変化等により、医

  療・福祉、情報通信、環境、住宅など新たに成長が見込まれる分野が多く

  ある。こうした分野の成長を高め、新たな雇用機会を創出し、総量として

  の雇用の場の拡大を図るとともに、各成長分野において必要な人材が確保

  できるように人材育成をはじめ各種施策の充実に努めるべきである。

 B 失業なき労働移動

   経済のグローバル化や構造改革の実施に伴い、産業構造の変化や少子・

  高齢化が進展する中で、従来のような発展産業への新卒者の大量流入、衰

  退産業からの高齢・引退層の流出という特定の部分での調整のみでなく、

  あらゆる層でさらに円滑に労働移動が行われることが求められる。その際、

  一旦離職すると直ちに全ての人が再就職できる状況にない中で、できるだ

  け失業を経ずに新たな就業機会を得ることは、労働者にとって生活の安定

  が継続されるだけでなく、人的資源の活用の観点からも重要であり、失業

  なき労働移動への支援を強化する必要がある。特に、労働移動が円滑に行

  われるためには、職業能力開発の果たす役割が大きくなっており、企業内

  外における職業能力開発を積極的に推進することが重要である。

   なお、供給面での体質の強化が課題となる中で、企業における過剰設備

  への対応を、そのまま雇用に当てはめて考えることは適当ではない。安易

  な人員削減をするのでなく、雇用を確保しつつ職業能力の向上を図ること

  も労働生産性の上昇を通じて産業・企業の競争力の強化をもたらすもので

  ある。

 C 景気循環に対応した雇用の維持・安定対策

   労働者の雇用の安定、職業能力の有効発揮、技能の継承等の観点から、

  景気循環による一時的な雇用需要の減少に対しては、できる限り企業にお

  いて雇用の維持を図ることが重要である。このため、雇用調整助成金を適

  切に活用することなどにより、こうした企業の雇用維持努力に対する支援

  を引き続き実施することが必要である。

   特に、国際経済の急激な変化等により雇用失業情勢が急速に悪化するお

  それがある場合には、雇用面への影響の早期かつ的確な把握に努めるとと

  もに、こうした失業の予防のための各種施策を活用するなど機動的な対応

  に努める必要がある。

 D 少子・高齢化(労働力人口減少)時代の人材確保対策

   これまで豊富に供給されてきた若年労働力が今後大幅に減少することか

  ら、女性や高齢者などが活躍できるよう雇用環境の改善や労働条件の向上

  などの対策を推進する必要がある。また、労働条件等の企業規模間格差が

  拡大し、再び中小企業の人手不足が顕在化する可能性もあることから、中

  小企業の雇用管理改善を進め人材確保を支援する必要がある。

   さらに、高齢化の進展や2000年4月からの介護保険制度の導入等により、

  介護分野の労働力需要は今後、急速に増大することが見込まれ、介護サー

  ビスを担う労働力の確保が益々重要となってくる。このため、福祉関連分

  野の計画的人材養成を図る観点から、福祉政策との連携を図りながら、そ

  の労働力の育成、確保に積極的に取り組んでいくことが必要である。

 E 地域の実情に応じた雇用対策

   経済のグローバル化や構造改革の実施は、地域の労働力需要に大きな影

  響を与え、地域によっては雇用機会の不足が生ずる懸念がある。このため、

  雇用機会が不足する地域における雇用開発への支援を積極的に推進するこ

  とが重要である。その際、我が国の基幹的産業である製造業の基盤となる

  熟練技能が集積している地域においては、それを活かしつつ、今後とも海

  外では生産することが困難な高付加価値分野への新事業展開等による雇用

  機会の創出を支援していくことが重要である。



(2)経済社会の発展を担う人材育成の推進

 @ 今後の職業能力開発のあり方

   産業構造の変化等に伴い、労働移動の増加が見込まれ、労働力需給のミ

  スマッチの拡大が懸念される中、労働者のエンプロイアビリティ(就職可

  能性)の向上を支援し雇用の安定を図るとともに、今後の経済社会の発展

  を担う高度で専門的な職業能力を有する人材を育成していくことは、ます

  ます重要になってきている。

   そのため、企業において計画的な職業能力開発を推進されるための環境

  を整備し、今後企業が付加価値の高い分野や従来とは異なる新分野への事

  業展開を図る上で必要とする人材の育成を支援していくことが重要である。

   また、そのような人材の育成に当たっては、当該人材の職業能力が高度

  の知識・技能に加えて創造性など労働者個人に依存する要素が強いこと、

  労働者個人からみても各人の目的、キャリア設計に沿った職業能力開発に

  主体的に取り組むことの意義は大きいことから、企業による教育訓練以外

  に個人主導による職業能力開発への取組が必要であり、労働者一人一人が

  様々な機会をとらえて自らの意志で主体的に職業能力開発に取り組むこと

  ができるよう支援していくことが重要である。

   なお、このような主体的な職業能力開発のインセンティブを高めるため

  には、習得された職業能力が適正かつ客観的に評価され、具体的な処遇に

  結びつくことが有効であり、社会全体として職業能力の適正な評価を積極

  的に推進する必要がある。

 A 企業における計画的な職業能力開発の推進

   企業において計画的に職業能力開発が行われることを促進するため、能

  力開発給付金の支給による助成等の支援を実施しているところであるが、

  今後とも、職業能力開発に関する情報提供、相談援助や必要な助成措置を

  講じる等総合的な支援策を推進することが必要である。

   特に、新分野展開や事業の高付加価値化等を担う人材の育成のための教

  育訓練を行う企業に対して強力に支援を行うとともに、ホワイトカラーの

  雇用の安定に資する職業能力開発を推進していくことが重要である。

 B 労働者の主体的な職業能力開発推進のための環境整備

   産業構造の変化が進み、労働移動の増加や企業における実力重視の雇用

  管理の強まりが予想される中、労働者個人が各人の目的、キャリア設計に

  沿った職業能力開発に主体的に取り組み、エンプロイアビリティの向上を

  図っていくことが求められている。

   そのため、教育訓練給付制度の活用の促進、教育訓練休暇制度の普及等

  教育訓練機会の拡大、能力開発に関する情報提供・相談援助の充実等、労

  働者の主体的な職業能力開発の推進に向けた積極的な取組が重要である。

 C 労働者の職業能力の適正な評価

   経済活動のグローバル化が進展する中で、今後とも我が国が国際競争力

  を維持していくためには、これまで以上に人材の高度化を図っていくこと

  が不可欠な課題となっている。また、産業構造の変化とともに、労働者の

  意識の変化等により、労働移動が増加することが見込まれる。このような

  中で、職業能力評価制度の積極的な活用に対する期待が高まっている。そ

  のため、職業能力の評価に関しては、技能検定制度や技能審査認定制度等

  が実施されているところであるが、企業の内外で求められている労働者の

  職業能力を適正に評価できるよう職業能力評価制度の整備・充実を図るこ

  とにより、エンプロイアビリティの向上に資することが必要である。

 D 産業発展の基盤である高度熟練技能の維持・継承

   生産拠点の海外移転や若年者の「技能離れ」により「ものづくり」を支

  える技能の空洞化が懸念される中、我が国産業の今後の発展を図るために

  は、高度な熟練技能を維持・継承していくための取組を積極的に推進して

  いく必要がある。そのため、高度熟練技能(者)に関する情報の収集・提

  供・活用の推進等を通じて高度な熟練技能の持つ意義を社会的に広く徹底

  していくとともに、その継承のための支援体制の整備などを推進していく

  必要がある。

 E 離職者に対する能力開発対策の推進

   現下の厳しい雇用失業情勢に加え、今後産業構造の変化等に伴い労働移

  動の増加等が見込まれる中、解雇等により離職を余儀なくされた人々等の

  円滑な再就職の促進のためには、職業能力の開発・向上対策を効果的に実

  施していくことが必要である。

   そのため、産業で必要とされる人材ニーズの的確な把握を行うとともに、

  これを踏まえた教育訓練コースの設定や民間教育訓練機関の活用等により

  積極的な支援をしていくことが必要である。



(3)労働力需給調整機能の強化

 @ 総合的な労働力需給調整の強化

   労働市場の構造変化が進展する中で、労働力需給のミスマッチを解消し、

  失業期間の短縮が図られるよう、労働市場に関するルールの整備や労働市

  場全体のより一層の需給調整機能の強化が必要とされている。このため、

  公共職業安定機関の職業紹介等の機能の充実強化を図るとともに、労働者

  派遣事業、民間の職業紹介事業等の民間機関が活力や創意工夫を活かし適

  切に労働力需給調整の役割を果たしうるようにし、また、公共職業安定機

  関と民間の労働力需給調整機関がそれぞれの特性を十分活かしつつ、必要

  な連携、協力を行うことにより、労働市場全体の需給調整機能の強化を図

  っていくことが重要である。

   また、構造的な失業を解消するためには、労働者のエンプロイアビリテ

  ィを高めることが重要であり、職業紹介、職業指導に当たり、民間を含め

  た各種教育訓練の受講に関する情報提供、相談等の充実が図られるよう、

  公共職業安定機関と職業能力開発機関との連携を一層強化する必要がある。

 A 求人者、求職者に対する情報提供機能の強化

   労働力需給のミスマッチのうち、特に情報不足による摩擦的な失業を解

  消し雇用の安定を図るため、パソコンやインターネット等最新の情報技術

  も活用して、求人者、求職者双方が迅速にアクセスできるよう情報提供機

  能の強化を図ることが重要である。また、ハローワークの持つ情報のみで

  なく、種々の機関が持つ産業雇用情報が一体となって提供されることが望

  まれる。

 B カウンセリングや職場体験機会を提供する機能の強化

   倒産やリストラによって解雇された中高年離職者など、再就職に当たり、

  ノウハウが必要となる求職者や、仕事の内容や労働条件が大幅に変化する

  などのために心理面での準備が必要な求職者に対しては、適切なカウンセ

  リングや職場体験機会を提供することにより、一日も早く再就職できるよ

  うに努めることが必要である。



(4)少子・高齢化と女性の社会進出への対応、多様な選択肢のある社会の

  実現

 @ 高齢者雇用対策の推進

   急速に高齢化が進展する中で、我が国経済社会の活力を維持していくた

  めには、高齢者に長年培った知識や経験を活かし、社会を支える側に回っ

  てもらうことが重要である。また、個人の高齢期における生活を充実した

  ものにしていくためにも、高齢者の多様なニーズに応じ、雇用・就業をは

  じめとした多様な形での社会参加を促進していくことが必要である。

   このような考え方は、国際的にもサミットや雇用サミットの場などにお

  いて「アクティブエージング(活力ある高齢化)」と呼ばれ、先進諸国が

  共通して取り組むべき課題として、強調されているところである。

   特に、向こう10年間においては、いわゆる「団塊の世代」が60歳台前半

  層にさしかかること、及び、公的年金の支給開始年齢が引き上がっていく

  ことなどから、60歳台前半層の労働力人口が1998年の439万人から2010年に

  は646万人へと207万人増加する。

   このように、今後、60歳台前半層の雇用機会の創出が一層重要になって

  くることに鑑み、この10年程度の間に全ての意欲と能力のある高齢者が65

  歳まで働けるような社会を構築していく必要がある。

   このため、次のA、B、Cに重点を置き、総合的な高齢者雇用・就業対

  策を実施していく必要がある。

 A 60歳台前半層における雇用機会の創出

   @で述べたように、向こう10年程度の間に60歳台前半層における雇用機

  会の創出が一層重要になってくることに鑑み、60歳定年を基盤として同一

  企業又は同一企業グループを中心に65歳までの継続雇用を推進すること、

  又は、定年年齢の引上げを行うことが必要である。

   なお、定年制については、過去20年間にわたって官民の協力・連携の下

  に定年年齢を55歳から60歳へ引き上げてきたが、これにより我が国におい

  て高齢者の雇用が大きく進展するなど、これまで定年制は高齢者の雇用機

  会の確保に大きく寄与してきたところである。したがって、定年制を廃止

  し、年齢に関係なく働ける社会の実現を目指すことは将来的な課題である

  としても、当分の間、定年制の役割を評価していくことは、重要であると

  考える。

   また、65歳まで働くことを考えると個人の職業生活は40年以上にわたる

  が、経済のグローバル化や産業構造の変化の中で、同一企業における長期

  雇用保障は必ずしも容易ではなくなってきている。一方で、職業生活の長

  期化に伴い、これまで培ってきた知識や経験をもとに途中で転職し、より

  充実した職業生活を送りたいという者もいる。

   したがって、今後は、他企業への再就職によって65歳までの職業生活に

  対応していく者が多くなると考えられる。従来より、積極的な求人開拓、

  高年齢者に関する雇用職業情報の積極的な提供、総合的な相談体制の整備、

  再就職援助措置等に努めてきたところであるが、今後は、本人の意欲やキ

  ャリアを尊重しつつ、再就職を支援していくための取組を強化していくこ

  とも必要である。

 B 高齢者の多様なニーズに応える雇用・就業機会の確保

   高齢期においては、健康状況や肉体的能力、年金の受給の有無、資産の

  有無など個人差も広がる中で、個人の希望に応じて多様な働き方ができる

  ようにすることも重要である。

   このため、短時間雇用の促進をはじめ、高齢者が自らの選択や裁量の効

  く形で働けるよう支援するほか、高齢者の自営開業の促進なども視野に置

  いて、高齢者の多様な雇用・就業機会を確保していくことが必要である。

   職業生活からの引退過程において、生きがいをもって社会参加できる条

  件整備として、臨時・短期的な就業の場の提供を行っているシルバー人材

  センター事業についても高齢者個人の希望に応じた多様な雇用・就業機会

  を提供する事業として発展・拡充を図っていく必要がある。

 C 高齢期に向けた社会参加の促進

   活力ある高齢社会を実現していくという観点からは、定年退職後等の高

  齢者がその知識や経験を活かし、雇用・就業のほかボランティア活動など

  様々な形態で社会参加を行っていくことを促進することも重要である。

   また、定年退職後、それまで培ってきた知識や経験を活かした形で多様

  な社会参加を行っていくためには、在職中に退職後の準備を行うことが望

  ましく、そうした退職準備活動に対する支援を行っていくことも必要であ

  る。

   さらに、高齢者が充実した生活を送るためには、在職中から、ボランテ

  ィア活動やNPO活動、地域活動等に参加する機会を持つことが重要であ

  り、それらの活動に対して支援を行っていくことも必要である。

 D 男女雇用機会均等確保対策

   働く女性が性により差別されることなく、その能力を十分に発揮できる

  雇用環境を整備するため、本年4月より全面施行された改正男女雇用機会

  均等法のもと、職場における男女の均等取扱いの実現を目指していく必要

  がある。

 E 仕事と育児・介護との両立支援対策

   労働者一人一人が仕事と育児や介護とを両立させつつ、生涯を通じて充

  実した職業生活を営むことができるよう、育児休業制度や本年4月より義

  務化された介護休業制度の定着を促進するなど、労働者の職業生活と家庭

  生活との両立を支援するための施策を推進する。

 F 若年者の雇用対策

   若年層においては、転職志向の高まりが顕著であることから、自発的な

  離職者が多く、他の年齢層に比べ完全失業率も高くなっており、全体の失

  業率を上昇させる大きな要因となっている。中長期的に構造的失業の増加

  を抑制するためには、若年者の適切な職業選択、円滑な就職促進を図るこ

  とが重要であり、学生や未就職卒業者に対する職業意識啓発対策、就職支

  援を実施し、専門的な援助や就業体験の拡大を図るとともに、早期離転職

  を繰り返す若年者に対する再就職支援対策が必要である。

   こうした中で、在学中から適職選択ができるよう「インターンシップ」

  の普及等職業意識の啓発を推進するとともに、1999年度後半に設置予定の

  「学生総合支援センター」(仮称)においては、求人情報の他に企業・産

  業情報の提供、専門的な職業相談等、学生等への総合的な就職支援の拠点

  としての取組みを推進することとされている。また、早期離転職を繰り返

  す若年者に対しては若年早期離転職者相談コーナーを設けて相談・援助を

  行うこととされているが、今後、職業能力開発施策との連携も図りつつ、

  総合的な就職支援対策の強化を図ることが必要である。また、2002年度設

  置予定の勤労体験プラザ(仮称)は、職業情報を継続的かつ体系的に収集

  ・提供し、併せて実際に職業に関する様々な体験機会を提供する職業総合

  情報拠点として整備することとされている。

   なお、近年、職業に就くための基礎的な能力に欠ける若年者が増加して

  いるのではないかという指摘もあり、学校教育も含め、若年者の能力向上

  のため社会全体としての対応も必要である。

 G 勤労者福祉対策

   勤労者は我が国経済社会の発展の一翼を担っているにもかかわらず、依

  然としてその生活は必ずしもゆとりと豊かさを実感できるものとなってい

  ない。また、勤労者を取り巻く環境が大きく変化する中で、引退後の生活

  等将来に対する不安が高まっている。このような状況に適切に対処し、勤

  労者が安心して生活し、ゆとりと豊かさを真に実感できる社会を作ること

  が重要な課題である。このため、公的年金を土台としつつ、勤労者の自助

  努力による老後の所得確保と年金のポータブル化を図ることができる確定

  拠出型年金制度の導入に向け、関係省庁と共に取り組んでいく必要がある。

   また、勤労者の資産形成を支援する勤労者財産形成促進制度を充実する

  ことや中小企業退職金共済制度を普及させていくこと等も重要である。

 H 多様な働き方を可能とする環境整備

   労働者の多様なニーズに応え、専門性を活かして希望する仕事で働くこ

  とを可能にするため、就業形態や勤務形態について様々なメニュー、選択

  肢が用意されていることが望まれる。この場合に、労働者派遣事業につい

  ては、臨時的・一時的な労働力の適正、迅速な需給調整のための制度とし

  て整備していくことにより、多様な就業機会の拡大をもたらすことも見込

  まれる。また、今後とも、派遣労働者、短時間労働者など多様な就業形態、

  勤務形態の労働者が増加することが予想される中で、こういった働き方の

  増加が、低い労働条件を強いられた労働者の増大につながることのないよ

  う、その就業環境の整備を図っていくとともに、労働者が自らの意に反す

  る就業形態、勤務形態にやむを得ず就くのではなく、自らの意に沿った選

  択をすることが可能となるようなマクロ経済的な条件整備も重要である。



(5)安心して働ける社会の実現

 @ 個別労使紛争処理対策

   近時の厳しい経済情勢や企業における雇用管理制度の再編成、能力主義

  ・成果主義的な賃金制度・処遇制度の進展、労働者の価値観の多様化など

  を背景に、個別労使紛争が増加していること等から、都道府県労働基準局

  における紛争解決援助制度の運用状況も勘案しつつ、労使の個別紛争処理

  制度の検討を進める。

 A 労働時間対策

   労働時間の短縮は、労働者とその家庭にゆとりをもたらし、職業生活と

  家庭生活、地域生活との調和に資するものである。また、労働者の心身の

  健康維持により、仕事の効率や創造性を確保すること、高齢者や女性を含

  めたすべての労働者に働きやすい職場環境を作り、結果として中長期的な

  労働力不足への対応策にもなりうることから、豊かで安心できる経済社会

  の創造を目指す上での最重要課題の一つとなっている。今後とも、国及び

  労使が一層の努力を傾注し、年間総労働時間1800時間の達成・定着を図っ

  ていく必要がある。

   さらに、経済社会の変化や、労働者の価値観・ライフスタイルの多様化

  に伴う柔軟で自律的な働き方への志向の強まりの下で、労働者が生活と業

  務の調和を図りながらより自律的かつ効率的に働くことを可能とする、裁

  量労働制やフレックスタイム制等の弾力的労働時間制度の導入促進及び適

  切な運用のための指導・援助等を行う必要がある。

 B 安全と健康確保対策

   職場における安全と健康の維持・確保は、労働者が安心して働くための

  最も基本的な条件であることから、労使を含め労働災害をなくすためのあ

  らゆる努力が求められる。このため、特に労働災害が多発する業種等にお

  ける労働災害の大幅な減少を図るための対策を徹底するとともに、高齢化

  の進展、産業構造の変化等を踏まえ、労働者の健康管理の充実や産業保健

  活動の推進等労働者の健康を確保するための対策の充実などに積極的に取

  り組む必要がある。

 C 障害者雇用対策

   障害者がその持てる能力を十分に発揮し、働くことができる場を拡げら

  れるよう、雇用の立ち後れが見られる重度障害者に引き続き最大の重点を

  置きつつ、身体障害者及び知的障害者の雇用を一層促進するほか、精神障

  害者についても就業環境の整備を通じてその雇用の促進や雇用の継続を図

  るなど、障害者の雇用の維持・確保や離職した障害者の再就職の支援など

  に取り組むことが重要である。

   また、障害の重度化や障害者の高齢化の進展を踏まえ、雇用政策と福祉

  政策とが密接な連携を図るとともに、多様な雇用・就労形態も視野に入れ

  た施策の充実を図っていく必要がある。

 D 中小企業労働対策

   我が国の事業所数・従業者数の大半を占める中小企業は、地域経済や雇

  用を支える重要な存在であり、我が国経済発展の担い手として、今後とも、

  その果たす役割が大きくなると見込まれる。しかしながら依然として大企

  業に比べると、人材の確保・育成、労働条件の改善、勤労者福祉の充実の

  面で問題を抱えている。このため、中小企業における魅力ある職場づくり

  に向けた支援を行うことが重要である。

 E 公共職業安定機関の職業紹介

   国の実施する職業紹介は、すべての国民に対して憲法で規定されている

  勤労権及び職業選択の自由を実質的に保障するための制度的基盤であるこ

  とから、求人者、求職者に対して無料でサービスを提供すること、また、

  利用したい人は誰もが公平にこれを利用できることが要請されている。今

  後、カウンセリング、コンサルティング等きめ細かな相談援助や適職選択

  の支援のための各種講習の実施、在職求職者への支援、事業主団体、労働

  組合等の関係者との求人確保等についての連携、協力などの職業紹介の一

  層の充実、強化を図っていく必要がある。

 F 雇用保険

   現下の厳しい雇用失業情勢に加え、今後、産業構造の変化等に伴い労働

  移動の増加等が見込まれる中で、セイフティネットとしての雇用保険制度

  について、その信頼性を維持確保し、将来にわたり十分な役割を果たして

  いくようにすることが重要である。このため、適用・給付の状況や受給者

  の実情、財政の先行き等について検討を行い、今後とも雇用保険制度の安

  定的運営を確保するとともに、働く意欲や能力、失業者の置かれた状況等

  に留意しつつ、一層の雇用の安定及び再就職の促進に資する制度にしてい

  く必要がある。

 G 日雇、ホームレス対策

   主要大都市においては日雇労働者が一部地区に集中し、労働、民生その

  他の各分野にわたり複雑かつ困難な問題を引き起こしている。こうしたこ

  とから、各地区の特性に応じ、就労対策、福祉対策等を総合的に実施し、

  労働福祉の増進と健全な労働市場の育成を図っていく必要がある。

   また、主要大都市で最近いわゆるホームレスが急増しているが、就労意

  欲のある者に対して、職業相談等を通じて、就労による自立に向けた支援

  を行っていく必要がある。



(6)国際化への対応

 @ 外国人労働者対策

   専門的、技術的分野の外国人労働者については、我が国経済社会の活性

  化や国際化を図る観点から積極的に受け入れる必要がある。これは我が国

  の産業の高度化、知識集約化にもつながるものである。

   今後、専門的、技術的分野については、我が国の経済、社会等の状況の

  変化に応じて在留資格に関する審査基準等を見直すとともに、併せて、こ

  れらの分野の外国人労働者の受入れが、労働市場において日本人との競合

  関係を生じさせることも想定されるため、労働市場の状況に応じて受け入

  れるような仕組みについても検討する必要がある。また、専門的、技術的

  分野の外国人労働者の受入れ促進を図る観点から、留学生の卒業後の就職

  支援の充実を図る必要がある。

   上記以外の単純労働分野への外国人労働者の受入れについては、@雇用

  機会が不足している高齢者等への圧迫、A労働市場における新たな二重構

  造の発生やその結果としての産業構造転換の遅れ、B景気変動に伴う失業

  問題の発生、C新たな社会的費用の負担等、我が国経済社会に広範な影響

  を及ぼすことが懸念されること等から、国民のコンセンサスを踏まえつつ、

  十分慎重に対応すべきである。

   また、外国人労働者に関しては、違法なブローカーの活動等による雇用

  面のトラブルも多いことから、我が国で外国人労働者が就労するに当たっ

  ては、違法なブローカーの介在を排除した適正な雇入れを図るとともに、

  外国人労働者に対する職業紹介、職業相談体制の充実、雇用管理の改善な

  どの施策を推進していくことが必要である。さらに、不法就労対策につい

  ては、関係行政機関との連携協力の下、事業主への啓発・指導等を積極的

  に行う必要がある。

   なお、少子・高齢化に伴う労働力不足への対応といった視点から移民を

  受け入れることは、@高齢者、女性等との競合関係を生じさせ、就業機会

  を減少させるおそれがあること、A省力化、効率化、雇用管理の改善の取

  組を阻害すること、Bその不足分を補う効果を持続させることは相当困難

  であること、C少子・高齢化を抑える効果が生じるように移民の受入れを

  コントロールすることは困難であること、D大規模な社会的費用の負担を

  生じさせること等その社会的、経済的影響は大きくかつ長期にわたること

  等から、適当ではないと考える。

 A 外資系企業対策

   我が国に進出している外資系企業は、その企業数が近年増加している。

  今後についても、経済のグローバル化が進展する中で、政府として対日投

  資を積極的に支援していく方針もあり、増加するものと見込まれる。

   こうした外資系企業の増加は、労働条件や雇用慣行に影響を与えるとと

  もに、雇用創出に寄与するものと考えられるため、対日投資促進に向けた

  積極的な情報提供など対応策のあり方について検討する必要がある。

 B 企業の海外進出対策

   経済のグローバル化、国際的な分業化に伴い、今後とも我が国企業の海

  外進出の増大が見込まれる。企業の海外進出は、国内の産業構造を大きく

  変化させ、いわゆる雇用の空洞化を生じさせる可能性がある。

   このため、内需主導型の成長を目指した適切な経済運営を図ることによ

  って、国内における産業の活力を維持し、雇用需要を確保する必要がある。

  また、失業なき労働移動や事業の高付加価値化を担う人材育成等への支援

  を強化する必要がある。さらに、企業の円滑な海外進出のために、現地の

  労働条件や雇用慣行等の情報をより迅速かつ的確に収集・提供するととも

  に、現地の労働者の能力開発を図るための支援を行う必要がある。

 C 国際協力等の推進

   経済社会のグローバル化の進展等国際社会が緊密化しており、また、先

  進諸国において、依然として高水準の失業が継続していることを背景に、

  サミット、雇用サミットやOECD、ILO等の場で雇用問題が重要議題として取

  り上げられているところである。我が国としても国際会議、国際機関の活

  動等に積極的に参加し、我が国の立場を主張しつつ諸外国の経験を参考に

  するとともに、雇用問題をはじめとする社会労働面の解決に向けて、国際

  機関の活性化、相互連携等に積極的に貢献していくことが重要である。

   また、南北格差が拡大傾向にある中、開発途上国をはじめとする現地の

  労働者の能力開発、労働条件の向上を図ることにより、就業の促進を図る

  ことが必要であり、このことは海外からの労働力供給圧力の減少に資する

  ことにもなる。このため、人づくりを中心とした労働分野における国際協

  力を積極的に推進していくことが必要である。さらに、より実践的な技術、

  技能等の開発途上国への移転を図るために創設された技能実習制度につい

  ては、その適正かつ円滑な推進に引き続き努めていく必要がある。

   このような対応は機敏に行うことが求められており、その対応を的確か

  つ円滑なものとしていくため、各国との意見・情報交換を緊密に行うこと

  をはじめ、諸外国の労働関係情報を迅速かつ正確に収集、分析及び提供す

  ることも必要である。

   こうした中、国際間の相互理解の促進のため、また、若年者が国際的な

  視野を養うことができるよう、ワーキング・ホリデー制度の活用を図るこ

  とも重要である。

 



3 企業の雇用システムのあり方等

  それぞれの企業がどのような雇用システムを採用するかについては、基本

 的にはその企業の労使が十分に話し合いを行い、合意形成を図っていくもの

 である。

  これまで我が国においては、大企業を中心に長期的な雇用関係を前提に人

 材育成を進める長期雇用システムの下、労使の信頼関係を築いてきた。この

 長期雇用システムの下で、労働者は、企業の行う技術革新や事業転換に柔軟

 に対応し、他方で企業は、労働者に対して雇用・生活の安定への努力と積極

 的な教育訓練投資を行ってきた。こうした長期雇用システムは、短期的な景

 気の変動に対して雇用を安定させる効果を持つとともに、労使双方に長期的

 な経営・雇用の安定というメリットをもたらし、社会全体にとって失業率を

 低く抑えるという大きな役割を果たしていることから、引き続きそのメリッ

 トを活かすようにしていくことが重要である。

  一方で、長期継続雇用の正社員の中には、長時間労働や頻繁な転勤をいと

 わず企業に忠誠心を誓い、さらに周囲にも同様の働き方を求めるいわゆる

 「会社人間」がみられ、こうした企業に対する過度の帰属意識を是正すべき

 であるという意見がある。このような意見を踏まえて、働くことについての

 多様な価値観が尊重され、受け入れられるようなシステムを構築する必要が

 ある。具体的には、業績や成果で評価されるような人事・労務管理システム

 や、また、少子化への対応も十分念頭において、例えばリカレント休暇制度

 やボランティア休暇制度、育児・介護休業など、労働者が主体的に職業生涯

 を通して時間を配分することができるようなシステムを構築することに加え、

 労働者が在職中から自由時間を活用し、NPO活動や趣味、技術を活かした

 地域活動等に参加することを通して、在職中の生活のみならず、引退後の生

 活の充実も図ることができるような支援システムを構築することも重要であ

 る。

  また、いわゆるワークシェアリングについては、我が国においても、景気

 の変動等に対応して、労使協議の上で行われる例も出てきている。これらい

 わゆるワークシェアリングの手法や内容は、業種、業態によって多様な取組

 がなされていく可能性があるが、労働時間等の労働条件の改善のためだけで

 なく、雇用創出や維持という観点からも、労使の取り組むべき課題として、

 今後重要性を増すのではないかと考えられる。

  なお、長期継続雇用など労使話し合いの上で採用される雇用システムにつ

 いて、政府の政策がその一部のもののみを優遇するようなものがあるとすれ

 ば、企業が持っている雇用システムに対して中立的なものへ変更していくべ

 きである。

  また、パートタイム労働、派遣労働、在宅就業、契約労働、テレワーク、

 SOHO、ワーカーズ・コレクティブやNPOにおける就業など多様な働き

 方が増加していくと見込まれることから、雇用であるかどうかに関わらず、

 働く人の権利が守られているかどうかチェックするとともに、このような働

 き方の多様性を認めあうような社会をつくることが必要である。



 

4 政策手法、行政体制の課題



(1)政策手法等

   賃金助成、中小企業団体等を通じた助成、失業給付、業種・地域指定方

  式など従来型の政策手法については、その政策効果についての評価を行い、

  経済社会情勢の変化に応じて見直す努力をするとともに、併せて、例えば

  NPOやワーカーズ・コレクティブを活用することなど、新たな雇用政策

  の手法を検討していくべきである。

   また、政策効果を評価するようなシステムを体系的に作っていくという

  ことも今後検討すべき課題である。



(2)行政体制等

   2001年1月に予定されている中央省庁再編や2000年4月に予定されてい

  る都道府県労働局の設置後も、行政機関内部の連携や効率化を一層進める

  ことによって、雇用対策をさらに充実し、効果的に実施していくことが必

  要である。また、産業政策、福祉政策、教育政策などとの密接な連携を図

  るとともに、都道府県などの地方公共団体とも密接に連携し、きめの細か

  い実効性のある雇用政策を推進していく必要がある。

   さらに、産業政策など各省庁が政策を立案・実施する際には、雇用の創

  出という観点にも十分留意しながら、政府一体となって雇用対策に取り組

  むことが重要である。




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