労働政策の展望
同一労働同一賃金論に寄せて

稲上 毅(東京大学名誉教授)

ひとくちに非正規雇用者といっても、パートタイム労働者、アルバイト、契約社員、派遣労働者、嘱託などがおり、前二者だけで全体の7割弱になる。非正規雇用者を一括して論じることにはそれなりの慎重さが求められる。

それでも、一般的にいって、非正規雇用者は不安定な雇用、生涯低賃金、劣る能力開発、貧しい集団的発言機会[注1]、老後を含む複合的生活不安などに曝されやすい。その総数はおよそ2000万人、雇用者全体の4割弱(女性では6割弱)を占め、不本意非正規雇用者も25~34歳層で4分の1を超えている。

したがって、非正規雇用者の処遇を改善するため、新たな法制が検討されているのもうなずける。その内容は判然としないが、同一労働同一賃金を中心にして、企業ベースで正規雇用者と非正規雇用者の「合理的理由のない」処遇格差をなくしていこうとするものであるらしい[注2]

日本の雇用慣行モデル

およそ法制改革が有効なものであるためには、現実との適切な関連性(relevance)が欠かせない。そうなると、日本の雇用慣行が問われるだろう。終身雇用、年功賃金、企業別組合(労使関係)といったものがこの慣行の構成要素と考えられてきた。

しかし、もうすこし広い見方が望ましい。労働デュアリズムを視界に入れる必要がある。会社コミュニティの成員(正社員)には「生活保障」(基本は長期安定雇用と年功賃金曲線による処遇)を行うが、非成員(非正社員)にはそのルールを適用しない──これがその精髄をなす。それはしばしば身分格差のようにみなされてきた。女性の場合、正社員であってもその短期勤続が災いして準成員と位置づけられがちだった[注3]。この労働デュアリズムが示唆しているのは内部労働市場と外部労働市場の分断にもとづく併存である。

もっとも、いまこの労働デュアリズムがどれほど浸透しているかについては産業間に大きな隔たりがある。製造業(現業)に比べれば、小売や卸売、飲食、金融や不動産といった広義のサービス産業部門では、企業や事業所の規模にかかわりなく、同一職場に正社員と非正社員が混在して働く労働デュアリズムが一般化している。その理由はなにか。人件費の縮減や技術進歩がその背景になっているが、これらのサービス産業では、狭義のサービス業も含めて、一人前とみなされる習熟年数の短い仕事が多いことによる。

では、その非正規雇用者(非正社員)の賃金はどのように決まっているのか。非正社員のうち、長期勤続の契約社員[注4]や嘱託は別として[注5]、その基本賃金は外部労働市場におけるそれぞれの職種の地域相場によって決まる[注6]。それこそ、紛れのない同一労働同一賃金である。学歴や職歴、年齢や性別に関係なく、この仕事(職務)をすれば、時給いくらという形で賃金が決まっている。しかもその時給はしばしばシングルレートである。したがって査定はない。その水準はその職務の地域労働市場における需給バランスと地域最低賃金によって大きく左右される。このように、日本にも歴とした職務給の労働市場が存在している。

同一価値労働同一賃金と同一労働同一賃金

他方、内部労働市場の正規労働者(正社員)の賃金決定はまったく異なる考え方によっている。外部労働市場と比べれば、職務との結びつきは緩やかなものでしかない。そこに職能別資格制度の伝統が生きている。それだけではない。強いていえば、日本の内部労働市場では同一価値労働同一賃金のルールが働いている。

同一価値労働同一賃金という言葉は、同一労働同一賃金から派生したものである。職種が違っても同一価値の労働であれば、同一労働のときと同じように、性別などによる差別を禁止しようとして案出された言葉である[注7]

日本の場合、ひとつの企業の正社員をとると、技能であるか営業であるか、総務であるか研究開発であるかにかかわりなく、大括りにされた職務系列を横断する形で同一価値の労働にたいしては同一の基本賃金が支払われている。しかも、同一価値の労働であるかどうかの判断は、労働組合があるところでは、労使の合意にもとづいて決められるのが一般的である。いまの日本では、こうした形で歴とした同一価値労働同一賃金の制度が成立している。

要するに、内部労働市場では職務系列横断的な同一価値労働同一賃金というルールが、また外部労働市場では地域別・職種別の同一労働同一賃金というルールが形成されている。アクセントをつけていえば、正社員と非正社員のあいだには、内部(労働市場)か外部か、職種横断的か職種別か、キャリアかジョブか、査定つきのレンジレートか査定なしのシングルレートかといった違いが存在する。

こうした雇用モデルからすれば、これまで提起されることがなかったのは、同一労働同一賃金という概念尺度で正規雇用者と非正規雇用者を架橋し、均等または均衡待遇を実現しようとする考え方である。両者は長くメンバーシップ概念にもとづいて棲み分けされてきたからである。その意味で、その企ては画期的なものだということができる。

同一労働同一賃金というアプローチは有効か

さて、問題は、同一労働同一賃金というアプローチが正規雇用者(正社員)と非正規雇用者(非正社員)の均等待遇の実現手段として有効かどうかである。

ひとつの思考実験をしてみよう。まず、同一労働かどうかを検討する場所は企業(職場)である。しかし誰がその作業を行うのか。公平な判断を下すためには、専門家が介在するかどうかは別にして、会社だけでなく、従業員の代表も参加する必要がある。労使の委員会のようなものがつくられるのだろう。そのなかに非正社員も含まれていることが望ましい。そうなれば、またひとつ、企業内の集団的労使関係を再設計すべき新たな材料が提供されることになるだろう[注8]

はじめに、なんらかの職務分析を行うことになる。同じ職場で同じような仕事をしている正社員と非正社員の仕事内容を比べて、異同の程度を確かめていく。仕事の難易度と責任の重さ、必要な知識と経験、求められる資格や学歴など、比較の尺度をつくって数値化していく。しかし、これらはすべて仕事の客観的性格についての計測である。その数値にもとづいて賃金を決めるのが職務給の基本的な考え方である。いいかえれば、そこには正社員にとっては当たり前になっている職務の遂行能力とその評価は含まれない。それを組み込むとなると、仕事の出来、不出来によってしかるべき報酬格差をつけることになる。そのためには職務給をレンジレート化しておく必要がある。職務給の職能給化である。

けれども、そのレンジレートの賃金制度をつくろうとすると、たちまち厄介な問題に直面する。非正社員の賃金は、外部労働市場でふつうシングルレートの職務給として決まっているからである。非正社員の賃金を正社員で同じような仕事をしているものの8割[注9]にするといった形で機械的に決めるわけにはいかない。今後も消滅することがない外部労働市場の賃金相場を無視してまで高い賃金を払う企業はない。もしそうした企業があるとすれば(すでにある程度存在している)、非正社員のキャリアを企業内に内部化し、同時にその処遇システムも正社員に近づけていこうという考えがあってのことである。

もっとも、この思考実験は、正社員と非正社員が同じような仕事をしている場合を念頭においている。そうなると、もっと安易で狡猾な方法が思い浮かぶ。それは論理的に考えられるだけでなく、実際にも起こりうることである。それはなにか。正社員と非正社員の仕事をいまより截然と棲み分けるという方法である。一方でこれらの仕事はもっぱら非正社員が、他方ここからの仕事は正社員が行うというようにして、いま以上に明確な線引きをしてしまう。そうなれば、同一労働同一賃金というアプローチでは手も足も出ない。それだけではない。同一労働同一賃金という政策手段がその意図に反して内部(労働市場)と外部を一層分断してしまい、そのうえ非正社員のカバーする仕事の範囲が広がりなどすれば、それこそ当初の目的を大きく損ねる結果になってしまう。

このように推論してみると、同一労働同一賃金というアプローチは──現実にたいする一種の自己覚醒効果は大きいようにみえるが──打出の小槌でないばかりか、あまり有効な方法でないようにみえる。

すでに起きていること

しかし、冒頭でふれた5つの問題点を考えてみるだけでも、非正規雇用者の処遇改善は大切な課題であるにちがいない。企業のミクロレベルの合理的行動が大量のマクロ人材不活用を誘発している合成の誤謬も大いに気に懸かる。問題はその改善の方法である。すでに起きている非正規雇用者(非正社員)の処遇改善の試みに注目したい。

百貨店のケースが参考になる。生鮮食品売場やメーカーの派遣社員が働くテナント売場を除いた他の売場をみてみよう。そこには正社員のほか、大きく分けて2種類の非正社員AとBがいる。正社員と非正社員の比率はおよそ1対1、また非正社員AとBの割合は、企業や職場にもよるが1対2とか、2対3になっているケースが多い。

このうち、非正社員Bは契約更新時の入れ替わりがあり、勤続年数はあまり長くない。平均5~6年といったところである[注10]。労働時間は社会保険適用を考慮して週30時間未満であることが多く、正社員や非正社員Aより短い。しかしAには長期勤続者が多く、その平均勤続年数は優に10年を超える。

いずれもレンジレートの賃金になっており、査定がある。Bはふつう3段階ほどだが、Aになると5から7段階になり、全体として緩やかに年功賃金曲線を描いている。大きな違いはAが賞与のある月給制であるのにたいして、Bが賞与なしの時給制になっていることである。本人の意欲と能力と査定によってBはAに「転換」していく。Aも同様で、本人申告と能力評価、上司の推薦にもとづいて試験を受け、それにパスして正社員になっていく。Aのうち受験する者は毎年1割ほど、その合格率は25%前後であり、したがって狭き門といえる。

このように、非正社員といっても2つの種類がある。とくにAの場合、その勤続は長く、キャリアはかなり内部化している。長い勤続と職務遂行能力の上昇にしたがって賃金が上がっていく年功賃金曲線[注11]がみとめられ、その労働時間は正社員と変わらないフルタイムである。福利厚生についても正社員とめだった差異はない。4人のうち3人が組合員になっている。その平均報酬は、同じような仕事をしている正社員の6割から8割といった水準であるらしい。

いま肝心なのは、この非正社員Aのキャリアと処遇システムが内部化している点である。外部労働市場からの取り込みが図られ、処遇システムが正社員に準拠したものになっている。Aは準社員的な存在になっており、すでに非正社員と呼ぶのが馴染まない実態になっている。

ひとつ、ふたつ補足をしておこう。こうした雇用管理はいつごろ生まれたのか。およそ、2000年代半ばからのこの10年間のことだといってよい。では、それ以前はどうなっていたのか。バブル崩壊後、90年代半ばからの10年ほどは、百貨店もまた受難の時代だった。売上高は長期にわたって逓減し、海外店舗のみならず国内店舗の閉鎖があいついだ。駅ビルやアウトレット、通販との競合は激化の一途をたどった。大手の企業合併があり、希望退職者が募集された。当然ながら地域限定の短高卒女子(正社員)採用はストップし、代わってパートタイム労働者が大量動員された。労働デュアリズムが深化した。しかし、やがてこの戦略に将来展望はないという経営判断が優位し、現路線へと舵が切られた。おおまかにはこういってよいだろう。

したがって、いま名目上は非正社員、実質的には準社員であるAは、1980年代までの短高卒女子正社員に重なるところが少なくない。ちなみに、バブル期の正社員と非正社員の割合はせいぜい8対2といったものだった。

雇用ポートフォリオの展望

こうした百貨店の非正社員管理の新たな方向づけは、非正規雇用者の待遇改善を検討していくうえで示唆に富んでいる[注12]。他産業の事例も収集し、その政策的含意を引き出していく努力が求められる。

しかし、水を差すようだが、非正規雇用者のキャリアと処遇システムがすべて内部化あるいは正社員化していくわけではない。短時間勤務を選択する者もいれば、正社員を選好しない者もいる。なにより内部化の機会に欠けがちな中小企業が多い。正社員と非正社員の棲み分けを重視する企業も多いことだろう。そうなれば、今後もいまのような外部労働市場が存続していくことになる。そこに働く非正規雇用者の労働条件、とくに賃金の改善となれば、労働市場の需給バランス(人材不足)と地域最賃(引上げ)によるほかない。

それでも、百貨店の例が示唆しているように、非正規雇用者のキャリアと処遇システムが内部化されていく可能性はある。会社にも働く者にもそれがプラスであれば、そうなっていく蓋然性が高まるだろう。

こうした結果、正社員、準社員的な非正社員、それ以外の非正社員といったように、3つのグループからなる雇用ポートフォリオが生み出されていくことになるだろう。正社員の多様化が進めば、その一部は準社員的な非正社員と見分けのつかないものになっていく可能性が高い。すでに一部でみられる現象だが、正社員から準社員へ移っていく者も出てくるにちがいない。

ともあれ、いまは正社員の処遇水準を劣化させることなく、準社員的な非正社員のボリュームをどれほど大きなものにしていくことができるか、これが当面の課題である。そういう意味で大切なのは、非正社員にかんする正社員との均等あるいは均衡処遇システムの確立であるように思われる。


脚注

  • [注1] 平成27年「労働組合基礎調査」(平成27年6月30日現在)によれば、パートタイム労働者の推定組合組織率は全体の17.4%にたいして7.0%である。
  • [注2] いまだ判然としない政策メニューを憶測してコメントするのは独り相撲の感がある。しかし、同一労働同一賃金というアプローチで非正規雇用者の賃上げを図ろうとする手法と「合理的理由のない」処遇格差をなくしていこうという手法は互いに区別されるべきものであり、したがって併用することもできるだろう。たとえば、水町勇一郎「『同一労働同一賃金』は幻想か?─正規・非正規労働者間の格差是正のための法原則のあり方」(独)経済産業研究所RIETI Discussion Paper Series 11-J-059(2011年4月)参照。
    なお一言。一読するかぎり、上記の論文で水町が主張している「合理的理由のない不利益取扱い禁止」という原則によって、正規雇用者とその「職務内容が同じ」非正規雇用者の賃金をどこまで引き上げることができるのか判然としない。
  • [注3] 稲上毅「総論─日本の産業社会と労働」稲上毅・川喜多喬編『労働』講座社会学第6巻(東京大学出版会、1999年)参照。そこで描き出したのは正社員(成員)、準正社員(準成員)、非正社員(非成員)からなる三層の雇用構造である。
  • [注4] そうした契約社員の給与形態は月給制が多く、準社員的な位置づけになっているのが一般的である。以下、非正規雇用者あるいは非正社員という場合、こうした契約社員や嘱託ではなく、パートタイム労働者やアルバイト、派遣労働者といった「典型的な」時給・非正社員を念頭においている。
  • [注5] 嘱託の給与水準の決定にはかつては在職老齢年金が、いまでは高年齢者雇用継続給付が大きな影響を与えている。多くの大手企業において、退職時に比べて嘱託の給与が6割に下がるのは、高年齢者雇用継続給付という制度があるためだと推察される。
  • [注6] より正確にいえば、特定企業がその地域相場に準拠して(多少の上乗せをして)非正社員の時給を決めている場合を含む。
  • [注7] 「同一価値労働同一賃金(報酬)」という言葉はILO 100号条約(1951年)に由来する(日本の批准は1967年)。基本は同一労働同一賃金と同じ考え方であり、職務分析(評価)によって同一価値労働であるかどうかを判断することになる。(独)労働政策研究・研修機構『雇用形態による均等処遇についての研究会報告書(PDF:1.12MB)』(2011年)23頁参照。
  • [注8] 日本の労働法制において、過半数組合が次第に減少していくなか、未組織セクターにおいてあるいは過半数組合がない場合、過半数従業員代表がいかに重要な役割を担うことになっているかについては、呉学殊「労使関係論からみた従業員代表制のあり方─労使コミュニケーションの経営資源性について(PDF:568KB)」『日本労働研究雑誌』第630号(2013年1月号)参照。
  • [注9] その根拠やデータを明示せず、ヨーロッパでは、同じ仕事をしているフルタイム労働者とパートタイム労働者あるいは派遣労働者(agency or dispatched workers)、短期契約労働者(short-term contractors)などの賃金格差が2割にとどまるといったメディアの報道を目や耳にする。
    ちなみに、「欧州家計パネル(ECHP)」および「欧州所得・生活条件調査(EUSILC)」のマイクロデータを用いた計測によれば、学歴と勤続年数をコントロールすると、男性の場合、有期労働者にたいする無期労働者の月例賃金は欧州15カ国平均で22.3%(最高はスウェーデンの44.7%、最低はイギリスの6.5%)高い。またドイツでは26.6%、フランスでは28.9%高くなっている(Tito Boeri “Institutional Reforms and Dualism in European Labor Markets,” in D. Card and O. Ashenfelter eds., Handbook of Labor Economics, Vol.4B, 2011, pp.1201-1202)。
  • [注10] 非正社員AとBの勤続のあり方にたいして、平成30年4月1日から実質的な影響を与えはじめる「有期社員の無期化」、すなわち有期雇用者にたいする「無期転換ルール」(労働契約法改正、平成25年4月1日施行)がその処遇制度を含めていかなる影響を与えることになるか(「クーリング」がどこまで働くか、無期契約労働者の労働条件は有期契約のときと変わらないか)予断を許さない。こうした論点はこの小論での議論に反映されていない。
  • [注11] 一般的にいって、非正規雇用者(非正社員)の場合でも、勤続が長くなるにしたがって職務遂行能力が高まり、それが賃金上昇に結びついていくことは大いに考えられることである。そうなっていないとすれば、その原因のひとつは賃金がレンジレートになっておらず、したがって努力しても報いられず、能力向上意欲を殺いでいるからであるようにみえる。
  • [注12] その示唆のひとつでもあるが、「キャリアの正社員化」(非正社員が正社員になっていくこと)と、賃金制度や諸手当、教育訓練や法定内外の各種福利厚生を含む「処遇システムの正社員化」(非正社員にたいして正社員と近似した処遇システムを導入していくこと)とは互いに区別することができる。ここで強調したいのは、むしろ後者の観点である。

2016年11月号(No.676) 印刷用(PDF:652KB)

2016年10月25日 掲載

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