労働政策の展望
人材のポートフォリオと派遣労働

大橋 勇雄(一橋大学名誉教授)

本年の国会で、所謂、労働者派遣法が大幅に改正された。とりわけ、次の点が注目される。まず、派遣労働者のキャリアアップと雇用安定に資するためとして、①派遣労働者に対する計画的な教育訓練や、希望者へのキャリア・コンサルティングを派遣元に義務化、②派遣元に派遣期間終了時の雇用安定措置として派遣先への直接雇用の依頼、新たな派遣先の提供、派遣元での無期雇用など、を義務化したことである。さらに、派遣期間をより分かりやすいものとするためとして、③派遣に期間制限のない「専門26業務」を廃止した上で、派遣先の事業所は派遣労働者の受け入れを上限3年とし、それを超える場合には過半数労働組合などからの意見聴取を必要とすること、また④個人単位では派遣先の同一の組織単位(課)での派遣労働は3年を上限とすることが課せられた。こうした派遣法改正の背後にある考え方として、政府はその運用の際に派遣就業が原則として臨時的・一時的なものであることを考慮するとしている。

これに対して野党やマスコミなどから様々な批判が出ている。主な論点は次の3点である。第一に、3年ごとに派遣労働者を入れ替えれば、派遣を引き続いて利用できることから、企業は派遣を無期限に使え、常用代替が生じる仕組みである。また派遣労働者も課単位で異動すれば同一の事業所で同じような仕事で働けるから、強い向上心がないと、安易に派遣労働者としての労働生涯を送ることになりかねない。第二に、これまで期間限定がなかった「専門26業務」に対しても期間が3年と限定されることから、「雇止め」が頻繁に起き、雇用がより不安定化する可能性がある。今春にはNHKのニュース番組でも、派遣法の改正がまだ成立していない段階で、3年後の雇止めを通告された高齢の派遣社員の事例が紹介されていた。第三に、事実上の派遣受け入れ期間制限の撤廃は、派遣事業の拡大を通して低賃金で雇用が不安定な派遣労働者を増大させ、正社員を減少させる。その意味で「正社員ゼロ法案」である。

他方、市場の規制緩和を主張する人々、中でもその代表格である八代尚宏教授(昭和女子大学)は、現行の派遣法には様々な問題が存在するとした上で、今回の法改正を派遣社員と正社員との均衡化に向けた第一歩と評価する。その論拠として、期間制限を受けない派遣社員の基準が境界線の曖昧な専門26業務から派遣会社の無期雇用者かどうかに変わり、無期雇用者であれば、派遣先の正社員と同様に職種や期間の制限がなくなること、及び雇用形態とは関係なく、同じ仕事には均衡待遇への配慮義務が強化されるために、正社員との同一労働・同一賃金が実現されやすくなること等、が指摘される。こうした議論の背後には、多様な雇用機会は多いほどよく、その選択枝の一つである派遣労働を雇用が不安定であるという理由で規制するのは経済合理性を欠くという考え方がある(八代2015)。

労働者派遣法の改正をめぐる議論をどのように理解したらよいのだろうか。この問題に答えるには、まず派遣労働者を労働市場でどのように位置付けるべきか、また彼らがキャリアアップしようとした場合、何が必要かを明確にしなければならない。本稿では、派遣労働と他の雇用形態との差異に着目しながら、そのための枠組みを考えよう。

1 人材のポートフォリオ

非正規労働者を議論する際、しばしば登場するのが人材のポートフォリオである。これは企業が業務内容に応じて雇用形態をどのように区分し、形態の異なった労働者をどのように活用するのが戦略的に有効かを分析するものである。これまで様々なタイプの人材ポートフォリオが提示されているが、代表的なものは次の2つであろう。まずLepak and Snell(1999)は、人材の価値と人材の企業特殊性という2軸によって、またBaron and Kreps(1999)は、仕事上並びに社会的な相互依存性と戦略的重要性の2軸によって人材を4つに区分した上で、各区分について望ましい雇用形態、雇用関係、人事管理を議論している。これらに共通するのは、要素がともに低い第3象限の業務を派遣やパート、請負などに託すのが合理的であるとする点である。しかし、派遣労働者などの非正規労働者をどのようにキャリアアップさせるかを議論するための枠組みとしては少々使い勝手が悪い。というのは、軸とする要素、たとえば人材の企業特殊性とか戦略的重要性とかがどれも具体性に乏しいからである。

キャリアアップの考察には、必要な知識やスキルに関連付けて業務を分類することが適切に思われる。そこで役に立つのがAutor, Levy and Murnane(2003)によるタスク・モデルである。彼らは業務が定型か非定型か、また手仕事的か分析・相互的かを軸に分類するが、些か議論が込み入っている。池永(2009)は、彼らの議論を整理し、5つの業務に分類する。すなわち、非定型分析(高度な専門知識をもち、抽象的思考の下に課題を解決する:研究、開発、設計、調査等)、非定型相互(高度な内容の対人コミュニケーション、たとえば交渉、調整、教育、指導、宣伝などを通じて価値を創造する:法務、経営・管理、コンサルティング、営業等)、定型認識(予め定められた基準の正確な達成が求められる事務的作業:一般・営業事務、貿易事務、検査・監視等)、定型手仕事(予め定められた基準の正確な達成が求められる作業:製造等)、非定型手仕事(高度な専門知識を要しないが、状況に応じて個別に柔軟な対応が求められる作業:サービス、もてなし、警備、運転、修理等)の5つである。

上の業務分類を参考に、業務の遂行に必要な能力と知識の高低について横軸に分析的能力(たとえば、概念化力、課題発見能力等)、縦軸に相互的能力(コミュニケーション能力、交渉力、調整力等)をとって雇用のポートフォリオを整理したものが下の図である。尚、各分野で専門的な知識の保有が必要であることは言うまでもない。

図 人材のポートフォリオ

Lepak and Snell(1999)による人材のアーキテクチャー図にAutor, Levy and Murnane(2003)の業務分類を適用したもの

2 派遣労働の位置づけ

本来、派遣労働は常用代替を避けるために高度な専門知識と能力が必要な第2と第4象限の業務について構想されていた。しかし、初期の時点からファイリングやデータ入力等が、さらに自由化により製造業などが認可され、第3象限の定型認識、定型手仕事、非定型手仕事に派遣される労働者が増大した。結果、派遣労働者の低い賃金や不況下での派遣切り、生涯派遣などの現象が社会的に注目されるようになった。

問題は、玄田(1997)が注視するように、学卒後、正社員になれなかったり、早々に離職したりした者が派遣労働に就いた場合、いかにしてキャリアアップするかである。第2や第4象限の業務に就くには、高等教育機関や専門学校で高度な知識を学んだ上で資格を取ったり、優秀な専門家集団に囲まれた良好なOJTの場に恵まれなければならない。これらの壁をクリアするには集中的に学ぶ時間や資格、さらには恵まれたOJTへの手掛かりが必要である。筆者の身近には頑張っていた人もいたが、能力があり、経済的に恵まれていないかぎり、難しそうである。

第1象限への道はどうだろうか。それには、まず正社員にならなければならない。その可能性に焦点を当てた多くの研究によれば、決して容易な道ではないようだ。さらに会社で能力が認められ、正社員になれたとしても、チャレンジングな仕事に登用され、業績を挙げる必要がある。ここでは既存正社員との厳しい競争が待っている。

派遣労働者のキャリアアップを考えるためには、図の第3象限をもう少し細かくみる必要がありそうだ。ここには定型認識や定型手仕事、非定型手仕事が配置されている。これらの業務に共通して言えることは、いくら経験を積んでもスキルのレベルがある段階までくると頭打ちになるため、他人による代替が容易なことである。他方、ここでは業務内容が多様であり、それに応じて雇用形態も様々である。労働者はそれぞれの雇用形態のもとでキャリアアップや形態間の異動を図ることになる。

JILPT(2014)は、雇用形態の違いが労働条件や働き方、教育訓練などにどのような差をもたらすかを詳細に調査している。対象は、従業員規模30人以上の事業所とそこで働く40歳未満の従業員である。下の表は、契約社員(フルタイムで期間を定めて雇用する者)を基準として派遣社員、パート・アルバイト、正社員の状況を比較したものである。この表から幾つかの興味深い事実を読み取ることができる。第一に、派遣社員の賃金は正社員よりは低いが契約社員とほぼ同じであり、派遣元のマージンを考えれば、決して企業にとって賃金の節約にはならない。むしろ企業が派遣社員を活用するのは、景気変動に応じて雇用調整がしやすいことにある。実際に、派遣社員はパートよりも契約期間や平均勤続年数も短く、不況期には雇止めの確率が高いことが窺える。

第二に、正社員になれなかったから派遣社員になった者は契約社員より多いが、そうかといって正社員に登用されることを希望する者は契約社員よりは少ない。また登用される見込みを持つ者も、パート並みに少ない。

第三に、転職はキャリアアップの一つの有効な手段であるが、転職によって正社員になったとする者の比率は、契約社員が54.2%と最も高く、派遣社員とパートはそれぞれ44.5%と40.6%である。正社員への早道は、まず契約社員になることのようである。

第四に、仕事のやりがいについて派遣社員は契約社員やパート等より大きな不満をもつが、それには所定労働時間が正社員並みであるにもかかわらず、仕事が定型的で裁量度が低いことに原因があると思われる。半数近くの事業所が派遣社員には、指示を受けて行う定型的な仕事を与えているとする。ちなみに、パートは4割ほどである。

第五に、現行の仕事を新人が一通りこなせるようになるまでの期間の長さで仕事に必要なスキルをみた場合、派遣社員の約6割が半年未満と答えており、パート並みである。またOJTにしても、職場でキャリアを伸ばすための仕事を与えられることがあるか、の問いに対する回答結果は、パート並みに低い。しかも研修はパートより少ない。派遣先には雇用が短期と見込まれる派遣社員に訓練を与える動機は弱いのだろう。またJILPT(2010)によれば、派遣元にしても労働者が複数の派遣会社に登録していることが多いため、ビジネスマナーやOA機器の操作など、最小限の研修に留まっているケースが多いという。

こうした状況は、全般的に派遣という働き方が魅力的なものではないことを示している。結果、周知のように近年、契約社員やパートなどが大幅に増大する一方で、派遣社員は減少し、今や雇用者に占める比率は2%程度にすぎない。派遣法の改正に反対する論者は雇用が不安定な派遣労働者を増大させるのではと危惧するが、それは杞憂にすぎない。もし今後、派遣労働者が増大するようなことがあれば、それは労使双方にとって派遣労働がより魅力的な働き方になったものとして歓迎すべきであろう。

表 契約社員との相対比較

出所:JILPT(2014)

3 結びにかえて

今回の派遣法改正は、何をもたらすのだろうか。幾つかの方向性が見える。その第一は、派遣元で無期雇用になれば、業務に関係なく、期間制限を受けなくなることから、従来の一般登録型から特定派遣型へとシフトする者が増えることが予想される。これは雇用を安定化する効果に加えて賃金などの労働条件をアップする効果をもつことになるだろう。JILPT(2010)によれば、業務が同じでも特定派遣の方が一般派遣よりも賃金や福利厚生などの条件がよい。加えて長期の派遣が見込めることから、派遣元は生産性を直接高める職能別研修や優秀な専門家集団の中でのOJTに力を入れることになる。

第二に、JILPT(2010)は、契約終了時に派遣先による引き抜きによって正社員や契約社員になる者が一般派遣において最も多いとする。これは派遣期間を通して派遣先が本人の能力や資質をみて採否を判断した結果である。その意味で、試用期間は3年で十分である。逆に言えば、一般派遣の労働者は3年が勝負ということを心する必要がある。

第三に、今後、ワークライフ・バランスの進展とともに、育児休業や介護休業のさらなる拡大が見込まれる。そこでは休業をとる社員の代替要員が必要になる。それに弾力的に対応する仕組みとして派遣制度は一つの有効な手段だろう。様々な企業で確率的に生起する休業をプールすれば、派遣社員の雇用は安定する。したがって、いかに休業を効率的にプールするかが重要になるが、そのためには事業所にある程度の規模が必要である。高額な資産を要件とする許可制は業界の再編成のために資するのだろうか。届出制より高額な資産を必要とする許可制は、そのために有用だろうか。

第四に、池永(2009)によれば、IT化の波によって1980年以降日本でも知識集約的な非定型分析と非定型相互、また低スキルの非定型手仕事の業務が増大する一方で、製造業などに多い中間的な定型手仕事が減少しているという。ここでは経済のサービス化の影響も大きいだろう。こうした業務の二極化の中で現実に派遣社員より契約社員とパート・アルバイトがよく活用された。その原因がどこにあるかを深く考える必要がありそうだ。

マスコミなどは、派遣社員を弱者として捉え、彼らをいかに保護するかという視点から問題を論じる。これに対して本稿は、陶冶によって彼らをいかに強くするのか、またその働き方をいかに魅力的なものにするのかという視点を強調するものである。


参考文献

2015年11月号(No.664) 印刷用(PDF:673KB)

2015年10月26日 掲載

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