資料シリーズ No.170
キャリア形成支援の国際的な理論動向の紹介
―IAEVG国際キャリア教育学会日本大会基調講演及びアジアシンポジウムより

平成28年5月12日

概要

研究の目的

2015年秋に日本で開催された「IAEVG国際キャリア教育学会日本大会」では、国内外のキャリア形成支援・キャリア教育・キャリア相談に関する専門家(研究者、実践家、行政担当者等)が一堂に会し、幅広く情報交換・意見交換が行われた。その際、当該学会で行われた外国人基調講演者3名(ドイツ・カナダ・アメリカのキャリア関連研究の学識者)の講演内容および当機構労働政策フォーラムとしてあわせて開催されたアジアシンポジウムの内容は、当機構キャリア支援部門におけるプロジェクト研究テーマ「生涯にわたるキャリア形成支援と就職促進に関する調査研究」と極めて関連が深いことから、その内容を翻訳・録音・反訳し、当機構の研究成果物として公開する。

研究の方法

IAEVG国際キャリア教育学会で行われた外国人基調講演者の講演内容およびシンポジウム内容を録音・反訳・翻訳した。具体的には、以下の3名の基調講演および5名のシンポジストによるシンポジウムを日本語訳し、紹介する。

  1. ナンシー・アーサー氏(カルガリー大学)

    「文化に基づいたキャリアカウンセリングと社会正義のアドボカシー」

  2. ブライアン・ディック氏(コロラド州立大学)

    「キャリア発達における天職・精神性・信仰」

  3. ベルンハルト・イェンスケ氏(全独ガイダンスフォーラム)

    「IAEVGの歴史とキャリアガイダンスの発展に関する考察」

  4. 労動政策フォーラム「国際社会におけるアジアのキャリア教育」
    ルイ・ハー・ワー・エレナ氏
    (ARACD前会長、南洋理工大学准教授:シンガポール)
    ムハマド・スルヤ氏
    (ARACD会長、インドネシア教育大学教授:インドネシア)
    キム・ヒョンチョル氏
    (国立青少年政策研究院:韓国)
    ギデオン・アルルマーニ氏
    (IAEVG理事:インド)
    ダリル・タキゾウ・ヤギ氏
    (カリフォルニアカウンセリング協会前会長:アメリカ)

主な事実発見

  1. ナンシー・アーサー氏の講演では、変化の激しい現代において、キャリアや人生で直面する予期せぬ力に備えるための重要な価値観の一つとして「社会正義(social justice)」の概念が取り上げられた。社会正義とは、資源や機会の公平な配分という一般的な意味から、社会やコミュニティの中で周辺に追いやられた人たちへの直接的な支援行動や社会的包摂といった意味までを含む多義的な概念である。キャリア支援という仕事に携わる実務家にとって、キャリアの実務は単にクライアントを支援するだけでなく、社会正義を実現するフィールドとしての意味も併せ持つ。つまり、キャリア支援に携わる仕事は、社会正義を現実の生活と結びつけて実践するのに非常に理想的な立ち位置にいる職業だと言い換えることができるとの指摘がなされた。
  2. ブライアン・ディック氏が取り上げた「天職・精神性・信仰」といったトピックは、表面上、政策的な課題の解決に結びつくとは容易には捉えられにくい。しかしながら、キャリア研究においては、90年代以降、それ以前とは時代を画するほどキャリア環境の変化が生じたと捉えられており、こうした激しい時代に自らのキャリア目標の淵源として要請されてくるものが、ある種の天職や精神性の感覚となる。特に、中年男性層のキャリアに対するモチベーション低下がキャリア形成支援上の問題となりやすいが、天職や精神性といったテーマは、働きがいや使命感といった内的キャリアの充実の論点と密接に関わる。キャリア形成支援上の政策課題として直ちに「天職・精神性・宗教」を重視せよと短絡することは防ぐとしても、このトピックが施策上の重要なオルタナティブを提供する可能性について考えておきたい。
  3. ベルンハルト・イェンスケ氏は、1950年代以降のキャリアガイダンスの歴史をおもにヨーロッパの視点から述べた。ヨーロッパのキャリアガイダンス研究では、あわせて1949年のILO第87号勧告「Vocational Guidance Recommendation(職業指導勧告)」を根拠とすることが多い。この勧告が言及されることが多いのは、時代が古いがゆえに素朴で基礎的な職業指導政策のあり方というものを提示するためである。講演の中では、社会経済的な環境が不安定な状態となり、多くの人々が職業生活に不安を感じる状況に即応する形で、職業指導政策が自覚的に取り組まれたことがたびたび強調された。
  4. 労働政策フォーラム「国際社会におけるアジアのキャリア教育」について、従来、アジアは、キャリアガイダンス・キャリア教育についてヨーロッパやアメリカに学ぶことが多かった。しかしながら、この30年間で世界の社会経済状況は大きく変化し、情報化・グローバル化が進み、社会の変化のスピードは速くなっている。また、アジア経済の状況も30年前とは様変わりしている。そうしたなか、アジアまたは東洋独特のキャリアガイダンス・キャリア教育を考える必要が生じている可能性がある。一方、時代や文化が変化しても変わらない、従来からのヨーロッパ・アメリカのキャリア教育の普遍性といったものもあると想定される。以上の問題意識から、本シンポジウムでは、アジアとヨーロッパ・アメリカのキャリアガイダンス・キャリア教育の共通点・相違点、さらにはキャリア教育の普遍性、普遍的な価値といった論点について考えた。

政策的インプリケーション

キャリア形成支援に係る政策研究を行うにあたって、関連領域の最新の研究動向について様々な角度から情報収集を行うことは不可欠であり、各方面からの理論的な観点に基づいて調査研究を行うことで、改めて現実の政策課題に対する様々な観点からの分析・示唆・提言が可能となる。キャリア形成支援に関する理論的な研究群は、欧州においては政策研究、北米においては実践研究と密接不可分であり、その点、改めて外国から第一線の研究者を迎えて、その講演内容を日本語で読める形でとりまとめることは有意義である。特に、キャリアコンサルティング技法の開発等の推進にあたって、一国の社会経済状況において新たな技法および施策の選択肢を考案するには一定の限界がある。比較研究的な視点から各国のキャリアガイダンスの専門家・政策立案者が相互にネットワークを構築し、コミュニケーションを取る中で情報交換を行い、相互に参照し、取り入れるということは、今後も有意義な政策的示唆を与えるものと想定される。

政策への貢献

キャリアコンサルティング施策を中心に、幅広くキャリア形成支援政策および職業能力開発政策に資する。

本文

  1. 資料シリーズNo.170全文(PDF:1.3MB)

研究の区分

プロジェクト研究「生涯にわたるキャリア形成支援と就職促進に関する調査研究」
サブテーマ「生涯にわたるキャリア形成支援に関する調査研究」

研究期間

平成27年4月~28年3月

執筆担当者

深町 珠由
労働政策研究・研修機構キャリア支援部門主任研究員
下村 英雄
労働政策研究・研修機構キャリア支援部門主任研究員

関連の研究成果

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