資料シリーズ No.154
職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの実態
―個別労働紛争解決制度における2011年度のあっせん事案を対象に―

平成27年6月8日

概要

研究の目的

職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントをめぐる紛争が顕在化する事態を受け、ここ 10年の間に、職場いじめに関する全国的なアンケート調査がいくつか実施されてきた。東証 1部上場企業の 209社から回答を得た中央労働災害防止協会の調査(2005)、全日本自治団体労働組合(以下、自治労)の組合員62,243名から回答を得た自治労の調査(2010)、主に大企業 175社から回答を得た株式会社クオレ・シー・キューブパワー・ハラスメント研究会の調査(2011)、全国 9,000名の男女から回答を得たインターネット調査と全国 4,580社から回答を得た企業調査からなる厚生労働省(以下、厚労省)の調査(2012)である。また、JILPTは 2008年度の4都道府県労働局における全あっせん 1,144件を調査したことがあり、うち260件のいじめあっせん事案の内容を分析した調査もある(JILPT2010)。

これらの調査を通じ、基礎的な事実はわかってきたが、未だ実態や解決のあり方については解明されていない点が多い。その一つが、いじめの行為であった。例えば、2012年に発表された厚労省調査では、2011年度に行われた厚労省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の提言及び「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」(以下、ワーキング・グループ)の報告において示された「職場のパワーハラスメントの行為類型」を元に、受けた行為を労働者に尋ねているが、そもそも同行為類型は、それまでの裁判例を元に作成したものであり、職場で通常起こりうるいじめ・嫌がらせ紛争を想定したものではなく、それらを類型化するために適した類型であったかどうかが不明であった。

そこで、本調査研究では、裁判や労働審判より件数も多く、より様々な行為について相談されていると思われる都道府県労働局におけるいじめ・嫌がらせのあっせん事案を対象にして、いじめの実態をより職場の現実に近い形でとらえることを目的として、既存の調査で得られた知見を踏まえつつ、内容を調査・分析することにした。また、労働局におけるあっせん事案を分析対象にすることにより、労働局におけるいじめ・嫌がらせ事案のあっせん処理についても調査することが可能となった。

研究の方法

各都道府県にある労働局の中から、地域的なばらつき、都市部・非都市部のバランス、2011年度に取り扱った「いじめ・嫌がらせ」のあっせん事案数等を考慮して6労働局を選び、個別労働紛争解決制度におけるあっせんを利用したいじめ事案に関する資料(あっせん処理票、あっせん申請書、あっせん記録票、合意文書等の資料から個人や企業を特定できる情報を抹消したもの)の提供を受けた。提供された事案のうち、職場のいじめ・嫌がらせ事案と思われる 284件を分析対象とし、資料中に記載のある情報を数値化し、統計ソフトに入力した。

数値化した情報は、いじめ・嫌がらせの実態に関する情報とあっせん手続きに関する情報に分類される。いじめ・嫌がらせの実態に関する情報内容を列挙すると、申請人(主に労働者)の性別・年齢・雇用形態、行為者の職位、申請人の所属する企業の規模・業種・労働組合の有無、申請人の他の申請内容、いじめの行為類型(大分類・中分類・小分類)、会社等への相談の有無、いじめによる申請人のメンタルヘルスへの影響、申請人のあっせん申請前後の雇用の状況である。

あっせん手続きに関する情報内容は、あっせん申請の端緒、あっせん手続きにかかった日数、あっせん手続きの終了区分、申請人の請求内容(金銭の場合はその金額)、合意内容(金銭合意の場合はその金額)、会社側の行為の認否状況、あっせん手続きにおける代理人・補佐人の状況であった。

分析方法としては、単純集計表とクロス集計表を作成し、数量的把握を行い、また、個別の事案については質的把握も行うべく、事例としての記述も行った。

上記情報のうち、申請人が受けたと主張するいじめ行為(全879件)については、ワーキング・グループが作成した6つの行為類型をベースにしながら、これらに分類できないと思われる行為については新しい分類を作成し、類型化した。また、全879の行為を参考に、この8類型(大分類)以外に、新たに、中分類(20項目)・小分類(66項目)も作成し、全 879件につきそれぞれ類型化した。

主な事実発見

  • 申請人の性別・雇用形態、被申請人の業種

    申請人(主に、労働者)の個人属性については、性別では「女性」の割合が 59.8%と高く、雇用形態別では「非正規労働者(特に派遣労働者)」比率が高かった。企業規模別(従業員規模別)では大企業(従業員 300人以上)に勤める労働者の比率が高く、28.9%(不明を除くと 29.8%)であった。また、業種別では「医療・福祉」が 19.0%、「製造業」が 18.7%であっせん申請に占める割合が高かった(図表1)。

    図表1 いじめあっせん事案における被申請人の業種

    図表1画像

  • いじめの行為者

    いじめ・嫌がらせの行為者としては、職位が上位にある上司と役員の合計が突出して多く、78.5%であった(重複計上)。続いて先輩と同僚の合計が31.7%となっている(図表2)。

    図表2 いじめのあっせん事案におけるいじめの行為者(重複計上)

    図表2画像

  • いじめの行為

    いじめ・嫌がらせの行為については、今回調査対象の 284事案における全 879行為を参考に、ワーキング・グループが作成した6類型に「経済的な攻撃」や「その他」という新たな類型を2つ追加して合計8類型に分類し、これを大分類とした。大分類では「精神的な攻撃」の割合がもっとも高く、108.1%(重複計上のため、100%を超えている)の申請人が行為を経験した。さらに8つの大分類を20の中分類と 66の小分類に分けて、それぞれ集計した。中分類のなかでもっとも割合が高かった行為は、「精神的な攻撃」における「主に業務に関連した不適切な発言」であり 61.6%の申請人が経験していた。小分類のなかでもっとも割合が高かった行為は、「精神的な攻撃」の「主に業務に関連しない不適切な発言」のなかの「暴言、脅し的発言、嫌味、礼を失した発言、一方的非難、怒声等」であり43.3%であった(図表3)。

  • いじめによる申請人のメンタルヘルスへの影響及びあっせん申請前後の雇用の状況

    いじめ・嫌がらせによりメンタルヘルスに不調をきたした申請人は 35.2%であり、約3人に1人がメンタルヘルスの不調を訴えていた。そして、83.8%の申請人がいじめ・嫌がらせの結果、解雇・退職・雇止めなどの雇用の終了に至っていることがわかった。

  • あっせん手続きの日数、終了区分

    あっせん受理から終了までの日数は、92.2%が60日以下で終了した。あっせん後、合意に至ったケースは 37.6%であり、過半数にあたる 56.4%があっせん打ち切りとなっていた。

  • あっせんの請求内容・合意内容

    あっせんにおける申請人の請求内容としては、96.1%が「金銭」の請求であった一方で、企業や行為者からの「謝罪」の請求が 20.4%存在した(重複計上)。「謝罪」については、2008年度の全あっせんを対象とする JILPT調査で請求した事案が6.2%であったことを考慮すると、いじめあっせん事案における「謝罪」の割合は顕著に高いといえる。金銭を請求した場合の請求金額をみると、100万~ 500万円未満がもっとも多く、平均値は 232万1,108円であった。合意金額は 10万~ 20万円未満がもっとも多く、平均値は 28万 1,236円であった。また被申請人(会社側)の行為の認否としては、過半数にあたる 52.7%(不明を除く)がいじめ・嫌がらせ行為の事実を否認していることも明らかとなった。

    図表3 いじめ行為類型小分類(重複計上)

    図表3画像

政策的インプリケーション

  • 職場のいじめの行為として認識・主張される行為の多様性

ワーキング・グループが示した6つの行為類型は、これまでに争われたいじめに関する裁判例をもとに作成したものであったため(当時は事案の内容が明らかになっているものとしては裁判例しか存在しなかった)、日本の職場で一般的に行われているいじめの実態を反映した行為類型とは言いがたい側面があった。一方、今回のあっせん事案から収集したいじめ行為は、裁判例にあらわれる行為よりも、種類の点でも深刻さの点でも多様なものとなっている。あっせん申請人から主張され、我々が資料から抽出することができた 879のいじめ行為に基づき、ワーキング・グループが作成した6つの行為類型に2つ追加し、8つの類型(大分類)とし、それを 20の中分類、66の小分類に分けることができた。日本の職場で行われているいじめの実態に近い行為の類型として、今後の職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントに関する政策の基礎的資料になると考える。

  • 職場いじめ対策に取り組まないことによる様々なコスト

今回の分析対象の 284事案からは、約8割の申請人がいじめ行為を受け、結果的に雇用を終了していることがわかった。また、いじめ行為によってメンタルに何らかの不調をきたした申請人は、診断書があるケースと本人が主張するケースを合わせて35.2%と 3人に 1人存在することがわかった。諸外国の先行研究(たとえば、イギリスの研究(Hoel, Seehan, Cooper and Einarsen, 2011)ではいじめ1件のトータルコスト(いじめによる欠勤、正式な調査費用、対外イメージへの影響、離職の結果としての新たな人材採用などのコスト等を含む)は28,109ポンド、日本円で約 411万円と推計)を踏まえると、企業が職場いじめ対策に取り組まないことによる様々なコストについて、調査し、啓発していく必要がある。また、いじめが原因となって雇用を終了したり、メンタルヘルスを損なう結果になれば、雇用保険や労災保険における保険給付が増加し、国家にとっても、そのコストは大きいものとなる。国は積極的に社会全体への啓発に取り組むべきであると考える。

  • 一定の差別事由に関連するいじめ・嫌がらせの存在

海外でもみられる傾向であるが、本調査研究でもいじめを受ける者は男性より女性に多い傾向がみられた。また同様に、障害者、高齢者に対する行為も存在した。女性被害者の場合は、問題となっている行為が性別に関連するものでないかどうか、障害者の場合は行為が障害に関連するものでないかどうか等、本調査研究で得られた示唆をもとに、女性、障害者、性的少数者、高齢者等の差別事由を有する者に対するいじめの実態調査を行う必要があると考える。

なお、欧州各国では、EUの指令に基づき、一定の差別事由に関連するハラスメントについての法規定を持っている。イギリスにおいても、年齢、障害、性別再指定(性自認)(gender reassign ment)人種、宗教又は信条、性別、性的指向(sexualorientation)といった差別事由(イギリスでは「保護特性 protected characteristics」という)に関連する望まれない行為(unwanted conduct)を行い、その行為が相手の尊厳(dignity)を侵害する、又は、相手に脅迫的な(intimidating)、敵意のある(hostile)、品位を傷つける(degrading)、屈辱的な(humiliating)、若しくは不快な環境(offensive environment)を生じさせる目的又は効果を持つ場合にはハラスメントとみなし、禁止されるということが、包括的な差別禁止法である 2010年平等法(Equality Act2010)に規定されている(26条1項)。このような諸外国の動向からも、以上の示唆は法政策上重要な課題であると考える。

政策への貢献

厚生労働省の「働きやすい職場環境形成事業」及び「個別労働紛争解決援助」において活用予定。

本文

  1. 資料シリーズNo.154全文(PDF:1.6MB)

本文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。

研究の区分

プロジェクト研究「労使関係を中心とした労働条件決定システムに関する調査研究」

サブテーマ「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する研究」

研究期間

平成26年度

執筆者

内藤 忍
副主任研究員
杉村 めぐる
一橋大学大学院経済学研究科 ジュニアフェロー
労働政策研究・研修機構 元アシスタント・フェロー
長沼 裕介
労働政策研究・研修機構 アシスタント・フェロー
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程
藤井 直子
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程
徐 侖希
労働政策研究・研修機構 アシスタント・フェロー
早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。