資料シリーズ No.77
雇用システムと人事戦略に関する研究

平成22年11月 5日

概要

研究の目的と方法

近年、企業の資金調達方法が間接金融から直接金融へと変化をみせている。このような状況の中で、企業の利害関係者(ステークホルダー)に対する重視傾向の変化やCSR(企業の社会的責任)の導入動機、進展状況を明らかにするとともに、日本企業の雇用システムの変化について把握するため、労働政策研究・研修機構では2005年に「企業のコーポレートガバナンス・CSRと人事戦略に関する調査」、また、2007年に「雇用システムと人事戦略に関する調査」を実施した。両調査は、同一の調査対象で同一の設問もあることから、2時点間の比較が可能であり、調査対象が上場企業であることから、公開されている財務データとの接続も可能となっている。本報告書では、アンケート結果と財務データを接続することで2次分析を行った。

主な事実発見

  • アンケート結果に財務データを接続した計量分析により、株式保有分布などの金融的要因が、企業の重要視する、あるいは発言力を持つステークホルダーのタイプに影響を与えることが確認された。また、銀行借入比率が高い企業あるいは利益率の低い企業で平均勤続年数が長く、外国人株主比率の高い企業で短いことなども確認された(第Ⅱ部第1章)。
  • 外国人株主の持ち株比率が高い企業や機関投資家の存在感が大きい企業、そして株主重視型の財務戦略を行う企業では労働分配率が低くなる傾向にある一方で、労働組合のある企業では労働分配率が高くなる傾向にあることが明らかとなった(表参照。第Ⅱ部第2章)。
  • 労働組合の存在が正社員に対する人員整理の実施を困難なものにしており、そのため企業は景気変動に対するバッファーとしての非正規比率を上昇させていることが示唆された。また、希望・早期退職などの人員整理を実施していない企業では、非正規比率が高くなる傾向も見られた。このことは、企業が雇用調整の容易な非正規雇用を増加させることでバッファー機能を強化していることを示している(第Ⅱ部第3章)。
  • 業績変動が大きい企業とそうでない企業とでは、雇用削減に影響する要因が異なることが示された。業績変動が大きい企業では、要求される技能レベルが高いほど、将来の業績拡大期での機会損失を考慮して、雇用削減策が避けられる傾向にある。一方、業績変動が小さな企業では、将来の見通しがたてやすいことから、要求される技能レベルが影響せず、また赤字になるまで雇用削減を待つという傾向にもなかった。このような企業では、特に短期的な業績に関心を持ちやすい外国人投資家の持株比率が高いほど雇用削減策をとりやすくなる傾向にある(第Ⅱ部第4章)。
  • 「投資家によるガバナンスの強化が長期雇用慣行の変容をもたらし、長期雇用慣行の変容が女性の活躍を推進している」という仮説については、投資家によるガバナンスと長期雇用慣行との間には明確な相関関係が観察されなかったが、長期雇用慣行が強い企業では女性が活躍していないという事実は観察された。また、「投資家によるガバナンスの強化は、ワークライフバランス(WLB)の改善によって女性の活躍を推進している」という仮説についてはおおむね支持され、投資家によるガバナンスが強い企業ほど、WLB改善に取り組んでおり、女性が活躍していた(第Ⅱ部第5章)。

図表 株主構成と分配率

図表 株主構成と分配率/資料シリーズNo.77

注1)括弧内は標準誤差。

注2) *は10%水準で、**は5%水準で、***は1%水準でそれぞれ有意であることを意味する。

注3)産業ダミーのレファレンスは製造業。

政策的含意

本分析結果は、企業の資金調達方法が間接金融から直接金融へと変化している現状において、株式の所有構造が雇用システムや雇用調整、非正社員比率、労働分配率等に与える影響に関する調査データとして、政策立案に有益な基礎情報を与えている。

政策への貢献

本報告書は、企業の株主構成や経営者の属性が労務管理施策に影響を与えることを明らかにしている。機関投資家や外国人株主の存在が労働分配率や雇用調整に与える影響、さらに投資家によるガバナンス強化がWLBの改善により女性活用を推進している等、企業の所有構造に注目した労働政策立案の可能性を示唆している。

本文

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執筆担当者

郡司正人
労働政策研究・研修機構調査部主任調査員
奥田栄二
労働政策研究・研修機構調査部主任調査員補佐
星 岳雄
カリフォルニア大学サン・ディエゴ校 国際関係・環太平洋地域研究大学院教授
ジェス ダイアモンド
カリフォルニア大学サン・ディエゴ校 国際関係・環太平洋地域研究大学院博士課程
阿部正浩
獨協大学経済学部教授
野田知彦
大阪府立大学経済学部教授
熊迫真一
国士舘大学政経学部講師
川口 章
同志社大学政策学部教授

研究期間

平成21年度

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内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ
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