労働政策研究報告書 No.187
雇用調整助成金の政策効果に関する研究

平成29年1月10日

概要

研究の目的

2008年9月のリーマン・ショックや2011年3月に発生した東日本大震災においては、事業活動の急激な落込みによる雇用面への厳しい影響が懸念された。これらの経済危機、雇用不安に対して、雇用調整助成金(以下「雇調金」という。)も累次にわたり支給要件の緩和や助成率の拡充等の特例措置が行われ、そのことと相まって雇調金は積極的に活用された。

本調査研究は、リーマン・ショック以降の不況下において、雇調金が広範にわたり、かつ、予算規模の上でも極めて大規模に活用された状況を受けて、その効果はもとより、雇調金の課題を含めて評価・検証することを主眼としている。

研究の方法

本調査研究は、JILPTで実施したアンケート調査(「雇用調整の実態と雇用調整助成金の活用に関する調査」)のほか、厚生労働省から提供してもらった業務データ(雇用保険業務データ、雇調金業務データ等)を分析することにより実施した。また、その分析に当たっては、計量的な分析も行うため、外部の学識経験者にもご参加いただいた研究会を組織し、専門的な知見を得ながら進めたところである。

主な事実発見

<報告書の構成>

第1章は、雇調整助成金研究の経緯、使用したデータ、各章の要約、各論文からの示唆などを記載している。第2章以下は、「雇調金の雇用への影響(時系列分析)を含むもの(第2~4章)」、「雇調金の雇用への影響(計量モデル分析)を含むもの(第5~7章)」、「雇調金に関して特定分野の分析を含むもの(第8~10章)」にグループ分けを行い、掲載している。

<雇調金の雇用への影響(時系列分析)を含むもの>

第2章「データによる雇用調整助成金のマクロ的効果試算及び雇用調整助成金受給事業所と非受給事業所の雇用推移等の実態」(浅尾論文)では、雇調金のマクロ的効果試算について、リーマン・ショック後の平成21年4~6月期において、雇調金がなければ最多離職想定で50万人程度、「緩やか離職」でも40万人程度、それぞれ完全失業者数が増加した可能性が示されている。また、東日本大震災の際には、平成23年4~6月期において、それぞれ40万人程度、30万人程度と試算している。

また、リーマン・ショック後の時期である ① 21年Ⅰ~22年Ⅰ、 ② 21年Ⅰ~23年Ⅰ、 ③ 21年Ⅱ~22年Ⅱ、 ④ 21年Ⅱ~23年Ⅱ、加えて東日本大震災の時期として ⑤ 23年Ⅰ~23年Ⅱの5つの受給期間に着目して集計を行い、 ① 受給事業所では総じて、非受給事業所に比べて、受給期間中を中心として入職率を相対的に低く抑えていることが窺えること、 ② 入職率ほどには明確ではないものの受給事業所では、受給期間中を中心に、総じて離職率も相対的に低く抑えていることが窺えることなどを指摘している。

参考集計として、東京労働局から提供された500事業所のデータを集計して分析し、 ① 支給対象とされた労働者は当該事業所の中核的に必要な部分である場合が多く、出来得る限り雇用を維持しようと努められていること、 ② 事業環境の好転が望めないなどの状況の下でやむなく解雇に至る場合も少なくないこと、 ③ 離職が余儀なくされる場合であっても、労働市場の需給状況が非常に悪くなっているときに離職するのではなく需給状況がある程度改善するのを待って離職することができれば、再就職が相対的に容易にすることができることがデータ的にも示されているとしている。

第3章「雇用調整助成金の受給と雇用成長との関係」(神林論文)では、事業所の雇用調整を多角的に調べることを通じて雇調金のメカニズムに新しい視点を提供することを目的に、事業所の雇用成長率を入職と離職にわけ、それぞれについて雇調金との関係を吟味している。

その結果、 ① 雇調金受給事業所(継続事業所)の雇用変動は、受給終了直後に大きな離職が生じて雇用調整が進むが、その後はむしろ受給前よりも積極的に採用し、純雇用成長率は増加傾向にあったこと、 ② 非受給事業所の開業頻度はおしなべて高い一方、受給事業所の廃業が雇調金受給終了後に集中するため、受給事業所の雇用成長率の平均的な回復は相対的には鈍くなり、雇調金受給終了後約1年を必要とすることになることが明らかになったとしている。

第4章「事業所の開廃を通じた雇用調整助成金の効果」(川上論文)は、2008年度から2012年度までの従業者数の変化を、雇用を増加させている事業所、雇用を減少させている事業所、参入事業所、退出事業所の成長率に分解する手法を用いて、雇調金の受給事業所と非受給事業所及び製造業と非製造業との間の雇用変化を分析している。

その結果、2009年の特徴は継続事業所の従業員数の変化による雇用喪失であったのに対し、2011、12年は退出事業所による雇用喪失の寄与が大きいことが明らかになった。また、雇調金の受給事業所と非受給事業所の雇用の変化の違いをみると、製造業は、リーマン・ショックの時期は、受給事業所(期間外)(リーマン・ショックの期間以降も受給を受けた事業所)が最も雇用を減らしておらず、受給事業所(期間内)(リーマン・ショックの期間内のみ受給した事業所)と非受給事業所で多く雇用を減らしていた。リーマン・ショック以降の状況は、リーマン・ショック期に雇用を相対的に減らしていない受給事業所(期間外)が大きく雇用を減らしていることが確認された。また、受給事業所(期間外)が2011年以降で大きく雇用を減らしている背景に、継続事業所の純増加(従業員の増加-減少)及び退出事業所による雇用削減がともに大きいことも示されたとしている。

<雇調金の雇用への影響(計量モデル分析)を含むもの>

第5章「雇用調整に与える雇用調整助成金の効果」(有賀・郭論文)は、JILPTが実施したアンケート調査と厚生労働省より提供を受けた雇用保険業務データを併用して、雇調金が雇用調整に及ぼす影響を検証している。

その結果、 ① 受給事業所と非受給事業所で、特に入職率が受給事業所で事業活動水準の変化により感応的である一方、離職率では両者に大きな差異はなく、いずれも統計的に有意ではない、 ② 入職率へのマイナスの効果が、離職率へのマイナスの効果を上回り、ネットでみると雇用人数変化率の推定値はマイナスになるとしている。

また、受給する傾向が強い事業所にサンプルを限定した推定や、「製造業と非製造業それぞれのサンプリングでの推定」でも、同様の結果となったとしている。

第6章「雇用調整助成金の政策効果」(何論文)は、JILPTが実施した雇調金のアンケート調査データ及び3万事業所の雇調金業務データと雇用保険業務データの結合データを利用して、雇調金の政策効果を経営継続と雇用量の変化という2つの指標に着目して考察している。

その結果、雇調金の受給事業所のほうが廃業率が低く、雇調金の経営継続に対する正の効果が観察されたとしている。雇用量変化に関しては、廃業した事業所を含む場合、受給事業所の方が雇用量が維持されたとしている。また、雇調金が継続事業所の雇用量変化に与える影響を分析した結果、雇調金の受給により、事業所の離職率にはあまり影響を与えなかったが、入職率が抑制され、結果的に雇用量にはマイナスな影響が観察されたとしている。

第7章「雇用調整助成金及びその教育訓練費が雇用維持に与える効果」(張論文)は、主にJILPTのアンケート調査と雇用保険業務データとの結合データを扱い、雇調金およびその教育訓練給付が雇用維持に与える効果を考察している。

その結果、雇調金の受給が外生的な助成率の変化によって一時的に変動し、その月の離職人数が連動して減少する可能性が高いという結果を得た。このため、助成率という内生性を考慮し、雇調金の受給の効果について見ると、雇調金の受給と離職人数(率)との間に強い相関があり、雇調金の離職防止効果が確認されたとしている。また、本研究は雇調金の政策変動(政策改定)が企業の雇用維持に与える影響について、 ① 教育訓練費が増加すれば、離職人数が減少する可能性が高い、 ② リーマン・ショック後の特例措置は企業側の雇用を確保した傾向が高いとの結論を得たとしている。

<雇調金に関して特定分野の分析を含むもの>

第8章「雇用調整助成金を申請する企業、しない企業」(阿部論文)は、助成金の受給申請の有無に焦点をあて、事業所の助成金申請行動について分析している。

その結果、 ① 雇調金の受給が製造業において多いことを裏付ける結果となったこと、 ② 従業員数には雇調金の申請に影響はしていないこと、 ③ 事業所の設立年が古いほど雇調金を申請する確率が高くなっていることが明らかになったとしている。また、事業活動水準が低下するにつれて助成金申請の確率は高まるが、その上昇幅は事業活動水準の低下とともに小さくなっていることが示されたとしている。さらに、一時休業や休日・休暇の増加以外の雇用調整方法が実施されている場合には、助成金の申請確率は高まっていないとしている。

第9章「パート・アルバイトも雇用調整助成金対象とした事業所と正社員のみ対象とした事業所との比較」(脇坂・川上論文)は、雇調金の受給状況をみることで、パートタイム労働者のうちどれだけが、基幹パートで正社員の代替として機能しているかを検証している。

その結果、 ① 助成金の実施によってパートタイム労働者の中の選別は行われていなかったこと、 ② 、教育訓練の内容として「新規分野進出のための専門知識を高めるため」に訓練が実施されるのは、パートタイム労働者が含まれない事業所の方で多いことが示唆されたとしている。

追加的に30,000事業所のデータから得られる正社員以外の労働者情報を用いて同様の分析を実施した結果、 ① 雇用調整の内容から正社員以外の労働者が必ずしも正社員のバッファーとして機能していないことが示唆されること、 ② パート・アルバイトも雇調金の対象とした事業所においてベテラン社員が助成の対象となっている傾向がみられ、特に基幹的な業務を担う正社員以外の労働者が助成金の対象として優先されていること、 ③ 助成金をきっかけにキャリアアップのための教育訓練がなされていること、 ④ 助成の対象となった正社員以外の労働者は、新しく雇用される正社員以外の労働者では置き換えることができない高度な人材であることが示唆されたとしている。

第10章「東日本大震災の被災事業所における雇用調整助成金の雇用維持効果」(鎌倉論文)は、東日本大震災の被災事業所における雇調金の短期的な雇用維持効果について、2つの研究結果を報告している。

一つ目は、震災による事業活動水準の急激な低下が「あった」と回答している事業所を対象として、震災直後3カ月に雇調金を受給した被災事業所と非受給の被災事業所の間で企業属性、ならびに雇用保険の被保険者資格の喪失率の推移について違いを確認した。その結果、 ① 両群の事業活動水準は震災前の2年間は有意差が無かったが、2011年・2012年には受給被災事業所のほうが非受給被災事業所よりも有意に事業活動水準が低下していたこと、 ② 雇用保険の被保険者資格の喪失率について、受給被災事業所は非受給被災事業所と比較して2011年3月にマイナス1.6%ポイント、2012年3月にプラス1.2%ポイント、2013年3月にプラス1.0%ポイントとなっており、雇調金の短期的な雇用維持効果を裏付ける重要な知見と考えられるとしている。

もう一つの分析は、先行研究や政策意図から想定される包括的理論モデルを仮定し、これを今回の研究会提供データの範囲内で検証可能な理論モデルに落とし込み、そのデータへの当てはまりを構造方程式モデリング により確認することで雇調金と雇用保険喪失率の関係性を探っている。その結果、分析モデルのうち、最もデータへの当てはまりが良かったのは、雇調金の量的効果を想定して「効果が有る」と仮定した分析モデルであった。この最も蓋然性の高い分析モデルにおいて、雇調金の雇用維持効果の推定結果は有意であったとしている。

政策的インプリケーション

各章の分析を踏まえて、第1章において、個人的見解としながら、以下のとりまとめを行っている。

<雇調金の雇用への影響について>

(時系列分析の結果から)

時系列分析(第2章(浅尾論文)、第3章(神林論文)、第4章(川上論文))により、雇調金の受給事業所は、非受給事業所に比べて、雇用が低調ないし減少で推移している中で、受給期間中を中心として、入職率を相対的に低く抑えるとともに、総じて離職率も相対的に低く抑えていることが指摘された。同時に、雇調金のネガティブな面として「受給終了後に大きな離職が生じている」、「受給事業所の廃業が受給終了後に集中する」ことが指摘された。

この指摘は、「雇調金はいたずらに無駄な雇用を温存する」、更には「いわゆるゾンビ企業の延命に手を貸している」、「産業構造の転換を遅らせている」などの批判に通じる面もあると考えられるが、むしろ雇調金によって雇用失業情勢の最も厳しい時期を後ろに分散化させるとともに、雇用失業情勢が少し落ち着いた状態で、円滑な再就職を促進する効果を持つという前向きの効果として捉えることが適当であるとしている。

(計量モデル分析の結果から)

計量モデル分析では、第5章(有賀・郭論文)と第6章(何論文)では、雇調金の受給は、入職率についてマイナスの影響がみられた一方、離職率に関して、受給事業所と非受給事業所の間には有意な差が観察されなかった(離職率に影響を与えていない)。一方、第7章(張論文)は、雇調金の受給は離職率を下げ、離職者数を減少させたという結果が得られている。

雇調金は不況時における一時的な雇用維持を目的としており、雇調金の離職率に与える影響の分析は重要であるので、より精緻な分析に向けて引き続き検討する必要があろうとしている。

<雇調金を活用していない事業所について>

第2章(浅尾論文)や第8章(阿部論文)の分析結果を踏まえ、 ① 申請手続きが困難なほど経営状況が厳しい事業所、 ② 経済の第3次産業化・サービス化に関連する産業・業種、 ③ 設立年が新しい事業所、 ④ 規模が零細な事業所など、雇調金の利用が低調な事業所について、実態把握を行うとともに、助成金の周知方法、運用の見直しなどの検討も重要と考えられるとしている。 

<雇調金の受給終了後のフォローアップについて>

第2章(浅尾論文)や第4章(川上論文)の分析結果を踏まえ、雇調金の受給終了後も経営状況が改善せず、結果として従業員を解雇する場合もあり得ると思われるが、そのような場合には、雇調金の受給対象の従業員を解雇する場合には、事業主に転職支援を義務付けるなど何らかのフォローアップを行うについても検討に値すると思われる。

<要件緩和等についてのルールについて>

第5章(有賀・郭論文)、第6章(何論文)においては、雇調金の離職防止効果が有意とならなかったが、雇調金の支給要件を大幅緩和することにより、従来想定されていた、不況期の解雇を乗り切るための一時的な助成金という雇調金の政策目的が若干変容してしまうことも考えらえるので、支給要件の緩和に当たっては、その緩和により、どのような影響が出てくるか十分に検討した上で決定する必要があろうとしている。

<検証データの整備について>

今回の調査研究に当たっては、厚生労働省から膨大な業務データの提供をいただいたが、世界的な潮流からも、エビデンスに基づいた政策決定(Evidence-based Policy)が求められているところである。今後、大きな予算が予定される施策の実施に当たっては、その後の効果検証を可能とするような仕組みの導入も検討すべき課題と考えられるとしている。

政策への貢献

雇調金の効果検証による雇用政策への貢献。

本文

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雇用調整助成金等の制度の変遷(PDF:685KB)

研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」
「総合的労働・雇用政策プロジェクト」
サブテーマ「総合的な労働政策の効果・評価に関する研究」

研究期間

平成24年後半~平成28年度

研究担当者

雇用調整助成金の活用実態と政策的意義に関する研究会メンバー一覧
※所属は、2016年2月開催の研究会の時点のものである。

(委員)

阿部 正浩
中央大学経済学部教授
有賀 健
京都大学経済研究所教授
奥西 好夫
法政大学経営学部教授
川上 淳之
帝京大学経済学部准教授
神林 龍
一橋大学経済研究所教授
脇坂 明
学習院大学経済学部教授(以上、五十音順)
何 芳
慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター研究員
郭 秋薇
京都大学大学院経済学研究科後期博士課程

(事務局)

田原 孝明
労働政策研究・研修機構統括研究員
浅尾 裕
労働政策研究・研修機構特任研究員
鎌倉 哲史
労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー
張 俊超
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員

(オブザーバー)

厚生労働省(職業安定局の担当者等)

関連の研究成果

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