労働政策研究報告書No.160
派遣労働者の働き方とキャリアの実態
―派遣労働者・派遣先・派遣元調査からの多面的分析―

平成25年5月31日

概要

研究の目的

本報告書では、2010年2月に実施した派遣元事業所、派遣先事業所、派遣労働者の調査データを基に、派遣労働における働き方やキャリア形成に関するテーマ別分析を行う。すなわち、職業経路(キャリアパス)、教育訓練と能力開発、賃金、正社員転換、性差問題、非自発的就業についてである。

研究の方法

2010年2月実施の派遣元事業所、派遣先事業所、派遣労働者アンケート調査のデータ分析による。

主な事実発見

1.派遣労働者の職業経路(キャリア・パス)について

第2章では、現在、派遣社員として働いている者のなかで1990年代半ば以降の景気後退期に初めて就職した者の職業経歴に注目し、どのような経緯で派遣社員に至っているのか、初職の仕事内容と現在の仕事内容の関係性について分析している。

分析の結果、派遣労働者の中には派遣労働という働き方を通じて、非事務系から事務系のキャリア転換を行っている者の存在が伺えた。特に、短大や大学以上の学歴を持つ女性が、派遣労働を非事務職種から事務職種へのステッピング・ストーンとして位置づけ、実務経験を就けながら次のキャリアへと進むきっかけを掴もうとする様相が想像される。しかし一方で、非事務系職種の派遣労働に従事する者は、中・高卒の男性が多く、実務経験を積むほどの職業能力を必要としないつなぎの仕事として、労働時間に比して十分な賃金を獲得出来る手段として選択していると考えられる。以上のことから、現状では、派遣労働という働き方は、非事務系職種でスタートした者の事務系キャリアへの転換の場として一定の機能を果たしていると結論付けることができるが、非事務系職種のキャリアの進展については類推の域を出ないものの、極めて厳しいといわざるを得ない。

2.派遣労働者の教育訓練と能力開発について

第3章では、派遣先での教育訓練と能力開発が派遣労働者の就業意欲にどのような影響をもたらすのかに注目している。まず、派遣労働でキャリア開発可能と感じている労働者は比較的職業経験値が低い者である傾向がうかがえる。つまり初期キャリアを培う場として機能していると考えられる。また、派遣先における能力開発は、本人のスキルレベルやキャリア形成に直接的に資するだけでなく、派遣先への仕事の取り組み意欲の向上に大いに寄与していることがわかった。派遣労働者の就業意欲の向上には、労働時間や賃金の改善が重要と考えられがちであるが、実際にはそうではなく、職業能力を形成できる場を構築することの重要性が浮かび上がった。今後、派遣先での能力開発に資する仕事の与え方を考えていくことが要請される。

第4章では、派遣元で実施している教育訓練が専門的な能力が必要とされる業務に派遣されることにつながるのかという視点で分析を行っている。派遣法の政令26業務はしばしば「専門」26業務と呼ばれることがある。これらの業務が専門的なのであれば、派遣元での教育訓練が充実しているという仮説を検証する。その結果、比較的専門性の高い研修と推測される職能別研修を実施していたり、能力やスキルのランク分けを実施している派遣会社では、主として「代替的専門業務」(主に医療・介護職)に派遣している傾向がみられた。他方で、政令26業務を主とした派遣会社ではこのような関係性はみられないことから、政令26業務の専門性は疑われるとしている。

3.派遣労働者の賃金について

第5章では、登録型派遣労働者の賃金に注目し、事務職、専門職、製造業務の3つに分類した上で、賃金関数を導出し、賃金(時給額)が何によって規定されるのかを分析している。分析の結果、同じ派遣労働であっても職種別にそれぞれ違った特徴がみられた。特に、交渉要因や仕事の難易度、変化要因が賃金に与える影響は、専門職では大きく賃金に結びついていくが、事務職ではその傾向が薄れ、製造業務ではなくなる。逆に、賃金交渉要因は賃金上昇に関して事務職や製造業務では大きな効果をもたらすことが明らかになった。事務職や製造業務に関しては、定型的な仕事が多く、そもそも働きぶりや仕事内容の変化に対する評価を位置づける賃金テーブルも存在していない。そういった中で仕事の変化を外観的に特定することが難しく、本人が積極的に仕事の変化をアピールして交渉するという、ある意味原始的な個別交渉が賃金上昇に有効に作用するのかもしれない。

4.派遣労働者の正社員転換について

第6章では、派遣先と派遣労働者調査のマッチングデータを用いて、派遣先事業所での派遣社員の活用状況と働き方や意識の違いから「引き抜き」の特徴を明らかにしている。その結果、引き抜きを行っている派遣先事業所は、業種でいえば金融・保険業、大企業である傾向がみられ、中途や即戦力を重視した採用形態であることが明らかになった。また、引き抜きを行っている派遣先事業所は、より正社員に近い活用を行っている一方で、需要縮減時には雇用調整要員として位置づけるといった様相がみられた。また、引き抜きを行っている事業所で働く労働者は、事務職、主たる生計の担い手ではなく、派遣先での勤続期間が長く、「自分と同じ仕事をしている正社員がいる」と感じている、残業時間が長いなどの傾向がみられた。また、派遣社員の働き方の志向を「仕事」と「生活」に分けて、満足度の分析を行うと、生活中心とした働き方の志向を持つ者においてより不満が強くなる傾向がみられた。

5.派遣労働者の性差問題について

第7章では、派遣労働者調査データを使用し、これまで注目されてきた女性を中心とする事務系業務と男性を中心とする専門・技術系・製造系業務の収入や雇用の安定性、能力開発の可能性について検討している。賃金(収入)についてみると、男性は比較的高い専門・技術系と低い製造業務や軽作業で二分され、賃金(時給・年収)格差が大きい。一方女性は、業務間の賃金格差が小さく、低賃金層に集まっている。雇用の安定性に関して、契約期間と派遣期間についてみると、長期契約(1年以上)・長期派遣(1年以上)の傾向がある男性の専門・技術系と、中期契約(3カ月以上1年未満)・長期派遣の傾向がある女性の事務系と、短期・中期・長期分散型の男性中心の製造業務・軽作業に分かれることが明らかになった。キャリア開発の視点からみると、派遣労働でキャリア開発が可能とし、そういった仕事を与えられているのは、無期雇用の常用型派遣で、専門・技術系、若年、高学歴、男性という傾向がみられた。

6.派遣労働者の非自発的就業ついて

第8章では、派遣労働者の就業に対する満足度や継続意思に規定する要因を賃金や契約タイプから、さらに自発的か非自発的就業かという派遣労働者の意識の違いや、派遣労働特有の状況である派遣会社との関係性を考慮しつつ、満足度や継続意思にどのような影響を持つかについて分析している。非自発的理由を持って派遣労働で働いている人の派遣労働の満足度と継続意思の規定要因をみると、賃金が高いことが満足につながっているものの、だからといって派遣労働を継続したいと考えている訳ではないことがわかった。非自発的理由により派遣労働で働いている人にとって継続意思を決定づけるのは、より安定的な雇用形態やより長期の契約期間、将来につながる能力開発である。一方、自発的理由により派遣労働で働いている人は、登録型派遣という雇用形態で働いていることに満足しており、契約期間の長短、雇用形態の如何が継続意思に影響を及ぼさない。すなわち、自身の生活とのバランスが取れた柔軟な働き方であるとして派遣労働が支持されていると考えるのが妥当であろう。

政策的インプリケーション

  1. 非正規雇用で初職をスタートさせた若年者に対するキャリア形成の手段として、派遣労働を踏み石として正社員へと転換させていく方策が必要である。
  2. 派遣先企業に対して派遣労働者の育成を推進させる方策が必要:派遣労働者のキャリア形成には派遣先でのOJTが有効であり、就業意欲を向上させる手段としても能力開発視点を派遣先の職場に持ってもらう必要がある。
  3. 派遣労働者の処遇向上には、派遣元や派遣先との賃金交渉を積極的に行う行動が求められる。一方で、職務遂行や難易度を評価し、段階的な賃金を構築することが必要である。
  4. 現在は正社員転換の形態として、引き抜きが多くを占めるが、事前に正社員転換の要件、それまでの期間等を伝え、適正な働き方が担保される必要がある。
  5. 非正規労働の政策課題では、調査分析も含め、自発的、非自発的就業を必ず峻別して政策議論を進める必要がある。

政策への貢献

非正規雇用関連の政策、派遣労働法改正への貢献が期待される。

本文

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研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」

サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」

研究期間

平成24年度(調査は平成22年度)

執筆担当者

小野 晶子
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
奥田 栄二
労働政策研究・研修機構 主任調査員補佐
浜田 浩児
経済社会総合研究所総括政策研究官(元・労働政策研究・研修機構副所長)
高橋 康二
労働政策研究・研修機構 研究員
福田 直人
生活経済政策研究所研究員(元・労働政策研究・研修機構臨時研究協力員)
古俣 誠司
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
森山 智彦
同志社大学社会学部助教

関連の研究成果

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