ディスカッションペーパー 17-01
東日本大震災からの復旧・復興過程の記録から震災対応を考える―雇用面の政策を中心に―

平成29年3月31日

概要

研究の目的

JILPTにおいては、第3期中期目標期間(平成24~28年度)に取り組んできた「震災記録プロジェクト」の成果をベースとして、プロジェクトの主要な目的である「事跡の記録」からやや逸脱して、現在までの東日本大震災からの復旧・復興過程の中から得られる雇用面を中心とした政策対応のあり方や課題などの要点を整理するとともに、今後発生が予想される「南海トラフ巨大地震」における災害想定情報を整理して紹介したうえで、あくまで試論としてではあるが、その際に講じられるべき対応の要点を提示することをめざした。

研究の方法

JILPT「震災記録プロジェクト」の成果をベースとして、これに今後発生が予想される「南海トラフ巨大地震」の災害想定(内閣府(防災担当)とりまとめ)に関する資料を参照しつつ、論点を整理した。

主な考察・論点

1.東日本大震災から導かれるもの ―JILPT「震災記録プロジェクト」から―

①復旧・復興過程において、被災者や被災事業者は、それぞれの状況に応じて、態様においても時期においても多様な経過をたどっていること。

②その中でも、次の3点には特に留意することが求められる。

(a)巨大な津波により、個々の住居の被災を超えて多くの地域で町が面的に流出したことや原発避難に伴い、市町村域を越えた広域的な避難が多くみられたこと。

(b)広範囲の津波浸水域において、復旧・復興の過程に盛り土・かさ上げや高台移転といったプロセスが不可欠となったことから、「仮設住宅」段階の避難生活を想定以上に長期のものにする一つの要因となったこと。

(c)併せて原発避難者に向けた町外コミュニティ(仮の町)の建設もあって、上記①の広域避難と上記②の避難の長期化に伴って、元々の居住地域以外において新たな就業の場(=雇用機会)を得ることが必要となったこと。

③震災による雇用への影響を整理すると、当該事業所の施設設備の被災のほか、事業主・従業員の被災や避難、電気・水道・ガス等のライフラインや通信の断絶・機能不全などとともに、今回の震災の大きな特徴の一つであった周辺の街の喪失も、商業・サービス分野を中心として事業活動に大きな影響を与える。加えて、サプライチェーンの断絶等により被災事業所の取引先事業所にも影響を与えること、また、大きな災害が発生したことを背景に全体的な消費活動の抑制などや原発事故に伴う風評被害といった影響も小さなものではないと考えられる。これらの影響を通じて事業活動は縮小又は休止され、場合によっては、さらに移転・廃止に至ることとなる。それはまた、雇用にも影響を与え、「余剰」に対する雇用調整が実施されることとなる(図表1)。

図表1 大震災の雇用への影響ルート

図表1画像

④復旧・復興に伴う事業(=労働力需要)をみると、まず、災害がれきの処理や除染といった「後かたづけ」の分野があり、それぞれ必ずしも短期とは限らないにしても期限のある大量の労働力需要が発生する。このほかの「住まい」、「公共インフラ」及び「産業」のそれぞれの復旧・復興の分野については、結局のところ膨大な建設需要につながるものであり、これが建設関連の大量の雇用需要(=求人)となる。また、こうした事業を企画立案し、所要の環境整備等を含めて事業を推進していく人材が必要である。さらに、仮設住宅や災害公営住宅において、見守り・相談といったニーズが発生する(図表2)。

図表2 復旧・復興過程と事業(=労働力)需要

図表2画像

⑤震災に対する労働行政における政策対応は、雇用に関するものに焦点をあてれば、(a)発災直後の応急対応、(b)被災事業所における雇用維持支援、(c)緊急応急的な雇用機会創出、及び(d)被災者等のより安定した雇用創出の4つのフェーズないし論点に整理できる。

2.南海トラフ巨大地震への対応を考える

⑥伊豆半島西側付け根あたりから九州太平洋側にかけての「南海トラフ」において発生する巨大地震(南海トラフ巨大地震)は、海溝型地震のメカニズムにより、いつかは確定できないものの発生を避けることはできない。

⑦南海トラフ巨大地震に関して、内閣府(防災担当)が公表している震度推計結果によると、最大級の地震が発生したとして、最大震度の7となる可能性のある市町村がある県は、静岡県、愛知県、三重県、兵庫県(淡路島)、和歌山県、四国の4県、九州の宮崎県となっている。また、震度7の市町村があるこれらの県では、一部の県を除きほとんどの市町村が、震度6強以上の強い揺れ(前述のように木造家屋の倒壊のおそれがある)となる結果となっている。また、津波高の推計結果では、最大津波高をみると、高知県、静岡県、東京都島嶼部では30mを超える津波であるのを始め、三重県、徳島県、愛知県、愛媛県、和歌山県では20m以上の津波高になる可能性があるとされている(図表3)。

図表3 都道府県別もっとも大きな最大津波高想定
(満潮位・地殻変動考慮) ―11の想定ケースのうちもっとも高い津波高―

図表3画像

⑧東日本大震災の際の状況も踏まえて、今後予想される「南海トラフ巨大地震」などの大きな震災への政策対応を考えたとき、発災時に従業員の安全を守ることを中核とした「事業継続計画」(BCP)の作成を企業に促すとともに、津波の襲来が予想されるときは的確な避難を行うことがまず重要である。また、上述のように、(a)発災直後の応急対応、(b)被災事業所における雇用維持支援、(c)緊急応急的な雇用機会創出、及び(d)被災者等のより安定した雇用創出の4つのフェーズに関する政策・施策を必要に応じて時宜的確に講じることが求められる。

政策的インプリケーション

末尾の「付論」に、試論として、大規模な震災への対応として求められる事項を整理し、提示している。

政策への貢献

東日本大震災という巨大規模の自然災害及び原発事故からの復旧・復興過程において生起したことを整理する中で、中長期的な視点で取り得る政策、施策の検討のための基礎資料を提供している。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」
「東日本大震災からの復旧・復興と雇用・労働に関するJILPT調査研究プロジェクト(震災記録プロジェクト)」

研究期間

平成28年度

研究担当者

浅尾 裕
労働政策研究・研修機構 特任研究員

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内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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