(80)定年(制)

個別労働関係紛争判例集 10.雇用関係の終了及び終了後

1 ポイント

(1)平成10年4月以降、高年齢者雇用安定法により60歳定年制が義務化され(同法8条)、60歳未満の定年年齢を定める定年制は原則として違法・無効とされる。

(2)平成16年の同法改正により、事業主は、65歳までの安定した雇用を確保するために、高齢者雇用確保措置として、a.定年年齢の引上げ、b.継続雇用制度の導入、又は、c.定年の定めの廃止、のいずれかを講じなければならなくなった(同法9条;但し経過措置あり)。

(3)ある企業の定年制が社会的相当性を欠くような場合には、公序良俗違反により、又は、権利濫用に当たり無効とされることになる。

(4)定年制は、労働者の労働継続の意思、その労働能力や適格性の有無等に関係なく、一定年齢到達という事実のみを理由に労働契約を終了させるため、労働者の労働権を侵害するか否か、あるいは、年齢差別であり憲法14条や労基法3条の趣旨に違反することにより公序良俗違反となるか否かが問題となってくる。

2 モデル裁判例

アール・エフ・ラジオ日本(定年制)事件 東京地判平12.7.13 労判790-15

(1)事件のあらまし

原告Xら2名は、主にラジオ放送事業を営む被告Yに雇われ、アナウンサー業務等に従事してきた。Xらは、平成4年ないし5年に満55歳に達したためYの就業規則に基づき定年退職扱いにされた。そこでXらは、この55歳定年制を憲法27条1項および14条1項に違反し、また、公序良俗に違反する違法・無効なものであるとして、満60歳に達するまでYに対し労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、並びに、60歳到達時までの賃金及び一時金の支払い等を求めた。なお、Yは同6年4月より定年年齢を57歳に、同7年4月より60歳に引き上げる就業規則の改正を行った。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

Yの55歳定年制(この事案では定年退職制である)の適法性に関して、まずはXらの憲法規定等違反の主張に対し、憲法第3章の人権規定は、「国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」との最高裁判例を踏まえたうえで、Xらの55歳到達時である平成4年及び5年の時点においては60歳定年制が既に放送業界を含む産業社会で主流となっており、Yには高年齢者雇用安定法上の努力義務を怠ったといいうる点があるものの、Yの55歳定年制をとらえて、「公序良俗に反する違法・無効なものである」、ないしは、Xら主張の「憲法の各規定の趣旨に反するものであるとかの評価を与えることは、いまだ困難であるといわざるを得ない」。

Xらの労働契約上の権利を有する地位確認請求については、Xらが既に60歳に達しているため過去の法律関係の確認を求めるものとなるが、このケースにおいては法律上の利益(確認の利益)が存しないことから、この請求は認められない。

3 解説

(1)定年制の意義および適法性

定年制とは、労働者の一定年齢到達を理由に労働契約を終了させる制度のことをいうが、定年制には、定年到達を解雇事由と捉え労働契約終了のためには解雇の意思表示を必要とする「定年解雇制」と、通常、使用者の特別な意思表示がなくても当然に労働契約が終了する「定年退職制」とがある。特に労基法14条との関係で定年制の法的性格が問題となるのは後者である。

モデル裁判例は、一律定年制(55歳定年制)の効力が争われた事案である。ただし、高年齢者雇用安定法により60歳定年制が義務化される以前のものである。定年制の適法性、特に一律定年制自体の適法性については、わが国の雇用慣行(長期(終身)雇用制の下、判例上のルールにより解雇が制限されてきたことや、年功序列型賃金制度が採られてきたこと等)との関連において、人事の刷新を図る等の目的のため、学説・判例上は一応認められてきた。最高裁も、秋北バス事件(最大判昭43.12.25 民集22-13-3459)において、停年制は「人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行なわれるもの」として、その合理性を肯定している。

なお、ある企業の定年制が社会的相当性を欠くような場合には、公序良俗違反または権利濫用との評価を受けて無効とされることもある。

(2)定年年齢の合理性

次に、定年年齢の合理性が問題となってくるが、合理的な年齢はその時々の社会的背景・状況によって変わってくるであろう。モデル裁判例においては、高年齢者雇用安定法の制定および60歳定年制の義務化に至る経緯、企業規模別および放送業界における定年制の実態、Yの経営状況、並びに、Yにおける定年退職後の再雇用制度の運用状況などが詳細に検討されている。そのうえで、判決は、私人間における憲法人権規定の直接適用を否定した三菱樹脂事件最高裁判決(最大判昭48.12.12民集27-11-1536)を踏まえて、当時の状況のもと、Yの55歳定年制を公序良俗に反するもの又は憲法規定に違反するものとまではいえないと判断している。

(3)その他の裁判例等

モデル裁判例と類似の事案としては、アール・エフ・ラジオ日本事件(別件)(東京高判平8.8.26 労判701-12)がある。また、55歳から60歳への段階的定年延長制度を定めた就業規則条項の合理性が問題となった事案に青森放送事件(青森地判平5.3.16 労判630-19、昭和63年及び平成元年の時点において合理性有り)がある。さらに、平成12年10月に就業規則の58歳定年制を60歳定年制へと変更し、ほぼ同時に58歳以降60歳までの間の基本給の30%減額条項が盛り込まれたケースにおいて、平成10年4月1日以降は高年齢者雇用安定法に反する58歳定年制は無効となり、その場合には定年制の定めがない状態になっていたと判断され、また、その賃金減額条項も労働条件の不利益変更に当たることを前提に、その合理性が認められなかった牛根漁業協同組合事件(鹿児島地判平16.10.21 労判884-30)がある(なお、高裁判決(福岡高宮崎支判平17.11.30 労判953-71)でもこの判断は維持され、最高裁(最二小決平19.11.30)では使用者側の上告につき棄却・不受理の決定がなされている)。その他、就業規則による定年年齢の引下げが問題とされた芝浦工業大学(定年引下げ)事件(東京高判平17.3.30 労判897-72)等がある。

なお、近年は人件費の抑制・削減等のため、管理職定年制(役職定年制)や選択定年制(早期退職優遇制)といった制度を採用する企業も増加している(前掲(79)【退職】参照)。選択定年制により退職した従業員には割増退職金が支給されることとなっていたが、経営悪化から事業譲渡・解散が不可避となったとの判断の下、使用者が同制度を廃止することを決定したところ、その決定直前になされた同制度による退職の申し出を使用者が承認しなかったことにつき、就業規則等では使用者の承認が必要とされていたこと、その承認の有無に関しては特段の制限が設けられていなかったこと、及び、申し出た従業員の退職の自由を制限しているものではないこと等により、同制度による退職を前提とした割増退職金債権の確認請求が認容されなかった裁判例に神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件(最一小判平19.1.18 労判931-5)がある。

定年制に関してはその他、男女別定年制(日産自動車事件 最三小判昭56.3.24民集35-2-300等、(87)【女性労働】参照)や職種別(若年)定年制(朝日新聞社の原稿係の若年停年制事件 大阪地判昭36.7.19 判時270-11等参照)、及び、定年延長に伴う労働条件の不利益変更(後掲(90)年齢差別参照)などの争点が存する。