(56)【服務規律・懲戒制度等】使用者の懲戒権

6.人事

1 ポイント

(1)使用者は企業秩序を定立し維持する権限(企業秩序定立権)を有し、労働者は労働契約を締結したことによって企業秩序遵守義務を負うことから、使用者は労働者の企業秩序違反行為に対して制裁罰として懲戒を課すことができる。

(2)使用者が労働者を懲戒するには、予め就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておかなければならない。

(3)使用者が懲戒できることを定めた就業規則が、法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容について、当該就業規則の適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていなければならない。

2 モデル裁判例

フジ興産事件 最二小判平15.10.10 判時1840-144、労判861-5

(1)事件のあらまし

設計業務に従事していた労働者Xは、得意先との間でトラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したとの理由で、新たに実施された就業規則に基づき、懲戒解雇された。

Xは、懲戒解雇される前に、Y社に対して適用を受ける就業規則について質問したが、この際に旧就業規則は職場に備え付けられていなかった。そこでXは、懲戒解雇される事実が発生した時にY社には就業規則が存在しなかったこと等から本件懲戒解雇は違法・無効であるとして、従業員たる地位の確認及び未払い賃金等の支払い等を求めて提訴した。

原審(第2審)は、新就業規則ではなく、旧就業規則がXに適用されるものとの判断を前提に懲戒解雇を有効と判断したため、Xが上告した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴(破棄差し戻し)

使用者が労働者を懲戒するには、予め就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることを要するものというべきである。

Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを行政官庁に届け出た事実のみならず、その内容を当該事業場に勤務する労働者に周知させる手続きが採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇を有効と判断することはできない。したがって、原判決を破棄し差し戻す。

3 解説

(1)懲戒権の根拠

使用者がどのような法的根拠に基づいて懲戒処分を課すことができるのか、懲戒権の根拠については古くから議論がなされてきた(菅野和夫『労働法(第11版)』(弘文堂、2016年)649頁以下参照)。この問題に対し判例は、ポイント(1)で述べたように、企業秩序は企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであるため、使用者は企業秩序を定立し維持する権限、すなわち企業秩序定立権を有し、労働者は労働契約を締結したことによって企業秩序遵守義務を負い、使用者は労働者の企業秩序違反行為に対して制裁罰として懲戒を課すことができると解している(富士重工業事件 最三小判昭52.12.13 民集31-7-1037、労判287-7、関西電力事件 最一小判昭58.9.8 労判415-29、国鉄札幌運転区事件 最三小判昭54.10.30 民集33-6-647 労判329-12等)。ただし、使用者は「規則の定めるところに従い」懲戒処分をすることができると解されており(前掲国鉄札幌運転区事件)、モデル裁判例は就業規則の規定が存在する場合についてそのことを確認した。

(2)懲戒権の限界

使用者は懲戒の種別及び事由を就業規則で明定し、当該就業規則を周知することで懲戒処分をすることが可能となるが、就業規則の規定については合理的であることが求められる。就業規則に規定される懲戒処分の対象となる事由については、包括的な表現がとられることも多いが、裁判所は、具体的な事実がそれらの事由に該当するか否かを判断するに際して、企業秩序の維持という趣旨に照らして、当該規定を限定的に解釈する傾向にある。

(3)懲戒処分の有効性判断

労契法15条は、使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、労働者の行為の性質、態様などの事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利の濫用として無効とすることを定めている。

懲戒権を有すると認められる使用者がなした懲戒処分が有効とされるには、まず、労働者の問題行為(非違行為)が就業規則上の懲戒事由に該当し、「客観的に合理的な理由」があると認められなければならず、当該行為の性質・態様等に照らして該当性が判断される。具体的な懲戒の適否に関しては、その理由とされた問題行為との関係において判断され、特段の事情のない限り、懲戒当時に使用者が認識していなかった行為を、後から追加的に懲戒理由とすることはできないと解されている(山口観光事件 最一小判平8.9.26 労判708-31)。「特段の事情」がある場合とは、懲戒解雇に際しては告知されなかったものの、懲戒当時に使用者が認識していた非違行為であって、告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種もしくは同じ累計に属すると認められるもの又は密接な関連性を有するものである場合と解するものとして富士見交通事件(東京高判平13.9.12 労判816-11)がある。

次に、当該懲戒処分についての社会的相当性が判断される。労働者の問題行為が懲戒事由に該当するとしても、懲戒処分をするに際しては、当該問題行為の性質・態様や当該労働者に関する勤務歴などの情状を適切に酌量することが求められており、処分内容が重すぎる場合には社会通念上相当なものとは認められず、懲戒処分が無効と判断される。多くの懲戒処分(特に懲戒解雇において顕著)について、懲戒事由該当性が肯定されながらも、社会的相当性の観点から懲戒権の濫用と判断されている。

また、使用者の懲戒権の行使の時期に関して、ネスレ日本事件(最二小判平18.10.6 労判925-11)は、懲戒事由に該当する上司への暴行に対してなされた諭旨退職処分が、暴行事件後7年以上経過してなされたことについて、長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由が見出し難く、当該処分をした時点において企業秩序維持の観点から諭旨退職処分のような重い懲戒処分を必要とする客観的合理的な理由はなく、社会通念上相当なものとして是認することはできないとして懲戒権の濫用として無効と判断した。

企業が定める主な懲戒事由としては、①経歴詐称、②職務懈怠(職務怠慢)、③業務命令違反、④職場規律違反・職務上の非違行為、⑤兼業・二重就職、⑥私生活上の非行、⑦会社批判・内部告発等がある。

なお、懲戒は制裁罰として刑事罰との類似性を持つため、二重処罰の禁止、不遡及の原則、一事不再理の原則、適正手続きの履行といった考えが妥当すると解されている(平和自動車交通事件 東京地決平10.2.6 労判735-47、WILLER EXPRESS西日本事件 大阪地判平26.10.10 労判1111-17)。

(4)懲戒処分の種類

懲戒処分の種類について法律上の定めはなく、個々の企業ごとに様々なものがありうる。典型的な懲戒処分としては、①始末書を提出させて将来を戒める「譴責」、始末書提出を伴わない「戒告」、②労働者が受け取ることができるはずの賃金を減額する「減給」、③労働契約を存続させつつ、労働者の労働義務の履行を停止する「出勤停止(自宅謹慎、停職、懲戒休職ともいう)」、④労働者の役職や職能資格を引き下げる「降格」、⑤通常、解雇予告も予告手当の支払いもせずに即時になされ、退職金も不支給とする扱いがなされることがある「懲戒解雇」などがある。