(56)労働者の損害賠償責任とその制限

個別労働関係紛争判例集 5.人事制度

※個別労働関係紛争判例集は個別事例について法的なアドバイスをするものではありません。
具体的なご相談は、厚生労働省「総合労働相談コーナー」新しいウィンドウなど行政機関等の相談窓口にお尋ねください。

1 ポイント

(1)労働者が仕事上のミス等により使用者に損害を与えた場合、その損害を賠償する責任を負うことがあるが、その際、労働者が賠償すべき金額は、損害の公平な分担という見地から、信義則を根拠として減額される。

(2)上記の減額の幅は、労働者が行った加害行為の態様、労働者の地位・職責・労働条件、加害行為の予防や損失の分散(保険の利用等)についての使用者の対応のあり方等の諸事情を考慮して判断される。事案によっては減額が認められないこともありうる。

2 モデル裁判例

茨石事件 最一小判昭51.7.8 民集30-7-689

(1)事件のあらまし

石油等の輸送、販売を業とするX会社の従業員Yは、会社の業務としてタンクローリーで重油を輸送中に、同人の車両間隔不保持・前方不注意が原因で訴外A会社の車両に追突する事故を起こした。

この事故によって、X会社は、事故車両の修理費用等につき、約33万円の損害を被った。また、X会社は、A会社に対し、損害賠償として約8万円を支払った。

X会社は、これらの合計金額41万円余りの支払いをYに求め、本件訴訟を提起した。第一審判決(水戸地判昭48.3.27 民集30-7-695)、控訴審判決(東京高判昭49.7.30 民集30-7-699)がいずれも、上記金額の4分の1の限度でのみ請求を認容したので、これを不服としてXが上告した。

なお、Xは、資本金800万円の株式会社であり、従業員約50名を擁し、業務上車両を20台近く保有しているが、経費節減のため、当該車両については対人賠償責任保険のみに加入し、対物賠償責任保険及び車両保険に未加入であった。また、Yは、普段は小型貨物自動車の運転業務に従事しており、タンクローリーには臨時的に乗務するに過ぎなかった。本件事故当時のYの賃金額は月額約4万5,000円であり、その勤務成績は普通以上であった。

(2)判決の内容

労働者側勝訴(Xの上告を棄却)

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損害を被り、又は使用者としての損害賠償責任を負担したことにより損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる。

本件の事実関係の下では、XがYに支払いを請求しうる額は信義則上Xが被った損害額の4分の1を限度とすべきであるとした原審の判断は正当として是認できる。

3 解説

(1)労働者の損害賠償義務

労働者が仕事上のミス等により使用者に損害を与えた場合、次に挙げるような形で、使用者に対して民法上の損害賠償責任を負うことがある(このほか、不正競争防止法4条などの特別な法律に基づいて労働者の損害賠償責任が生じることもある)。

第一は、労働者の加害行為から、直接使用者に損害が生じる場合である(労働者の不注意による、使用者の商品や営業用器材の損傷・紛失、取引上の損失の発生など)。この場合、当該加害行為が労働契約上の債務不履行(民法416条)、又は不法行為(民法709条)に該当すると、これらの規定に基づく損害賠償責任が発生する。

第二は、労働者の加害行為により、使用者以外の第三者に損害が生じる場合である(労働者のミスによる交通事故、顧客の損害など)。この場合、労働者の加害行為が職務に関連したもの(使用者の事業の執行についてのもの)であり、かつ、民法709条の不法行為に該当すると、使用者は被害を受けた第三者に対して損害賠償責任を負い(民法715条1項)、これに基づいて損害を賠償した使用者は、その負担を直接の加害者である労働者に求償する権利を持つ(民法715条3項参照)。

(2)信義則に基づく損害賠償額の減額

このように、労働者が損害賠償責任(又は求償責任)を負うかどうかについては、民法上の一般原則に基づく判断がされるが、損害賠償責任を負う場合の賠償額については、社会通念に照らして加害行為によって生じたといいうる(加害行為との間に「相当因果関係」が認められる)損害額を賠償するという民法の原則は修正され、信義則(民法1条2項)を根拠として、上記の原則に基づく額からの減額が行われる。このような処理は、使用者と労働者の経済力の差や、労働者の活動から利益を得る使用者はそこから生じるリスクも負担すべき(報償責任)との考え方を考慮し、労働者・使用者間で損害の公平な負担を図るためのものと理解できる。

モデル裁判例は、このような損害賠償の減額がなされることを判例法理として確立した最高裁判決である。具体的判断としては、使用者(X)側の事情として、事業の規模・内容、保険未加入の事実、労働者(Y)側の事情として、本件事故における過失の内容、臨時的な業務に従事中の事故であったこと、賃金額及び平素の勤務成績、を考慮して、賠償額を民法上の原則から4分の1に減額している。

一般的にも、損害賠償の減額の判断は、損害・負担の発生に対する各当事者の責任の重さ(加害行為についての労働者の故意・過失のあり方、使用者側の予防策や保険等による損失分散策の実施状況など)や労働者の地位・職責・労働条件に関する点を中心に、労働者側・使用者側双方の事情を広く考慮して行われる。具体的判断例としては、消費者金融会社における内規違反の貸付によって生じた損害につき、厳しい営業目標管理の存在や使用者が全国有数の事業者であること等を考慮して賠償額を10分の1(172万円余り)とした株式会社T(債務引受請求等)事件(東京地判平17.7.12 労判899-42)、中古車販売会社の店長が取引先にだまされて生じた損害につき、店長の重過失を認めつつ、諸般の事情を考慮して賠償額を2分の1(2,578万円余り)としたガリバーインターナショナル事件(東京地判平15.12.12 労判870-42)、売上代金の請求書作成を怠ったことによる損害につき、過重労働の存在、再発防止措置の不十分さ等を考慮して賠償額を約4分の1(200万円)としたN興業事件(東京地判平15.10.29 労判867-46)などがある。

一方、加害行為の態様等の具体的事情によっては、こうした減額は行われないこともある。具体的には、競業避止義務違反(エープライ(損害賠償)事件 東京地判平15.4.25 労判853-22)、計画的な従業員引抜き(フレックスジャパン・アドバンテック事件 大阪地判平14.9.11 労判840-62 (76)転職の勧誘・引抜き参照)、会社からの金銭の不正取得(大電事件 大阪地判平11.11.29 労経速1727-14)、背任行為(大昌貿易行事件 東京地判平11.9.30 労経速1726-20)等の事案で、加害行為と相当因果関係を認められた損害全額の賠償が認められている。

(3)関連する問題

以上のような、労働者に対する損害賠償請求は、使用者が現実に被った損害に基づくものでなければならず、予め損害賠償の額を定めておくことは、労働基準法16条により禁止されている((11)賠償予定の禁止参照)。

また、使用者が労働者のミス等に対して課す金銭的な制裁には、損害賠償の他に、懲戒処分として行われる減給もある。これは、損害賠償とは性質を異にするものであり、上記のようなルールではなく、懲戒処分に関する規制を受けることになる((45)【服務規律・懲戒制度等】参照)。