(21)【退職金】退職金と懲戒解雇・不利益変更

個別労働関係紛争判例集 4.労働条件

1 ポイント

(1)懲戒解雇の場合、退職金不支給措置も認められるが、その場合でも、労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。

(2)懲戒解雇の場合であっても、不信行為の程度に照らして、退職金の一定割合について、支払いが認められるときがある。

(3)退職金等を不利益に変更する場合、その不利益を緩和するための代償措置や経過措置をとることが望ましく、変更が「合理的」な内容かどうかの判断において、代償措置は、直接的なものだけでなく、間接的に不利益を緩和するものまでも含まれることがある。

2 モデル裁判例

小田急電鉄事件 東京高判平15.12.11 判時1853-145

(1)事件のあらまし

鉄道会社であるYでは、痴漢撲滅に取組んでいたところ、Yの従業員であるXは、休日に他社の鉄道の車内において、女子高生のお尻を触る痴漢行為(迷惑防止条例違反)で逮捕された。身元引き受けのため、Yの社員が警察署でXに面会し、事情を聞いたところ、以前にも2回、同様の事件で逮捕されていたことがわかり、その場で、Xは、「痴漢行為の事実を認め、会社の処分に従う」旨の自認書にサインをした。その後、Yは、痴漢撲滅キャンペーンに取り組んでいた鉄道会社の職員としてあるまじき行為であることを理由にXを懲戒解雇し、就業規則の規定(「懲戒解雇により退職するもの、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職するものには、原則として、退職金は支給しない。」)に基づき、退職金(勤続約20年のXには約920万円の支給が予定されていた)を不支給とした。一審(東京地判平14.11.15 労判844-38)は懲戒解雇および退職金の不支給について、いずれも有効と判断したため、Xは控訴した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴(所定の退職金の3割分について請求認容)

本件懲戒解雇は有効であるが、このような賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに、それが、業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解される。このような事情がないにもかかわらず、会社と直接関係のない非違行為を理由に、退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分というべきであり、不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。そして、本件行為が、(業務上横領などに比べて)相当強度な背信性を持つ行為であるとまではいえないと考えられるから、Yは、本件条項に基づき、その退職金の全額について、支給を拒むことはできないというべきである。他方、上記のように、本件行為が職務外の行為であるとはいえ、会社及び従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいるYにとって、相当の不信行為であることは否定できないから、本件がその全額を支給すべき事案であるとは認め難く、本来支給されるべき退職金のうち、3割に相当する額の支給が認められるべきである。

3 解説

(1)退職金の支給要件

退職金は、長期にわたる労働の対償として、通常の賃金のほかに退職に際して支給されることから、通常の賃金とは異なり、退職までの長期勤続を支給の前提とし、具体的請求権は退職時に発生する。そのため、退職金に関する約束は、企業経営や労使関係の変化等の事情から、長期の勤続の間に変更されることも多く、採用時の約束を退職時まで一切変更できないとすることは不合理といえる。

そして、退職金は、就業規則や労働協約により、その支給条件が明確に約束されている場合には、後払い賃金としての性格を有している。また、退職後の生活保障的な機能を果たすこともあり、大幅減額のような変更は、退職を間近に控えた労働者にとって影響が大きい。他方で、長期勤続に対する功労報償的な性格を併せ持つため、退職後に競合行為を行うなど、労使の信頼関係を壊すような行為があった場合などに、減額支給や不支給が認められる。しかし、そうした行為がない場合には、一方的な不支給は認められるべきではないし、退職金の不利益変更についても、退職金の複合的な性格を十分に考慮しなければならない。

(2)懲戒解雇相当の背信行為

退職後同業他社に就職した場合や懲戒解雇に処せられた場合に、退職金の減額や不支給とする取扱いをすることが一般的であり、そのような就業規則規定は合理的であると解されているが、退職金の賃金後払い的性格や退職後の職業選択の自由との関係で問題を生じる。判例でも、懲戒解雇に相当するような在職中の背信行為を不支給条項として定めている場合、懲戒解雇が有効なときは退職金請求権を否定する裁判例も少なくない(ソニー生命保険事件 東京地判平11.3.26 労判771-77、わかしお銀行事件 東京地判平12.10.16 労判798-9など)。

また、功労報償的性格から、在職中に懲戒解雇に匹敵する重大な背信行為を行った者の退職金請求が権利の濫用にあたるとしたもの(アイビ・プロテック事件 東京地判平12.12.18 労判803-74、東京ゼネラル事件 東京地判平8.4.26 労判697-57)、退職年金受給者に勤続中の功労を無にするほどの不祥事(覚醒剤取締法違反逮捕)があった場合に、年金支給の停止が認められるとしたもの(朝日新聞社(会社年金)事件 大阪地判平12.1.28 労判786-41)がある。

これに対して、懲戒解雇の場合に退職金を不支給とする規定があっても、実際には、これを限定的に解釈し、「永年の勤続の功労を抹消させてしまうほどの背信行為がない限り、退職金の不支給は許されない」として、退職金の支払いを認めたものがある(日本高圧瓦斯工業事件 大阪高判昭59.11.29 労民集35-6-641、日本コンベンションサービス事件 大阪高判平10.5.29 労判745-42)。したがって、懲戒解雇の場合であっても、直ちに退職金の不支給が許されるわけではなく、具体的事情を考慮して、退職金の支給が認められる場合がある。

(3)割合的支給を認める裁判例

さらに、懲戒解雇に伴う不支給のケースで、当該行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功労などの個別的事情に応じ、退職金のうち一定割合の支払いが認められる場合がある。モデル裁判例では、賃金後払い的性格を強調し、重大な不信行為がない限り不支給は認められないとしたうえで、会社と直接関係のない非違行為を理由に、全額不支給とするのは、不利益処分一般に要求される「比例原則」に反すること、過去に、懲戒解雇の場合であっても、一定の割合で減額された退職金を支給した例があったことなどから、3割分の支払いを認めている。同様に、ヤマト運輸事件(東京地判平19.8.27 労経速1985-3)では、33%相当額が、東京貨物社事件(東京地判平15.5.6 労判857-64)では、55%相当額が、橋元運輸事件(名古屋地判昭47.4.28 判時680-88)では、40%相当額の支払いが認められている。

(4)退職金の不利益変更

退職金の不利益変更は、通常、就業規則等の改定を通じて行われる。就業規則としての退職金規程を不利益に変更する場合、「高度の必要性」が要求される(大曲市農協事件 最三小判昭63.2.16 労判512-7)。また、退職を控えた一部の労働者に対して、具体的な不利益が及ぶため、不利益の程度やそれを緩和する代償措置の存否・内容が、変更の合理性判断において重視される。判例では、代償となる労働条件を提供していなかったことを理由として、退職金の不利益変更の合理性を否定した御國ハイヤー事件(最二小判昭58.7.15 労判425-75)や経過措置・代償措置が不十分であることなどから、不利益変更の合理性を否定したみちのく銀行事件(最一小判平12.9.7 民集54-7-2075)がある((69)【労働条件の変更】参照)。